求められるEQリーダーシップ

 EQの提案者であるゴールマンは、これからの時代におけるリーダーシップにおいてもEQ力が必要であることを説いています。そこで「いまこそEQリーダーシップを」と呼びかけています。EQリーダーシップは非常に重要であり、これ次第でリーダーのその他の努力が成功するかどうかがほぼ決まるのです。共鳴を起こすことこそ、すべてのリーダーの根本的な仕事であり、その考えの基礎をなす神経学的側面、とくに感情の開回路からの根拠についてもそれを裏付けています。そんなゴールマンの提案するEQリーダーシップ論を考察してきましたが、それを再度まとめ、確認してみようと思います。

 EQは、共鳴型リーダーシップの最も重要なコンピテンシーであり、個人レベルでも集団レベルでもこうした能力を養い、強化することは可能です。共鳴的リーダーシップは、組織全体に広めることができるだけでなく、豊富なデータが証明するように、組織の効率や業績にも確かな利益をもたらします。そのために、新しいリーダーシップ論が必要になるのです。それに不可欠なEQコンピテンシーを向上させ、維持させるためのステップが必要になるのです。

 次に、グループ、チーム、ひいては組織全体をより共鳴的に変革する必要があります。集団全体のEQレベルを向上させることは、集団内の特定の個人のEQを向上させるよりはるかにビジネス・インパクトが大きいのです。しかし、そのためには、集団の感情を読み取り、規範や文化を正しい方向へ導く明敏なリーダーが必要になります。最終的には、組織そのものが共鳴的リーダーシップの孵化場になれば、組織で働く人々にとっても、組織の採算にとっても、非常に良い結果を招くことになるのです。

 なぜ、こんなことがそれほど大切なのか?しかも、今日だけでなく、将来にわたって大切なのでしょうか?今日、世界中のリーダーは、社会的、政治的、経済的、技術的な変化がもたらす現実の急務に否応なく対応が迫られています。ビジネスだけでなく世界全体が時々刻々と変化しており、新しいリーダーシップを求めているのです。ビジネスの世界では、コンピューターが日進月歩で進化し、eコマースが拡大し、労働力が急速に多様化し、経済のグローバル化が進み、仕事のペースが速くなっています。しかも、その変化は加速しています。

 こうしたビジネスの現実を見ると、EQリーダーシップは今後ますます重要になるとゴールマンは言います。今日役に立っている戦略が、明日は時代遅れになっているかもしれないのです。「ビジネスモデルの半分は、2年ないし5年後には使い物にならないでしょう。」と言います。ある情報サービス企業のCEOが「わが社のケースでは、いま売っている情報が、数年後にはインターネット上で、無料でやり取りされているかもしれないのです。したがってわが社では常に情報を売る新しい方法を模索しています。」と嘆いています。また、投資銀行の行員は、「ほとんどの企業は、経営陣が恐怖で凍りついている間に消えていきますよ。」と言っています。

 企業が近未来の激震に耐えて生き残れるかどうかは、リーダー、特にトップ経営陣が激烈な変化に直面して感情をコンロトールできるかどうかにかかっています。保育園や幼稚園は経営ではないかもしれませんが、そのために危機感を感じることは遅れてきます。そして、その危機を乗り切るための変革は、決して政治的、経済的ではなく、感情をコントロールするEQ力にかかっているのです。

文化を変える

 組織の改革にあたって「文化を侮るべからず」ということは教訓です。文化は個々のリーダーの力で変えられるものではないからです。全体像を見ずに、個々のリーダー育成は失敗するのです。リーダーシップ育成は、文化に正面から取り組み、それを変えるとことから始めることが必要です。新しく進歩的な組織文化を作り上げることをしていかなければなりません。まず、リーダーたちは、過去の習慣、個人的信条、将来の夢などについて深く考えます。そして、私生活と仕事の両面における人生の重大事である価値観、人間関係、ビジョン、将来への希望や夢、過去に対する後悔や満足などについて深い内省と語り合います。あるいは、成功への道筋を描き、各自の貢献について考えます。そして、個人の短所と組織の短所を克服する方法についてみんなで知恵を絞り、将来へ向けた集団のビジョンを構築していきます。こんなリーダーの集まりは、組織の古い文化を見直し、新しい文化を作り上げていきます。

 私は、園のリーダーの人たちと将来の希望について親しく話し合うことは、育成プログラムとして有効というよりも、楽しく、活力を感じます。それは、討議と言うよりは、お互いに内省しつつ人生や変革について互いに率直に話し合うという感じです。このような話し合いは、一つの文化のような気がします。お互いを尊重するということは、お互いに干渉しないとか、お互いのことは口を出さないで自分ことだけ一生懸命に行うというような文化は、決して組織を向上させないと思います。だからといって、「そんなことはやめなさい!」と言って話し合いをしたところで、みんな黙っていては意味ありませんし、建前だけの話し合いでは改革はできません。

 私はよく全国の園を訪ねることが多く、いろいろな園の実践を見ます。その時に、良い実践をしていると感じる園は、そこの職員さんたちもみんな生き生きしていて、活気があります。そして、みんなで話し合うことを楽しんでいます。いろいろなところを、みんなで話し合いながら改革していくことにワクワクしているようです。なかなか改革できない園の職員さんたちは、一生懸命にしているのですが、あまり笑顔が見られず、話し合いというよりも、自分の役目を淡々とこなしているように見えます。そして、他人からの介入を拒むようなところが見られます。リーダーたちは、全体像を見ず自分の経験に裏付けられているという自負から、研修はするものの新しいものを受け入れようとしません。

 戦略計画に取り組んでも、エネルギーとコミットメントを維持するのはほとんど不可能であり、学習は行き詰ります。リーダーにとって最も必要なことは、「自分たちの情熱や夢に心を込めて取り組むことです。仲間同士でも、戦略に対しても」です。「そして、将来の可能性につなげていくこと、将来について何らかの貢献をすることです。」と変革に成功したマネージーは言っています。大切なのは、わくわくするような情熱です。頭だけ使うプランニングの練習をいくら増やしても、職員の意欲を引き出すことはできないし、文化を変えることもできません。たとえ、最高のリーダーシップ育成プログラムであろうとも、血の通わぬ方法で実施したのでは、今日の組織に必要な変革を促進する効果はほとんどないのです。

 リーダーの役目は、皆の気持ちのレベルで結束させ、ビジョンに取り組ませることです。感情のレベルで関わるとき、人は変化をします。

育成プログラム

 組織を改革しようとしたときに、なかなかうまく進まないことは多くあります。保育の世界でも、「もう一度原点に戻り子ども主体の保育、子どもによる自主的な保育を行おう!」とリーダーが取り組もうとしても、なかなか職員の抵抗にあって改革が進まない話を聞きます。リーダーは、変革のために研修を受け、いろいろと勉強するのですが、なかなか職員に変革の機運が高まらないということをよく聞きます。ゴールマンは、変革に失敗するプログラムの例を次のようなことを挙げています。

「組織の現状を無視して、人間さえ教育すれば制度や文化はおのずと変革プロセスを支持するようになるだろう、と考えてしまう。」「職場の規範やそれを取り巻く企業文化を無視して、人間だけを変えようとする。」「変革プロセスの始点を間違える。他人と組織の双方を変革するためのリーダーシップ育成プログラムは、組織のトップから始動し、組織の優先政策とされなくてはならない。」「リーダーシップの言語―考えや理想やEQの高いリーダーシップ慣行を象徴的に伝えるような言葉―が作れない。」が挙げられています。

これらの見直しをするべきところ、職員がついてこないことを、どうもリーダーは理想という原点を疑ってしまうことがあり、そこがぐらつくとより職員はついてこなくなります。変革は、人だけを教育したり、人だけを変えるのではなく、その人たちが築き上げてきた組織の文化をまずよく見つめ、それを大切に思いつつも、リーダー自ら語り、自ら発意し、自ら変革の姿を見せなければならないのです。

変革には戦略、マーケティング、財務、総務などの抽象概念に関する専門家の講義を聞くだけでの内容ではだめなのです。こうした学問的知識もリーダーにとって確かに重要ですが、それだけでは、個人や企業の変革にはつながらず、机上論では対応できないのです。また、組織のあらゆる層に浸透したホリスティックなシステムとしての「プロセス」が必要になります。良質なリーダーシップ育成プログラムは、変革とは組織の三つのレベルである「個人」「チーム」「組織文化」に浸透できる多面的プロセスでなくてはならないのです。こうしたプロセスは、知と情の両面から現実を見つめ直し、理想を追求しようとします。このようなリーダーシップ育成プログラムは、多くのビジネススクールや役員研修センターで実施されている教育とは根本的に異なるのです。

良質な育成プログラムには、難しいけれども危険過ぎない学習の場が必要になります。さらに、リーダーが本当の意味で新しいことを学習するには、有意義でしかも思考の枠組みを破ってくれるような経験が必要になります。創造的思考を刺激する程度に現実からかけ離れ、同時に学習の意義を感じられる程度に現実との接点を保った経験が必要になるのです。ゲシュタルト研究所のジョノ・ハナファン氏は、「人や組織に変化をもたらそうとするなら『違和感指数』に注意せよ」と表現したように、「ルールは破るが怯えさせるな」と言っています。

良質なリーダーシップ育成プロセスは、知と情の両面に注意を払い、積極的な参加者の研修を基本とします。すなわち、学習中のスキルを組織の現実問題の診断および解決に応用する実践学習、指導法です。経験学習とチーム単位のシミュレーションを多用し、受講者に活動を通じて自他の行動を検証できる機会を提供します。

私が主宰するセミナーは、このようなことを意識して保育者育成プログラムを組んでいるつもりです。

リーダーシップ育成

 各所に配置された組織の中のリーダーは、職場における経験年数の多い人であることが多くみられます。経験が長くなると、自分ながらのやり方、考え方を持つようになります。しかも、それに自信と満足を持つようになります。そこで、リーダーと言われるような人は、本来的に新しい学習を促進する方向には動きにくくなります。しかも、組織というものは、どうしても慣例と現状の上に安住したがるものだと言われています。組織内の専門スタッフは、仕事上の抵抗とストレスを最小限にするために、既存の体制に依存しようとします。その結果、思い切って新しいことに挑戦する人はほとんどいなくなります。

 そんな古いリーダーシップではなく、新しいリーダーシップ・スタイルを構築するには、往々にして他者との関係を根本から変える必要があります。しかし、ゴールマンは、このような試みは非常に難しく、机上論では対応できないと言います。しかも、ほとんどの管理者教育やリーダーシップ育成プログラムは、こうした難問に答えてはいないと指摘します。それは、方法論に問題があるだけでなく、教育内容から重要な要素が欠落しているからだと言います。たとえ最高の教育プロセスを採用しようとも、人間だけに焦点を当てて感情的現実と文化の力を度外視するならば、組織の変革はおぼつかないだろうと指摘しています。ゴールマンは、こんな失敗例を挙げていますが、このようなことは多くの園で見られるケースです。

 アメリカのある銀行のCOEは、自分自身がEQコンピテンシー向上のためのコーチングを受け、「多面観察調査」を経験し、リーダーシップ・スタイルを劇的に変えた後、自分の組織の中の600人の管理職にもリーダーシップ育成教育を受けさせたいと考えます。そこで、COEは、人事単と役員に指示し、上級管理職を対象にした教育プログラムを考案させました。ところが、人事局が受講者を募集したところ、希望者はほとんどいませんでした。しかも、希望した人は、好奇心の強い者と、勇気のある者だけで、本当に教育が必要とする者たちは集まりませんでした。こんな経験はどれでもしたことがあると思います。園長が、いろいろなところで研修を受け、勉強し、自分のリーダーシップ・スタイルを変革し、さあ、次は職員の中のリーダーを育てようとして、教育プログラムを作成し、教育しようとすると、本当に必要な者たちはそのプログラムを受けようとしないということはよく聞きます。この例の銀行では、どうしてそうなったかをゴールマンは説明しています。

 問題は、プログラムがこの組織の人間にとって無意味だった点にあるとしています。この銀行の文化から見れば、研修は時間の無駄であり、優先順位が低かったからだと言います。研修の重要性を認識させるには、トップ・リーダー自らが個人的に肩入れする姿勢を見せることが大切であると言います。リーダーシップ教育を成功させるためには、企業のトップが先頭に立って、教育プログラムが企業としての優先事項であることを周知させなければなりません。この銀行のCEOには、その点が見えていなかったと言います。

自分のリーダーシップ・スタイルを大きく変えることになった貴重な経験を部下たちがほとんどだれも望んでいなかったことを知って、CEOは大きなショックを受けました。確かにこのCEOは、非常な努力の結果、変化をしたのですが、じつはこの変化のプロセスを公表していなかったのです。実際に経験したことについて誰も理解していなかったのです。ですから、提案されたリーダーシップ育成プログラムは、ただ人事が従来実施してきたメニューの一つとしか認識されていなかったのです。プログラムの実施を人事研修担当者に任せたために、このプログラムはさほど重要ではない、というメッセージを意図せずにして送ってしまっていたのです。

リーダーシップ育成の試みを成功させるためには、それがトップ経営者からの発意であることをはっきり示すことが必要だったのです。

維持するシステム

組織のEQを維持するために、さらに、ゴールマンは、「EQの高い慣行を維持するシステムを構築せよ」と助言します。人間関係ということを大切にすることは重要ですが、それを維持していくためには、制度や規則などのようなあるシステムが必要になります。容認できる範囲で頻繁に確認できるようなものも必要です。それは、政策や手順のように現実的に強制力を持つものでも、リーダーの垂範行為でも、行動を方向づける強い力になります。とりわけ、EQの高い慣行を維持していくためには、規則や規制や人事慣行が目標と同じ方向を向いていることが重要であることは言うまでもありません。EQの高いリーダーシップを目指しても、それを評定制度で評価しなければ、意味がないとゴールマンは言います。したがって、ビジョンを強化するために、必要ならば規則を変えるべきであるとも忠告しています。

 それは、行動の方向などいつも客観的に見直すために、あるシステムが必要であること、それが、評価という形で行われることは必要ですが、その評価内容は、そのビジョンを強化するものでなければなりません。よくない評定制度における評価は、意欲を減退させ、ビジョンを遠ざけていくものになりかねません。ですから、評価が、その組織の目標と同じ方向を向いていることが重要になってくるのです。

 EQの高い組織を作るのは、最終的にはリーダーの責任であることは当然です。組織に自らの現状を認識させ、認識を妨げている文化的規範そのものを認識し、理想のビジョンを探り、そのビジョンにおける各自の役割を組織のメンバーに認識させるのは、リーダーの仕事なのです。したがって、組織の中で、最もEQの高さが必要なのはリーダーであるのでしょう。それは、自分が行動するだけでなく、自分が行動することで、人々をビジョンに同調させ、変革に向かって動き出すように促すこともしなければならないからです。そして、共鳴によって健全で効率的な人間関係につながる企業規範を作り上げていきます。このようなリーダーは、組織の集団が持つ力強いエネルギーを解き放ち、あらゆるビジネス戦略の追求が可能になっていくのです。また、このようなリーダーは、心からの情熱を持って、ビジョンを構築し、組織にしっかりと根付いたミッションを掲げて人々の意欲を引き出し、仕事に意味を与えることができるのです。

 ここまで、リーダーのあり方を考えてきたのですが、そのリーダーとは、園でいえば園長であると思う人が多いと思いますが、必ずしもそうではありません。組織隅々まで浸透させていこうとしたり、大きな組織となると、EQの高いリーダーは複数必要になります。大きな組織では、どうしても共鳴の強い部分と、不協和音感の強い部分が生じてしまいます。組織全体における共鳴と不協和感の比率がその組織の感情風土を決定し、組織のパフォーマンスを直接左右します。比率を望ましい方向へ変化させる決め手は、組織の各所にEQの高いリーダーを配置し、それを核にしてEQの高いグループを形成していくことが必要になります。

 私の主宰する「リーダー研修」の参加者は、園長ではありません。リーダーは、肩書でも、地位でもなく、役割を担う人なのです。

維持する

 東北大震災の時に、人々は「絆」の必要性を感じ、いろいろなところで「絆」が語られるようになりました。その絆は、組織においても必要なことです。人と人との関係には感情の絆が形成されることが必要ですが、それは、リーダーの力が必要です。リーダーは、人々が何を欲し、何を必要としているかに注目し、集団の健全性を維持する文化を意図的に作る努力をする必要があります。この努力を通じて人のつながりを育てるのです。そうして生まれた絆という土壌の上に、共鳴という種をまくことができるのです。土壌がよくないと、種を立派な芽を出しません。土壌には、たくさんの絆という肥料が必要なのです。

 そして、人々は良いときも悪いときもリーダーについていくようになると言います。共鳴は、仕事や仲間に対する信頼を基礎にして、目には見えなくとも、絆は強力なものになっていくのです。これを実現するためには、職場でリアルタイムの人間関係を育てる必要があります。このリアルタイムの人間関係は、仕事中だけでなく、オフタイムの時にも共に語り合い、笑い、話を共有し、夢を育てていくことが大切であるとゴールマンは言います。私は、今、職場内にそういう仲間に巡り合え、彼らと夢を語り、笑う関係があります。それは、もはや戦略や、ビジョンのためというよりは、他人としていく手いくうえでの力をもらっている気がします。私たちホモ・サピエンスという人類は、そうすることで免疫力が高まるのではないかと思っています。反対に、人間関係のストレスは、建設的でないだけでなく、お互いに寿命を縮めます。

 最後のルールは、「組織のEQを維持する」です。そのためにまず、「ビジョンを行動に発展させよ」です。リーダーは、あらゆる機会をとらえてビジョンがどのように見えるものか、どのように感じられるものか、どのように将来へつながっていくものかというようなことを示さなくてはならないと言います。そのために、リーダーは、自らが発見と変革の手段となり、プロセスを進め、目標に到達するまで決してあきらめてはならないのです。それは、いつまでも頭の中でこねくり回しているのではなく、行動することです。その行動指針は、対話や決断において、リーダー自信の価値観や、組織内に形成しようとする価値観に沿った行動であることが理想であると言います。そして、リーダーは、指導とビジョンと民主主義と人間に対する敬意をもって集団を導いていかなければなりません。

他者に対しても、リーダーは価値観と組織のミッションに恥じない行動を呼びかける必要があります。ビジョンを行動へと発展させていくためには、他にも必要なステップがあるからです。組織構造と職務設計を変えること、人間関係の規範を変えること、制度とパフォーマン期待をビジョンに合致するように練り直すこと、そして、仕事の内容を組織のミッションに近づけていくこと、などが課題となります。それらのことが行動へと発展させていくのです。一つの組織だけが浮き上がってしまっては、それはビジョンに近づいてはいきません。周りも巻き込んでいくことが必要になるのです。それがなければ、行動は発展していきません。それを考慮に入れながら様々なものを変えていく必要があるのです。

 維持するということは、そこに留まるということではありません。常に行動することです。そこに留まること、変化しないということは「次第に衰退していく」「次第に後退していく」「次第に時代遅れになってくる」ということを意味します。

理想のビジョン

 ゴールマンは、「EQの高い組織を育てるために」三つの重要なルールを提案しています。その一つが、「感情的現実を発見すること」であり、その具体的な方法として、「集団の価値観と組織の信頼性を尊重せよ」ということで、組織のみんなが大切にしてきたことに共感し、それを尊重したうえで、改革に向けて自主的に取り組むような働きかけをすることであることの必要性を提案しました。次に「急がば回れ」ということで、いったんペースを落としてでも、人々の言うことによく耳を傾け、よく話し合う努力をしていかなければならないことを言っています。そして、「始動は上から、戦略は下から」というように、上から下へ、下から上へと共鳴に向けてスタートを切ることの重要性を訴えています。

 次に、二つ目のルールとして、「理想のビジョンを描く」ことを挙げています。何度も言っていますが、理想のビジョンと言って、机上の、絵に描いた餅では意味がありません。また、リーダーの独りよがりでも、それは理想で終わってしまいます。周囲と共鳴するビジョンでなければ、組織はついてきません。そのためにリーダーは、まず自分の気持ちを知り、さらに他者の気持ちを知ることから始めなければならないと言っています。本当に自分はそうしたいのか?私は、よく他人からその打ち立てた理想を聞くときに、「本当にそうしたいのか?」「一体、そうすることで何がしたいのか?と思うことがためにあります。そこに、「メンツ」とか「見栄」とか「体裁」とかの気持ちがあると、人々はその理想に向けて進むことをためらいます。他人の心を動かすのは、熱意であったり、信念であったり、心の底からの思いでなければならないのです。

 また、組織の皆にその思いを語るときでも、数字だけでは、心に響くビジョンを構築するには不十分だと言います。リーダーは、感情のレベルで「見る」ことができなければならず、人々が深く個人的なレベルで、一体感を抱けるビジョンを作り上げるのだと言います。逆に感情がこじれてしまっては、どんなに素晴らしいビジョンであっても、うまく機能していきません。特に、保育、教育のように人との関係においての理想は、感情を考慮に入れなければ、うまくいきません。均一な「ネジ」を作るのではないからです。また、数字、データだけでなく、表に出ている行動だけで判断することも危険です。自分の、そして、他人の内面をよく見つめることからリスのビジョンが見えてくるのです。

 「理想のビジョンを描く」ために、「整列ではなく、同調させる」ことが大切です。ビジョンは、人々を動かす原動力になります。そのためには、人々の心に響く、魅力的なものでなければならいのです。実際に見て感じて、触れてみることができるものこそ、価値観やビジョンのような抽象概念が意味あるものになると言います。人々をビジョンに同調させるためには、根幹に信頼がなくてはならないのです。自分の夢や信条や価値観を犠牲にしなくても組織の夢に手を伸ばすことが出来ると感じるものでなければなりません。そして、初めて絵に描いた餅ではなく、現実味を帯びてくるのです。みなが、実感を持ってそれを受け入れることができるのです。

 そして、「まず人があり、次に戦略がある」と言います。リーダーは、命令したり、指示したりして人を動かすのではなく、自ら実践することが必要です。それは、コミットメント、参加、ビジョンの追求、健全で生産的な人間関係などの規範を自ら実践して見せることが必要です。他人との関係において、他人を悪く言ったり、愚痴を言ったりする人間関係からは何も生まれてきません。

上から下から

 人は、変えることに抵抗します。長い間蓄積されてきたものを否定された気になるからです。その気持ちや信条を尊重し、共感するところから始めなければなりません。私の園は、公立園からの民営化です。当初、前の園の保護者から反対がありました。その時、私は、その保護者の気持ちを共感するところから始めました。子育て中で大変な時期にその大変さを共有してきた園がなくなるのは、当然さびしいことです。柱1本にも思い出があります。部屋の隅で子どもが泣いている姿を思い出すかもしれません。

それが、壊されていくのです。涙が出るほどさびしいのは当たり前です。できれば、変えたくないでしょう。まず、変えることを説得するのではなく、変えたくない気持ちに共感したのです。しかし、時代は変わり、園舎は古くなり、耐震診断でも危険な建物になってきました。永遠と建物を残すことはできません。子どもの成長と同じで、かわいい子ども時代はいつまでも続くことはできないのです。私が次にしたことは、「さびしいのは決して悪いことではありませんが、それよりも前向きにものを考えましょう。」といって、新しい園舎、新しい保育に期待と夢を持たせたのです。

ゴールマンは、変革には、希望や夢によるモチベーションが必要だと言っています。当事者の気持ちや信条を尊重し、一方で夢に向かって前進することの利点をはっきり示して見せることによって、変化のプロセスに良いインパクトを与えることができるのです。そして、その手順は、「急がば回れ」だと言います。変革するのには、いったんペースを落としてでも組織のシステムや文化についてよく話し合う努力が必要です。リーダーだけで突っ走るのではなく、当事者を変革のプロセスに巻き込んで、コミットメントを形成していくことです。EQの高いリーダーは、こうしたスタイルを用いて変革のスピードを緩め、人々の能力を開花させていくうえで何が必要なのかをはっきり見極める努力を惜しまないのです。

しかし、それだけでは不十分であると指摘します。共鳴は、全員が変革に同調しなければ起こりえないものだからというのです。下から上への戦略も必要になってくるのです。ゴールマンは、「始動は上から、戦略は下から」と助言します。それは、組織全般にわたって公式、非公式のリーダーを巻き込み、何が機能していて、何が機能していないのか、機能している方向へ向かって組織が発展できたらどれほど素晴らしいか、といったテーマについて話し合うことだと言います。こうした問題をじっくり議論する努力は、貴重な教育の機会です。これによって、人々に考えさせ、議論させ、進むべき方向を悟らせることができるのです。人々を興奮とやる気の渦に巻き込んでしまえば、説法から行動へと移りやすくなると言います。熱意は、モーメンタムを生みます。
ここでもリーダーの役目があります。それは、方向を示すのはリーダーの役目です。舵取りです。夢に向かって、全体の価値観に向かって、新しい協調体制に向かって、透明な目標、オープンな変革プロセス、最大多数の参加、そして新しい行動の垂範によって、上から下へ、そして下から上で、共鳴に向けたジャンプスタートを切ることができるというのです。

リーダーと組織は、その相互作用によってそれぞれの存在が生かされてくるのです。

気持ちや信条を尊重する

 よく、変えるべきことと変えてはいけないものをよく見極めることが必要であると言いますが、それは、分野ごとにあります。例えば、乳幼児教育の中で、時代や世の中の変化があっても、決して変えてはいけないもの、例えば、子どもの育ちとか、発達の保障ということは変えてはいけないのです。しかし、それをゆがめてしまっている環境や時代によって、その方法は変えていかなければなりません。この変えてはいけないものは、個人の中にも持っています。これだけは譲れないというもの、これを頼りに行動してきた個人レベルでの思いもあります。リーダーは、組織を変えようとして、この個人の思いを踏みにじってはならないのです。それは、それを変えてはいけないということではなく、その思いを尊重してあげるということです。ゴールマンは、EQの高い組織を育てるために、「集団の価値観と組織の信頼性を尊重せよ」と助言しています。

 例えば、ビジョンというものは変わるものですが、ビジョンが発展していく際に、リーダーは「神聖不可侵な中核」すなわち全員が何よりも大切だと思ている部分に不用意に手を付けてはならないと言います。そこで、第1の課題は、神聖不可侵な中核がなんであるかを把握することが大切です。変化しようとするときに、皆が変化を拒む原因は何かをまず見つけることが必要だと言っているのです。その際に、自分の視点からだけだと見つけにくいものです。他者の視点から見ることが大切になります。

 第2の課題は、たとえ人々が大切に思っていることであっても、変えなければならない部分があるならば、それをはっきり見極めることです。そして、その認識を他者にも理解してもらうことです。中核的な信条、考え方、文化などをどうしても変革しなければならない場合には、人々に自主的に変革の努力をさせることが大切だと言います。上から強制することはできないのです。そのような変革プロセスに着手するには、当事者たちが個人的に強いモチベーション、できれば恐怖でなく希望や夢によるモチベーションを抱いていることが必要です。

 私は、リーダーによる職員への対応は、保育者が子どもに対して譲渡を安定させることと近い気がしています。保育所保育指針の中で「情緒の安定」の「内容」に、まず、「一人一人の子どもの置かれている状態や発達過程などを的確に把握し、」とあります。まず、状態の把握です。何が情緒を不安定にしているのか、子どもは何を求めているのかということを的確に把握して、その欲求を満たしてあげなければなりません。しかし、その欲求を適切に満たすことをかなえられないときがあります。その時には、「一人一人の子どもの気持ちを受容し、共感しながら、子どもとの継続的な信頼関係を築いていく。」とあります。子どもが何かすることを拒否しようとしているときに無理矢理にそれをやらせるのではなく、まず、拒否しようとしている気持ちを理解し、その気持ちに共感してあげることです。そして、次の段階として、「信頼関係を基盤に、一人一人の子どもが主体的に活動し、自発性や探索意欲などを高めるとともに、自分への自信を持つことができるよう成長の過程を見守り、適切に働きかける。」とあります。保育者から強制するのではなく、子どもに自主的に活動する努力をしようとすることを見守ることが必要だと書かれてあります。

 もう少しで、リーダー論は終わりに近づいてきていますが、何度も言うように、リーダー論は、保育者論に近いものです。

原始的集団におけるEQ  

 最近の私の課題は、人間の進化から子どもの発達や育児を考えることです。生物の中で、人類が驚異的進化を遂げ、人間と呼ばれるまでのヒト族の中での生存競争にホモ・サピエンスが残り、他のヒト族が全滅したのち、ホモ・サピエンスが世界中に広がり、私たちの祖先になったまでの経緯から、その遺伝子をどう次世代につないでいくかを考えることに、現在の保育のあり方を考えるヒントがあるのではないかということに気がついたのです。そのために、その経緯と、その考え方をブログでずっと掲載してきたのです。

 ホモ・サピエンスが、さしたる能力がないにもかかわらず生存戦略に成功した一つの理由に「協力」するという遺伝子が重要な役割を果たしていたということは、以前のブログで何回かに分けて取り上げました。太古の昔、人類は50人から100人の群れでまとまって移動し、そのサバイバルは緊密な相互理解と協力にかかっていたのです。太古の人類が、原始的集団を形づくっていたころの原則に戻って考えれば、職場におけるEQと共鳴の重要性には気がつくはずです。したがって、職場においてEQが大切であるという考えは、決して新しいものではないとゴールマンは言っています。ただ、組織が成功するためにEQがいかに大切であるかが研究によって明らかになったのは、ほんの最近のことのようです。

 ゴールマンは、「ある意味では、太古の狩猟採集民の集団は、インドの会社であるヒンドスタン・リーバやペンシルベニア大学のチームとそれほど変わらない。共鳴のある集団ならば、互いの結びつきや同庁に意味を見いだせるものなのだ。優れた組織においては、人々は集団としてのビジョンを共存し、特別な相互作用を共有している。そして、互いに理解し理解されあう居心地の良さを感じ、仲間と共にあることに満足している。」と言っています。

 人類は、文明を作り、様々な産業を発展させ、便利な機械を発明してきました。しかし、それらに振り回されることなく、人類が太古の昔から受け継いできたものを見直し、私たちの遺伝子に受け継がれてきているものを次世代につないでいかなければならないのです。このような共鳴的な組織をつくり上げることが、リーダーの仕事なのです。人類は、緊密な相互理解と協力によって生存してきたとするならば、それは、集団としての組織のあり方を示していることになるのです。そして、そういう組織こそ、皆でいることに満足し、居心地がよく、それが、組織が持つ機能が最大限に生かされることになるのです。

さらにゴールマンは、こう付け加えています。EQの高いリーダーは、自分たちや組織に関する真実を見つけるプロセスに人々を巻き込んでいきます。優れたリーダーは、現実に何が起こっているかを認識し、組織にとって有害な事実に人々が声をあげられるよう支援し、組織の長所を伸ばしていく努力を惜しまないのです。同時に、優れたリーダーは理想のもとに人々を結集させ、その過程で協調の新しい形を編み出し実践して見せます。優れたリーダーは、共鳴を生み出し、組織の人間関係や仕事の波に対処できるシステムの構築を通じて共鳴が維持させていくように工夫をします。

さらに、ゴールマンの研究によると、EQの高い良質で共鳴的な企業文化を構築していくうえで、三つの取り組み方のルールがあるということがわかったそうです。それは、「感情的現実を発見すること」「理想のビジョンを描くこと」「EQを維持すること」だと言います。