共感能力から人間関係

 先日、ある人と話をしている中で、「最近の保護者は、どこの話を聞いても苦情が多く、また、要求が多くて困る」という話になりました。その話の中で、私は、私の園では、「要求や苦情が多くて困るというのではなく、保護者も一緒に考えていこうとしてくれる保護者が多く、とてもいい保護者が多いので、この良好な関係は、子どもの発達に良い影響を与えている」という話をしました。心の中の不満や不安は、子どもにはよくない影響を与え、子どもの発達の影響してしまうことが多いからです。すると、相手の方が、「では、保護者の要求を、なんでもかなえてあげているのですか?」と聞かれたので、私は、「迎合と共感は違います。」

 職場において、共感はとても重要なことですし、リーダーには、この共感力が必要になります。しかし、共感は、「ぼくもOK、きみもOK」などという甘ったるい関係を意味するものではないとゴールマンは指摘しています。集団の感情に追従したり、全員に気に入られようとするのがリーダーの役割ではないからです。そうではなく、共感とは、皆の気持ちをよく考慮したうえで、聡明な決断を下すことなのだと言います。そして、何よりも重要な点は、共感が共鳴を可能にするということだといます。共感を欠くリーダーの行動は、不協和感を招いてしまうのです。

 この共感力をリーダーの資質と言われますが、私は、人と人が接するときに重要なことだと思っています。他者の気持ちや見方を把握できたり、的外れな言動を防ぐ強力な感情誘導システムを持っていることは、社会的能力の中でも必須な条件です。人の話に耳を傾ける姿勢を持ち、親しみやすく、相手の話を注意深く聞き、相手が本当に言いたいことを理解し、的を得た対応をする。この能力を持ったリーダーは、人材確保においても有利になります。優秀な人材を育て、確保しておくのに、優れた才能が引っ張りだこの今日においては、その重要性はますます高まっていると言います。共感能力に欠けるリーダーは、才能ある人材が、大切な情報と共にその職場を離れている主要な原因の一つになっているというのです。

 ゴールマンは、リーダーに自己認識、自己管理、社会認識のさん要素がそろって、最後のEQである「人間関係の管理」が可能になるといます。それは、他者の感情をどう扱えるかにかかっているのだと言います。それはとりもなおさず、リーダーが自分自身の感情を知り、部下たちの感情を組むということだというのです。それは、まさに、保育者が子どもとの関係において当てはまることです。

 リーダー(保育者)の言動に作為が見え隠れしたら、部下たち(子どもたち)は嘘を敏感に感じ取り、直観的にリーダー(保育者)に不信を抱くでしょう。そうしてみると、人間関係をうまく管理(保育)するには、まず自分の本心から行動する誠実さが必要だとわかります。と、リーダーを保育者に当てはめると、すべてではありませんが、随分と共通なところが見えてきます。それは、保育という仕事は、人間同士のかかわりの問題だからです。それが、小学校以降の教育と大きく違うひとつであるところです。

そして、保育のモデルが、園長が職員に対する行動でもあるのです。園長が職員に共感しなければ、保育者は子どもに共感しませんし、園長が職員に誠実でなければ、保育者は子どもに誠実にはならないのです。

共感能力から人間関係” への6件のコメント

  1. 『迎合と共感は違います』
    頂門の一針です。心根卑しい政治家は、選挙の票欲しさにその時々の大衆の空気に迎合して勢力を伸ばそうとする。本来反体制的な意味合いを持つポピュリズムとは似て非なるものである。彼らは権力を握ることだけが最終目的であることが露呈した途端、大衆の期待は失望に変わる。手段の目的化は大衆への欺瞞以外の何物でもない。政治家は公僕。大衆に奉仕せよ。社会の歪みに苦しむ人々の悲しみや不安に共感できない人間に政治は任せられない。EQ特性に優れた共感力のあるリーダーが日本の先頭に立つべきである。さて、今絶好調の安倍さんはいかに・・・?

  2. 「迎合と共感は違う」ということが間違えてはいけないところなんだろうと思っています。自分さえよければ…ということであれば迎合が一番簡単な方法なのかもしれませんが、チームのことを考えるとやはりそれでは物事が進んでいきません。その違いをよく理解して行動しなければいけませんね。共感とか共鳴についても、何となく理解できるという段階から、自分なりにその意味を捉え、そして行動で示していけるところまでならないと、結果的に職員も、そして子どもたちにも、いい環境を用意することができなくなってしまいます。大きな大きな課題ですが、日々反省しながら進んでいきたいです。

  3.  最近のブログを読むたびに思う事は、つくづく園長(リーダー)という立場は大変だと思います。「共感」という言葉が多く出てきますが、それだけ共感は重要なことなんですね。職員一人ひとりの能力を引き出すこと、また考えを聞いて判断を下すこと、園長が職員に対する共感が、職員が子どもに対する保育に影響するのは、なんだか分かる気がします。園長が職員に対しても厳しく指導するタイプであれば、職員も必然的に子どもにそういう風に保育をしてしまう気がします。ブログに保育は人間同士の関わりと書いてあるように、園長と職員、また職員同士の関係、そして保育園と保護者の関係が保育に大きく影響する分、いかに良好な人間同士の関係を築いていくかが課題ですね。その為にも共感が大きなキーワードになりそうです。

  4. よく新宿せいが保育園の話を聞いていると「園長先生が我々(職員)を見守ってくれているから、我々も子どもたちを見守れる」といわれたことがあります。藤森先生がほかの職員の先生に与えている影響を職員の先生方はしっかりと感じいらっしゃるんですね。また、「共感と迎合は違う」ことを理解しておくことはとても必要ですね。どうしても、共感を意識してしまうあまり、相手にあわせすぎて本筋から離れてしまうことがあります。それでは組織はうまくいかないですね。相手の意志や思い、感情をふまえた上で、聡明な決断を下す、そのためには迎合ではいけません。人間関係の中ではこういった関わりは少なからず出てきます。そのなかでこのことは意識していかなければいけないことですね。

  5. おそらくどの分野にも応用できると思うのですが、今回のブログの最後の言葉は重要だと思いました、すなわち「園長が職員に共感しなければ、保育者は子どもに共感しませんし、園長が職員に誠実でなければ、保育者は子どもに誠実にはならないのです。」、このところに人間関係構築のポイントがあるような気がします。誠実に関しては前回だったか前々回だったかのブログを参照してほしいのですが、今回のブログでは共感と共鳴について語られています。おそらく共感しあっていることは同時に共鳴し合っていることだと思います。たとえば、腹の底から共感した時には、同時に私の身体全体で共鳴していることを感じることができるのです。よく鳥肌が立つといいますね。あれなどまさに「共鳴」の証拠でしょう。共感=共鳴し合える関係、こうした関係を築き上げることができればいいなと思います。迎合ではなく、共感の世界で生きられたら世の中どんなに素晴らしいことになるのか。

  6.  〝リーダーを保育者に当てはめると、すべてではありませんが、随分と共通なところが見えてきます。それは、保育という仕事は、人間同士のかかわりの問題だからです。〟先日中山先生から「保育の三省の〝子ども〟の部分をそれぞれの立場、自分の置かれている立場に置き換えて読んでみる」という話をいただいたばかりでしたので、何か縁を感じるようなこの度のブログで、胸に染み込むものがありました。〝リーダー(保育者)の言動に作為が見え隠れしたら、部下たち(子どもたち)は嘘を敏感に感じ取り、直観的にリーダー(保育者)に不信を抱くでしょう。そうしてみると、人間関係をうまく管理(保育)するには、まず自分の本心から行動する誠実さが必要だとわかります。〟子ども達への対応、接し方、それに対する反応、そして子ども達が保育者へ抱く感情、それらが全て立場を変えただけの人間関係のことであるということをこの度のブログで改めて学んだように思います。肝に銘じて保育にあたりたいと思います。

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