希望

 テスト前の不安は、思考や記憶を妨げる要因になり、テスト中の不安は、明晰な頭脳の働きを妨げる要因であることは分かっています。脳科学的に言えば、一つの心配するという認知作業に知的資源を消費すれば、それだけ他の情報処理に使える資源が減るのは当然ということになるのでしょう。しかし、この不安情動をよい方向に活用できる人は、来るべき課題に対する不安をバネにしてよい結果をもたらすこともあります。軽い危惧感が非常に良い成績につながり、危惧感が少なすxzぎるとやる気が出なくて十分な努力にはつながりません。逆に強すぎると、知性の働きが妨害されてしまいます。難しいですね。

 何よりも、「快」の気分でテストに臨むのが一番です。快の気分が維持できている間は柔軟な頭でち密に考えることができ、知的な問題も対人関係の問題も解決しやすくなります。したがって、何か考え事をしている人にはジョークを投げかけてやるとよいかもしれないと言われています。笑いは昔から精神を落ち着かせ、気分を良くすると言われてきました。笑いは、多幸感と同じで、思考の幅や連想の輪を広げてくれるようです。それによって見えなかったことが見えてくる場合も多いようです。これは、創造的な仕事だけに必要な知的能力ではなく、複雑な関係を理解し、決断の結果を予見するために必要な能力だと言われています。

 心理学で創造的思考力を試すテストがあるそうですが、そのテストをやらせる直前にテレビ番組の爆笑NG特集のビデオを見せたグループは他のグループよりも、例えば、数学のビデオを見せるとか、体操をやらせるとかいうグループよりも正答率が高かったそうです。気分が少し変わるだけで、考え方も変化するようです。計画を立てたり、決断を下したりするとき、明るい気分の人は知覚が拡張的・積極的な方向へ働きます。これは一つには記憶というものが特定の状況に結びついているからだそうです。明るい気分でいる時は判断力を積極的な方向に傾かせる記憶がよみがえり、その結果私たちは少しだけ冒険してみる気になれるのだと言います。

 同じ理屈で、沈んだ気分は消極的思考に結びつく記憶を呼び覚まし、その結果私たちは必要以上に慎重な決断を下すことになります。コントロールしきれなくなった情動は、知覚活動を妨げます。私たちは、知性を発揮するために、これら情動をコントロールする能力を持っているのです。人間が、その素晴らしい底力を発揮するために、その恩恵を「希望」と「楽観」から受けることができるのです。

 希望を持っているかいないかが、成績に大いに関係することがわかっていますが、ここでも知能が同程度であれば、情動の傾向が決定的な差異を生むことがわかります。カンザス大学の心理学者であるスナイダー教授は、「希望を持ち続ける能力の高い学生は、自分自身に高めの目標を課し、しかも、一所懸命努力してその目標を達成する力がある。知能が同じなら、学校の成績を決めるのは希望の力だ。」

 さらに、最近の研究では、希望は苦悩の闇にささやかな光を投げかける以上のものであることがわかってきたようです。学校での活躍から面倒な仕事の完遂にいたるまで、希望は人生の様々な局面にきわめて強い栄光を及ぼしているのです。スナイダーの定義によると、「希望とは、目標がなんであろうと、目標達成に必要な意思と手段が自分に備わっていると信じること」であるとしています。さらに、希望を持ち続ける能力の高い人たちに共通の特質として、自分自身に動機づけができること、目的達成の方法を見つける才覚が自分にあると感じていること、困難な決定に陥っても、事態がやがて好転するに違いないと自分を元気づけられること、目標に到達するために別の方法を考えたり、達成不能になった目標そのものを変更したりする柔軟性があること、大きすぎる目標を処理可能な小さな目標に分割するセンスを持っていることなどが挙げられています。