不安

 人が生きていくうえで様々な感情を持ち、その感情の中で急激に襲ってくるものがあります。それは、それほど長くは続きませんが、次々と生まれ、膨れ上がっていきます。時によってはその感情によって打ちのめされてしまうこともあります。その一つが「怒り」です。それをどのようにコントロールするかということは、人生を楽しく送るためには必要です。そのほかにも「恐怖」・「驚き」・「悲しみ」・「喜び」などの感情があります。それらの感情を「情動」と言います。このような情動がどのように生まれ、どのようにコントロールしていくかを考えることは、最近の若者の行動を見ているととても大切なことだと思います。それは、その一時の感情によって人生を狂わせてしまうことがあるからです。

 しかし、情動は、人減が進化する過程ではサバイバルに不可欠だった能力と言われています。例えば、不安が私たちを悩まします。不安が次の不安につながり、ますます膨れ上がっていきます。しかし、不安という感情は、生きていくうえで必要な能力ともいえるのです。恐怖が情動の脳を刺激すると、その結果生じた不安が注意力を眼前の脅威に集中させ、当座のあいだ他のことは無視して脅威をどう処理するかだけを考えるように命じます。ある意味で、不安は、顕在化する前に危険を予測し、危難を潜り抜けるための準備ともいえます。

 しかし、この不安の意味も、常習的な不安や、重大な不安には無力だと言います。特に、不安神経症患者に対して「とにかく心配するのをやめなさい」「心配しないで、明るい気持ちになって」などの励ましは、効果がありません。それは、不安神経症は扁桃核に影響されて起こる症状で、本人の意思ではどうにもならないものだからです。しかし、研究によって不安心理を「神経症患者の繰り言」から「科学」のレベルに高めたペンシルバニア大学の心理学者トーマス・ボーコーヴェッツは、不安神経症の重症患者でも不安をコントロールできる簡単なステップを考案しました。最初のステップは、「情動の自己認識」です。不安心理をできるだけ早い段階でとらえることだと言っています。理想的には、心をよぎった破滅的イメージが不安を増幅させるサイクルに火をつけた直後ぐらいまでに把握できるとよいと言います。

 不安を自己認識したら、リラクセーション・テクニックを行います。その方法を毎日練習します。次のステップは、自分の思い込みを批判的に見直す練習をします。「自分が恐れている出来事は、本当に怒る可能性が高いのだろうか?」「これは運命に任せる以外どうにもならないケースなのだろうか?」「建設的な対策はないだろうか?」「同じことを何度も何度も心配することが役に立つのだろうか?」このように情動の自己認識と健全な会議心を組み合わせれば、軽度の不安神経症を起こす神経の活動にはブレーキがかけられるはずだと言います。

 生きている中で、仕事をしている中で、育児をしている中で常に不安になることは多いです。「もし、…だったら」と心配になります。孔子は、弟子から「立派な人物とは」と問われ、「心配したり恐れたりしない人です」と答えています。それは、どのようなことかという問いに「内に省みて疚しからざれば、夫れ何をか憂え、何をか懼れん。」と答えます。「自分自身の心に疾しいところがなければ、何を憂えることがあるか何を恐れることがあるか」と言うのです。まず、「内に省みて」が必要になります。それは、自己認識であり、自省することです。何か不安や恐れを感じたら、自分の心に「不安や恐れの原因となるような発言・行動はなかったか」と省みることがひつようです。そして、そこに何の悔いることや恥じることがなければ、何も心配することはないし恐れることもない、ということです。

不安や恐れの感情を抱くのは、危険を避けようとする人間の自然な感情で、自分を振り返るチャンスです。