怒り

 昨年暮れ、こんなサービスが話題になりました。「日本マクドナルドは2013年1月4日から31日まで、注文を受けた全商品を60秒以内で提供するキャンペーンを全国で実施する。支払いを終えてからの時間を砂時計などで計り、60秒を超えたらハンバーガー類の無料交換券を渡す。」というものです。このキャンペーンの企画は、いろいろな意味で失敗したそうです。これをサービスとするのは、ファーストフードとしては、「早い」ということが売りですので、仕方ないかもしれません。
 他にも時間がかからないことを売りにするサービスがいろいろあります。通信販売でも、最近は急ぎ便があり、翌日にはほしいものがほぼ手に入ります。ピザ店にも、「何分以内でお届けします。」とうたっている店もあります。確かに、温かいうちに食べるとおいしいですから、なるべく早く届けてほしいと思いますが、もし、遅いときには皆さんはどうするでしょうか?頭に来て、叱りつけるでしょうか?もういいとキャンセルしてしまうでしょうか?それとも、遅くなった理由を考えるでしょうか?人にとって、怒りは最もコントロールの難しい感情であるという結果が出ています。

先日2日の朝日新聞のコラム「天声人語」にこんなことが書かれてありました。その内容は、東京の声欄に掲載された「ピザ屋さん、ごめんなさい」についてです。「首都圏が“大雪”にあわてた成人の日、ある10歳の少女は宅配ピザを頼む。“時間は約束できません”と言われたが、お母さんに注文してもらった。この少女を後悔させたのは、長針が二回りした待ち時間より、配達員の姿だった。全身びちょびちょ、震える赤い手でお釣りを数えている。母親は申し訳なさそうに缶ビールを手渡し、娘もとっておきの10円菓子を差し出した。投稿は「お兄さん、今度は天気のいい日にたのむからね」と結ばれる。」というものです。この中で、筆者は、「届けてなんぼの宅配サービスに、客の心遣いは無用かもしれない。」としつつも、この女の子の成長を信じ、温かい気持ちになっています。

ゴールマンは、こんな例を出しています。高速道路で、突然割り込んできて、もう少しで衝突しそうになった瞬間、反射的に「この野郎!」と思ったとしたら、そのあとさらに激怒して報復を考えるかどうかで怒りの行方が大きく変わってくると言います。最終的には、「あの野郎、殺してやりたい」と思ってしまい、最悪の結果になる事件も聞きます。対照的に、割り込んできたドライバーに対して「こちらの車が目に入らなかったのかもしれないな。それとも急いで医者へ行くところだったか…。運転マナーにかまっていられない理由があったのかもしれない…」こう考えると、怒りを和らげるか、少なくとも広い心で受け流して、怒りの蓄積を回避することができます。

ゴールマンは、この二つの行動をこう説明しています。ベンジャミン・フランクリンは、「怒りにはいつも理由がある。ただし、正当な理由はめったにない。」と言っています。このように怒りにも種類があります。危険な運転をしたドライバーに対してカッとするのは、主に扁桃核から発する怒りで、一方、情動の神経回路の反対側になる新皮質があおる怒りは、冷静な復讐心あるいは不公平や不正義に対する怒りのような計算された怒りだと言います。この種の怒りは、フランクリンが指摘したような「理由のある」怒りである場合が多いのだそうです。

では、怒りを収めるには、どのような力が必要なのでしょうか。