調律

 基本的に、弦を使った楽器では、日が経過すると、その弦の張り方が少しずつずれていきますので、音を調整しなければなりません。それをピアノでは「調律」と言いますし、ギターなどでは「チューニング」すると言います。ほかにも、マンドリンやウクレレなどでもチューニングが必要になります。その調律が、「コミュニケーション用語集」の中に、「情動調律」という言葉が出てきます。その用語集によると、「相手の行動や状況から、相手の感情を推察し、その感情に対して反応する行動を情動調律といいます。」とあります。しかし、このような行動をなぜ情動調律というのでしょうか?それは、共感と違うのでしょうか?この言葉は、普段は聞くことがありませんが、心理学では、親が幼児に対して積極的に情動調律を行うことにより、幼児の人間関係における発達を促すと考えられています。また、何度も繰り返される情動調律によって、成人後の親しい人間関係に期待する情動の形を決めていくと言われ、その影響力は、たぶん子供時代のどんなドラマティックな出来事よりも強いだろうと考えられています。

 乳児は生後一年間の親(養育者)との交流から,自分の要求を親がどのように理解し、応じたかをもとにして親の特徴や対人情況のパターンに基づく世界像を発達させます。例えば、赤ちゃんがうれしそうな声を上げると、母親は赤ちゃんをやさしくゆすったり、何かささやいたり、赤ちゃんに合わせて高い声を出したりして、赤ちゃんのうれしい気持ちを確認し、肯定します。赤ちゃんの悲しい気持ち、不安な気持ち、怒りの気持ちを母親が調律してあげることがとても大切なことなのです。それは、子どもの興奮レベルに母親が合わせてやることが肯定のメッセージになっています。すなわち、赤ちゃんの気持ちに合うようにチューニングするのです。ささやかな情動調律の積み重ねが、母親と情緒的につながっているという安心感を赤ちゃんに与えます。

情動調律の反復によって、乳幼児は他人が自分の感情を共有してくれるという意識を発達させていきます。その意識は、乳幼児が他人と自分を区別できるようになる生後8か月ころから現れ、近親者との関係を通じて形成されていきます。この関係において、逆に、親の気持ちがイライラしていたり不安定な時は子どもにも大きく影響するということでもあるのです。特に、親子の間の欠如した状態が長期間続くと、子どもの情緒に重大な障害が現れると言われています。例えば、子どもが悲しんだり、喜んだり、抱きしめてほしいと思ったりしたときなどに、全く共感を示さない態度を続けると、子どもはやがてそうした感情を表に出さなくなり、感情を抱くことさえ避けるようにあります。
こうして、子どもは、近親者に抱く感情のレパートリーから様々な感情が欠落していくのだろうと考えられています。また、発達の節目の時、何らかの理由で発達の軌道が乱れた時子どもは自分の感情に振り回されるように大荒れすることがあります。しかし、子どもがコントロール不能状態に陥った時、周囲の身近な大人が情動調律をしてあげることで子どもは落ち着きを取り戻します。子どもにとって、もちろん母親との関係は大切ですし、その影響を大きく受けます。しかし、それは、母親しかだめなのか、逆に母親だけでいいのかというとそれも違います。

スターンは、こう語っています。「人間関係のモデルは、一生を通じていろいろな人間との付き合い、友達とか、親戚とかの中で修正されていくものです。ある時点でバランスが崩れても、後で修正がききます。人間関係は現在進行形で一生続くプロセスなのです。」

調律” への5件のコメント

  1. 20世紀初頭に精神科医スピッツによって行われた実験があります。彼は三つの異なる環境での乳児の発達を調べました。一つは普通の家庭で育つ子ども。二つ目は様々な事情で母親から引き離されて乳児院で養育される例。そして犯罪を犯した母親とともに暮らす母子更生施設の子ども達。スピッツはこの三つの環境における発達状況を追跡調査。すると、驚いたことに乳児院の子どもたちの死亡率が、その他の例に比べて異様に高かったのです。追跡した91人のうち34人が死亡、または発育・発達も明らかに劣っていました。

    この結果を持って、「やっぱり母性剥奪が原因」と決めつけるのは早計です。乳児院では十分な栄養と清潔な環境が与えられていたのに子どもが死亡したのは、双方向のコミュニケーションが全くなく、乳児からの関係性欲求に応える情動調律を怠っていたからです。

    赤ちゃんは、生まれてからも胎児の頃のように、母親に自己の存続を無条件に認めてくれる存在であることを求めます。それが生きるための絶対条件だからです。しかしここで母親をまず選ぶのは、母親が母乳という生きる糧を提供してくれる最も身近な存在であるからであって、もし、関係性欲求をたっぷり満たしてくれるのであれば母親以外の親族や保育者がその代りを果たせる可能性は十分あります。人類は生存戦略としてそれぐらいの柔軟性を持って生まれてくるのだと思います。ここで言う関係性欲求はのちに二者関係からソーシャルネットワークへ発展していくエネルギーになります。

  2. 情動チューニングというのはなかなかいい言葉ですね。単に共感すると言われるよりもずっとわかりやすい言葉です。赤ちゃんの気持ちに合わせてチューニングしていくこと、そして母親だけでなく周りの様々な人によるチューニングも大切だということ。そのことはこれからも丁寧に実践し発信していかなければいけないと思っています。母親は大事な存在、でも影響を受けるのは母親だけでないということ。生まれてから周りの様々な人から影響を受け、その中で自分を作りあげていくのが私たちです。書かれているように、それは子どもに限ったことではなく、私たち大人もいろんな人から影響を受けて変化し成長していることを意識していなければいけないと思います。どんな子になってほしいか、どんな大人になってほしいか、どんな社会をつくっていってほしいか。その視点を見失わないようにしないといけませんね。

  3. 子どもたちの情動をチューニングや調律するという考えは子どもの情動を考える上でとてもわかりやすい表現のうように思います。また、人とのコミュニケーションが子どもの情動を正常に発達できるようにするためにはそれだけ人と関わることも必要なのだということをより感じます。実際、楽器でもそうですが、元になるものギターでいえば音叉やチューナーといったものが人にとっては信頼関係や愛着関係なのかもしれないですね。こういった子どもたちにとっての「安心基地」といった関係をとれる人がいるからこそ、情動が修正され、チューニングされていくのだと思います。乳幼児期でもそうですが、人の人生のなかで人との出会いにはどんなことであれ、自分のなかで影響があるのですね。人との関係には一つ一つ学ぶことや意味があるというのを改めて感じました。

  4.  子どもの気持ちが不安定な時に近くに信頼できる存在できる人がいると、子どもは安心しますね。大人になってもそれは同じような事が言えると思います。仕事で失敗し気持ちが不安定な時に信頼できる同僚や先輩がいると、少しは気持ちが落ち着くと思います。子どもの気持ちが不安定な時に調律してあげることが、子どもの成長に大きく影響する、また親のイライラした気持ちも子どもに伝わる、そう考える母親はもちろん、保育士は子どもと関わるときは注意しなければいけないですが、だからと言ってサービスのように常に笑っているのは違いますね。少々話がずれてしまいましたが、子どもの発達の軌道が乱れた時、または道をずれてしまっても、回りの大人がしっかりと子どもを支え、見守る事で軌道を修正できることを踏まえて、日々の保育で子どもとの関係を築いていければと思います。

  5. 複数の楽器が集まり、演奏を開始する前に「チューニング」を行います。オーケストラの演奏会などでは、オーボエがラ音を出し、管楽器そして弦楽器の順でチューニングをしていきます。この作業はとても重要で、調律がうまくいかないと、いくらそれぞれの楽器が上手に弾いていても、不協和音として鳴り響き、実に不快です。私たちの関係においてもチューニングが必要です。それは何らかの手段によってお互いを知り合う、通じ合うということです。この知り合う・通じ合う作業がなければ、その関係はあまり心地の良いものではありません。「意固地になる」「意地を張る」「変なこだわりを表明する」、そうした行為に及ばれた時は場が不快になります。さて、園の玄関で時々子どもが大声で泣き叫んでいます。お母さんがお子さんと上手にチューニングできないときです。その時、その声を聞きつけた保育士さんが職員室から出て行き、子どもとのチューニングを図ります。チューニングしてもらった子どもは気持ちを落ち着けることができ、お母さんといっしょに帰宅することができます。関係の質を高める上で情動チューニングは誠に重要な行為です。よい職場やよい集団というのは、この情動チューニングがうまくいっているのでしょう。

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