育てられ方

 私たちホモ・サピエンスは、大きな脳を支えるために直立で立つようになりました。そのために産道は小さくなり、難産が余儀なくされました。それを少しでも軽減するために、小さく生まれ、出産が脳を急激に大きくします。脳は、新生児のサイズから、生後3?4歳児までに大人の3分の2のサイズにまで成長し、内容的にも一生で一番急速に発達します。この時期、人間は大切なことを、一生で最も多く学習し、吸収します。その中でも、最も重要な学習は、情動の学習だと言われています。情動の学習は人生の中でも最も早い時期に行われるべき「早期教育」と言われているものです。この時期に、強いストレスを受けると、脳の学習機能の中心が損傷を受け、知能に障害が残る可能性があると言われているのです。これは、成長後の経験によってある程度まで回復することもできるのですが、人生が始まって間もない時期に経験した学習のインパクトは甚大であると言われています。

 次に挙げるような子は、4歳までに学習する情動に何らかの問題があった子であると言われています。「注意を集中できない子、人を信頼せず疑ってかかる子、悲しみや怒りにとらわれていて楽天的になれない子、ルールをわきまえず破壊的な子、不安に押しつぶされている子、恐ろしい空想にとらわれている子、いつも自分自身に不満な子」こういう子どもたちは、世の中に満ちている可能性を他の子どもたちと同じように手にするどころか、可能性に手を伸ばすことさえできないだろうと言われています。

 最近の体罰事件は、私はその教師なり教官にEQ能力欠如があるように思うのですが、この怖さは、体罰を受けている人のストレスなり苦痛はもちろん、そのれを受けた人が次の世代へ伝承してしまうことです。よく、虐待を受けた子は、自ら虐待をしてしまうケースが報告されていますアメリカのニューヨーク州北部に住む870人を対象に、8歳から30歳まで、EQに欠ける親が子どもの一生にどのように影響を与えるかという追跡調査をした結果、次のようなことがわかりました。「集団の中で特に好戦的な子ども(最初にけんかを始める子、自分の欲求を通すためにいつも暴力を使う子)は、学校を中途退学する確率が高く、30歳になるまでに暴力行為の前科がついている確率も一番高かった。また、暴力的な性質は、次の世代にも伝わるらしく、彼らの子どもたちもやはり親と同じようにそう学校で暴力問題を起こしていた。」

 この調査は、アメリカで行われたものですので、私は、少し日本では事情が違う部分がある気はしますが、暴力や、攻撃的性質が次の世代へと伝承されていってしまうのは日本でも多い気がします。アメリカでは、自分に厳しくあたったのが父親でも母親でも同じで、幼い時に攻撃性を持っていた女の子は、気まぐれで子どもを厳しく罰する母親に、攻撃的な男の子は気まぐれに厳しく子どもをしかる父親になっているようです。子どもに血も涙もない厳罰を加えるくせに、こうした親たちは怒るとき以外は子どもにほとんど関心を示さないのです。子どもは、親から生々しい、そして、荒々しい、攻撃的な手本を見せられ、家庭で身につけたことを学校や遊び場で実行し、一生暴力をふるうようになります。こういう親は、必ずしも意地が悪いわけではないとゴールマンは言います。子どもの幸せを願わないわけでもないと言います。ただ、単純に自分が受けたとおりの子育てを繰り返しているだけなのです。

 「子どもは、育てられたように育つ。」という相田光男の言葉に続いて、「そして、育てられたように自分の子どもを育てる。」ということなのでしょう。

育てられ方” への5件のコメント

  1. 「子どもは、育てられたように育つ。」「そして、育てられたように自分の子どもを育てる。」どちらも深く響いてくる言葉です。単純な言葉なのですが、多くのことがそこに含まれているんだと思います。こうして考えれば考える程、小さいうちから文字や数の習得に必死になってしまうことで共感や情動の調律が疎かになってしまうことがあるとすれば悲しくなってしまいます。乳幼児教育に関わる私たちは、そうした早期教育に対してその危険性をはっきりと伝えていかなければいけませんね。そうしたことを論理的に伝えていかなければ、商売などに簡単に結び付いてしまう早期教育のモデルばかりもてはやされることになってしまいます。暴力の話には直接つながってはいきませんが、大切なのはそこだという意味では同じことだろうと。

  2. 今日は読んでいて気が重くなる内容です。最近は虐待どころか生後間もない乳児を殺して遺体を遺棄し、児童手当を詐取する親まで出現する日本です。まるで鬼畜の所業です。この親はどんな育てられ方をしたのか!子どもの権利条約に「子どもは、暴力、いじめ、厳しい労働、性的な迫害から守られる権利がある」と謳われているのに、日本の教育現場や家庭から理不尽な暴力が根絶されるのはいつのことになるのでしょう。

    気分を変えて、『デンマークの教育に学ぶ』(江口千春著)からー。
    ≪デンマークでは、子どもが体罰や子どもの面目を失わせる取り扱いを受けることがあってはならないと法律を定めている。子どもをぶつことは実際上、法律に違反するということだと言われる。子どもがぶたれていたら、それはすでにプライベートなことではなく、他の人が見過ごしてはいけないことなのだ。≫

    「生きていることが楽しい!」子どもたちの幸福度世界一の国デンマークでは、いかなる理由があろうと体罰や暴力は法的に許されていないのです。日本も学ぶべきです。

  3. 乳幼児期に受ける影響が大きいということは以前のブログからずっと言われていることですが、それが次世代にも伝わるということは恐ろしいことです。知能指数は次世代につながるというよりはその一世代だけのものですが、こういった情動といったことはその一時代だけでなく伝承される。「育てられたように、育てる。」ますます、今、IQを高めることが良しとされる社会に疑問が出てきますし、こういった流れを変えていかなければいけないのだろうと思います。そして、情動というEQ値が高い人が今、社会で求められている人材でもあるということを発信していくことをしていかないといけないですね。子どもにとっての「育ち。発達」がどういうことで、社会として子どもをどう見守っていくかといったことをしっかりと見据えていくように心がけていこうと思います。

  4.  どうしてもスポーツと重ねてしまうのですが、やはり監督や先輩に教わった指導方法を自分が後輩に教える立場になった時に、自然と同じ指導方法をしている事に気付きます。自分はこれで上達したと思うと、やはり後輩にも同じように指導します。「子どもは育てられたように育つ」という言葉の通り、子育ても同じかもしれません。私はまだ子どもがいないので実際にどういう子育てをするのか分かりませんが、やはり自分の親と同じような子育てをするかもしれません。だからと言って自分の親が間違っていたとは思いませんが、自分の子どもが出来る前に見守る保育と出会えて本当に良かったと思います。実際に見守る保育が自分の子育てにどこまで影響するのか分かりませんが、悩んだり困ったときに振り返るきっかけにもなる気がします。

  5. 「子どもは、育てられたように育つ。」は相田みつおさんの言葉なのですね。「そして、育てられたように自分の子どもを育てる。」、これは藤森先生。わが子を観るたびに、これは私たちの育てた結果なのだ、と思いますね。確かに「育てられたように」育ったのでしょう。わが子をみて、がっかりしたり、憤りを感じたり、逆に誇りに思えたり、頼もしく思えたり・・・すべては自分たちの子育ての結果。そして、私が育てられたように確かに「自分の子どもを育て」ています。私は自分が好きな道を追求できるように育てられた来ましたからわが子にも全く同様です。わが子がその時その時を精一杯生きていてくれればそれでいいと本当に思っています。夫婦ともどもそう思っています。わが子がうまれてこの方、わが子の子育てを大変だと思ったことは一度もなく現在に至りました。おそらく今後ともないでしょう。EQ力、これはやはり大事だと私も思います。そしてこのEQ力の伸長如何で大人としての生き方が大いに変わってくるような気がします。最近起こった名古屋における殺人未遂事件の張本人、このEQを培う環境を与えられなかったのでしょう。とにかく暴力によっては何も解決しないのです。暴力の頂点にあることが「戦争」です。なるだけ、そちらの方に国が向かないように私たちはしっかりとしなければなりません。「平和のとりで」とは就中対話による問題解決方法だと考えています。

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