衝動

 ミッシェル教授がスタンフォード大学付属幼稚園で行った「マシュマロテスト」と呼ばれるものは、4歳の子に対して衝動を抑える力を調査するもので、「大人が戻るまでに目の前のマシュマロに手を出さなければごほうびとして2個あげるが、待てなかったら目の前にあるマシュマロを1個食べてもいい。」と言っていなくなるとどうするかと調査です。そして、その子たちの追跡調査をして、衝動を抑える力は、将来どう影響してくるかを研究したものです。その結果、衝動をおさえる子たちの成績が高かっただけでなく、衝動を抑えることのできなかった子の3分の1の子たちは、次のような姿が浮かび上がってきたそうです。

 青年期を迎えた彼らは、対人関係を避けようとする姿勢が目立ち、強情な反面優柔不断で、小さな挫折にも心の動揺を見せます。自分自身のことを「だめ」な人間、あるいは無価値な人間と考える傾向があります。ストレスを受けると、動けなくなったり、後退しやすく、疑い深く、自分が「恵まれていない」ことを恨み、嫉妬心を抱きやすく、感情の起伏が激しく、いらだつと過激に反応しやすいので、言い争いやけんかになりやすいなどの傾向にあったそうです。また、10年たっても、やはり彼らは、欲求の充足を先へ延ばすことができなかったそうです。

 この結果から見えてきたことは、この幼い時に少しだけ見えた特質は、年齢がいくにしたがってより広範な社会的・心理的能力となって開花するようです。衝動を抑える力は、あらゆる努力の基礎となり、目標を達成するのに必要な忍耐を維持しつつ目の前の誘惑から意識をさらす能力も持っていたのです。さらに、その後の調査でも、SATと呼ばれる大学進学適性試験の結果において、IQ値の高低よりも、2倍も忍耐強く待てるかどうかの方が影響していることがわかったのです。そして、衝動をコントロールできない子は、大きくなって非行に走る確率が非常に高かったそうで、この点でもマシュマロテストの方が、IQテストよりも正確に予言していたそうです。

 そして、何よりも大切なことは、IQは生涯変わることがなく、その人間の限界を表わすものだという説がある一方、衝動コントロールや社会状況の正確な読み取りなどに代表されるEQに関しては、学習可能と考えられています。目標を達成するために欲求を我慢する能力は、衝動の自己規制における本質的要素だと考えられているのです。

 このことが、以前ブログでも紹介した、飛行青少年を200人余り面倒見てきた裁判所の調査官が講演で話した、「彼らは、全員、一家団欒での食事をしてこなかった。一家団欒の一番の効果は、全員がそろうまで待つという力が付くことである。」ということに通じます。世の中が便利になり、何でも欲しいものが手に入り、少子化で親の子どもに対して手が届きやすくなり、子どもたちが我慢することが少なくなっています。だからと言って、ただ我慢させればよいかというと、そうではありません。食べたいマシュマロを眼の前に、おあずけをしているような、我慢させることをしつけるというようなことは、忍耐力という力にはなりません。目標を達成するために欲求を我慢するとか、衝動的行動をコントロールするという意味です。

 もう一つ、私の園で食事を、みんな揃うまで待ってから食べるというのは、待った結果、みんなで楽しく食べるという、いいことが待っているという希望があることです。ですから、食べ終わってから待つということはしません。「希望」というものは、人にとって、とても重要なことです。

衝動” への5件のコメント

  1. 日本では学校教育にも乳幼児教育の分野にも純粋な意味での情動教育はこれまで存在しなかったように思えます。道徳という名の観念的授業で、「命の大切さ」を知識として教えられても児童の情動には何の変化も起きません。アメリカのセルフサイエンスのような実践的な手法の情動教育を学校現場に導入すべきです。と同時に、乳幼児教育の在り方を子どもの情動面からもっと論議すべきだと思います。

    ≪就学前の数年間は基本的な情動能力を身につけるうえで決定的に重要な時期であり、情動版「ヘッドスタート」を適切に実施すれば、子どもたちが大人になるまで長期にわたる効果―麻薬や犯罪に走りにくい、幸せな結婚生活が営める、経済的に成功する、などーをもたらすことができるという研究結果が出ている。≫(「EQこころの知能指数」)

    学校現場で問題になっている「小1プロブレム」とかいじめとか、「中一ギャップ」などが起きるのは、結局幼児期に『快楽を我慢する能力、適切な形で社会的責任を引き受ける能力、感情をコントロールする能力、楽観的な見方をする能力』―すなわちEQの力が十分養われていないことが大きな原因です。我慢させるのがかわいそうではなく、少子化で過保護に育っている子どもが多い今こそあえて我慢をさせるべきです。しかも苦しみを伴う我慢ではなくー楽しみながら我慢するー我慢することに上手にインセンティブを与えるのが理想的な情動教育です。実際、新宿せいがの子どもたちは、待つ時間を仲良しの友達とのおしゃべりを心から楽しんでいるところを見ると、決して待つことを我慢とは思っていないのでしょう。

  2. IQとEQの関係がどんどん明確になっていきます。藤森先生に教わってきたことの重点がEQに関することだったとよく分かり、自分では気づかないうちにEQを大事にする方向へ進めていたことに感謝しています。待つことに関しては、待たせては可哀想だと意見が相変わらず多いです。大人が十分な配慮をすることができる状態であるからこそ、やってあげなければ可哀想という発想になるんだと思います。家庭でも家庭外でも待つ体験をする場がないと子どもがEQを伸ばしていく機会が減ってしまうと考え、今の社会状況から家庭のあり方を考えると、乳幼児期に関わる大人のあり方は自然と見えてくるんでしょう。待たせると子どもが可哀想というのは一見子どものためとも言えるかもしれませんが、視野を広く持ってのぞんでいきたいものですね。

  3. 「情動」というものは人間の人格だけでなく、学力や成績にも反映されるんですね。IQと言われているものはEQからつながるものだということはありえても、逆はないのだろうということはよく分かります。それだけ、EQといわれるものは人にとって大切なことだということがわかります。それと同時に今やろうとしている保育がEQを育てる一つの教育体系だということにとても実感が湧きました。もっと保育をする上でこういったことは知っておくベキだと思いますし、それを意識することも必要なのことなのだと思います。少子高齢化になっている時代、子どもたちと大人との距離はどんどん近くなってきていますし、いわゆる「子ども扱い」ということも昔よりより手をかけている部分があります。なにが今子どもに必要とされていることかを考えるときにEQや情動という考え方はその指標の一つになりますね。

  4.  ここでは忍耐力と言うより、自分の感情をコントロールし衝動を抑える力が重要に書かれています。では忍耐力と言うのはどういう力になるのか気になりますが、乳幼児期の頃の「待つ」という体験が、将来の育ちに大きく影響している事に驚きます。幼い時のちょっとした待つという行為が大人になってあらゆる場面で力を発揮し、また青少年の犯罪の抑制にも繋がるなど、「待つ」行動がここまで人の人生に大きく影響するとは思ってもいませんでした。ただ待つ行為の先に何も無いというのでなく、何か楽しみがあるという「希望」を持たせることも重要なことを覚えていこうと思います。

  5. いわゆる「マシュマロテスト」とその被験者の追跡調査の結果は、私たちがこどもたちにどういった環境を提供するか、に大いに関わってきます。衝動を抑える力、これは大人になってから社会生活をしていく上でとても重要な力になります。この「衝動」という語は、「衝動買い」や「衝動に走る」ということで、あまり褒められない行動に使われますね。短慮というか性急というか・・・。この「衝動を抑え」た行為が「待つ」「待っている」そして「待てる」です。これらについて今回のブログでは「目標達成」と「楽しみ」の二つを挙げて述べておられます。確かに、目標を達成するために、我慢したり、待ったりすることはあります。しかし何よりも待てる力の育成はその先にどれほど楽しいことが待っているか、に関わってきます。やがておいしいものが食べられると思うと、当分の間、嫌なことにも耐えられますし、何よりその時を待てます。私は待つことにはあまり苦痛を感じません。なぜなら、その待った後にはさまざまな楽しいこと、たとえば人との出会いであったり、乗り物への乗車、搭乗であったり、あるいは楽しい日を迎えられたり、そうしたことがあるからです。やはり「待てば海路の日よりあり」ですかね。

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