情動の自己管理と共感

 私がよく講演で見てもらう動画に、1歳4か月児が、7か月児が泣いているのを見て慰めるシーンがあります。泣いているのを見て、その子のお気に入りのタオルを渡そうとしたり、抱きしめて背中を叩いてあげたり、ティッシュで涙を拭いてあげようとします。こんなに幼い時期から、このような行動ができるのです。しかし、だからと言って、誰もができるわけではないのです。知らん顔をしている子、逆に面白がって見ている子など様々です。ひどい場合には、もっと泣かそうとする子さえいます。これらの行動は、まだ小さい子ですので、まだ大人のような悪気があるわけではないのですが、どの行動にしても相手の行動によって、自分もある行動をとっているのです。「他人の感情を理解し、その感情を何らかの方向に発展させるための行動をとる」という重要な情動能力が芽生えている証拠に変わりないのです。この能力は、ゴールマンは、「他人の感情にうまく働きかける能力は、人間関係を処理するうえで中心となる能力だ。」と言っています。

 さらにゴールマンは、「対人能力を発揮する前に、幼児はまず自分の情動をコントロールできる段階に達していなければならない。上手にはできないにしても、ともかく自分の中にある怒りや苦痛、衝動や興奮を静めようと努力できる段階だ。他人の感情に波長を合わせるには、自分の二面が多少なりとも平静でなくてはならない。自分の感情を操縦する能力の芽生えも、この同じ時期に認められる。幼児は泣かずに待てるようになり、自分の主張を通すにもいきなり実行行使をせず、相手を説得したりおだてたりといった手を使えるようになる。また、何回かに1回は癇癪を起さずに辛抱できるようになる。共感の兆候をも、2歳までには見え始める。」と言っています。

 まさに、私の園の1歳4か月児の園児が見せた姿ですし、他にもこのような光景を多くみることができます。大人になって、他人の感情を操縦するといった高度の対人関係を結ぶためには、まず、このころから情動の自己管理能力の獲得、そして、情動の共感が必要になるのです。この基礎の上に、「対人能力」は成熟するとしたら、最近の若者に対人能力の未成熟さが目立つのは、この基礎ができていないからであり、その基礎を学ぶ環境が失われているからなのです。それは、2歳までに他児と触れ合う環境なのです。

 対人能力の成熟は、他人とうまくやっていくために必要な社会的能力で、この能力が足りないと、社会生活がぎこちなくなったり、対人関係で大失敗を繰り返すことになります。社会的能力には、人間関係を築き、人の心を動かし、親しい人たちとの関係を豊かにし、他人に影響を及ぼし、周囲の人間をくつろがせる効果があるのです。

 もう一つ、社会的能力の優劣を決めるカギがあると言います。それは、共感したり、様々な感情を持っても、その自分の気持ちをうまく表現できるかどうかがあります。どのような感情をどのような場面で表出させるのが適切かに関する社会的合意が必要であると、それをエイクマンは「表出ルール」と呼びました。この表出ルールは、便化によって大きく異なる場合があると言います。いわゆる気持ちを「顔に出す」ということですので、時に日本人は、相手によって表情を顔に出すかを変えることが多いと言われています。このような表出ルールが文化によって違うのは、このルールはモデリングによって学習される場合が多いからです。子どもは、他人の行動を観察してルールを覚えるのです。

 子どもと相手をするときに、いつもポーカーフェイスでいるとか、または、いつも笑顔だけで接すると、表出ルールを学ぶことができなくなるのです。

情動の自己管理と共感” への5件のコメント

  1. 情動の認知プロセスは、?情動的評価⇒?情動表出⇒?情動の体験と捉えられます。

    たとえば、保育園で子どもたちから作りかけの折り紙をプレゼントされたとします。私たち大人は、「一瞬困ったなぁ」と思っても、その気持ちを抑制して、子どもの厚意に感謝して、笑顔でありがとうと言います。折り紙の価値の評価⇒困惑した情動の抑制⇒感謝の行動?ほんの小さな出来事でも、私たちの脳は子どもたちとの関係を円滑にするためにかなりのエネルギーを使います。

    また、子どもが誰かからプレゼントされた時、「ありがとうと言いなさい」と強制する親の姿をよく見かけます。しつけのつもりでしょうが、もし言ってる親の顔が少しも嬉しそうでなかったら、子どもはどんな顔で御礼を言えばいいのでしょう。大人はちゃんと社会生活のルールをお手本として示さないといけません。

    最近は、情動の自己管理が苦手で、人づきあいに苦労している大人が増えています。人間関係のトラブルの原因は、情動の抑制や共感ができないことに尽きます。逆に言えば、幼児期に情動をうまく操縦する術を学んでおくと、社会に出ても余計な悩みを抱えないで済むことになります。今、社会問題になっているいじめや不登校も、子どもたちに情動の抑制力と共感力が欠如していることに起因します。付け焼刃的な制度改革よりも教育(保育)そのものの質を変えていくことが大事です。

  2. 情動の話を読んでいていつもドキッとさせられるんですが、今回は情動の自己管理能力が自分にはあるんだろうかと考えさせられました。それが対人関係において重要だとわかるので、余計に心配になります。主には子どもの話として書かれていると思うのですが、どうしても全ての人に関する話として書かれているように思うのです。保育というものが何かのテクニックを意味するのではなく、人の生き方を広く考える必要のあるものだという捉え方が必要なのは分かってきました。その場しのぎの対応ではなく、先を見据えたものでなければいけませんし、そうなると子どもに対する表情の作り方なんかもとても大事なことになってきます。保育者はいつも明るく笑顔で…なんて話は実は恐ろしいことでもあると理解しないといけないと思います。

  3. 人との関わりのおいて、感情を受け止めることや共感すること、情動を自己管理できるようにするというためにはやはり乳児期からの人との関わりがかなり重要なことなんですね。確かに人との関わりで共感することというのは自分が落ち着いていたり、ある程度の余裕がないとできないことが多いように思います。こういった情動の自己管理はかなり高度なことのように思います。このことができるには2歳までに他児と関わることで基礎ができてくるんですね。そのためにどう保育士が距離感をとることがいいのか保育をする上で意識していかなければいけませんね。
    ただ、最近は先生として意識しすぎるのもどうかと感じるときがあります。最後の文章でありましたが、「いつも笑顔でいる」ということも確かに不自然といえば不自然です。先生といえども、「嫌なことは嫌」というときもあっていいのではと思います。「子どもだから」とか「先生だから」というのもどうなのかと最近は思います。正直に子どもと向き合うということはそういう先入観をもってやるべきことではないのではないかと思います。もちろん、子どもだからできないこともあるでしょうが、だからこそ、「共感する」ということをベースに自然に子どもと向き合うことが一番なのかもしれないと感じます。
    う〜ん、すいません。なかなかうまく言葉がまとまっていないですね。

  4.  私もブログに書かれている動画を見させていただきましたが、驚きました。この時期に友達の感情に共感し、更に先回って行動するという能力がどのように身についたのか気になりますが、やはり保育士の姿から学んだのでしょうか。乳児の頃に対人能力の基礎を培う事が出来る環境を考えたときに、やはり一番に思いつくのは子ども集団です。決して大人対子どもの関係でなく、ブログに書いてあるような子ども同士の関係です。それを子ども同士を関わらせないような環境を設定したり、保育をしていては全く意味がありません。また自分の気持ちを表現する事も対人能力としては重要な事です。それが新宿せいが保育園にある「表現パネル」に該当します。大人になって対人能力を身につける為に社会人向けのセミナーや本が多くありますが、そもそも乳児の頃の環境が大きく影響していると思うと、改めて乳幼児の重要性が明確になってきます。

  5. 私は直接子どもたちと接する立場にありませんから、子どもたちの対人能力について、その引き出し役は現場の先生たちにお任せするしかありません。そして私はその現場の先生たちと直接接する時、彼らの対人能力に配慮しなければならない立場にあるのだろう、あるいはそうした役割を担っているのだろう、と思います。幼形成熟の日本人は実は心も幼さを引きずってきて大人になっているようなところがあります。日本の職場における「いじめ」は結構深刻で、対人能力を上手に獲得できなかった証しだと思います。こうした現状を省みる時、人間関係構築ということを意識せずに知識習得や意味のない忍耐力、規律の遵守ばかりを強調してきた学校機関に思いを馳せざるを得ません。良好な人間関係構築のためには相手の気持ちを思いやると同時に自分の気持ちを素直に相手に伝え、その相手に理解を求める訓練を積まなければならないと思います。おそらくこのことは乳幼児の頃から始まり死ぬまで続くことなのでしょう。

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