情動の学習

 園での相談に、「仲間外れされている子をどうしたらよいか?」というものがあります。子どもにとって、人気のある子がいます。子どもたちは、何を基準にして選んでいるのでしょう。研究の結果、情動のメッセージや人間関係のサインに気づき、解釈し、反応できる能力が人間社会でうまくやっていくために買いに重要な役割を果たしているかが明らかになったそうです。子どもがグループの遊びに加わろうとして、拒絶される光景を見ているのはかわいそうな気もしますが、これはよくあることだと言います。人気のある子どもでも、遊びに入れてもらえないことはあるのです。小学校の2年生と3年生を対象に調査した結果によると、仲間から一番好かれている子どもさえ、すでに遊びが成立しているグループに加わろうとすると、26%の確率で拒絶されたそうです。

 EQという能力は、人とのかかわりの中で大きな役割を持つようです。それは、かかわりに対しての役割であるだけに、その本人だけの問題だけでなく、周りの人への影響もあるようです。例えば、苦悩している人間を慰めるのが社会的試金石だとしたら、怒りの頂点にある人間を静めるのは究極の社会的技術であろうとゴールマンは言っています。それは、そこには様々な能力がかかわってくるからです。そこで、ゴールマンは怒りの制御や情動の伝染に関してそれを慰めるとすると、次のような能力が必要になってくると言っています。「怒っている人間に対処するにはまずその人の意識をそらし、次にその人の気持ちや視点に共感し、それからもっと生産的な気分になれる別の話題に関心を引き寄せるという方法が有効です。」これは、いわば情動の柔術のようなものだと言っています。

 この情動の柔術は、人間が社会の中で生きていくうえでは、その関係を良好にするためにはとても有効的なものです。そして、それは、友達同士だけでなく、夫婦の関係、親子の関係、職場の同僚との関係などでも言えます。また、生活の中での多くのストレスは、人との関係においての場合です。人との関係においてストレスがあまりないと、勉強や仕事がはかどります。免疫力も高まります。この能力の高さが、知能の高さよりも重要であるというのが、この話題を始める時のきっかけである「こころの知能指数」という、IQの高さからEQの高さがより良い人生を送ることができるキーなのです。

 では、どのような時期に、どのようなことから子どもたちはEQを学んでいくのでしょうか。それは、子どもが生まれて初めて出会う社会である家庭の中で、初めて人とかかわり持つ母親との関係の中です。家庭は、人間が最初に出会う情動学習の場であると言われています。親しい人間関係の中で、私たちは自分自身に対する愛情を形成し、他人が自分の感情にどう反応するかを学習します。そうした感情をどう考えるべきか、反応してどんな選択肢があるのかを学びます。希望や恐怖をどう表現し、どう読み取るかを学びます。それを、子どもは自分に向けられた言葉がけや行動から学び取るのですが、それと同時に、大人が自分自身に向けられた感情からも学んでいきますし、直接的なかかわりからだけでなく、目の前で行われる他人同士の人間関係からも学んでいきます。子どもたちが、やはりその最初に出会う他人は、両親であり、親自身が自分の感情をどう処理するのか、両親の間ではどのような会話が交わされているのかなどから学んでいきます。

 確かに、親が子どもをどう扱うか、例えば厳格なしつけをするか、共感を持って教え諭すか、無関心か温かい交流があるか、それらが子どもの人生に情緒的側面に深く永続的な影響をもたらすことは、幾多の研究が指摘しています。

情動の学習” への5件のコメント

  1. 今回紹介された情動の柔術という呼び名が妙に気に入ってしまいました。真正面から受け止めずにいなしてみたり、タイミングを見て正面から向かっていったりと、確かに柔術のような感じもします。難しいものではあるけど、意識するかしないかによって対処も可能だということなんでしょうね。で、これは周りの人がどう接してくれたか、どのような姿を見せてくれたかで自身の情動の柔術を育てていくとなると、ますます術という言葉がピッタリはまっている印象を受けてしまいます。自分がどんな感情を持つか、自分の感情をどうコントロールするか、相手の感情をどう読み取るか、相手の感情にどう影響を与えていくかなど、目には見えないし言葉で教えきれるものでない難しいことを、子どもは小さいうちから学んでいるんですね。子どもとは小手先の対応で向き合っていてはいけませんね。

  2. 藤森先生は、園児だけでなくその親も保育している園長先生という方がいます。その言葉の意味がまだよく理解できていないのですが、子どもにとってのより良い家庭や親の在り方を提案することも保育所の使命の一つと考えます。保護者会での講演という直接的な働きかけだけでなく、父親保育やウォークラリーなどの行事参加を通して子どもとの距離感や働きかけ方を自然な形で体感することもとても有効です。核家族化は親の子育て力まで奪っています。親のEQは子どものEQ力にも大きな影響を及ぼします。

  3.  あいやまさんと同じで「情動の柔術」という言葉は本当に素晴らしいですね。確かに人が怒っている時にどう鎮めればいいのか、色々と試行錯誤します。好きな物や美味しい物をあげようか、大好きな音楽をかけようか、映画を見に行こう・・・色々と考えます。そんな物に頼るのでなく、まずは相手に共感し、違う話題や視点の話しをして気分を変える。これは社会で生きていく為にはとても重要な能力です。子ども達もいずれは大人になり社会に飛び立ちますが、ここで言う「情動の柔術」を見につけることは大切な事です。それを子ども達は家庭という一番身近な場所から学びます。母親との関係、両親の会話など、目の前で行われている事から学んでいくとなると、当たり前ですが、親の存在はとても大きいですね。

  4. ブログを毎日見ているからか、保育をしていても「共感」ということをすごく意識しています。子どもたちの活動や行動でやはり問題になる行動や行為をやめさせたいときには共感し、落ち着くようにするということはとても大切ということを実際に体験しています。そして、その反面、自分自身を冷静でいられず、共感することができなかったときに自分の未熟さも同時に感じることが多いですね。ある意味、子どもというものを通して、自分自身も磨かれていくように思います。子どもたちは環境から学んでいるということは保育のなかでいわれていることですが、はじめにであう家族という人的環境はとても重要なものですね。いろんな親がいますが、子どもたちはそこから自分の情動というものが培われていくということですね。保育園ではそういったいろんな家庭の子どもたちが集まる場所です。だからこそ、それぞれに完璧にあったものを作ることはできないかもしれません。そのなかでどの子どもでも大切にしなければいけないことを見通して、保育をしていくことが大切なのだと考えさせられます。

  5. 「情動の柔術」、すなわち「(怒っている人間に対処するには)まず意識をそらし、次にその人の気持ちや視点に共感し、それからもっと生産的な気分になれる別の話題に関心を引き寄せる」、なるほど、かわして受けとめて引き寄せて、落ちきいてもらう、ということですね。この情動の柔術、自分自身を律する手段としても有効ですね。今日も家族で話し合ったのですが、嫌なことに遭遇したら、まずはその場から離れて、嫌だなという自分の気持ちを確認し、そしてなるだけ生産的な別なことを考える・・・それでも引きずった場合は・・・時間の経過にただただわが身を委ねる、ということにしてみましょう、ということになりました。わが子もいよいよ思春期といわれる時期に入って行きます。その準備としてこうしたことを確認しておくことも有用か、と思った次第です。EQについては子どもたちはもとより私たち先輩世代も常に意識していきたいものですね。

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