情動の伝染

 群衆心理ということがよく言われます。それは、群集の中に生まれる特殊な心理状態のことですが、このような心理では、衝動的で興奮性が高まり、判断力や理性的思考が低下して付和雷同しやすいと言われています。一時「赤信号、みんなで渡れば怖くない。」という言葉に代表されるような、みんなで一緒ということで、正当な判断を敷かくなることがあります。もう一つ、みんなでいることによって、興奮性が高まるということです。なぜか、大勢になるとテンションが上がってしまうことがあるのです。普段、一人では恥ずかしくてやれないことでも、多くの人が集まるとその中ではできてしまいことがあるのです。

 もう一つ、何かの気持ちが人に伝わり、集団全体が暗くなってしまうとか、逆に集団全体がたのしくなるということもあります。それは、情動は伝染していくということのようです。情動の伝染は、多くの場合、人間同士が接触するたびにそれとなくおこる交流の一部であるといわれています。人間は有害な出会いも有益な出会いもないまぜになった精神生活のなかで、お互いに気分を伝達したり、受け止めたりしています。普段のこのような情動の交流は、非常に微妙でほとんど気づかないようです。私たちは、人と出会うたびに情動の信号を送り出しているのです。そして、その信号が相手の気分に影響を与えます。社会的に器用な人ほど、自分が送り出す信号をうまくコントロールできると言います。この情動の交流を上手に管理する能力が、EQという社会的知性の一つと言われています。

「情動をうまく読み取ったり、表現したりできない子どもたちは、常にフラストレーションを感じています。本質的に、彼らは何がどうなっているのか理解できていないのです。この種のコミュニケーションは、何をするにもついて回ります。表情や態度を見せないようにはできないし、声の調子を隠すこともできないのですから。表出すべき情動メッセージの種類を間違えていると、周囲の人が自分に対していつも変な風に反応するように思えてきます。」どうも、これらの状況は、最近増えてきている「ひきこもり」の若者に見られるものと同じような気がします。これは、子どもの非言語的能力を研究しているエモリ―大学の心理学者スティーブン・ノーウィッキの説明ですが、さらにこう説明しています。

「いきなり肘鉄を食らわされて何がなんだかわけがわからない。あるいは、自分では愉快にふるまっているつもりなのに、実際には興奮しすぎて荒れ狂った状態になってしまい、気が付いたら周囲の友達がみんな自分に対して怒っていて、どうしてそうなったのかわからない。こういう子どもたちは、結局周囲の人々の態度を自分はどうすることもできない、自分が何をしても周囲の人々の反応に影響を与えることはできない、と感じるようになります。そして、無力感や抑うつ感を抱き、無関心になっていきます。」

このような子どもたちは、一つの社会でもある学校で仲間外れになるばかりか、学習面でもうまくいかなくなります。このようなことが不登校を生んでいきます。どうも、これらのもとには、非言語的能力が影響してくるようです。園では、仲間に入れない子、仲間に入れてもらえない子、仲間に拒否されてしまうがいます。幼児は、正直であるが故に残酷な面もあります。このような場面は、よくどうしたらよいかという質問されることもあり、また、このような場面を研究している研究者も多くいるようです。

このように仲間から拒否された時、どのような行動をとるか園で見ていると、乳児に行くほど、それを乗り越える力があるような気がします。どうも、この力も非言語的能力かも知れません。

情動の伝染” への6件のコメント

  1. ある結婚式の来賓の花嫁へのスピーチで、『たとえ前の晩、喧嘩をしても、朝主人を送り出す時は、笑顔で「行ってらっしゃい」と言って気分よく送ってほしい。』というのがありました。確かに不機嫌な気分で会社に行ったら、職場の空気も悪くなります。仕事もなんとなくはかどらず、大きなミスをするかもしれません。夫婦でうまく情動の管理をすることも家庭生活の知恵ですね。うちはそれがうまくいかないでいまだに苦労していますが・・・(笑)。上に立つ人ほど、情動の管理をして、悪い情動が伝染しないように心がけましょう。

  2. 情動は伝染しやすいというのはよく分かります。朝暗い感じであいさつされるとその感情に引きずられてしまうことは何度も経験しています。そのように、無意識のうちに他者の感情に影響を受けていることを考えると、逆にこちらから影響を与えるということも可能だということですよね。相手が意識していようがいまいが、それは確実に伝わっているので、雰囲気を変えていくこともこちら次第と考えた方がよさそうです。このような情動のコントロールができるかどうかは、確かに他者との関係において重要となりそうです。そのカギを握るのがまたまた乳幼児期とのことなので、保育園の果たすべき役割はほんとに大きいことがわかります。世の中の目がもっと乳幼児期に向くようになることが、これからの社会にとってのポイントになるんでしょうね。

  3.  以前、医学部の学生さん達と関わっていた時、将来、何科を専門にするかという話をよく耳にしました。ある学生が「精神科を目指そうかな」というと、クラスメイトから「君は同期(シンクロ)しやすいから、辞めた方がいいんじゃない」と言われていました。またカウンセリングを行う人は、定期的に他の人にカウンセリングをしてもらう方がよいと聞いたことがあります。なぜかというと、人は誰かの悩みごとを聴いているうちに、自分にまでその気持ちが伝染するためです。だから精神科医やカウンセラーに向いている人は、ちょっと冷めた人や、ビジネスライクに仕事をこなせる人の方が向いているそうです。相手の気持ちがわからないのも困りますが、わかりすぎるのも困りものです。やはりバランスが大事なのでしょう。

  4. 「集団心理」ということはよく聞きますが、確かにこれは「情動の伝染」とも言い換えれますね。とくに日本人は集団心理に影響されやすいとよく聞きます。裏を返せばそれだけ相手と共感できるという下地が厚いからでしょうか。良い分もあれば、反面悪い部分でもありますね。悩みなどを聞くときでも、片側の言い分だけを聞いているととても偏った考えに成ります。こういったことも相手の感情に影響を受けているんですね。あくまで冷静に物事を見るときには自分の情動というものはコントロールされていなければできないことです。これらのことが乳幼児期に育っていないと「ひきこもり」になるということはとても考えさせられますね。今、乳幼児期の子供達を見れるからこそ、こういった考えはしっかりと持ち大切にしなければいけないですね。

  5.  「赤信号みんなで渡れば怖くない」このフレーズは私もよく耳にしました。いくら集団と言えども全員が興奮状態に陥ると、正当な判断が出来なくなる恐れがあります。また一人で出来ない事も大勢では出来るかもしれませんが、間違った行動をしてしまっては集団の意味がありません。そういう意味では集団で活動する中で一人ひとりが自律をしなければいけません。さてブログに書いてあるように、友達の輪の中に入れない子どもを時々目にします。以前、なぜ入れないのか?理由を聞いたところ、ルールを守れない、すぐに怒るなど子ども達になりにちゃんとした理由があるようです。しかし中には自分の気持ちを上手く相手に伝える事ができない子どもいます。その子にしてみればなんで分かってくれないのか?とても歯がゆい思いをしているでしょうね。そんな状況に陥った時にどうすればいいのか?確かに解決策は難しいですね。この状況を乗り越える力が非言語的能力に関係するのはなんだか想像がつきませんが、次のブログを読み込んでみようと思います。

  6. 空気を読まないと「KY」とレッテル貼られる時代、周りに配慮せずに個性を発揮すると、思わぬ痛い目に遭うことも・・・なかなかに面倒ですね。私たち年輩はいいのですが、若ものたちはある意味で周りに迎合しなければなない・・・あぁ、これはもう過去のことで、現代の若者たちは自分の都合をお互いに優先できるので、自己犠牲を払ってまでの人間関係を持つことはしないようです。その意味を考えると、情動の伝染、ということはどんなふうになるのだろうか?と改めて思ってしまいます。子どもたちの世界は確かに時に残酷ですね。「〇〇ちゃんは入れない!」などと平気で言いますから。しかし、それもつかの間、何がどうなってそうなったかわかりませんが、次には入れないはずの〇〇ちゃんと一緒に遊んでいます。どうもよくわからない子どもたちの世界。大人は変に介入しない方がいいことがよくわかります。「ひきこもり」の子や「不登校」になる生徒たち、とてもファジイーでしかも範囲の格段に広い非言語コミュニケーション能力を培うことができなかったのでしょう。まぁいいや、とか、いい加減、とか、適当、ということが育つ過程で許されなかったのか?といろいろと思いやられますね。非言語能力の獲得は重要ですね。

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