大人の影響

 赤ちゃんの能力は、最近、驚くほど素晴らしいものであることがわかりつつあります。「赤ちゃんは白紙の状態で生まれてくる」と思っている人は今はいないと思いますが、「白いうち、つまり早い時期ほど染めやすい」と思っている人は多いような気がします。その考えの下、「3歳までは言ってもわからないからたたいて教える」「小さいときにこそ厳しくしなければ」という人、さらに「早い時期の教育にこそ効果がある」という人がいます。確かに、赤ちゃんは、まだいろいろなことができないように思えますし、何かを「まるで吸い取り紙が水を吸い取るように」覚えてしまったり、できるようになったりします。ですから、白紙に色を付けなければと思うのでしょう。

 しかし、赤ちゃんは決して白紙で生まれてくるのではありませんし、どんな色にも染まるような存在ではないのです。それは、人として生きていくうえでの、誰にでも備わっている共通の性質をいくつも持って生まれてきます。それがどんなものかは、なかなか分かりにくく、研究しにくいものです。それは、赤ちゃんは自ら表現しないからで、また、脳を割ってみるわけにもいかず、その研究の成果がなかなか現れないために、赤ちゃんの優れた能力はそれほど論じられませんでした。しかし、赤ちゃんが自ら表現しなくても、その表情、視線からの研究、また行動観察から解明されつつあります。たとえば、赤ちゃんは、いろいろな環境の中に生まれます。その環境に興味を持ち始めてくるのですが、まず、大切な能力は、母親を見つけたり、人の視線や表情を読み取ったり、真似をし始めるために、まわりにあるたくさんのモノの中から、母親が属している「人間」だけを取り出して、特に興味を示します。人間の視線を感じ、人間の表情を見、人間のやることを真似ようとします。新生児のころから、目の前で大人が舌を出し入れを真似して、自分の舌を出したり、表情を変化させると、これに反応を示したり、まねをしたりします。大人の話す言葉に対しても、いろいろな反応を示したりします。

ハーバード大学の小児科医であるブレイズルトンは、30年ほど前に簡単なテストで乳幼児が周囲の世界をどう受け止めているかを診断しました。生後八か月の赤ちゃんに二個の積み木を渡し、大人が手本を見せると、希望に満ちた世界観を持ち、自分の能力に自信を感じている子どもは、まず、積み木をなめ、髪にこすり付け、テーブルに落としたりします。それに、大人が辛抱強く付き合い、積み木を拾ってあげると、ようやく確信を得たかのように、真似して手本通りに並べ、やった!とばかりに大人の顔を見たと言います。こういう子どもは、周囲の人々から褒められ、励まされて育っていくので、人生でささやかなチャレンジに遭遇しても、きっと成功できるという自信を持っていると言います。

対照的に、冷酷で、混乱した家庭、あるいは子どもに無関心な家庭で育った子どもは、同じ課題を与えられても、実際に積み木がうまく並べられないわけでもないのに、初めから失敗するに違いないと思い込んでいる様子を見せると言います。もし、課題ができたとしても「僕なんかだめだ。ほら、やっぱり失敗した。」と言わんばかりの卑屈な表情を見せるのだそうです。こういうタイプの子どもは、大人になるにつれて、敗北主義的な人生観を抱き、教師から励まされることも、注目されることも期待せず、学校生活に楽しみを見出さず、やがて落後していくと言います。

この二通りの違いは、生後2,3年で形成されるようです。「子どもが自信を養い、好奇心を育て、学ぶ楽しさを知り、限界を悟るうえで親の対応がどれだけ大きく影響するか、親自身が自覚する必要がある。」とブレイズルトンは述べています。

大人の影響” への5件のコメント

  1. どちらかと言えば、「混乱した家庭環境」で育った私。祖母と父親との確執、かわいがってくれた祖母の死。喧嘩の絶えない父と母。そして離婚。母親一人が生計の柱となって私と妹の二人を育ててくれた。だから私は決して楽天的な性格とはいえない。マイナス思考に悩まされることも多い。でも、多くの人の助けもあって、幸い人生の落伍者にもなることもなくこの歳まで幸せに生きてこれた。

    たしかに、子どもは親を選べない。生まれ落ちた家庭で生きていくのが定めだ。どんな親であれ、生き物の本能でそれでもなお生きていこうとするのだ。もし、たまたま生まれた家庭環境で性格が決定されその後の人生の幸不幸につながるのであれば、子どもにとってこんな不条理なことはない。親の養育態度と子どもの性格の統計的な相関性があることは認めても、赤ちゃんの時代に人生の負け組が決定されるなんてありえない。子どもの人格は家庭という枠で決められる粘土ではなく、竹のようなしなやかさを持っていると思う。

  2. タイトルが「親の影響」ではなく「大人の影響」となっていることに、深い意味は無いのかもしれませんがあれこれ考えさせられました。ここに書かれていることは親の話が中心です。でも親が全てではなく、周りの大人が与えることのできる影響もあると教わってきました。「冷酷で、混乱した家庭、あるいは子どもに無関心な家庭で育った子ども」たちに対して、もしも親の影響が全てを決定するのであれば私たちは何もできることはないのですが、周りの大人の影響もあるとすると、根本的な変化につながる影響は無理かもしれませんが、小さな小さな影響を与え続けることはできるのかなあと思っています。そうした積み重ねによって周りの大人がどの子に対してもできることはあるんだと思っていたいです。

  3. 赤ちゃんに対して、大人がどうかかわるか、このことに関してはもっと意識していくとは大切なのかもしれないですね。確かに赤ちゃんは何もできないので早く教えていかなければということや三歳児神話という先入観はまだまだ強いですね。また、「試す」ということを大人が許容できないことも多いと思います。特にこの話のなかで「辛抱強く付き合う」ということが出てきましたが、ここがなかなかいろんな理由でできないといわれることが多いですね。しかし、だからこそ、そこは意識して保育していかないといけないですね。親が一番子どもとかかわることが多く影響も大きいですが、周りの大人も保育園においては決して小さい影響力ではないと思います。こういったことを発信しつつ、保育園での中でも意識していくことは必要ですね。

  4.  藤森先生の講演やブログで赤ちゃんの能力の凄さを学んできました。今更、赤ちゃんは白紙で生まれてくるから色々な事を教えるという考えは、さすがに思い浮かばないです。生まれた時に誰にでも備わっている共通の性質をいくつも持っていて、それを徐々に上手く減らしていくかが重要というのも教えていただきましたが、では自分が今後赤ちゃんを育てるとなると、どういう環境を用意し、子どもと関わっていけばいいのか?少し考えてしまいました。保育園では子ども集団や玩具がたくさんあると思いますが、やはり家庭での影響も大きいと思います。ただブレズルトン氏の実践を読むと、具体的な方法は理解できました。一番は方法というよりも、親の言葉がけや行動が赤ちゃんに、大きく影響するという自覚なんですね。わが子が将来どういう風に育って欲しいのか、親としての理念というのをしっかりと持つ必要があると思いました。

  5. さまざまな研究から、赤ちゃんは基本あらゆる能力をもってこの世に出てくることが知られるようになりました。そして、生まれ出た環境によってオンする遺伝子、オフとなる遺伝子があるようです。さらに、環境によるトリミングで当座用のない才能は現れないことになります。すなわち、赤ちゃんを取り巻く環境次第で赤ちゃんの能力の開花未開花が決定されるのですね。親であってもなくても、赤ちゃんを囲む大人のあり方の重要性には代わりがありません。ここで「大人」としているのは、赤ちゃんの世話はお母さんだけ、といことではないことを表現したかったのですね。私自身の子どもの頃を振り返ってもそこには父母はおらず、その父のお弟子さんやら父の弟妹(おじさんおばさん)がいて私の面倒をみてくれていたようなのです。ですから、もの心ついた頃から親との関わりよりはむしろ、お弟子さんや叔父叔母と遊んでいたような気がします。そのことが特に自分より年上の方々と平気で交流できるようになった要因のような気がします。喧嘩の絶えない家で育ちましたが、であるからこそ、人とはできる限り喧嘩もしたくないし争いたくもない、そんな気持ちが強いですね。これも「三つ子の魂百までも」の「三つ子の魂」、すなわち3歳頃までの環境の賜物と自覚しております。

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