あと伸び

 発達は、知識と違って、早くすればいいというものではなく、人生におけるその時期時期が大切であり、何もないところに何かをつけていくということではなく、遺伝子に組み込まれた発達の要素が、その時期の表出してくるものを、より確実なものに環境を通してしていくものです。ということで、それが現れる時期に、その発達を促す環境を用意する必要があります。

 かつて学力を左右するものとしてIQという知性が長いあいだ幅を利かせていました。それに対してダニエル・ゴールマンは、「こころの知能指数」としてEQに注目しました。そして、EQについていろいろなことを解明しました。「EQの形成は、学童期を通じてずっと続くが、EQの基礎を身につける機会は、生後間もない時期から始まる。後年になって身につくEQは、生後間もない時期に身につけた基礎の上に積み重ねられていく。しかも、EQは、あらゆる学習行為に欠くべからざる基礎だ。」子どもたちは、人生において、様々な人と出会い、人々の中で学んでいきます。特に、小学校に行くと、社会人としての知性を学んでいきます。そのために学習があります。しかし、このような学びには、基礎が必要なのです。土台が必要なのです。それがしっかりできていないと、その後の学習が身に付かないのです。その基礎は、生後間もなく学び、築かれていくのです。しかも、こんな報告書を紹介しています。

「国立臨床幼児教育センターが発表した報告書は、“学校の成績が伸びるかどうかは、知識の蓄積や早熟な読解能力よりも、むしろ情緒的・社会的能力による。”と指摘している。自信や興味があること。自分にどのような行動が期待されているかを知り、衝動をコントロールできること。待てること。命令に従えること、教師に助けを求められること。自分の要求を表明しつつ、他の子どもと仲良くできること、こうした能力の方が重要だ、と指摘しているのである。」

「あと伸びする力」ということがよく言われます。就学前教育は、就学後の教育を先取りして早くやることではなく、就学後に伸びるような基礎を学ぶことが必要であるということです。このあと伸びする力は、知識の蓄積や早熟な読解能力ではないのです。幼児期に、子どもが多くのことを知っていると喜びます。大人顔負けのことを知っているとなおさらです。また、難解な文字、文章を読解できると、すごいと感動します。「うちの子、天才かしら?」と思ってしまうことも。しかし、それらは、学校に入ってからの成績にはあまり関係ないようです。多くのものを知っていること、難しい文字を読むことができる能力は、のちの成績には結びつきません。小学校に入学して、成績に関係してくる力は、情緒的な能力とか、社会的能力だということが、研究の結果わかりました。乳幼児期に子どもたちにつけなければいけない力は、情緒的能力とか、社会的能力なのです。

さらに、この報告書は、こんなことも指摘しています。学校生活がうまくできない子どもは、もし学習障害のような認知面での問題があるかないかには関係なく、EQの1項目あるいは複数項目が欠如していたのです。この指摘に、ゴールマンは重要な問題があると言っています。それは、アメリカでは、州によっては小学校1年の段階ですでに5人に一人近くが落第し、学年が進むにつれて他の生徒との格差が広がっているからです。落ちこぼれた子どもたちは、意欲を失い、世の中を恨み、破壊的になっていっているのです。

そんな状況の中で、EQの力が必要であることが改めて認識されたのです。

あと伸び” への6件のコメント

  1. 就学前の早期教育は百害あって一利なし。早期教育が子どもの学力に決定的に効果があるという実証的な調査はまだない。逆に早期教育を厳しく行ったために情緒障害を起こしてしまった子どもの例は日本だけでなく早期教育の盛んな韓国からも寄せられている。

    お茶の水大学の榊原洋一教授によれば、早期教育が子どもの発達に及ぼす弊害の可能性は二つ。過剰な刺激が、もともと刺激に敏感な乳幼児の脳のオーバーロード(過負荷)となってしまうこと。臨界期の脳に過剰な刺激は禁物だ。脳の発達プログラムが障害されてしまう。

    もう一つは、早期教育への過大な期待は、子どもに大きな身体的・精神的ストレスを与えるのだ。東北生活文化大学の土居教授が1997年に幼稚園児の尿を採取してストレス値を比較したところ、早期教育を受けている園児は、受けていない園児に比べてストレスが高かった。さらに早期教育を受けている子は、昼間の幼稚園での活動が鈍いのだ。これは放課後のお勉強に備えて体が活動を休めているのだ。

    また、お茶の水大学の内田伸子教授によると、3,4歳で文字を修得している子と、していない子との差は、小学入学後に急速に縮まり、1年生の9月には消えてしまう。また漢字でも、早期教育の効果は2年生で消えてしまい、むしろ国語嫌いが早期教育を受けた子に多かったということです。

  2. こんな研究結果がきちんと示されているんですね。でも、EQの重要性が明らかになったとしても、IQのような注目のされ方や広がり方は期待できないように思います。IQの場合は、こうすれば頭がよくなるとか数字によって判別しやすい項目だったりするのですが、EQの場合はそこがわかりにくいです。情緒的能力とか社会的能力は、誰もが大事なことと理解していると思いますが、インパクトということで考えると弱いのではと思っています。なのでマスコミとかが大々的に取り上げて、受けとる方も熱狂的に…という状況にはならないと思います。だからこそ腰を据えて、大事なポイントを見失うことなく、丁寧にその力をどうつけていくかに取り組んでいかないといけないと思っています。

  3. ブログを読み進むことで、認知的なものよりも、より情緒的なもの、社会的なものを育てることが必要だということを改めて感じます。しかし、あいやまさんがいうようにEQというものはIQと比べるとなかなか目に見えて効果がすぐに出るものではないですし、その重要性は認知されにくいものなのかもしれません。しかし、社会に出て、仕事をする上でかならずこういったものが必要になってくるということはとても感じます。人との関係が社会ではより高度で広く複雑なものになってきます。長いスパンで物事を見ていかなければいけないですね。「心」の研究はこれからも進んでいくんでしょうが、こういったことを取り上げ、広めていくことも保育園の役割なのかもしれませんね。しっかりとブログを通して自分なりに捉えていけない部分のように感じます。

  4.  何をするにしても基礎というのはとても重要な事だと思います。サッカーや野球、テニス、柔道、剣道などスポーツの世界においても基礎トレーニングと言うのはとても重要です。当たり前ですが、基礎が出来ていないと応用はできません。よく藤森先生が言われるように乳幼児期にしか身につかない事、出来ない事を優先することが重要だと言われるように、人生の基礎を培う事が大切なことです。実際問題、学校での成績は確かに気になる事ですが、それも学ぶ楽しさを知ることで自ら学習に取り組む様になると思いますが、それも知らずに勉強と言われ大人の指示でやらされても楽しさは見出す事は難しいような気がします。今の時期の成績を重要にしたいのか、それとも将来での姿を重要にするのかで、乳幼児期の過ごし方はかなり変わりますね。

  5. 今日は藤森先生から高校生大学生以降の意欲や夢・希望の保障がいつ行われるかというお話を伺ってとても合点が行きました。いわゆる脳の臨界期は8,9歳頃と言われています。私が勉強を意識するようになったのが小学校4年生頃からで、学ぶ楽しみというよりは、学校での教科が文字通りの「勉強」となり、やがて早く小学校を卒業して中学校へいきたい、そうすれば楽しんで学べる、と思い進学すると、結局何だかやらなければならない意識のほうがさらに強くなりました。それでも真面目に学習に取り組んでいたわけですが、高校に入り、ますます勉強に嫌気がさしてきた頃、自分のやりたいことを積極的にやろうと気づくことができ、その後、ほぼぶれずに好きなことをやり続けて今日に至っているような気がします。高校から大学に進学しながら好きなことをやれるようになったことを振り返った時、実は脳の臨界期以前、すなわち乳幼児から小学校の3年生頃までは基本的に制約されることなく好きなことを十分にやれたことが高校以降のやる気につながったのだと今になって思えるのです。その意味で今回のブログの「あと伸び」とは実は高校以降の人生全体に関わる「あと伸び」力の獲得を実は脳の臨界期以前に行っていたのではないか、ということを直感したのでした。今日の午前中にコメントの冒頭で記した経験をし、なんと昨年の今日のブログ「あと伸び」に結びつき、私としては、実に大きな発見をしたと驚きながら喜んでいる次第です。私は学者ではありませんから学術的な実証はできませんが、本日学んだことを大切にし、乳幼児期の体験が実は高校生以降の人生に大きく影響を及ぼすのだということを改めて実感したと同時に、ヘックマン教授らの乳幼児期投資理論に大きく首肯できたのです。それにしても本日も朝から夜まで良い学びができた一日でした。仕事が学びとなりそれでお給料をもらえる、なんと素晴らしきことかな。

  6.  「あと伸びする力」この力を育むに、見守る保育、藤森メソッドはあまりにも適役であると、そう思えてしまいます。理性、自制心、そういった心の働きにスポットを当てると強く感じることですが、やはりそれは最終的には個の力でありながら、それを育む過程には様々な人の励まし、援助、協力、いわば存在それ自体が必要不可欠であるということです。そして子どもにとってそれは対大人よりも、子ども同士、子ども社会というものがその力を存分に与え、発揮させる機会を生み出させます。子どもから大人になった時に、すぐに物事を投げ出さず、自分の好きなことを仕事にし、それに一途に邁進していく。その力の育まれた過程においての共通項を、見守る保育は携えていると思えます。

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