ゆとり世代

 子どもたちにとって必要な学力とは、OECDが行っているPISAの学力調査での問題や、有名校への受験問題などが変わってきたことなどから、今までのただ知識を蓄える量の問題でないことはずいぶんと前から言われてきました。また、実際に社会に出ても、知識量の多さだけでは生きていくうえで役に立たないこともわかってきました。それでもなお、必死に知識を増やそうとしたり、一斉に何かを教えようとすることが教育であることから抜け出せないのでしょうか。

逆に、最近の大学生が、あまりにいろいろなことを知らな過ぎる、あまりに常識と言われる知識さえ知らないと嘆く教授たちも多くいます。また、学力調査でも、学力が劣り始めていることがわかりました。そして、それは、ゆとり教育の申し子で、ゆとり教育の弊害であると言われます。しかし、彼らが、ゆとり教育で、知識でなく何を学んできたのでしょうか。習得した知識が減った分だけ、他にどんな学力が増したのでしょうか。ただ、何もしないでぶらぶらしていたのでしょうか。また、このような教育を受けた若者たちが、社会に出たとき、役に立たないのでしょうか。

Business Mediaの中で桑原正義氏は、こんなことを言っています。「“若手社員が思うように育たない。その原因は“ゆとり教育”にある”と思っている人もいるだろう。しかしこの考え方は、本当に正しいのだろうか。原因は学校教育にあるのではなく、バブル崩壊以降の働き方の変化にあるのかもしれない。」確かに、社会に出たときの若者での問題は、「ひきこもり」や「現代うつ」、また会社経営者の悩みとして「「若手社員が思うように育たない」「早期離職者が増えている」「メンタル不全者も増加傾向にある」などがありますが、これらの原因は、ゆとり教育にあるのでしょうか?私は、ゆとり教育世代が高等教育になるにつれて、学力低下を起こし、それが問題になりゆとり教育を見直しましたが、では、その世代が世の中に出て働き始めたとき、学力が知識だけで社会に出たときに、どのような問題が起きるかをきちんと検証しなければならないと思います。

桑原氏の言う「仕事内容の変化」は、どんな変化なのでしょうか。それは、「国内経済の成熟化やIT化」、「グローバル化の進展によって企業間の競争が激化」だと言います。彼が、この厳しい環境下において成長している若手とそうでない若手を比較分析したところ、興味深い事実が見えてきたと言います。「成長を分けていたのは学力や知識・技量ではなく、厳しい環境下でも逃げずに向き合い、何とかしようとする行動力でした。私たちはこれを“現実対峙力”と呼び、今の新人・若手育成において最も重要な育成目標に置いています。」

では、この“現実対峙力”が低下してきた原因はどこにあるとしているのでしょうか。それは、今の若者が育った環境の変化にあるとしています。その環境は、「少子化」「都市化」「経済的豊かさ」「教育・しつけの変化」などをあげています。その環境の中で次のような重要な経験が不足してくると言います。「厳しい指導・叱られること」「不条理」「我慢・軋轢」「挫折・失敗」「自己決定」という経験が減り、「与えられる」「思い通り」という経験が多くなります。その結果“現実対峙力”である「働きかける力」「逃げない心」「自己信頼」が減少し、逆に「成長欲求」や「貢献欲求」は増していると言います。

こに教育の難しさがあります。世の中に出て必要な力をつける教育とは、学校内で行われるものだけでもありませんし、家庭内で行われるものだけでもないのです。また、知識だけが必要なのではなく、知識がいらないわけでもないのです。それが、今までのIQという知能に加えてEQという「こころの知能」を育てていく必要が生まれてきたということなのです。