インド報告6

 インドに行って、帰国したのちインドの写真を職員に見せると、「タージ・マハル」の写真を見て、「インドらしいですね。」という感想を聞きます。実際にインドに行くと、この「タージ・マハル」がインドらしいのか、そこに向かう途中の菜の花畑がインドらしいのか、あの雑踏と、ごみごみした未舗装の路地、クラクションを鳴らし疾走する車、宿泊した豪華なホテル、インドに着いてその初日から、どれがインドらしいのか、すべてがインドらしいのかわからなくなります。すべてがインドであることには間違いがないのですが、「らしい」ということはどういうことなのでしょうか?

 それは、「子どもらしさ」ということに悩まされているからかもしれません。「外で元気に走り回らないと子どもらしくない」「こんなこともできないと年長さんらしくない」さまざまな“らしさ”が、子どもたちを型にはめていきます。それぞれの違いが、それぞれお互いに意味を持ち、一つの社会を作っていきます。インドの様々な顔もそれぞれ関係しあって社会を形成しています。しかし、それはそのままでいいというわけではありませんが、それを模索するうえでも、「らしさ」から解き放たれ、現在のそのままの姿をよく見つめ、過去の歴史を知る必要があります。その意味で、狭い路地と雑踏のアグラの街を抜けて、突然真っ白い世界遺産となっているタージ・マハルを見たときの感動は、庶民の生活の上に成り立っている権力者の力というものの意味を感じたことです。その構図は、どの国にもみられる共通のものでした。特にそれを意識したのは、このタージ・マハルを見た後にアグラ城を見、その関係の説明を聞いたからです。

 タージ・マハルは、およそ580m×300mの敷地全体は塀で囲まれており、主に5つの要素から構成されています。誰でも知っているのは、白い大理石で作られた建物ですが、実は大理石はこの地では取れず、この地では赤砂岩が取れます。その赤砂岩で縁取られた南門(ダルワーザー)から入ります。そこを抜けると、正面に正方形で幾何学的に分割されたムガル式四分庭園(バギーチャー)が広がり、その西側のモスク(マスジド)、東側の迎賓施設(ミフマーン・カーナー)、そして高さ42mの4本の尖塔(ミナレット)を従える墓廟(マウソレウム)があります。

尖塔

バギーチャーには天国の4本の川を模した4本の水路が四方に流れ、この水路が交わるところには天井の泉を表す池が配置されています。

南門を見返した四分庭園


マウソレウムは幅、奥行きとも約60m、中央のドームの高さも約60m、東西南北どちらから見ても同じデザインであり、完璧なシンメトリー(対称性)です。また、左右対称であるだけでなく、4本の水路にタージ・マハルが映り、天地対称にもなっています。そして、墓廟と言われるだけあって、シャー・ジャハーン帝とムムターズ・マハルの石棺が並べて安置されています。この石棺はじつはダミーであり、二人の遺体がそれぞれ収められた真の石棺はその真下にある地下室に置かれています。本来インドには、墓を建てるという習慣がありませんでしたし、多妻の習慣なか、一人のお妃のために墓を造るとはよほど好きだったのですね。

西側のモスク


東側の迎賓施設


どの国でも、世界遺産となる建物は、当時の権威者のものになってしまうのは、仕方ないかもしれませんね。