べき論

 「VERY」(光文社2月号)という雑誌には、育児中の母親のファッションだけでなく、現代の母親の悩みなどが特集されています。私が参加した座談会でも「専業主婦も働くママも翻弄される永遠のテーマ」ということで、「3歳児神話」について取り上げられているのですが、その前の記事の「子育てがつらい私は、ダメ母ですか?」―24時間「母」だから、ときには弱音も吐かせてほしい…―というものです。その趣旨として、「お腹を痛めて産んだ我が子だから何をしたてかわいいはず…できることなら素敵な穏やかなママでいたい…怒らす褒めて育てたい…そんな理想とは裏腹に、実際の子育ては思い通りにいかずイライラすることばかり。ついつい感情的に声を荒げて子どもを怒ってしまい、冷静になった後に「こんな私って母親失格?」と落ち込んでしまう毎日を繰り返してはいませんか?同じく子育てに奮闘しているVERYモデルさんたちの本音ブログをきっかけに見え始めた、ママなら誰もが抱えたことのあるこの悩みをみんなで真剣に考えてみました。」

 子育て中の母親の両親、学校の先生、幼稚園、保育園の先生たちは、この気持ちに寄り添わなければならないのです。ただ叱咤激励し、べき論だけを展開しては、子どもは幸せにはならないのです。私が参加した座談会の他のメンバーである寺下さんは、最後にこう締めくくっています。「“スキーマ”と呼ばれる我々が人間が生きていく際に基本となる、判断基準の大部分が10歳ころまでには本能に近いスキーマの基本が形成される時期なので、無条件な安心を原体験としておくことが重要です。その提供者に最も相応しいのは「母親」ですが、それぞれの事情に合った役割分担がなされれば、父親や保育園の先生などが一部を分担することは大丈夫でしょう。」

 子どもにとって、母親の存在はとても重要です。以前、紹介しましたが、ヒトは真似をする生き物で、真似ることから学習をします。この真似るという行為を、新生児のころに目の前にいる研究者である父親が舌を出すのを見て真似をしたという写真が話題になり、ヒトは次第に真似ることを学んでいくのではなく、生まれながら真似をする生き物であるということがわかったのです。その時に、赤ちゃんが真似をしたのは、父親のしぐさです。このころに真似をする対象は、周りにいる様々な人です。しかし、その後の研究では、胎児のころから、母親が口を開けると真似をして口を開けているということがわかっています。その時に、まねをする対象は母親だけしかないのです。このころから、母親は子どもに影響を与えているのです。寺下さんは、「でも、もし母親が出産後に亡くなってしまったからといって、子供が悪く育つということはない。だからオルタナティブ(代替)はあるんです。

 私は、「子どもは母親一人で育てなくても大丈夫」ではなく、「もともとヒトは一人で子育てできない」とか、「母親一人で子育てするべきではない」とも思っています。教育評論家の尾木直樹さんもやはりこんなことを言っています。「子育ては社会全体でやるもの」育休取得も、日本では父親は2.6%くらいしか取っていないのに比べてスウェーデンでは8割が取っています。「日本のお母さんの負担はありえないほど大きいんです。育児は一人ではできない、という大前提を忘れないでください。」

 「子どもにとって母親は大事。だからといって母親だけでいいということではありません。」ということを、いまの時代で実現する方法を考えないといけないのです。