今どきの母、子

「VERY」(光文社2月号)の特集で、私が参加した「3歳児神話のリアル非リアル」での座談会は、他の3人の話は非常に面白かったです。勉強になりました。いわゆる3歳児神話が正しいか否かではなく、また、母親が子育てをすべきか否かではなく、小島さん、堂珍さんの体験談は参考になりました。小島慶子さんの体験は、「母親は私を愛情に浸して育てていたけれど、残念ながら愛着はむしろ形成されなかった」という体験は、最近の愛着障害を考えるうえで、参考になります。小島さんの母親は、専業主婦で、いつも「自分が母親にしてほしかったことを全部してあげているのに、どうしてあなたは私の言うことを聞かないの、何が不満なの」と言われ続けたそうです。母親はベストを尽くして、慶子さんを自分の手で愛情の中に浸して育てたのですが、慶子さんにしてみれば過干渉で、むしろ愛着が形成されなかったと言います。そのために、長く摂食障害に苦しみ、そのあち不安障害になって治療を受けたそうです。今は、それを乗り越え、テレビなどで活躍していますが、誰が悪いっていうことではなくて、家族ってそういうことが起きてしまうのだということがわかったそうです。

このような体験から小島さんは、こう助言しています。「私は3歳まで一人も友達がいなかったんです。―略― その後本当に人間関係に苦労して、いまだに誰が自分のことを好きなのかよくわからないんです。いろいろな好意の示し方があるっていうことが、体験的によくわからない。自分なりに考えると、3歳まで多様なコミュニケーションを学ぶ機会がないまま育ってしまったからじゃないかと。3歳児神話って母親が24時間べったりくっつきなさい、というわけじゃない。いろんな人があなたを歓迎しているっていうことを学ぶ3年間で、その一つがお母さんとの関係だと思うし、そのお母さんのもとでいろんな人と出会うことなんですね。」

この言葉は、彼女の体験からと、その前の私の言葉を受けての発言でした。私は、こう言いました。「自然と社会の中で子供が走り回っていればいいけれど、なくなっているなら人工的にもう一回、自然や社会を取り戻さなければいけない。その社会が私はある意味で幼稚園や保育園だと思うんです。昔は否応なく子どもとの距離が離れざるをえないこともあったけれど、今は自分の意思で距離を決められる。だから簡単に母子で密着できてしまいます。それを適当な距離にするのは園の役目。子供たちは0歳のころからいろんな大人と異年齢の子どもの中で育っていくが、3歳になると今度は子どもだけの集団も必要になる。だからそこに移行することを保障していかなければならない。ただその時に常に特定の大人とだけでいるようであればそれは問題です。3歳までお母さんと二人きりで3歳から突然、さあ子ども同士でと言われても難しい。」

とうことで、私の主張を一言で表したものが、「3歳児神話は他紙社会のころの発想。今は周囲との関わりが少なくなり社会を知る場所が赤ちゃんにはない。」という言葉で表されています。
この雑誌のほかの記事のように、今どきの母親たち、現在子どもが置かれている環境を考えるべきということですね。