インド報告14

 今回のインドでの乳幼児施設での見学は、まず、保育内容としては「モンテッソーリを基本にしています。」と言います。しかし、実際のモンテを保育に導入しているのは、最後の園だけで、他の園には、教具はもちろん、その「お仕事」と称されるような指導も援助もなく、何を指しているのかはよくわかりませんでした。それは、ドイツでも同じことで、「モンテッソーリ教育を取り入れている」ということをよく聞きますが、ドイツではインドと逆に、どの園にもモンテッソーリが開発した教具が置いてあるのですが、それの使用については、保育者は子どもに全くつかず、その使い方の援助もなく、コーナーに置かれていて、子どもたちは自由に、使い方も自由に使っていました。ですから、ドイツにおける保育者は、モンテッソーリ教育の指導法は学んではいませんでした。どうも、園や保護者は、何か保育メソッドの名詞に当てはめようとするようです。今日の朝、職員から個人面談の中で保護者から「この園は自由保育ですよね。」と言われ、多くの保護者は、そう思っていると言われたそうです。職員は、どの場面の、どのような保育を見てそう思ったのかと思ったそうです。朝晩、送迎のときに子どもたちが自由に遊んでいる姿を見てそう思っているのかもしれないということで、「もっと保護者にいろいろと意図を持って保育をしていることを伝えた方がいいのではないか」と思ったという報告を受けました。しかし、昨年の園の利用者調査では、調査機関から「こんな高い比率は初めて」と言われたほど、「園の理念を理解していますか?」という問いに対して90%以上の保護者が「理解している」と答えているのです。
しかし、どのような保育メソッドを参考にしようが、取り入れようが、どの国でもきちんと自分の国、地域における保育理念を作成しているか、しようとしています。1980 年代以降、インド政府は、世界銀行の支援の下、母親と乳幼児を対象とした総合的な福祉プログラム(Integrated Child Development Strategy)を開始しました。これは、各コミュニティに「アンガンワディ・センター」と呼ばれる保健所と幼児教育機関を兼ねた施設をつくり、一定期間トレーニングを受けた「アンガンワディ・ワーカー」と呼ばれる地域住民の女性が、就学前の子どもに幼児教育を提供すること、そして、出産前・乳幼児をもつ母親に対しては、家庭訪問を通じて出産・育児支援することを目的としたプログラムのようです。そして、就学前の子どもは、アンガンワディ・センターで、文字の読み書きや絵・歌・遊戯などを学び、給食を食べたり昼寝をしたりして過ごします。このようなアンガンワディ・センターという施設が、現在、インドでは最も普及している就学前教育の場(受益者は2011年現在では約3,800万人)ですが、まだまだそれが徹底しておらず、州政府やNGO が運営する幼稚園・保育学校では、独自に運営しているようです。しかも、この活動は、健康・栄養状態が思わしくない乳幼児の発育を広範囲にわたって支援している点で評価されてはいるのですが、その主たる対象が3?6歳の幼児となっており、より支援を必要とする3歳未満の乳幼児に十分なサービスが届いていないこと、また教育的要素が十分機能していないことが指摘されています。
また、管轄する省庁もインドでは、ECCEの提供において主要な役割を担っているのは、女性子ども開発省(Ministry of Women and Child Development)です。ここでは、ただ就学前教育についての管轄ではなく、1975年より、農村地域やインドの少数民族、スラムや低開発地域の子どもを対象に、アンガンワディ(Anganwadi、ヒンディー語で「中庭の施設」の意)と称する地域センターで、保健・栄養・教育を含む子どもの統合的発達サービスを無償で提供しています。現在、受益者は約7,800万人とICDSの受益者の倍近くにものぼります。

インド報告14” への5件のコメント

  1. インドの状況がなんとなく見えてきた感じがします。人口が多く、施設やシステムが整って十分に機能するのにはまだまだ時間がかかると思いますが、乳幼児期をどう捉えて対応するか、丁寧に進んでいってほしいです。もちろん日本もですが。
    言葉や名詞の話ですが、私も「自由」や「見守る」の解釈の違いから上手く理解してもらえていないと感じたことがあります。正確には今もあります、ですね。既に多くの人に認知されている言葉にすごくシンプルに当てはめて捉えられるということは仕方のないことかもしれませんが、何とかできないものかと悩んでいます。ちょっと違う話ですが、人は全く知らない言葉を耳にしたときに、いとも簡単に、既に知っている言葉に置き換えて聞き間違えてしまう、という話を聞いたことがあります。目の前のことをそのまま見るのではなく、既に知っていることに無意識のうちに当てはめてしまうのが、人間の特徴なのかもしれません。今の保育が少しでも早く「既に知っている」ものになるといいとは思うのですが、そのこと自体が目的ではないので難しいところです。

  2. 日本の保育者は、モンテを導入する際に、「形」から入ると思います。教具棚に日常・感覚・算数・言語の指定の教具を置いて、メソッドの通りに教具を提示して「やってみる?」の言葉かけ。目新しいメソッドを導入したことが、園にとってなにより大事なんです。メソッドは、時としてブランドとして独り歩きすることもあります。

    ドイツはその点ドライです。ことさら原理原則にはこだわらず、子どもの発達にふさわしい教具の一つとして円柱さしやピンクタワーを置くんでしょう。要は、そのメソッドの根底に流れる保育の精神を実現することが大切で、決して教具に不思議な力が宿っているわけではないのです。

    見守る保育は、自由保育かはたまた設定保育か?自由保育のようで決して放任の保育でない、設定保育のようで一斉の設定保育でもない、それは何かと尋ねたら…(笑)。これはもう、環境によって「見・守る」という人を育てる原理的な保育としか言いようがない。日本人を育てるには日本固有の保育で、というのがモンテを少しかじった人間の結論です。

  3. 今回のブログを見て、改めて自分の懐の甘さに気づきます。なにをもって「教育」か、意識していなかったわけではないのですが、まずは子どもたちがコミュニケーションをとって日々を過ごしていくということを追うがあまり、遊びの中で学んでいくということに考えをもっていくことをそれほど意識していなかったです。もちろん、意図をもって保育をしていないわけではないです。しかし、子どもたちはつねにいろんな環境を通して学んでいるということをわすれてはいけませんね。あいやまさんも仰られていますが、「自由」と「見守る」の解釈はなかなか理解してもらえない部分があります。どうしてもただ、自由にしていると思われがちですが、そこにはいろんな学びや保育者の意図があり、あくまで「環境を通して」というように見てもらうことが必要です。保育園としてしっかりと理念を持ち、整理して発信していくことが必要とされますね。

  4.  確かに「見守る保育」を保護者が見ると子どもが自由に遊んでいる姿をみると自由保育と思うかもしれませんね。とは言え日本は保育指針、教育要領という国が定めた物があるので、その二つを読み込み実践すれば自然と日本のどの保育園、幼稚園も同じような保育になると思います。自分の園が○○保育をしています。インドのようにモンテッソリー教育をしていますと言っても、実際は何もモンテの教具を置いてなかったり、モンテッソリー教育を学んだ指導者がいないなど、じゃあ何のために「モンテッソリー教育をしています」と言ったのか少々疑問があります。それに比べて、「アンガンワディ・ワーカー」のように教育を受けれない子ども達に文字数を指導し、給食を与え、支援している方が、評価できるように思います。確かに3歳未満の乳幼児に対しての支援は出来ていないのは仕方がありませんが、まずは有名なメソッドを取り入れるよりも、子ども達を第一に考える事が大切です。

  5. 園の保護者の90%以上が園の理念を理解している、というのは本当に嬉しいことです。同時に、理念が実践に反映されているからこそ、このような結果になっているのだろうなとも考えられます。今月カンボジアを訪問し、日本のNGOが支援している村やスラムの保育所を見学しました。同国には公立の幼稚園はあっても保育所がないことが、特に地方の農村では問題になっていました。その意味で、今回のブログで紹介されているインドの「アンガンワディ」プログラムはカンボジア王国でも参考になるのだろうなと思いました。やはりNGOやNPOには限界があります。国として、「母親と乳幼児を対象とした総合的な福祉プログラム」を実施し、子どもたちの「最善の利益」を保障することが必要なのだろうなと思いました。インドはアンコールワット遺跡群の修繕に関わっています。是非、教育福祉の分野でもカンボジアを支援してくれれば、と思った次第です。

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