おたのしみ会の考察12

 2歳児クラスは、みんなで集まっては、いろいろなことを話しています。しかし、その話し合いは、半分は非言語コミュニケーションです。何か通じ合っています。このコミュニケーションは、子ども同士独特のものです。即座に好意などの感情的な親近感をもたらす能力です。ヒトは、いろいろな人に出会った時に、いろいろと話していくうちにその人の性格や、考え方を知ることができます。そして、その人のプロフィールを知ることによって、その人の生きてきた経過を知ることができ、それによってその人を判断することができます。しかし、それよりも、人類は、見も知らない人と出会った時には、とっさにその人が安全か、どのくらい気を許していいかを判断して生きてきたはずです。そのための能力を兼ね備えて生まれ、その力を育てていくはずです。これが、乳幼児期における大切な教育と言われています。

 ヒトは、人生の中で、様々な人間関係を築いていきます。その基本となるものが、「母子の愛着である」と言われてきました。しかし、この愛着は、目的ではなく、愛着だけがあれば豊かな人間関係が築けるわけではなく、多様な人との関係の中で、他人と同調する能力、傾聴する能力、共感的関心などの力を育てることが必要です。2歳までに、見つめあい、相手を見つめ、共感し、模倣してきたことをもとに、2歳児クラスになると、積極的に子ども自らかかわりはじめます。その時に、言葉が出てき、ルールが生まれ、自己主張が始まるのです。「みんなで一緒」が楽しくなるのです。そして、お互いが触れ合うことで、他人への思いやり、他人に対して、皆で協力して援助するようになります。

 「おたのしみ会」における2歳児の演目は、「ももたろうさん、いま助けに行くよ!」です。まず、グループごとの登場は、朝の挨拶です。2歳児クラスでは、秋くらいから職員室と、調理室まで毎日人数報告に来ます。「おはようございます。にこにこ組です。今日のお休みは何人です。よろしくお願いします。さようなら!」というセリフの中の「にこにこ組」というクラス名のところだけ「みどりチームです。」というようにおたのしみ会当日のグループ名に変えるだけです。
そのあとの劇遊びの内容の紹介には、こう書かれてあります。「みんなが大好きな絵本“ももたろう”のピンチを救いにいく『ももたろうさん、いま、たすけにいくよ』。困っているももたろうさんへの言葉は、台詞ではなく、子どもたちの自然な反応です。「“ももたろうごっこ”したいよ!」と、ももたろうや鬼とのやり取りを楽しんできました。」とあるように、劇中のセリフは、台本を覚えたわけでもなく、決めた言葉を言わされているわけでもなく、子どもたちの自然の反応を取り出したものであると担任は紹介しています。

ストーリーは、鬼退治に行くももたろうさんを、各グループが手助けをするというものです。鬼が島についてみると、担任が演じている鬼は、機嫌が悪くぷりぷりしています。そこで、2歳児クラス「にこにこ組」はみんなで「にこにこ組は、にっこにこ!」と笑いかけます。それを繰り返すうちに、鬼は次第に笑顔になっていきます。このセリフは、普段から、このクラスでけんかが起きたとき、誰かが起こった時にお互いに言っている言葉だそうです。私も、部屋で物を取り合って泣いている子にむかって「にこにこ組は、にっこにこ!」と励ましている子を見かけたことがありました。

2歳児における普段からのお互いのコミュニケーションの取り方を見ているようです。

おたのしみ会の考察11

私の園では、2歳児クラスだけが4月生まれから3月生まれまでを区切りとして、ひとクラスという集団によってひと部屋の保育室ですごします。それは、子ども自ら仲間を作り始めるからです。指針の発達過程の2歳児のところには、「発声が明瞭になり、語彙も著し増加し、自分の意思や欲求を言葉で表出できるようになる。」とあります。そして、3歳の誕生日を迎えるころには、「話し言葉の基礎ができて、盛んに質問するなど知的興味や関心が高まる。」と書かれてあります。私の園の「おたのしみ会」での2歳児クラスの演目の紹介には、こう書かれてあります。「日々の生活の中で、困っている子がいると“どうしたの?”と声を掛けて助けてくれる頼もしい姿も。そうしていつの間にかいっしょににこにこ笑い合っています。」

この発達過程は目安であるとは書かれてあるのですが、どうも現場ではその目安が合わないと感じることが多くあります。その一つが、3歳児の発達に書かれている「実際には、同じ場所で同じような遊びをそれぞれが楽しんでいる平行遊びであることが多い。」という部分です。実際は、子どもたちは2歳児になると、それぞれ別々に遊んでいた線路に列車を走らせる遊びも、他人と線路をつなげて長くしてよろこんで遊びますし、ままごと祖するときには、みんなでテーブルをはさんで、役割分担をして遊んでいます。決して、平行遊びはしていません。みんなで徒党を組むことを喜んでいます。2歳児クラスでも、「仲間とのつながりが強なる中で、」と書かれてある4歳児の発達のほうに近い気がします。「おたのしみ会」での2歳児クラスの演目のコメントには、「昼食やおやつでは、“みんなで食べるとおいしいね!”を合言葉に楽しく食べていたみんな。配膳活動が始まってからは、先にもらいに行った子が全員揃う前に食べそうになると、“みんなで食べるとおいしいよ!”と声を掛け合ってきました。今では上手に歌えるようになった“お食事のうた”を歌って、みんなで一緒に“いただきます”をしています!」

この年齢では、まさに人との関係の中で、表出から表現へと移行していきます。それは、人との関係の中でコミュニケーションが必要になり、「意思や欲求を言葉で表出」することから、次第に「自我の育ちの表れとして、強く自己主張する姿が見られる。」から「自我がよりはっきりしてくるとともに、」となっていきます。しかし、この発達過程は、保育所保育指針の中の発達過程では、おおむね2歳児から3歳児に書かれてありますが、実際に子どもたちを見ていると1歳児から2歳児にかけて見られます。2歳児クラスの子どもたちは、2歳児から3歳児になりますが、その頃になると保育園では、仲間と群れることを楽しむようになります。そして、「みんなで」ということが、「自分で」という意識より優先していきます。そのために、「待つこと」「順番」「貸し借り」「一緒」「我慢」などの力が付いてきます。そして、これらの気持ち、行動を言葉で表現するようになるのです。

どうも、「発声が明瞭」「語彙が著し増加」などの子どもの発達については指針に書かれてある目安は参考になるのですが、子ども同士のかかわり、子ども集団での表現など、子ども集団におけるかかわりの発達についての記述は、どうも実際に子どもと違うようですし、その記述が少ないように感じます。

日々の生活を「おたのしみ会」で表現してもらおうとすると、子ども達の発達をきちんと見取ることや、検証することができます。それは、発達を無視した教え込み、覚えこみをさせていないからです。

おたのしみ会の考察10

 「表現」と「言葉」の領域における子どもたちの発達を、「おたのしみ会」という行事を通して保護者に見てもらおうとするときに、私の園では、このようなプログラムを組んでいます。0歳児は、「言葉」領域の「保育士等の応答的な関わりや話しかけにより、自ら言葉を使おうとする。」ということと、「日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、保育士等や友達と心を通わせる。」ということ見てもらいます。また、「表現」領域の「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」を中心に行います。

 今年の「おたのしみ会」での0歳児の演目は、森がテーマなので「もりのアイドルたち」ということで、プログラムには、こんな紹介がありました。一部を紹介します。「 4月は赤ちゃんだった みんなも、今では いろいろなことを楽しめるようになってきました! 毎日の朝の会では、お名前を呼ばれると、元気いっぱいに “はーい!”と 手を上げて返事をしたり、パチパチと手を叩く子もいます。お友だちの存在も意識していて、お友だちの姿をみて喜ぶ場面も多く見られます。歌を歌うときは、リズムに合わせて体を動かしたり、声をだしたり…楽しそう。そして、何回も先生に『読んで!』と持ってくる絵本!読むと、決まった部分をマネしていっしょに言ったりして楽しんでいます。最近の人気は“ぴょーん”いろいろな動物が出てきて、“ぴょーん”とはねる楽しい絵本です。」

 ということで、日常の保育士との応答的なかかわりである朝の会を、舞台の上で再現します。名前を呼ばれたら返事をし、保育士からの歌いかけに応じて、手遊びや歌に合わせて体を動かす姿を見てもらいます。そして、人気の絵本を読み聞かせをし、その内容によって体で表現します。赤ちゃんが、自分をいろいろな形で表現している場面の保育参観をしているようです。

 1歳児クラスの演目の紹介コメントにはこう書かれてあります。発達のポイントとして、「保育者と一緒に歌ったり簡単な手遊びをしたり、リズムに合わせて、体を動かしたりして遊ぶ。」「動物や乗り物などの動きを模倣して、体で表現する。」ということを踏まえて、「毎日の生活をする中で、身近な大人や友だちの姿を摸倣したり、日頃から読んでいる好きな絵本に登場する動物の鳴き声や動きの真似をしたりすることで身体の動きも豊かになり、表現する楽しさを感じています。また、朝の水分補給で飲むジュースをストローとパックに分けて片付けたり、友だちが遊ぶ姿を見て同じように積み木やブロックを積みあげたり、横に長くつなげては「でんしゃー!」「くるまー!」と見立てて遊んだりしています。お友だちの遊びを真似をして、目と目を合わせて「みてー!おんなじー!」と喜んだりする姿が増えてきました。友だちと一緒にいること、関わることを十分に楽しんでいます。」

 1歳児は、まず舞台に出てきて、普段の保育室のように並べられた机といすの中から、貼ってある写真によって自分の椅子を見つけてそこに座ります。中には、友達に教える子もいます。自分の椅子に座ったら、朝の会の歌を手遊びをしながら歌い、あいさつをし、出欠席をとります。自分の名前を呼ばれたら元気よく返事をします。そのあと、紙パック入りのジュースが配られ、そこに自分でストローをさし、できない子は人に頼む姿を見てもらいます。飲み終わったら、椅子をしまい、ごみ箱に分別をして捨てて退場します。そして、今度は帽子をかぶって出てきて、森に散歩に出かけます。そこで、いろいろな動物が出てきます。その動物に合わせて物まねをします。そして、園に帰っていきます。というような台本です。

これらは、日常の保育の中での表現する力、やってもらいたいことを言葉で人に伝える力などを生活の中から抜き出して保護者に見てもらいます。

おたのしみ会の考察9

 保育所保育指針、幼稚園教育要領は、以前の「絵画製作」と「音楽リズム」をまとめて「表現」領域にまとめられましたが、子どもたちの表現しようとする活動は、他にもあります。例えば、うれしい気持ちを表現しようと「飛び跳ね」たり、悲しいときには、「打ちひしがれ」たりします。自分で、何とも言えない気分になるときに、その気持ちが上手に表現できないときにいらいらすることがあります。なんとなく機嫌が悪くなります。しかし、その原因がわからないと、その処理の仕方もわかりません。そんな時には「八つ当たり」します。しかし、壁や物に八つ当たりするのはいいのですが、それが他人となると八つ当たりされた人はたまったものではありません。

 私の園には、「表現パネル」が3,4,5歳児の部屋にはあります。子どもたちが「今どんな気持ち?」ということを自分で自分を見つめて表わすというパネルです。これは、特に強制でもありませんし、また、保育者は何をするわけでもありません。子どもが自分の気持ちを表現するだけです。しかし、それによって自分を冷静に見つめ、気持ちを処理できるようです。

 このように、表現には様々なものがあり、何も絵画製作、音楽リズムだけとは限りません。保育所保育指針の表現領域の内容には、10項目書かれてあります。その中で、「おたのしみ会」で保護者に見てもらう内容としては、3,4,5歳児の合唱・合奏のほかに、「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」「感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現したり、自由にかいたり、つくったりする。」「自分のイメージを動きや言葉などで表現したり、演じて遊んだりする楽しさを味わう。」などが考えられます。

 これらの内容を、「おたのしみ会」では、保護者に見てもらいます。そこで、この内容に関連して、「言葉」領域があります。ヒトは、「経験したことや考えたことなどを自分なりの言葉で表現し、相手の話す言葉を聞こうとする意欲や態度を育て、言葉に対する感覚や言葉で表現する力を養う。」とあるように、言葉で表現することもあるので、言葉を発達させる必要があります。また、じれてしまうのも、言葉で伝えることがまだできない時期ということもありますので、いろいろな気持ちを普段から言葉で表すようにしていく必要があります。そこで、ねらいには、「自分の気持ちを言葉で表現する楽しさを味わう。」「人の言葉や話などをよ聞き、自分の経験したことや考えたことを話し、伝え合う喜びを味わう。」「日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、保育士等や友達と心を通わせる。」という項目が挙げられています。ここにも、「楽しさを味わう」「喜びを味わう」「心を通わせる」というように「楽しさ」が大切なことがわかります。

 これらの発達を見ると、人間は、様々なことを習得するうえで、かつて「頑張る」「一生懸命」「辛くても」「必死に」ということはあまり効果がなく、「楽しんで」「喜んで」「自ら進んで」行うことの方が効果があることがわかっているのです。ということで、「おたのしみ会」で劇遊びを披露しようとしたときに、セリフを「一生懸命に覚える」「言われたとおりに演じる」「辛くても練習する」という保育は、表現、言葉の領域においても発達をしないということになります。

おたのしみ会の考察8

 園における「おたのしみ会」の一つの目的が、保育所保育指針の「表現」の領域においての発達を保護者に伝えるとしたら、「音楽に親しみ、歌を歌ったり、簡単なリズム楽器を使ったりする楽しさを味わう。」ということにあり、決して、保育者が作った譜面通りに曲を演奏することや、上手に演奏することが目的ではなく、まずは音を感じとる楽しさを味わうことが大切なのです。合奏をする子どもたちは、それほど全員がピタッとそろっているわけではないのですが、自分で感じとった自分のリズムによって、楽しそうにならしています。

最近、講演などで紹介している0歳児の赤ちゃんの動画があります。それは、3人の赤ちゃんが、ビーズを中に入れたペットボトルをそれぞれが持って、それをマラカスのように振っている映像です。その映像の驚くべき赤ちゃんの行動は、それぞれのボトルを、何をきっかけに振りはじめているかです。なんと、他の赤ちゃんが振っているその音を聴いて、その音に合わせて自分のボトルを振ってリズムをとっているのです。なんと、赤ちゃんから3人で合奏をしているのです。ヒトは、どうも生まれながら自分ながらのリズムをとることを知っているようです。もちろん、最初のそれは表出ですが、次第にそれを表現することを学んでいくのが音楽リズムかもしれません。それは、子どものリズムに、まず保育者が共感することで、その子の自己表現が伸びていき、自分が感じたリズムを誰かに伝えたいと思うようになっていくのです。それが、「おたのしみ会」なのです。

では、合唱はどのようにとらえればいいのでしょうか。ヒトは、歌うことから言葉を話すようになってキトという説を以前のブログで紹介しました。また、泣くことによって、息継ぎを覚え、歌ったり、話したりすることができるようになるということも書きました。そして、それらは、母親からの言葉がけ、歌いかけが重要になります。最近、生後1年までの赤ちゃんの 音声言語や音楽の聴取弁別能力や表出傾向について研究がされています。志村氏の講演の中でも紹介したことですが、親が歌いかける行動は 赤ちゃんの成長に応じて変化し こうした歌いかけを赤ちゃんはとりわけ好むことが明らかになっています。また リズムについては成人よりも鋭敏にそのパタン聞き分ける可能性も示されているようです。これを私たちは、私の園の現場で体験したのです。

これらの研究から、志村氏は、講演の中で、ぜひこれだけは声を大きくして言いたいことは、合唱を子どもたちがする際に、「元気よく」とか、「正しいメロディ」でとか、「皆、合わせて」と歌うことを求めることはしないようにということだそうです。それは、保育者が、赤ちゃんに歌いかける場合にも言えることで、「語りかけるように歌いかける」ことで、赤ちゃんは音楽を味わい、さらに表出から表現しようとする力を備えていくのです。そして、その表現力が、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して 豊かな感性や表現する力を養い 創造性を豊かにする。」とあるように、豊かな創造性を育てることになるのです。ただ、上手に歌わせること、上手に合奏することは幼児にとってはあまり意味のないものであるにもかかわらず、どうしても保育者は、練習に熱心になるのでしょうね。

しかも、表現は、「自分なりに表現することを通し」と書かれているように、表現には個が強調されています。「みんな揃って!」ということは、表現ではないのです。

おたのしみ会の考察7

 私の園での発表会は、「おたのしみ会」という名の行事です。それは、一つは、子どもの「表現」の領域での発達を保護者に見てもらうことがあります。そこで、保育指針の「表現」領域のねらいには、「感じたことや考えたことを自分なりに表現して楽しむ。」「生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現を楽しむ。」とあり、どちらも「楽しむ」ことがねらいですので、「おたのしみ会」なのです。学芸を披露する「学芸会」でもなく、生活を発表する「生活発表会」でもないからです。子どもにとって、表現することは、楽しいことなのです。

 その楽しい表現の手段として、音楽関係では、乳児は、「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」という内容に沿って出し物を決めます。また、幼児になると、「音楽に親しみ、歌を歌ったり、簡単なリズム楽器を使ったりする楽しさを味わう。」ということで、合唱と楽器演奏があります。これらは、表現領域のねらいには、普段の「生活の中で」ということが書かれてありますので、3,4,5歳児が合同で行います。普段の生活は3,4,5歳児が一緒の空間で生活しているからで、その生活の中の楽器ゾーンでの活動を披露するのが合奏で、3,4,5歳児が一緒にお集まりの時に歌っていることを披露するのが合唱だからです。

 まず、合奏ですが、3,4,5歳児の部屋には「楽器ゾーン」があります。普段は、そのゾーンは、楽器だけでなく、人形劇をやったり、コンサートをやったりと表現ゾーンですが、おたのしみ会が近づいてくると、様々な楽器が置かれ、楽器ソーンが充実してきます。それと同時に、いつもは人気のある製作ゾーンから、素材が少なくなっていきます。子どもたちは、あまり素材が多くない製作ゾーンよりも、あまり目にしない楽器がたくさん置かれている楽器ゾーンの人気が高まっていきます。そして、楽譜が何枚も置かれ、子どもたちの中には、好きな曲の楽譜を取り出してメロディオンを引き始める子がいます。そして、それに合わせて、タンバリン、スズ、トライアングル、大太鼓、小太鼓、シンバルなどを鳴らして楽しそうに演奏します。たまに、保育者も子どもたちの中に入って伴奏を弾いてあげます。そんな日々の生活の中で、次第に子どもたちが選ぶ曲が限定されてきます。それに合わせて、徐々においてある楽譜を減らしていき、最後に2曲になります。

 基本的に、この時の2曲が「おたのしみ会」の合奏の曲になり、当日は、どちらの曲を演奏するか子どもたちが選びます。また、よく鳴らしてして遊んでいる楽器が、「おたのしみ会」当日の演奏する楽器になります。年長だからメロディオン、年少だからスズというように決めることはしないで、あくまでも自分が楽しめる楽器を選んでもらいます。そして、その演奏の仕方も、例えば、一拍おいて叩くとか、叩いたり振ったり演奏の仕方を決めることはしないで、あくまでも子どもたちがそのリズムを聞いて、自分なりに演奏します。しかし、自分で選んだ楽器は、練習が必要な時もあります。それは、大太鼓と小太鼓です。この2種類の楽器は目立つため、人気がありますが、練習しているうちに、次第に、ただ目立つからというだけで選ぶ子はほかの楽器に移っていきます。楽しくないからです。

 そんな日々を過ごしていき、本番の土曜日の1週間前の水曜日に1回目の予行連数をします。そのときに、初めてと言ってよいのですが、全体で合わせてみます。まだまだバラバラですが、好きで演奏しているので、それからの1週間で驚くほど素晴らしい演奏になっていきます。

おたのしみ会の考察6

 幼稚園教育要領と保育所保育指針の整合性が図られ、領域が同じ表記になりました。それによって、その発達の切り口を通して保護者に子どもの成長を伝える内容は、幼保共通になったのです。しかし、その内容は、その独自性を重んじるということで、大綱化という、ある意味ではどうにでもとれるような書き方にとどめています。しかし、方法は多様てもであったり、独自性があってもいいのですが、子どもの育ち、その時期としての発達、保育として大切なことは独自性で行ってはいけないのです。きちんと専門性を持って、子どもの発達と、その内容をとらえないといけないのです。

 少し前に、埼玉大学の志村洋子氏に講演をお願いしました。そのテーマは、「保育における音楽」です。まず、幼稚園教育要領と保育指針の中で、表現領域で大切なことを「自分なりに表現すること」と「創造性を豊かにする」をあげました。普段からの保育の中で、この二つを大切にすることが、表現領域であり、音楽においても、これを大切にするべきであることを強調しました。自由に表現できるようにすることが大切で、言われたとおりに表現することは表現することにはならないのです。

志村氏は、こう説明しました。子どもは、発達において、音楽、造形、身体運動等において現れる行動として、子どもが自覚し統制できない場合を「表出」と言います。それが、ある程度本人が自覚している場合を「表現」と言います。赤ちゃんは、日々の生活の中で周囲の人の声や音を選択的に聴いています。そして、周囲からの歌いかけに対して好んで聞きます。また、メディアなどからの多種多様な音や音楽も好んで聴くようになります。そして、それらの音楽に興奮して声を出し、体を動かすことをします。しかし、これらの行為は、自ら意図して行っているわけではなく、本人が自覚しているわけでもなく、自然と反応しているのです。ですから、この時期では「表現」ではなく、「表出」というのです。そして、赤ちゃんは感情表出の手段として、一人でも声を出して「vocal play」をしたり、音や音楽にあわせて身体を揺らし、好きに声を出します。

このお話を聞いて、少し前に私がブログで「生活」と「遊び」について何回か取り上げたことがありました。その時に、私は、赤ちゃんは生きるためにいろいろなしぐさを、自覚なしにします。それを、遊んでいるということがありますが、それは、生きるための活動ということで、「生活」と名付けた方がいいのではないかと提案しました。私は、「遊び」とは、本人が自覚し、目的を持って行い始めてからの行為をさす言葉ではないかと書きました。それは、まさに、乳児において遊びと言われるものは、「表出」であり、幼児になるにつれて、目的を持ち、自覚してする遊びは「表現」ということになります。ということは、音楽にしても、遊びにしても、運動にしても、保育者は、表出から表現へとつないでいかなければなりません。また、その変化の過程を、保育園においての発表会では、保護者に見てもらうことも必要かもしれません。

発表会には直接関係ないかもしれませんが、志村氏は、様々な人が音楽について考察して内容を紹介してくれました。とても興味深いものがあります。まず、MacDermott & Hauser (2006)の研究によると、「ヒトの赤ちゃんは音楽が好き!」ということで、静けさよりも子守歌や遊び歌を好み、類人猿などの赤ちゃんは、音楽よりも静けさを好むのだそうです。また、Trehub & Trainor,(1998)によると、親が乳児に歌いかける行動は文化を問わず観察されるそうです。また、Davidson, McKernon & Gardner( 1981)によると、幼児期になると言語表現とは異なる様相で創りうたを歌うことがわかりました。そして、Mang(2006)によって、幼児は「環境としての音楽」文化の中で聴き、覚え、記憶し、表出・表現することが研究されました。

これらの研究は、日々の保育の中で、子どもたちにどのように音楽と触れ合わせればよいかのヒントになります。

おたのしみ会の考察5

5領域に整理された平成元年の幼稚園教育要領で、「表現」という領域が「この領域は、豊かな感性を育て、感じたことや考えたことを表現する意欲を養い、創造性を豊かにする観点から示したものである。」ということであるということが書かれたのは、幼児教育は小学校教育と違って、教科を指導することではないことが明確になりました。ですから、もし、発表会で「表現」療育の発達を保護者に見せるとしたら、上記の観点をきちんと押さえないといけないのです。しかし、それをある活動を通して行うとしたら、それは、絵画の面であったり、音楽リズムの面であることは変わりません。

では、この教育要領の「表現」領域において、直接、音楽リズムに関することは、どのような「内容」として書かれてあるのでしょうか?「 (4) 感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現したり自由にかいたりつくったりする。」「 (6) 音楽に親しみ、歌を歌ったり簡単なリズム楽器を使ったりする楽しさを味わう。」の2点しかありません。しかも、「留意事項」として、「(3) 幼児が自分の気持ちや考えを素朴に表現することを大切にし、生活と遊離した特定の技能を身に付けさせるための偏った指導を行うことのないようにすること。」とあるように、「生活と遊離した特定の技能を身に付けさせる」ような指導はしないようにと警告しています。

それが、平成10年になると、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにする。」となります。表現領域から「表現する意欲」は消えます。その代わりに「自分なりに」というように、より教え込むようなニュアンスは消えていきます。しかし、その内容については特に変わりはないのですが、「留意事項」は、「内容の取扱い」と変わり、そこに「意欲」が書かれます。「(2)幼児の自己表現は素朴な形で行われることが多いので、教師はそのような表現を受容し、幼児自身の表現しようとする意欲を受け止めて、幼児が生活の中で幼児らしい様々な表現を楽しむことができるようにすること。」と書かれ、自己表現が素朴な形であっても、それを受容するようにと書かれます。

それが、現在使われている教育要領まで引き継がれています。では、保育所保育指針では、どのように音楽関係は取り扱われているでしょうか。平成10年施行された保育所保育指針では、6か月未満児、6か月から1歳3か月未満児、1歳3か月から2歳未満児、2歳児、3歳児、4歳児、5歳児、6歳児と年齢区分ごとにねらい及び内容が設定され、3歳末満児については、その発達の特性からみて各領域を明確に区分することが困難な面が多いので、5領域に配慮しながら、基礎的な事項とともに一括して示してあり、3歳児以上においては、内容のところにだけに領域ごとに記述されています。しかし、「保育の原理」の中の「保育の目標」に領域の内容が書かれてあります。そのカに「様々な体験を通して、豊かな感性を育て、創造性の芽生えを培うこと。」とあるのは、表現領域でしょう。

それが、平成20年保育所保育指針では、年齢区分は子どもの発達での記述のみで、ねらい及び内容は平成20年の幼稚園教育要領と同様に、 子どもが保育所終了までに育つことが期待される事項が、 領域ごとにねらい及び内容が記述されるようになりました。それにより、幼児期の教育について幼稚園と保育所での整合性が強まったのです。その整合性は、記述の仕方が同じになっただけでなく、5領域に関わる保育の目標も、学校教育法(昭和22年法律第26号)に規定されている幼稚園の目標と共通のものとなったのです。

この改訂は、保育所保育指針においては大きな出来事でした。それは、この指針の中で保育所における保育の内容に関する事項及びこれに関連する運営に関する事項が定められることになったために、保育所保育指針は、大臣告示となったのです。そのために「指針」ではなくなり、法的規制がかかり、 各保育所は保育所保育指針に規定されていることを踏まえて保育を実施しなければならないことになったのです。

おたのしみ会の考察4

現在の5領域になる前、6領域だったころの分類は、幼児の生活経験を一応組織的に考え、かつ指導計画を立案するための便宜からしたものと説明され、小学校の教科とは異なるとされているものの、小学校の国語、社会、理科、音楽、図画工作、体育等の6教科と幼稚園の6領域とは、よく似ていることから、現場では小学校の各教科と幼稚園の6領域とは同一性格のものと考えられやすかったようです。

しかし、昭和39年に、「幼稚園教育要領」が初めて告示となった際、改訂された教育要領では、活動を分析し、137項目を6領域のねらい群にまとめました。そして、領域は相互に密接な関連を持ちながら、幼児の具体的・総合的な経験や活動を通して達成されるものであると表記されたのですが、特に絵画製作や音楽リズム、健康領域の運動等においては、領域別の指導計画や実際の指導が行われてしまっていました。実際の子どもたちの生活や学習は、領域ごとに行われるのではなく、相互に関連しあい、総合的に経験していくものですが、保育者養成校では、科目が領域別に分かれて開講され、特に絵画制作や音楽リズムは、それぞれ別々に、その内容に特化して学んできてしまうために、そこだけを取り出して指導するようになったのでしょう。

そのような経緯から、「音楽リズム」という領域では、音楽の中でリズムが強調され、全国の幼稚園、保育園で鼓笛隊が組織され、打楽器が中心の指導が行われてしまいました。それは、39年版の幼稚園教育要領の「音楽リズム」の領域には、「幼稚園修了までに幼児に指導することが望ましいねらい」として「1.のびのびと歌ったり、楽器をひいたりして表現の喜びを味わう。」「2.のびのびと動きのリズムを楽しみ、表現の喜びを味わう。」「3.音楽に親しみ、聞くことに興味をもつ。」「4.感じたこと、考えたことなどを音や動きに表現しようとする。」 の4つが挙げられているからです。非常に、教科的ですね。この成果を披露するのが発表会であったら、小学校のような合唱祭であったり、器楽演奏であったりしても無理ないですね。しかも、指導上の留意点を見れば、よりそのことがうなづけます。歌の指導について、「しだいに発声、音程などにも注意して歌うようにさせること」とありますし、楽器の指導について、「リズム楽器を主体として…基礎的なひき方の指導を加えたり、可能な場合には簡易な分担奏を楽しませたりすること。」などが書かれてあります。また、音楽鑑賞について、「できるだけすぐれた音楽に接する機会を多くし、」とあるように、イメージとして、教室内で授業をしている光景が目に浮かぶような内容です。

平成元年版から「5領域」に整理され、これら「音楽リズム」と「絵画制作」は、「表現」に統一されました。そして、保育内容に限っていえば、教育基本法から幼稚園教育要領へと、そして保育所保育指針へとその基本となる考え方は統一されていきました。そして、それぞれの領域は教科ではなく、保育項目から派生し、また保育内容に限定されました。そして、「表現」の領域は、「豊かな感性を育て、感じたことや考えたことを表現する意欲を養い、創造性を豊かにする観点から示したものである。」とされ、歌を歌う、楽器を演奏する、絵を描くこと自体が目的ではなくなりました。ねらいはあくまでも「いろいろなものの美しさなどに対する豊かな感性をもつ。」「感じたことや考えたことを様々な方法で表現しようとする。」「生活の中でイメージを豊かにし、様々な表現を楽しむ。」というように、「豊かな感性」を持つことで、「表現しよう」とし、「表現を楽しむ」ことになったのです。

この時点で、幼稚園、保育園における発表会は、変わらなければならなかったのです。

おたのしみ会の考察3

私の園での「おたのしみ会」では、保育所保育指針の領域の中の「表現」と「言語」の発達を保護者に伝えることを意図するのですが、この「表現」とはどういうことで、何を通して行うのでしょうか?小学校では、児童が学習の成果としての音楽・演劇などを発表することが多く、また、特別のプログラムをもって劇、朗読、合唱、合奏、舞踏などを子どもたちに発表させる学校行事としてとらえられることが多いようです。

幼稚園教育要領では、「第2章 ねらい及び内容」の中で、「幼児の発達の側面から,…感性と表現に関する領域 「表現」 としてまとめ」とあります。また、保育所保育指針には、「教育に関わるねらい及び内容」として「表現」の領域には、「感じたことや考えたことを自分なりに表現することを通して、豊かな感性や表現する力を養い、創造性を豊かにする。」とあります。どちらにしても「領域」の一つとして書かれてあるのですが、幼稚園教育界の公的文書に「領域」が文言として取り入れられたのは、昭和31年の幼稚園教育要領からです。このころの教育要領は、教育内容を6領域に分類し、望ましい経験を各領域に即して示したことですが、小学校教育での教科との一貫性を持たせようとした感があります。

この一貫性は、幼稚園の位置づけが影響しています。それは、戦後、アメリカのGHQによって行われた教育改革で、昭和22年に「教育基本法」「学校教育法」が公布され、幼稚園は学校教育の体系の中に組み込まれ、幼稚園教育としての目的と目標が示されたのですが、具体的な保育内容については示されませんでした。そこで文部省は、委員会を作り、「保育要綱」(幼児保育指針)を作成します。この昭和23年に刊行された保育要領の保育内容は、見学、リズム、休息、自由遊び、音楽、お話、絵画、製作、自然観察、ごっこ遊び・劇遊び・人形芝居、健康保育、年中行事の12項目でした。ただし、「幼稚園の毎日の日課は枠の中にはめるべきではなく、幼児の生活に応じて日課を作るようにすべきである」と述べられています。

しかし、この中で謳われた「教師は、幼児の自由な活動の間に幼児の一人ひとりに注意を向けて必要な示唆を与え、個々に適切な指導をし、身体的にも、知的にも、感情的にも、社会的にも適当な発達を図ることが大切である」という趣旨は、次第に系統性や計画性が欲しいという意見が多くなり、当時の文部省は、昭和26年12月、教育課程審議会の答申で「幼稚園の活動及び経験は、健康・社会・自然・言語・絵画製作・音楽リズムの領域に関するものとする」となされ、「領域」という言葉が現れます。ここで、「『領域』は指導を筋道を立てて考えるためのもの」と説明され、「6領域」が生まれました。現在、いくら「領域」は「発達の側面」と説明しても、領域ごとに年案、月案が立てられ、教科のように指導する内容として捉えられてしまうのは、この時の「指導を筋道を立てて考えるためのもの」として捉えられていることが影響しているのでしょう。また、これらの「領域」は、「小学校以上の学校における教科とは、性格を大いに異にするということである」が記述され、「幼児の具体的な生活経験は、ほとんど常に、これらいくつかの領域にまたがり、交錯して現れる」とあるにもかかわらず、領域をたてたのは「内容を組織的に考え、かつ指導計画を立案するための便宜のためからしたものである」と記述がなされていることなどから、領域別に指導計画をたてて指導するのが望ましいといった認識が生じていき、領域が教科的に扱われる傾向に拍車がかかります。そして、指導計画の作成についても、その時期の子どもの発達を考えた「主体的な生活づくり」として考えることなく、小学校の指導計画のように、内容を系統的に配列すれば、子どもが豊かに育つと認識されてしまい、幼稚園教育が学校の授業のようになっていきます。

ということから、保育園、幼稚園における発表会は、小学校の学芸会のような意図と目的を持ってしまっています。