主役

小学校での学芸会は、私が子どものころからありました。しかし、私の子どもの頃と大きく違うのは、劇をやるときに、主役がいたことです。私は、あまり劇は得意ではありませんでした。確か、高学年の時だったと思いますが、「泣いた赤鬼」の劇をしました。私の役は、赤鬼の書いた立札を見て、驚く猟師の役でした。その時の赤鬼役の友達が演じる素晴らしい演技に感心したことを思えています。随分と昔のことなのに覚えているのは、主役ではなかったことではなく、友達の演技の素晴らしさと、つくづく自分の演技の下手さを思い知らされたことです。

最近の劇では、主役を一人に決めないことが多いようです。小学校の学習指導要領の特別活動には、こう実施上の留意点が書かれています。「言語力の育成の観点から、 学芸会などで異年齢の児童が一堂に会して、 互いに発表し合う活動を効果的に実施することが望ましい。その際、 特定の児童だけが参加、 発表するのではなく、 何らかの形で全員が参加しているという意識がもてるようにする。」この項目を、主役を特定の児童だけにしてはいけないと読み込んでしまう学校が多い気がします。これをよく読むと、「何らかの形で全員が参加しているという意識がもてるようにする」ということで、舞台背景のかかり、音楽担当、衣装担当というように、児童が得意な分野からの参加が望ましいのです。それは、次の留意点の「児童の発表意欲を尊重し、自主的な活動を十分に認め、できるだけ自主的に運営できるよう配慮する。」とあるのです。いやいやとか、向いてもいないのにその役をやるとかいうような発表意欲をそぐようなことは避けるべきなのです。

しかし、どうも、保護者はわが子が主役であること、特定の児童が主役を占めることに対して苦情を言うようです。しかし、このような苦情は、日本だけのことではないようです。2008年6月7日付のタイムズ紙に「日本のモンスターペアレント、センターステージを奪う」というタイトルの記事が海外で話題になりました。

「日本のある郊外の小学校で、ヒロインの白雪姫がなんと25人も現れる学芸会が行われた。そこには、原作に出てくるコビトや魔法使いのおばあさんの姿はまったくない。舞台作りをしたのが、モンスターペアレントと呼ばれる日本の父母たち。ヒロインに1人の女の子を選ぶのは不当だとして、教師たちを脅し、迷惑電話をかけて降参させたというのだ。」この結果、「親たちにとって、勝利の舞台だった」と記事には書かれてあります。

この記事を読んだイギリスなどの読者は、どう感じたかというと、なんと、タイムズ紙のサイトの記事コメント欄には、むしろ共感するような書き込みが多かったそうです例えば、「アメリカのひどいバージョンだね」「アメリカナイズと呼ぶよ」といった書き込みのように、この親の態度は、日本人特有ではなく、アメリカ的だというのです。書き込みの中で、アメリカ人のダニーさんは、「僕の妻は中学2年生の担任だけど、彼女はいつも、うちの子に限って悪いことは絶対にしない、と信じきってる両親から嫌がらせされているよ。訴えられる前に保険に入ろうかって段階まできているよ」と書き込みました。また、ニュージーランドのグレッグさんは、「これってアメリカの真似かい?僕は学校で働いているけど、こういう両親いるよ。脅しの手紙を振り回す親がね。絶対に、子供に何がいいかを提供するプロを信頼しないんだ」と明かしたのです。そのほかにも、この記事に対して、なんと110件ほどのコメントが来たそうです。

どうも、モンスター親に悩まされているのは、日本特有ではなく、かえって英米両国の方が多いようです。どうも、このような状態を、イギリスのタイムズ紙に掲載したのは、「一番早く現象が現れたイギリスでは、親が先生に暴力を振るう『フーリガンペアレント』まで問題になりました。これに対し、日本人は礼儀正しい、頭がいいと思っていたイギリス人は、日本でも、暴力まではいかなくても同じような現象が起きていると知り、イメージと違う」と驚いて記事にしたのではないかとジャーナリストの多賀幹子さんは、考えています。