おたのしみ会の考察9

 保育所保育指針、幼稚園教育要領は、以前の「絵画製作」と「音楽リズム」をまとめて「表現」領域にまとめられましたが、子どもたちの表現しようとする活動は、他にもあります。例えば、うれしい気持ちを表現しようと「飛び跳ね」たり、悲しいときには、「打ちひしがれ」たりします。自分で、何とも言えない気分になるときに、その気持ちが上手に表現できないときにいらいらすることがあります。なんとなく機嫌が悪くなります。しかし、その原因がわからないと、その処理の仕方もわかりません。そんな時には「八つ当たり」します。しかし、壁や物に八つ当たりするのはいいのですが、それが他人となると八つ当たりされた人はたまったものではありません。

 私の園には、「表現パネル」が3,4,5歳児の部屋にはあります。子どもたちが「今どんな気持ち?」ということを自分で自分を見つめて表わすというパネルです。これは、特に強制でもありませんし、また、保育者は何をするわけでもありません。子どもが自分の気持ちを表現するだけです。しかし、それによって自分を冷静に見つめ、気持ちを処理できるようです。

 このように、表現には様々なものがあり、何も絵画製作、音楽リズムだけとは限りません。保育所保育指針の表現領域の内容には、10項目書かれてあります。その中で、「おたのしみ会」で保護者に見てもらう内容としては、3,4,5歳児の合唱・合奏のほかに、「保育士等と一緒に歌ったり、手遊びをしたり、リズムに合わせて体を動かしたりして遊ぶ。」「感じたこと、考えたことなどを音や動きなどで表現したり、自由にかいたり、つくったりする。」「自分のイメージを動きや言葉などで表現したり、演じて遊んだりする楽しさを味わう。」などが考えられます。

 これらの内容を、「おたのしみ会」では、保護者に見てもらいます。そこで、この内容に関連して、「言葉」領域があります。ヒトは、「経験したことや考えたことなどを自分なりの言葉で表現し、相手の話す言葉を聞こうとする意欲や態度を育て、言葉に対する感覚や言葉で表現する力を養う。」とあるように、言葉で表現することもあるので、言葉を発達させる必要があります。また、じれてしまうのも、言葉で伝えることがまだできない時期ということもありますので、いろいろな気持ちを普段から言葉で表すようにしていく必要があります。そこで、ねらいには、「自分の気持ちを言葉で表現する楽しさを味わう。」「人の言葉や話などをよ聞き、自分の経験したことや考えたことを話し、伝え合う喜びを味わう。」「日常生活に必要な言葉が分かるようになるとともに、絵本や物語などに親しみ、保育士等や友達と心を通わせる。」という項目が挙げられています。ここにも、「楽しさを味わう」「喜びを味わう」「心を通わせる」というように「楽しさ」が大切なことがわかります。

 これらの発達を見ると、人間は、様々なことを習得するうえで、かつて「頑張る」「一生懸命」「辛くても」「必死に」ということはあまり効果がなく、「楽しんで」「喜んで」「自ら進んで」行うことの方が効果があることがわかっているのです。ということで、「おたのしみ会」で劇遊びを披露しようとしたときに、セリフを「一生懸命に覚える」「言われたとおりに演じる」「辛くても練習する」という保育は、表現、言葉の領域においても発達をしないということになります。

おたのしみ会の考察9” への9件のコメント

  1. 人間の「表現」領域の活動を認知科学は次のように捉えています。

    「認知科学で言う表現とは、心や脳の情報処理システムで扱われる情報を表現する体系的な方法のことで、文字、音声、音、絵、写真、映像などいろいろな形式がある。」(「心と脳」安西祐一郎著)

    指針や教育要領にあてはめれば、文字や音声とは「言語」領域であり、音とは「音楽リズム」、絵とは「絵画制作」に当たる情報の発信機能とも言えます。しかも、人間の感情は、環境との相互作用で、喜怒哀楽を瞬時に繰り返し留まることを知りません。とりわけ「今泣いたカラスがわ?らった」と言われるほど、子どもの感情は変わりやすいものです。そんな感情の変化をしっかりと受容してあげるのも保育所の役目ですね。

    人間は、千変万化の感情を芸術という形式で表現する生き物です。ベートーベンの「運命」しかり、ゴッホの「ひまわり」しかり、夏目漱石の「坊っちゃん」しかり。芸術家はおのおのの分野で心のありのままを表現し、内省という哲学的行為も経験することができます。表現と内省は表裏一体の関係なのかもしれません。内省力に注目した新宿せいがの「今、どんな気持ちかな?」という表現パネル、これはかなり高度な保育環境です。

  2. 表現=絵画製作や音楽リズムではなく、たくさんある表現の中に絵画製作や音楽リズムがあると捉えることで、気をつけなければいけない事に気づかされます。今回はそのことを教わりました、今の自分の感情を静かに見つめ、それを表すのも、確かに表現ですね。表現が成長に欠かせないことで、他者と関わる力をつけていくのにも必要なことでと考えると、表現について少し捉え違いをしていたところがあったなあと反省させられました。もっと広く表現を捉えられるようになろうと思います。そして「頑張る」「一生懸命」「辛くても」「必死に」ではなく、「楽しんで」「喜んで」「自ら進んで」取り組めることを大切に考えていきます。

  3.  写真の表現パネルはドイツ報告で聞いた覚えがあります。私の園にも似たような物を作って置いてありますが、時々使っている子どもを観察していると面白いですね。実際に子ども達の顔を見ているとケンカをして悲しい、怒っている、または逆に嬉しい、楽しいなど表情は様々です。今まで行事の中での表現に捉われていたので普段の生活にも表現する場が含まれているのを忘れていました。子ども達はそんな様々な経験をしながら発達し、表現する能力を養っていきますが、その中で大切なことは「楽しく」という言葉ですね。子どもは素直なので、楽しくないと思ったことは進んでやりません。やるとしたら大人が無理矢理にやらせたり、怒ったときくらいですね。それで表現能力が身につくのか?と言われると、どう考えても身につかないような気がします。

  4. 表現というものの捉え方が変わってくるということは表現というものに該当するものも絵画や音楽だけではないですね。とても奥深いものがそこにはあるように思います。形だけではなく、子どもの姿そのものがその表現というものに当てはまると思います。自分の感情や気持ちが表に出てくるのも確かに表現です。芸術も形や造形よりはその内面の表現の仕方に評価が出ているのをよくテレビの芸術番組で言われていることが多いですね。あくまで表現は形に出たものですが、そのためにはしっかりと感性や意欲を高めていないといいものは出ないというのを改めて感じます。そのためには「楽しい」と思えることや「自ら進んでする」ことをもっと取り組んでいかないといけないですね。どこかまだ内面ではなく、外に出るものを重視するような行事になっているのは見直さないといけないですね。

  5. 園の「感情表現パネル」は子どもたちが自分の感情を客観的に示す仕掛けとしてなかなか優れた工夫であるといつも感心しております。「うれしい」「たのしい」だけでなく「かなしい」「おこっている」果ては「つかれている」「ねむい」まであります。自分の感情を他に知らしめると同時に自分で自分の感情を把握できます。うれしい気持ちかなしい気持ちがわかるということは、たとえば絵本を読んで,
    そこでの登場者の感情に自分を同化させるうえでとても役立つことだろうと思います。言葉の獲得と言葉表現の拡大は話す相手そして聞ける相手が存在しないとうまくいきません。大人が相手だと発達が違いすぎて効果は期待薄です。そこで、言葉の発達が同じくらいまたは少し違っている仲間が存在するとおそらく言葉の発達がスムーズにしかも効果的に遂げられることでしょう。この意味でも子どもどうしという人的環境が如何に大切かわかります。そして、「おたのしみ会」は「楽しむ」ものなので、「頑張る」「一生懸命」「辛くても」「必死に」、だと趣旨が異なってしまいますね。「おたのしみ会」だけでなく、子どもの行為は「楽しんで」「喜んで」「自ら進んで」、であるべきです。

  6. 子どもがかんしゃくを起こし、その状況を客観的に自分を把握する上で「自己表現パネル」は非常に理解しやすですね。普段子ども同士で過ごしている時、お友だちがよい気分ではない時の表情は見えても、自分自身がそうなった時というのは、その表情は見ることができません。そのため、それを理解するまでに時間がかかってしまう印象です。しかし、その一連の流れから、他児が心配してくれて助けてくれたり、気持ちを聞いてくれるという「安心」を獲得していると思います。そこに、「自己表現パネル」があることで、そのような安心を獲得するまでの過程やその後を、自らで評価する機会でもあると感じました。

  7.  セリフを「一生懸命に覚える」「言われたとおりに演じる」「辛くても練習する」ということは精神論や根性論という言葉に置き換えられるかと思いますが、なぜそれを子どもに押し付けてしまうのでしょうか。そして、まるで神話のように精神論や根性論を信じているような保育があるのはなぜなのでしょうか。しかもそれが、表現、言葉の領域においても発達をしないというであればそれこそ保育とは呼べない代物ではないかとも思えてきます。職員も子どもも無理をして、嫌な思いをして行うことに何の意味があるのでしょうか。
     保育園の行事も、その取り組み方も、保育を仕事にしながら保育に対して無知なトップがいればそのままおざなりに進められ、それが何年も何年も同じスタイルのままで繰り返されることになります。保育への理解の薄いトップのせいで、子ども達が犠牲になっている保育園が少なくないように思えてきてしまいます。

  8. この表現パネルですが、特に強制でもなく、また、保育者は何をするわけでもないとあります。子どもが自分の気持ちを表現するだけですが、それによって自分を冷静に見つめ、気持ちを処理できるように置いてあるとあります。来年は、このパネルを使って何かできたらと、密かに思っています。(笑)
    言語領域のねらいにも、〜を楽しむや〜味わうという言い回しになっていますね。楽しいことが発達を促すというのは、園の雰囲気でもそうですよね。

  9. 自分の中の今の気持ちを表現する、表に出すことで他人に分かってもらうことも、ある意味では自分の気持ちを落ち着かせる手段だと思います。
    その方法は表情や言葉、態度などいろいろです。
    自分の気持ちをパネルで表現してもらい、客観的に自分を見つめることができる経験をすることは、子どもにとって〝自分の気持ちを処理できる〟という経験ができるのですね。
    そして、マイナスな感情を表現するのには大人でもなかなか難しかったりするものです。その気持ちを表に出し、誰かにその気持ちを理解してもらって、声をかけてもらったり、寄り添ってもらう経験をすることで、素直に気持ちを表現できるようになれるようになるような気がします。

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