おたのしみ会の考察18

絵本やお話から始まる「劇遊び」は、表象を広げながらそこに登場するものの性格や関係、感情などについて疑似的な体験しはじめます。それは、ごっこ遊びと共通しているもので、動機、表象、情動の実現と進み、それが子ども自身の表現として現れてきます。しかし、劇遊びでは、より高度な表現になります。それは、単に大人のまねではなく、きっかけとなるお話や物語のストーリー、登場するものが全体の進行を決定していくからです。その進行の中で、想像が広がり、感情が高まってくることによって、自らのストーリー、新しく登場するものまでも生み出していきます。
このような活動が、年長さんのおたのしみ会への取り組みに見ることができます。紹介コメントにはこのように書かれてあります。「絵本が決まると、次は役決めです。“絵本にでていなくてもいいから自分たちの好きな動物をやろう!”そうして出てきた動物は、ぞう、うさぎ、りす、とり、ライオンでした。役が決まると、ストーリーやセリフも自分たちで考えました。ぞう、うさぎ、りすは“最初何をして登場したいか?”と“どんなケーキを作ってコンテストに出たいか?”ということ、とりは“誰がどこのナレーションをするか?”、そしてライオンは“本番中に一番おいしいケーキを決める!”ということを話し合いました。」

この取り組みコメントを読むと、行事は決して当日のためのものでないことがわかります。当日は、表現領域を中心としたプロジェクト保育の通過点に過ぎないのです。その経過は、3歳以上児になると、練習にもその成長を見ることもできます。そんな光景も、取組コメントにも書かれてあります。「ストーリーやセリフが決まってくると、次はいよいよ練習です。台本できあがると自分たちでセリフやセリフを言う順番覚えていったり、同じ出番のグループで集まって話し合ったり、練習をしていました。初めてみんなで合わせてみた時も、流れや、セリフは自分たちでしっかりと覚えていて、途中でわかんなくなってしまった時も“次は○○の出番だよ!”と教えてあって、最後までやり通していました。さらに、“ゾウは鼻を手でやればいいよね?”“セリフの前にがぉーっていれたほうがいい?”など、自分の演じる動物の歩き方や鳴き声をお互いにもっと劇がよくなるように提案をしたり、大道具や装飾も、みんなで設計図を描いて、協力して作りました。ハプニングやケンカもありつつも、劇のいたるところに年長さんのこだわり、楽しかった様子、想いが込めてられています。そして年長さんで出来る最後の劇、思い残すことがないよう力いっぱい出し切るぞっという気持ちで取り組んできました。」

子どもたちは、身の回りにある様々な環境から影響を受けます。劇遊びをするときにも、読んだ絵本からとか、保育者から読み聞かせてもらったお話から刺激を受けます。最近、その多くを、テレビから受けることがあります。例えば、「戦いごっこ」など戦隊物の影響があります。戦いごっこをしている子どもたちを見ると、「テレビの影響が大きいから」と片づけることがあるのですが、私は、「テレビなどは子どもにとって1日のうち数時間か数分の話で、何で多くの時間を過ごす保育の中の影響は受けないの?」と聞くことがあります。もっと、保育の中での経験を豊富にさせることで、長細い棒を作っても、剣にするというよりも、釣竿にするとか、魔法の杖にするとか、違う発想を得るはずです。

子どもたちは、様々な経験、体験からいろいろなものを表現します。おたのしみ会で子どもたちに話し合いをさせようと思っても、それまでの体験が豊富でないと、アイディアを思いつきません。すると、つまらないおたのしみ会になってしまいます。ただ、話し合いをさせればいわけではありませんし、子どもたちに任せればいいわけではないのです。普段の保育、生活の中での導入が必要なのです。

おたのしみ会の考察18” への9件のコメント

  1. 日本人は昔から外国の技術を真似て、優れた国産品を創りあげることに長けていると言われました。たとえば、1543年にポルトガルから鉄砲が伝来。鉄砲はその30年後に日本で大量生産され、織田信長は長篠の戦で使い勝利しました。当時の覇権国スペイン、ポルトガルは鉄砲をトルコから輸入していましたが、日本は自国で鉄砲を生産する技術を磨き上げたのです。しかし、平成の現代、技術大国日本の伝統が、韓国や中国などの新興国に脅かされつつあります。この日本の技術力を維持し、伝え、引き出していく教育の在り方が求められていると思います。

    『動機』(対象に興味を持つ)⇒『表象』(感覚を研ぎ澄まし写し取る)⇒『情動』(心を動かして感情を移入する)⇒『創造性』(オリジナリティーを発揮する)

    “裏の教育”としての幼児教育から、まねることから学びへ、そして新技術の創造へと発展させていく心の基礎をつくるプロジェクト保育。新宿せいがのような保育園から、世界を変えるようなイノベーションを起こしてくれる人材が陸続と誕生していくことを期待しています。

  2. テレビの影響についてお話は何度も聞かせてもらってきました。テレビの影響と簡単に言ってしまわない方がいい、そのことに対して何ができているか、何かをしているのかといったことを言っていただき、物の見方や考え方まで教えていただいたように思っています。何となくそんなことが言われているからといったことを簡単に口にすることで、思考を止めてしまうようなことだけは避けないといけないと気づかせてもらった出来事です。1日のうちでもかなりの時間を過ごす保育園という環境が子どもたちに与える影響は、やはり大きいものだと思います。それが子どもたちの意欲や創造性にどう生かされていくのか、私たちはもっと自信を持って考え実践していく必要がありますね。

  3. 子どもたちが話し合いながら劇を作り上げていく様子は素晴らしいの一言ですね。意識をしっかりと劇のほうに向いておりみんなで話し合っているように持ってくるのは行事のためにやっているととてもできないことだと思います。しかし、それができるのも日頃からの保育でたくさんのアイデアをだせるような取り組みをしたり、大人の価値観だけを押し付けることをしないことなど、普段からの関わりがとても大切だということがよく分かります。テレビの戦隊ものはよく話に出てきますね。確かにそれに影響を受ける子はたくさんいます。しかし、考えてみれば放映時間はものの数時間か数分です。保育園で過ごす時間はその何倍もあるということはもっと違う影響を与えることができるはずです。どこかで諦めている部分も知らずあるのかもしれません。しかし、そうなるのも本来の「楽しさ」という部分を知らないから「戦いごっこ」にいくバリエーションしか思いつかないのかもしれません。保育の中での体験をいかにどう作っていくか、しっかりと見極めていかなければいけませんね。

  4.  新宿せいが保育園の年長さんの発表会に向けての取り組みを真似しようとしても、すぐに同じようになるとは限りません。今日のブログや最近のブログに多く書かれている言葉ですが、普段の保育をつなげるという事が一番重要です。子ども同士が話し合いながら自分達で役や台詞を考えたりと、話し合う事は急に出来ることではありません。やはり普段から子ども達同士で話し合う経験がなければ、自分の意見を言ったり、アイディアが浮かんだりはしないと思います。これは子どもだけでなく、大人になっても同じような事が言えます。部屋の装飾に関しても普段から色々なところにアンテナを張って出かけたりする経験から生まれると思います。普段の生活はとても重要なんですね。

  5. 今年の「おたのしみ会」でも、練習の途中で、子どもたちが自分の演じる役割について、ステージへの出方やセリフについて、子どもたちが台本を修正していったというエピソードを伺いました。また、「次は○○の番・・・」という子どもの声も耳にすることができました。何よりも、私たちの園の「おたのしみ会」のいいところは、子どもたちが本当に楽しんでやっているところですね。それは常日頃から「楽しんでやる」ことを実現させている結果でしょう。それから、各行事は確かに近づくとセリフや動きなどを特にやる時もあるようですが、それほど熱心にやらなくても本番を迎えられるのは、普段の保育がそうしたセリフや動きに連動するものになっているからでしょう。「それまでの体験が豊富」なことの証左ですね。日常保育と行事との断続的な関係を嘆く先生方の声を聞くことがありますが、「行事は決して当日のためのものでないことがわかります。当日は、表現領域を中心としたプロジェクト保育の通過点に過ぎない」ことを確認するならば、その問題の解決方法が見つけ出されてくるかもしれません。

  6. 年長児が行う劇の、取り組みコメント内にある「そしてライオンは“本番中に一番おいしいケーキを決める!」といったところから、決まりきったものを子どもがただ演じるのではなく、その場の状況によって変化する子どもの心情をそのまま映し出したものを劇にしているという、いわゆるアドリブ的要素が感じられます。アドリブとは「自由・即興・筋書きにない」といったイメージですが、まさにその状況は普段保育園で見られる子ども同士のやり取りそのものです。そういった、瞬時に変化していく子どもの心情・意欲・態度に寄り添い、価値を見出し、それを本番で行うというところから「当日は、表現領域を中心としたプロジェクト保育の通過点に過ぎない」といったことが強く伝わってきます。

  7.  今年のすいすいさんの劇には、〝こもどおおとかげ〟が登場しました。出てきた時には大笑いしたものですが、これも子ども達が日々図鑑が好きなことや、これまた図鑑なのですが、絵本を200冊完読した子に贈られる〝絵本マイスター〟の称号を手にした子が職員と買ってきた特別感たっぷりの図鑑などの影響によるものであると思います。行事が日々の生活が密接に関わってきていること、日々の生活、保育の延長線上にあることを改めて感じる次第です。
     朝のこの時間はどうも想像というのでしょうか、妄想が膨らんで気持ちが大きくなるようで、いつか自分が保育園の園長先生になった時に、自分の園の行事でおたのしみ会に取り組みながら、この考察を何度も読み返している自分の姿を想像してしまいました。その度に感じることがあり、読み返す度に違った何かを得るのだろうなと、次に読み返す時の自分がどこまで成長したか、それを感じられる時を想像してとても楽しみになりました。

  8. 行事は決して当日のためのものでないことがわかります。当日は、表現領域を中心としたプロジェクト保育の通過点に過ぎず、その経過は、3歳以上児になると、練習にもその成長を見ることもできますとあります。その通りだと思います。そして、予行練習は子どもと大人の間での打ち合わせのように感じました。
    子どもたちは、様々な経験、体験からいろいろなものを表現しますという一文で、気がつきましたが、だからこそ、いろんなおもちゃや環境により、たくさんの経験をしてもらうことが大切なんだと感じました。

  9. 〝子どもたちは、様々な経験、体験からいろいろなものを表現します〟とあり、普段からのいろいろな経験や体験が積み重なり、一つの劇や表現になっていくということですね。
    この普段からということは大人にも同じことが言えると思いました。
    普段から子どもたちをみる、信じる、考える、アンテナをはって周りをみるということを実践していると自分自身にも自信がつき、新たな経験が生まれると思いました。
    個人的には、自分の長男が戦いごっこの真っ最中ですので、そこの部分については胸に突き刺さるものがあります。
    テレビよりももっと楽しいこと、経験があるんだということを子どもと一緒に発見し、楽しみたいと思います。

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