運動会の考察6

 行事について考察している途中で、ドイツに行くことになり、その考察は中断していました。園では、来週末には、運動会の次の行事である「お楽しみ会」があります。そこで、もう少し私の園の運動会の取り組みについて考察してみましょう。

 運動会の歴史を見ても、今と同じ競技の代表は、「かけっこ」です。生物は歩いたり、かけたりする種は多くあります。それは、移動する手段ですが、特に、速く移動しようとするときは、敵に追いかけられたときか、獲物や敵を捕まえようとするときです。ですから、ヒトも走るときには、敵から逃げる時、自然災害から逃げる時か、獲物や敵を追いかけたりしようとするときです。当然、その時には速いほど有利だったはずです。そこで、より速く走るために練習をしたでしょう。
 ヒトは、社会の中で生きていく生き物です。そこで、より強く、より速く、より上手になるためには、一人で練習するよりも、複数で練習した方が効果的な場合が多いのです。それは、お互いに競争することです。「かけることを競走しよう」ということが「かけっこ」という言葉になったのです。日本語で、接尾辞「こ」を動詞の連用形に付いて、互いに…する、互いに…して競争するなどの意を表すことがあります。特に子ども同士が「互いに…する」場合には「こ」をつけます。例えば、「背中の流しっ―」とか「にらめっ―」などです。そして、子どもなどが何人かで走って速さを競うことを古風な言い方では「駆け比べ」、普通に言えば「駆けっこ」というようになったのです。

 日本では、農耕が中心になり、獲物も鉄砲などの武器を使うようになると、それほど速く走る必要はなくなりました。走るのは、武士や飛脚などの専門職の人に限られていました。ただ江戸時代の走り方はだんじり走りと言って右手と右足、左手と左足を同時に出す走方でした。しかし、日露戦争以降、庶民も戦争に参加することになり、「走る」という行動を取るようになり、その訓練が始まり、競争が始まりました。それが、運動会の種目になっていったのです。同時に、戦争中は、早く走るだけでなく、長く走ることも重要になってきました。そこで、マラソンも種目になっていきました。

 一方、ヒトはほかの生き物に比べて大きな脳を持っています。それを支えるために直立歩行をします。生まれてから、直立歩行がきちんとできるように発達していきます。それは、歩こうとする行為の発達ではなく、歩き方の発達です。赤ちゃんは母親の胎内にいる時から歩こうとします。生まれてすぐから、赤ちゃんを持ち上げると「原始歩行」という歩こうとする足の運びをします。歩こうとする行為は生まれながら持っているのです。しかし、重力に対して自分の体を支える骨や筋肉、まっすぐ歩ける平衡性、腕を動かしてバランスをとる共用性などが次第に発達していきます。
 私の園の運動会では、「子どもたちの発達を保護者とともに確認し、成長した喜びを感じる」ということが一つの目的です。そこで、まず、子どもたちが次第に走ることができるような発達を見せていきます。それは、その子が、今どのくらいできるかということをみんなの前で披露します。一番小さい子は、真ん中に敷かれたマットの上で「寝返り」を見せ、その子によって、「ズリ這い」「ハイハイ」。そして、平均台を置いて、そこにつかまって「伝い歩き」、短い距離を「ヨチヨチ歩き」。そして、次第に長い距離をしっかりと歩けるようになり、腕を振り、まっすぐ走り、次第に負けすに走ろうとし、最後は協力して走る「リレー」を年長さんがします。

 このように0歳児から6歳児まで歩く、走ることという同じ観点から通して見ることによって、保護者はその発達を知り、わが子の発達を喜ぶことができるように、最初の種目が「かけっこ」です。