一緒に考える

 私が、ニュータウンに園を作った時に、その地域は園の開園と同時に街開きをしたというような新しい町でした。当時は、その町にはまだコミュニティがはっきりと形成されていませんでした。そこで、園は、地域の人と共にコミュニティを作る手伝いを始めました。その時に、最初、そのような活動は、「園児を獲得するためではないか?」と思われました。しかし、当時、待機児と言われるような、園に入園したくても希望者が多く、入園できない状態にありましたので、どうも、園児獲得のためではないらしいと思われました。すると、「もしかしたら、宗教活動かも?」「もしかしたら、園長は政界に出たいのかも?」なんとかその意図を探ろうとされました。どうも、保育という本業と、コミュニティ作りは結びつかないようです。それが、もし、本業と切り離して、昨日のブログで紹介したようなCSRという位置づけであれば理解できるのでしょうが、将来、子どものためになるような、本業を拡大していくうえでの推進力になるような地域貢献は、なかなか難しいかもしれません。しかし、このような地域貢献は、直接的な子どものためということだけでなく、「人の役に立っている」ことを職員が直接目にすることで「働きがい」が生まれ、Winを増やしていくことに確実につながっていくのではないかと小暮氏は言います。

しかし、小暮氏は、コミュニティにWinを作るというやり方において危ういことがあると指摘します。それは、一歩間違うと「製品・サービスを売るためのバラマキ」と捉えられてしまうことにあるというのです。これを避けるために必要なのは、コミュニティが欲しているもの、何をすれば彼らがハッピーになるのかを「一緒に考えるということ」だと提案します。それは、自分たちもコミュニティメンバーの一人だということを忘れないことだと言います。「僕たちが住むこの世界が、自分たちの仕事を通じてよりよい場所に変わっていくのは単純に嬉しい。コミュニティにWinを作ることも「やりがい」、つまり働く仲間のWinにつながってくるのです。」

 また、コミュニティと一緒に考える、ということは、持続的な関係を築くことにもなると言います。そうしたいいサイクルを回すことによって長期的に本業にもWinをもたらすことができれば、「潜在顧客にアプローチする」ことを越えてコミュニティにWinを作ることの意義は、十分にあると言っています。とかく地域社会にとっては保育園、幼稚園は迷惑施設だと言われている昨今、地域にとっても、価値ある存在になることが、本来の事業をより深めることになるような取り組みが考えられたらいいですね。どうして本来事業とは別に貢献しようとします。しかし、貢献は、自分たちを存続させるためにも必要なことなのです。

 少し違うかもしれませんが、現在、日本でも「コミュニティ・スクール」という取り組みがされています。学校に「学校運営協議会」を設置し、教育委員会から任命された保護者や地域住民等が、一定の権限と責任を持って学校運営の基本方針を承認したり、教育活動について意見を述べたりして学校運営をしようというものです。文部科学省では、今年から5年間で、コミュニティ・スクールの数を公立小中学校の1割(約3,000校)に拡大するとの推進目標を掲げています。ちなみに、今年までに1,183校が指定を受けています。そのうち、公立幼稚園でも55園が指定を受けています。そのうち、岡山県が、44園もあります。

しかし、私が八王子の小学校の学校運営委員をしていたことがある経験から言うと、委員は、運営に参画するというよりも、意見を述べる程度でした。指定されているとかいないとかに関係なく、コミュニティへの貢献は、コミュニティと一緒に考えるという視点が、大切になります。