運動会の考察9

私の園の種目は、昨日のお便りで保護者に伝えたように、午前中は基本的に「かけっこ」「個人競技」「親子競技」が行われます。「かけっこ」は、自ら移動する手段を獲得していく過程である、寝返り、ズリ這い、ハイハイ、伝い歩き、ヨチヨチ歩き、走る、リレーと見せていきます。そして、「個人競技」は、そのほかの運動能力を見せていきます。くぐる、登る、跳ぶ、転がる、バランスをとる、ボールやフープや縄跳びなど運動遊具を用いた運動を組み合わせ、その発達を見てもらいます。その発達の目安として、保護者に種目を書いたプログラムにポケットを付けて、そこに「発達のめやす」という表を印刷した別紙を入れておきます。

「発達のめやす」は、縦軸にはめやすの年齢が書かれていますが、どこからどこまでが3歳児という書き方ではなく、3歳児の上の方は2歳児と重なっていますし、下の方は4歳児と重なっていて、個人差を考慮します。横軸には、「歩く・走る」「巧技台・跳び箱・積み木(跳ぶ・越える)」「平均台・マット(渡る・転がる)」「ボール・縄跳びなど」とわけてあります。この表に書かれてある発達の姿は、できるだけ種目の中に入れます。運動会の当日の「個人競技」では、これらの内容を職員が子どもの様子を見ながら、テーマによるストーリーで並べていきます。これは、競争ではありませんので、一人ずつ出発し、一人ずつきちんと見せていきます。ただ、そうすると、時間がかかるので、その場には常に二人が何かをしているようにスタートします。

また、個人差を保障するために、例えば、平均台を渡るときに、幅の狭い板と広い板を用意し、その前に来た子に職員が、「どちらにする?」とか、ジャンプする台の前に来たら「高い方にする?低い方にする?」と聞いて自分で挑戦する方を選択させます。また、年長さんになると跳び箱を飛ぶのですが、その前で子どもが自ら、何段にするか、縦に置くか横に置くかを指示し、職員が急いでそのように並べ替えます。また、普段、その子がどのくらいできるかを把握して、その子に合わせます。年長児になると、その挑戦は、出来たとか、できないかだけでなく、自分が納得いくまでそこで何度も挑戦させます。そこで、職員は、その援助をします。それは、普段どのように運動遊びをしているかという過程を見せることであり、この後きっと飛べるようになるだろうということも思えるようにしています。運動会当日は、保育の結果ではなく、その時点での発達過程の紹介なのです。

ということは、運動会の種目は、普段の運動遊びの中で行っていることで、運動会のために練習するものではありません。ですから、土曜日に行われる本番の1週間前の水曜日に第1回の予行練習があるのですが、そこでは、普段行っている運動遊びを職員皆で見て、どれを本番の種目にするかを話し合う場でもあるのです。ですから、年のよって若干違いがあります。サッカーのシュートを見せる時もありますし、縄跳びを飛ぶこともありますし、雲梯を渡らせるときもあります。年度によっては、最後の種目は、子どもが自分の得意なものを披露するということもあります。

運動能力というと、他の場面でもそれを発揮するときがあります。たとえば、列を組んで歩くとか、音楽に合わせて歩くということも発達です。それを見せるために、音楽に合わせて、列を組んで入場します。ただ、その時に大切なのは、きちんとそろうことではなく、これからやるという緊張感と楽しみが入り混じった表現なのです。しかし、終わってからの退場は、やったという達成感と、それを親に見せたという喜びの気持ちの余韻を残すために、きちんと並んだり、音楽に合わせて退場ではなく、ワーッと思い思いに駆け足で退場します。その時の、子どもたちの晴れ晴れとした顔を保護者に見てもらいたいのです。

運動会の考察9” への7件のコメント

  1. 以前、藤森先生の見守る保育を表すキャッチフレーズをいろいろ考えました。曰く「環境による保育」「関係性の保育」「選択の保育」。先日は「陶冶の保育」なんていうのもありました。それに加えてもう一つ、「連続性の保育」というのはどうでしょうか。子どもたち一人一人の発達の連続性。「遊」「食」「寝」の空間分離による一日の生活の連続性。行事を日常の保育の延長上に位置付けることで、一年の保育の連続性を保つことができます。演技を見せるための行事ではなく普段のありのままの保育が行事から見えてくるのです。

    運動会の種目に「個人競技」とありますが、これは団体競技の対語の「個人競技」ではなく、自分への挑戦ということですね。他人と競い合う競技ではないようです。人間というものは、ついつい他人と自分を比較して幸不幸を決めつけてしまいますが、財産や社会的地位をとっても、それこそ上を見ればきりがないわけで、昨日の自分よりも少しでも進歩することが幸福感を生むものです。運動会の考察を通して、人間の平等や幸福のことまで思いを巡らしました。「人間とは何か」?保育とは子どもと関わりながら、これを追求する人間道の実践にほかなりません。

  2. 予行練習というのは本番でやることと同じことをやるものだと思っていたので、本番の種目を決める場だと初めて聞いたとかはその意味がなかなか理解できませんでした。でも運動会とはどういう場か、何を見てもらう場かを考え、そのためにどのように進めていけばいいのかを考えると、その意味も目的も理解できるようになりました。どうしても自分たちが体験してきた運動会が頭にあり、その先入観から深くその意味を考えることをやめてしまっていたのかもしれません。早く先入観から自由にならなければいけないと思わされた内容でした。そして最後に書かれている「やったという達成感と、それを親に見せたという喜びの気持ちの余韻を残す」というのも丁寧に捉えたいことです。ここを保護者と共有できると子どもにとっての行事の意味合いは随分変わってくると思います。分かったようで分かっていないことがまだまだあると思い知らされています。

  3.  「発達のめやす」を書いた紙をプログラムと一緒に渡すのはいいアイディアですね。自分の子どもが今はどの辺りの発達か知る事もできますし、また自分の子どもは、次はどの発達か知る事も出来ます。もしくは過去を振り返ることもあるかもしれません。自分の子どもが跳び箱○段を飛べた、雲梯が失敗せずに出来たなど、ただ出来たことを喜ぶだけでなく、やはり発達を見ていただくというのも保護者に伝えることも重要だと思います。また運動会の為に練習をするのではなく、それぞれが得意な事を見せる事で普段の保育で子ども達が楽しそうに体を動かして遊んでいる様子を保護者に伝えることもできます。運動会のプログラムや競技内容も一つ一つじっくり考える事で、何が大切な物か見えてきます。

  4. 子どもたちの自然な姿を見せるということはとても大切なことですね。どうしても子どもたちの発達を見せるという意識より、今まで子どもたちがどこまでできるようになったかという成果を見せる場になっていることが多いように思います。そう考えると運動会だからといってあまり重く考える必要はないのかもしれません。もちろん、それまでの発達を見せなければいけないのですから、普段から運動遊びは取り組んでいかなければいけません。また、保育者も子どもたちの発達を見ていないとできないことですね。どこまでできてどこまでが課題かを見守って、少し手の届く範囲を想定していくからこそ、子どもたちは挑戦していこうという気持ちになるんだと思います。また、別紙で子どもたちの発達の目安を保護者に伝えるのはいいですね。保育園と保護者との連携が言われているなか、こういった取り組みは保護者との距離も縮めてくれることだろうと思います。

  5. 当ブログのコメントにて何度も書いてきたことですが、私は子どもの頃から「運動会」がいやでいやでたまらない行事でした。大人になって、その「運動会」から解放されたかと思ったら今度は保育園で「運動会」に触れることになりました。そして現在勤める園は今回のブログ通りの「運動会」です。私の「運動会」観が全く変わりました。私は元来「運動会」とは競わせやらせの極致だと思っていましたが、当園の運動会の目的及び実際の有様を観てみると、とても専門性を感じるのです。誰のためだかわからないような種目はありません。そして、今となっては、「運動会」という行事にまともに向き合えるようになりました。私以外の先生たちの中にも思いを同じにしてくれる先生方もいらっしゃることでしょう。私たちの運動会では子どもたちのいきいきとした表情と先生たちの豊かな動きを目にすることができるとても楽しい行事ですね。

  6. 発達のめやすは、運動会で、特に個人競技の時に内容を決める際にとても重要なめやすとして、活用しました。今回の運動会では、新たにケンケンや鉄棒を種目に入れたこともあり、子どもの様々な身体機能を出せるような個人競技になったような気がしました。そして、毎年、感じるのは、保護者へどれだけ゛発達のめやす゛という年齢のくくりにとらわれない個々の身体的発達過程として、見てもらえているかです。この部分は、子どもの成長を感じてもらうためには大きな要因だと思います。
    入場は、緊張感や楽しみな姿、退場時にはやりきった達成感、親に見せた喜びを感じる、子どものこのような表情は、嬉しいものですね。普段の運動遊びのなかで、興味をもち、遊びのなかで、挑戦したものを運動会という場で見てもらう、子どもが運動会が近づいていくたびに、待ちどうしくなるのは、こういったものが要因にあるんでしょうね。その余韻が、その後の保育のなかでも、子ども自ら運動遊びを行っている姿に繋がっていると感じました。

  7. 個人競技も、自分の保育園の運動会でやったことがないものでした。初めて見たときは、単純に公園のアトラクションのような感じかなと思っていたのですが、そんな単純なものではありませんでした。「発達のめやす」が配られ、個人差を保障するために、平均台では、狭い板と広い板が用意され、子どもが自分の渡れる方を選べるようになっていたりと、意図がありました。それがまた、運動会当日は、保育の結果ではなく、その時点での発達過程の紹介というのも、納得できます。ですので、運動会のために練習するのではなく、普段の運動遊びの中で行っているものなのですね。

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