ドイツ報告2012-1

 いよいよ、今年も今日からドイツツアーに出かけます。毎年のことですが、今年もしばらくは「運動会の考察」はお休みして、ドイツ報告を現地からしようと思っています。今年で、ツアーを組んでドイツのミュンヘンに行くことになってから第10回になります。今年の見学予定は、10月22日(月曜日)の午前中は「コープ」(0歳児から6歳児までの園)、午後は、幼稚園(3?6歳児)、10月23日(火曜日)の午前は、ミュンヘン公立小学校、午後からシュタイナー幼稚園、10月24日(水曜日)の午前中は公立インテグレーション幼稚園 (統合幼稚園)、午後はコープ、10月25日(木曜日)の午前中は、公立保育園の見学です。

そして、10月26日(金曜日)は、列車(1等車)でヴェルツブルグまで行きます。そこからロマンティック街道をバスに乗って、ロッティンゲンまで行き、施設を1?2園見学します。そのあと、ドイツに本社のある保育家具メーカーであるeibeに行き、ショールーム・ファクトリーを見学したあと、その会社の人とミーティングをします。そして、ヴェルツブルグまで戻り、ナイトツアーとフェアウェルパーティーです。そして、10月27日(土曜日)11時にバスでフランクフルト空港へ行き、成田に10月28日(日曜日)朝8時ころに着く予定です。

毎年、ドイツミュンヘンに行き、園を見学しますが、私は、10年の間で同じ園に行くことは2?3園だけです。ということは、ほぼミュンヘン市内で60か所くらい園を見ていることになります。それぞれの園には特徴があり、その保育の質はどの園もかなり高く、参考になります。もし、ドイツから東京に来て、園を見学してもらう場合、果たして、60か所も見せることのできる園があるか自信がありません。それは、バイエルン州で作られた統一カリキュラムである「バイエルン」がきちんと作られていて、それをどの園でもきちんと守っているからです。そのバイエルンは、非常に厚い本で、細かく規定されています。

それに比べて、日本の保育所保育指針、幼稚園教育要領は、園の独自性を守るということから大綱化されています。しかし、園の独自性は、ドイツのほうが生かされていて、日本ではどの園に行ってもほぼ同じ形態をとっています。独自性とは、大綱化すれば生まれるのではなく、細かく規定することで、どこまでそれを実践すればいいという目安が具体的にわかるために、かえって独自性が出せるのではないかと思います。しかも、日本では薄い指針、要領のために解説本が出版されています。しかし、そこには、具体的な取り組みではなく、同じ内容をただ詳しく言い換えただけのような記述が多いので、現場ではよくわかりません。しかも、ともに告示化されていて、法律としてその執行が義務付けられているにもかかわらず、随分とかけ離れた保育をしていても、特に罰せられることも、注意されることも少なく、注意されるのは、衛生や安全面、栄養面などに限られます。

また、ドイツの「バイエルン」には、変えてはいけない事柄が書かれているため、逆に変えるべきものが見えやすくなっています。きちんと守るべき事柄がわかることで、それを守るために、その方法は時代によって、環境の変化によって、変えていくのです。

今年のドイツは、昨年と比べてどのような変化を見せてくれるでしょうか?決して変わることのない自然、街並みに対して、変わっていく保育を楽しみにして訪れるミュンヘン保育ツアーです。

マッチング

 マッチングで今一番問題になっているのが、結婚、離婚問題かもしれません。今回のノーベル経済学賞受賞で興味を持ったマッチング理論は、「数学で不倫や離婚の危険がない男女のペアを探す」という論文をゲール教授とシャプレー教授の共同研究から発表したことから端を発しています。気持ち、感情の問題を数学的に解決するというのは、とても面白いですね。では、どういうことなのでしょうか。

 論文では、男女の結婚をめぐる問題を「数学の問題」として設定して、男女間の「安定である」マッチングを探すアルゴリズムを発見したというものでした。ここで、「安定である」マッチングとは、不倫や離婚の危険をなくす組み合わせということで、「男性Aは現在マッチしている相手よりも女性Bのことが好きで、女性Bも現在の相手よりも男性Aのことが好きである」というような男女のペアがいないことを指します。この抽象的な数学理論の経済学的な価値に、ロス教授が気づき、発展させます。彼は、米国の医療界で、研修医が勤務を希望する病院と病院側の受け入れ希望をマッチングさせる「研修医マッチング制度」が使っていたアルゴリズムと、ゲール教授とシャプレー教授のアルゴリズムが本質的に同じ物であることを発見し、それについて1984年に発表します。

この「研修医マッチング制度」とは、「医学部を卒業したての学生は、実践的なスキルを身につけるために病院で研修医となって働く必要がある。だが、エントリーする学生側と、採用する研修病院側の相反する希望を汲み取ることは簡単ではない。なるべく学生と病院の希望を叶えるために、米国の研修制度では、学生と病院が希望する相手のリストを提出して、マッチ主催者がそのリストを元にアルゴリズムを使って配属先を決めている。」というものだそうです。

 このアルゴリズムはいくらかの試行錯誤を経て50年代頃に現在の方法の基礎ができ上がっていったのですが、ロス教授は実はこの方法が、ゲール教授とシャプレー教授による方法と同じマッチングを生み出していることを発見したのです。この発見は、研究者が、難解な数学理論を駆使して抽象的に考えた結論と、医療関係者が試行錯誤でたどり着いた現実的な解決法が同じである、という驚くべきものだそうです。何となくわかりにくい話ですが、抽象的な理論が、現実のマーケットに使えるということで、もしかしたら、保育の世界でも参考になるかもしれません。

 またロス教授は、学校選択制度を学校と学生のマッチングだと捉え、同様のアルゴリズムを学校選択制度に応用しました。アメリカでは、現在、このような制度の導入を検討する自治体が増えているようです。また最近では腎臓移植のための「ドナー交換アルゴリズム」をどう設計するかについても先駆的な研究をしています。それは、腎臓病での、生体腎移植における様々な不適合性という障害を、腎臓のドナーと患者のマッチングという経済学の問題として捉えて、可能な限り多くの人々が移植の機会を得られるような方法を開発し、米国における腎臓移植ネットワークの設立と運営に現在大きな役割を果たしているそうです。

 これを聞いても、私には内容は全くわかりませんが、従来の「経済学」のイメージからは遠い様々な社会問題に、経済学を応用して、しかもそれを現実の問題解決のアルゴリズムまで具体化したことはとても興味がわく話です。

そして、この記事の最後に、ロス教授のまな弟子である小島氏は、ロス教授をリーダーとして、経済理論を世の中を良くするため役立てようという「マーケットデザイン」を発展させてきたのは、彼の人間への興味や人々に対する優しさが根底にあるからではないかと結んでいます。

発想の転換

毎年、ノーベル賞の発表は面白いですね。それは、だれが受賞するのかというよりも、どのような功績で受賞するかということに興味がわきます。その受賞が妥当なのかどうかは別として、普段はなじみのない分野でも、そこで使われる言葉でも、よく内容はわからないにしても何となく関心を持ちます。今回も、さかんにIPS細胞という言葉が飛び交っています。また、平和賞がEU連合というのも面白いですね。

こうした2012年の受賞の中で、私が興味を持ったのは、ノーベル経済学賞です。今年の受賞は、アルビン・ロス米ハーバード大学教授とロイド・シャプレー米カリフォルニア大学ロサンゼルス校名誉教授に決まりました。今回の受賞の中で、IPS細胞はよくわからないまでも、今後どのように研究が進み、どのように生かされていくかは割とわかりやすい方です。以前の素粒子とかになるとわけのわからない世界です。今回の経済学賞は、わかりやすいようで、わかりにくいきがします。報道でも、その受賞によって、「様々な国家の“制度疲労”が目立つ世界情勢の中、既存の市場や制度を分析する従来型の経済学と一線を画し、制度をどのように設計するかを究める“マーケットデザイン”の研究が脚光を浴びることになった。」とありますので、とても興味を引きます。しかし、調べてもなかなか内容は分からないのですが、日経ビジネスオンライン メールで、ロス教授のまな弟子である小島武仁・米スタンフォード大学助教授がその内容について寄稿していて、それを読むと何となく内容がわかります。

今回ノーベル経済学賞を受賞することになった理由は、「マッチング理論」およびその応用である「マーケットデザイン」という考え方で、今後の経済学の感え方を変える革命だとも言われています。私は、常々、様々な事柄についてのマッチングについて問題意識を持っていました。例えば、個々の特性と、それを生かす職業に就くマッチング、職場に欲しい人材と、就職したいと思う職場とのマッチング、それぞれ多様な人がいる中で、適切なマッチングによって、かなり人生が変わる気がします。今回受賞した「マッチング理論」とは、様々な好みを持つ人々同士をどのようにマッチさせ、限られた資源をどのように人々に配分するかということを研究する理論だそうです。また、「マーケットデザイン」とは、マッチング理論を応用して実際の制度をどのように設計するかを研究する分野だそうです。小島氏によると、「伝統的な経済学では市場や社会制度を既に「与えられたもの」としてその働きの分析に力を注いできたのに対して、マーケットデザインは経済制度を「設計するもの」と考えて、現実の制度設計を提案・実行しているのが特徴的である。つまり、発想そのものが伝統的な経済学とは異なる。」ということになるらしいです。

もう少し、その内容を見てみますが、まず、新しい考え方から、現代の状況を解決しようとしてもなかなか進みません。発想そのものの転換が必要になるようです。それは、宇宙についても、脳科学についても、古代史についてもいえることです。地球上で起きることをいろいろと調べていくうちに、いくつかどうしても解明できない問題にぶつかります。そのために、もっと研究を進めるだけでなく、もしかしたら、地球を中心に宇宙が回っているのではなく、地球のほうが回っているとしたらという発想の転換をすることで、いろいろなことが解明するのです。これが、コペルニクス的発想の転換と言います。

私の最近発行した「0,1,2歳児の保育」という本が、コペルニクス的発想と言われるのは、今まで、「何もできない赤ちゃんの世話を大人がしている」という育児から、実は、「赤ちゃんの方が、大人に面倒をみさせるように仕掛けていた」という内容だからかもしれません。

運動会の考察5

小学校での運動会、町内会の運動会、高校の運動会などを見てくると、それぞれにはそれぞれの目的があり、その目的を達成するために種目があり、その種目によって練習の量が違ってくるようです。ですから、幼児教育における運動会の目的、趣旨はどことも違うきちんと乳幼児にとっての運動会の意味を確認する必要がありそうです。また、自分の園での運動会の趣旨をもう一度見直す必要がありあそうです。

もちろん、軍事目的でもなく、教えられた知識を披露する場ではありません。また、文化活動としての発表の場でもありません。運動会のもつ豊かな教育的価値を実現する鍵は、子どもを集団の発達課題にふさわしい種目を考えることです。そして、幼児における年間カリキュラムの中で、行事の数が増え、その結果として数ある行事の中のひとつとして「消化」し、こなすことで精一杯の対象となっているか、1年をただ行事の準備に追われ、一つの行事が終わると次の行事の準備が始まるという日常の保育から脱却しなければなりません。

もう一つの観点は、行事の中で保護者の参加する行事の意味です。園では、様々な行事がありますが、その中で保護者が参加したり、観覧する行事があります。その時の行事の意図には、子どものためだけでなく、保護者に何を伝えたいかということも考えなければなりません。もし、園が何かを学ぶ場であれば、保護者に何を学んだかを披露することも目的になるでしょう。何かを訓練する場であれば、訓練された姿を見せることも必要でしょう。そこで、幼稚園、保育園は、どんなことをする場であるかを確認します。幼稚園の目的は、学校教育法の第二十二条に、「幼稚園は、義務教育及びその後の教育の基礎を培うものとして、幼児を保育し、幼児の健やかな成長のために適当な環境を与えて、その心身の発達を助長することを目的とする。」とあるように「心身の発達を助長する」ことにあります。

一方保育所は、児童福祉法(昭和22年法律第164号)第39条の規定に基づき、「保育に欠ける子どもの保育を行い、その健全な心身の発達を図ることを目的とする児童福祉施設であり、入所する子どもの最善の利益を考慮し、その福祉を積極的に増進することに最もふさわしい生活の場でなければならない。」とあるように、「健全な心身の発達を図ること」を目的としています。若干表現の違いはあるにしても、「心身の発達」がキーワードとなります。そこで、運動会では、子どもたちの心身の発達を運動面で保護者に伝えることが目的になります。しかし、それだけでは、運動会という行事をする必要性はありません。子どもにとって、非日常である行事をする意味もなければなりません。これは、すべての行事に言えることですが、どうしても保護者の手目ということが優先されてしまいがちですので、常に意識する必要があります。

まず、心身の発達を保護者に伝えるという目的ですが、0,1歳児がいる保育園では、そのことは考えざるを得ません。というのは、0,1歳児を訓練するわけにはいきませんし、何かを教え込むこともできませんし、運動会の前になって急に練習をしたからといって、発達を早めるわけにもいきません。ですから、運動会の一番初めの入場行進から、もし0歳児から一緒に入場するとなると、明らかに小学校とは意図が違ってきます。まだ、自分で歩けない赤ちゃんは保護者の方に抱っこされて入場するでしょうし、ヨチヨチ歩きの子は保護者の方と手をつないで入場するでしょうし、自分で歩けるようになった子は保護者の後をついて歩いて入場するでしょうし、次第に一人でしっかりと歩けるようになり、年長さんは音楽に合わせて、並んで入場します。しかし、運動会の日のために練習してしまうと、どこかの発達の連続性が損なわれたり、もしかしたら3歳児のほうがしっかり練習して、年長児よりもできてしまうかもしれません。そうではなく、普段からの保育を見てもらうことが必要なのです。

運動会の考察4

 学校の運動会の種目は、その時代を反映している部分があります。例えば、戦時中では「ゲートル巻き」のように軍隊生活に直結する種目や「バケツリレー」のような種目があったそうです。さすが、そのような種目は、今はなくなっていますが、違う意図で、騎馬戦や棒倒しは残っている学校もありますし、整然と並んで入場してくる入場行進を見ると、私はどうしても学徒出陣のときの行進を思い出してしまいます。決死の覚悟の顔をして、一致団結という表情で、オリンピックの入場のように晴れやかに、楽しそうに、それでいて決意を込めた表情とどうしても比較してしまいます。学校の運動会における「入場行進」は、どの意図を踏襲しているのでしょうか?

 また、学校の運動会でよく見られる体操やマスゲーム、ダンスなど集団で演技する種目は、集団行動の訓練になっています。ですから、現在も、運動会前に多くの練習を費やすのは、この集団での演技とか、集団行動が必要な種目が多いのです。それは、演技自体ではなく、皆そろうことが目的の一つだからです。

 しかし、入場行進が批判されていた時期もありました。1980年代後半には競技での順位や勝負などが子どもたちに優劣感を与えると、順位や勝敗を付けないようにした学校もありました。よく伝説のように言われている、「ゴール前でみんな手をつないで、仲よくゴール!」というものですが、私が小学校に勤務していた時にそのようなことが行われていましたが、手をつないでゴールなどというのはうわさで、実際は、多くの学校では徒競争の代わりに、全校リレーといって、1年生から6年生までバトンをつないでいくリレーとか、走り終わって順位の旗に並ばないで、クラスで並ぶというようなものではあったのですが、やはり奇妙ですね。

 そんな小学校の全校行事としての運動会の教育的価値について、山口大学の海野勇三氏が、考察しています。それは、逆に、子どもが新しい文化創造の主体へと自己形成を遂げていくうえで日常の授業では得られない運動会に固有の値うちはなにか、という問題についても考えています。まず、学校の教育実践を、それが果たす機能の差異によって区別すると「教科指導」と「生活指導」の二つの教育形態があるとしています。そのうち教科指導は、「科学・技術・芸術といった文化的価値体系の基礎を系統的に教授?学習し、これを通して子どもの学力を形成することを主たる機能とするもの」であり、それの展開される領域が教科教育と言われる授業です。これに対して生活指導では、「子どもの実生活における自主的・集団的・創造的な活動を指導することを通して行動、態度、人格の形成をめざすこと」に主たる機能があり、それが展開される領域は教科外教育であるとしています。

 このように考えて、海野氏は、生活指導が展開される教科外の領域は、学級会、児童会・生徒会といった自治的活動、および行事、クラブ・部活動などの文化活動、遊びその他における自治的・集団的な行動の領域からなり、体育的行事としての運動会もここに属するものであるとしています。そうすると生活指導として展開される運動会とは、どのような目的と性格に基づいて組織されることになるのか、また体育授業のそれとどのように区別されるのかを考えることが必要であろうと指摘します。

 私の出身高校での体育祭は、そのような要素がたぶんにある行事でした。私は、1年生の時に体育祭準備委員で演技係したが、準備は、全く生徒の自治で、演技指導は生徒がすることになっています。私たちは、体育の授業を体育教諭に借りるために頼みに行き、その時間内で演技指導をします。それを、各クラスにするわけですから、当然、その間の自分の授業には出ることができません。運動会当日も、教師は来賓として席に座っているだけです。一切、教師からの怒声も指示も指導もありません。あるのは、生徒の自治だけで、それが行事だったのです。

 このことが、海野氏が言う「運動会が生活指導として展開されるということは、なによりもまず、学級の自治的活動を基盤とした全校集団の民主主義的な実践過程として指導するということである。そして「自治的行動能力の形成」、ここに運動会でめざす目標も收斂されていくといってよい。」ということなのでしょう。

運動会の考察3

運動会という行事が、学校で行われるとき、その趣旨が、記録競技会やレクリエーションということであれば、あれほど毎日練習をする必要がないはずです。しかも、大声で怒鳴って子どもたちを訓練する必要はないはずです。また、先生たちも、運動会前に、神経をとがらせたり、準備で忙しいはずはないはずです。どうして、運動会のように、子どもたちが楽しみに待つ行事から、練習成果を見せる行事に変わっていったのでしょうか。

明治7年、 当時海軍兵学寮の教壇に立つてぃたイギリス人教師の申し出により海單兵学寮で行われた「競闘遊戯」が運動会の最初であると言われているのですが、これが発展して小学校の運動会に変わっていったのではないようです。これは、明治期の小学校教育においては、 まだ、運動会という行事が明確に制度化されてぃたわけではなかったからです。ですから、運動会という行事が明治期の小学校の教育活動においては、 自然発生的に行われるようになった教科外教育活動の一つに過ぎなぃとぃう見方もあるようです。しかし、 明治期の小学校教育が、他に遠足や修学旅行などといった、教室内で行われる教科教育以外の活動においても、極めて重要な教育的役割を果たしたと考えられています。つまり、 運動会という行事が、 教科教育では育むことのできない身体的鍛錬という側面を担つてぃたと考えられるからです。

そのころちょうど学校制度ができました。そこで、初代の森有礼文部大臣が、運動会の効果を認め、体育の集団訓練を薦めるため学校で運動会を行なうよう、各学校に指導したのです。そのために、運動会は、全国に広まっていきます。それでも、「競闘遊戯会」が行われた4年後に行われた北海道の札幌農学校での「遊戯会」という名前の運動会での競技内容である、石投げ、玉投げ、芋拾い競争、幅跳び、 目隠し競争のようなレクリエーション種目が中心でした。

もう一つ、運動会に影響することが同時期ありました。それは、「体操伝習所」という体育研究機関が設立されたことです。ここは、文部省が体育の研究と教員養成を目的として、明治11年(1878年)に設立されました。ここで、ボストンのアマースト大学卒業後、ハーバード大学で医学を学んだG.A.リーランドは、手具を用いた健康増進のための軽体操(普通体操)や、体操の生理学的効果や体育の歴史などを伝えました。また、坪井は体操の研究と教育を推進するかたわら、戸外遊戯(スポーツ)の体育的価値を認識し、体操と併用すべきことを唱えました。彼の著した『戸外遊戯法 一名戸外運動法』(1885年)では、二人三脚競走、綱引、フートボール、ローンテニス、ベースボールなど21種目が解説されています。これらは、その後の日本における体育・スポーツに大きな影響を与え、運動会にも影響してくるのです。

実際に運動会が定着したのは、やはり戦争がはじまり、その「軍事教練」の一環として、心身の鍛練としてだけでなく、戦時下の軍国主義的な思想を、具体的に教育活動に浸透させるために行われるようになってからです。そのために、練習も訓練として位置付けられ、練習はきつくすることで、心身を鍛えるという意味を持つことになるのです。同時に、種目の中でゲーム的なものも、楽しむという意図から、相手を打ち負かし、闘う気持ちを鼓舞したり、勇敢に戦うということが重視され、また、実際の戦争体験もするようにと「騎馬戦」や「棒倒し」といった戦闘的な種目が好まれ、紅白対抗という対戦型の勝敗ルールを前提とした形が定番となっていくのです。

時代によって変わっていく運動会の何が今に残って、何が消えていったのでしょうか。

運動会の考察2

 以前、ブログで運動会の歴史を書いたことがありました。そこでは、「日本での運動会の歴史は1874年、海軍兵学校で、イギリス人ストレンジという東京大学予備門の英語教師が、教官指導のもと行った「競闘遊戯会(きょうとうゆうぎかい)」が、初めて人に見せる運動会の最初といわれています。そんな運動会も、時を経て、様々な形にその姿を変えていきました。」と書きました。この「競闘遊戯会」とは、どのような内容だったのでしょうか?その名前からすると、「競うもの」「闘うもの」「遊戯」というものが組まれているような気がします。

 種目の1?3までは、かけっこです。距離は、15歳以下では、300ヤード(約274m)と600ヤード(550m)で、12歳以下は150ヤード(約125m)です。4番目は走り幅跳び、5番目は高跳び、6番目は玉投げのようです。ただし、これは、当時のプログラムから、私が今の競技に当てはめて推測したものですので、今の通りかどうかはわかりませんが、それでも、ここまでの競技は、個人競技で、今のオリンピックなどの競技と同じようなものが並びます。しかし、その次の競技から変わってきています。7番目の競技の二人三脚は今でもあるのですが、8番目は、15歳以上の生徒が10歳以上の生徒を背負って200ヤード走るのです。9番目は棒高跳び、10番目は整列行進、11番目は目隠しをして50ヤードを競走します。12番目の「飛倚」は、ハードルのことでしょうか?そのほか三段跳びらしきものがありますが、そのほかの競技はよくわかりません。例えば、「豚ノ走ルトキ其尾ヲ握ルコト, 但豚ヲ放ツハ一度ニシテ其尾ラ握ルニモ時間ヲ限ル」という競技は、どうもイギリスでの伝統競技をそのまま入れていたようです。また、「頭上に水桶を載せて走って、水をこぼさないでゴール」したものだとか、「鶏卵二十箇を拾いながら走る」とか、現在の運動会には決して種目になりそうもないものが含まれています。

当時の種目を見ると、その後、海外で行われている、とくにイギリスなどで行われている運動会の形が見えてきます。一つは、記録競技会のようなものです。徒競走や走り幅跳びとか、いわゆるオリンピックでの陸上競技になっているようなものです。この多くは、個人競技で自分と、記録との戦いです。ただ、オリンピックには、各国の競争という要素もあるために、記録だけでなく順位も問題になりますが、現在では、よい記録を出すために競争という形態をとるというよその方が強い気がします。オリンピックを観戦していて、日本人の選手が勝つとうれしいですし、日本が勝つように応援はしますが、勝ったからといって、最後には、国家間の戦いというよりもその選手をたたえることの方が多い気がしています。

運動会の種目でもう一つの要素は、体を動かすレクリエーションです。それは、見ている人も楽しいものが多く、みんなで、ゲーム感覚で楽しもうという意図があります。この形が、海外での学校で行われているスポーツフェスティバルに続いているのでしょう。もしかしたら、日本では、このような運動会は、村民や町民、会社の運動会として行われているのかもしれません。そこでは、みんなが楽しめる競争ということで、様々な楽しい種目が考られ、家族そろって、また、年齢差を超えて、青空のもと、体を動かして楽しんでいます。そして、家族だけでなく、集った人みんなで食べるお弁当はメインイベントとなりました。また、この形の運動会は、会社や地域社会の連帯感を強めるためにも、盛んに行われていきました。

しかし、日本では、小学校の運動会は戦争の影響を強く受けることになります。

運動会の考察1

 日本の幼児教育が、随分と小学校教育から影響を受けていることが、問題をもたらしていることを随所に感じることがあります。それは、ハード面である園舎にしても、園庭にしても、保育室にしても、校舎、校庭、教室を小さくしたようなものになっています。また、保育者も教師のようであり、ソフト面である保育の内容も、影響を受けています。ですから、五領域は、何となく五教科のようにとらえて指導計画を立てることがよく見受けられます。そして、同じ「指導」という言葉を使っていても、その内容はずいぶんと違っているのです。

 例えば、いわゆる「体育」という教科で見てみます。幼児教育ではそれに該当する領域は「健康」です。幼稚園教育要領の留意点を見ると、「幼児が教師や他の幼児との温かい触れ合いの中で自己の存在感や充実感を味わうことなどを基盤として、しなやかな心と体の発達を促すこと。特に、十分に体を動かす気持ちよさを体験し、自ら体を動かそうとする意欲が育つようにすること。」また、「様々な遊びの中で、幼児が興味や関心、能力に応じて全身を使って活動することにより、体を動かす楽しさを味わい、安全についての構えを身に付け、自分の体を大切にしようとする気持ちが育つようにすること。」「自然の中で伸び伸びと体を動かして遊ぶことにより、体の諸機能の発達が促されることに留意し、幼児の興味や関心が戸外にも向くようにすること。その際、幼児の動線に配慮した園庭や遊具の配置などを工夫すること。」

 これらの書き方に比べて、小学校学習指導要領では、「第1 教育課程編成の一般方針」には、「学校における体育・健康に関する指導は、児童の発達の段階を考慮して、学校の教育活動全体を通じて適切に行うものとする。」とあります。この両方を比べて、その違いを簡単に言うと、小学校での体育という教科は、内容に書かれてるように、「次の運動を楽しく行い、その動きができるようにする。」すなわち「何々ができるようにする」という、できるようになることを目標に掲げ、その教科の中で行っていきます。それに比べて、幼児教育は、「自ら体を動かそうとする意欲が育つ」とか、「楽しさを味わい、…気持ちが育つようにすること」が目標となり、その手段として、教えるのではなく、「体験し」「様々な遊びの中で」「自然の中で伸び伸びと体を動かして遊ぶことにより」など、ある目的が決められて時間内でなく、子どもの遊び、生活の中で体験して得ていくものであることが書かれてあります。

 また、健康領域には、「食育を通じた望ましい食習慣の形成が大切であることを踏まえ、」とあり、そのために「和やかな雰囲気の中で教師や他の幼児と食べる喜びや楽しさを味わったり、」というように「共食」の大切さを謳っています。また、基本的な生活習慣の形成には、「幼児の自立心を育て、幼児が他の幼児とかかわりながら主体的な活動を展開する中で、」というように、他児とのかかわり、主体的な活動の必要性を謳っています。

 こうしてみると、当然、健康領域を保護者に披露する「運動会」と、「体育」という教科の習得を保護者に披露する「運動会」との違い、また、運動会を通して健康領域を体験させるという意図と、運動会を体育の授業の一環として位置付けるのとはずいぶんと違ってくるはずです。

 しかし、どうしても幼稚園、保育園で行われる運動会は、小学校の運動会のミニチュア版になっているところが多くあるようです。

嗜好品

 インターネットは、コミュニケーション力などを低下する半面、まずます私たちの生活に欠かせないものになりつつあります。他人に伝達するだけでなく、調べものも、買い物も、娯楽もインターネットを通じて行うようになってきました。このような、様々な用途で使われ、便利に活用していると、もしインターネットが使えなくなったらどうするのだろうと思うことがあります。ということで、ダイヤモンド・オンライン メールマガジンの今週号に、とても興味深いアンケート結果が掲載されていました。アンケートを行ったのは、企業向けIT製品情報サイトキーマンズネットで、調査対象はキーマンズネット会員です。普通の人よりも、インターネットを活用している人たちへ「私用のインターネット」と「(コーヒー・酒などの)嗜好品」、1ヵ月禁止されるとしたらどちらがツライ?かということを聞いているのです。

 その結果は、なんと、「嗜好品」と答えた人は52%であるのに対して、「私用のインターネット」と答えた人は48%で、「嗜好品」を禁止される方がツライと答えた人がやや多い結果となったそうです。このアンケートは、インターネットでの無料会員制サイトの会員を対象としたものなので、ネットを日常的に使わない人たちも入れた調査であれば、さらに「嗜好品」を選ぶ人が多かったと想定しています。

 アンケートでは、それぞれにその理由を聞いています。「嗜好品」を選んだ人の理由として挙がったのは、「もともとインターネットがなくても生きていけたのだからアナログ的に新聞で!」(50代・男性)、「メディアはインターネットだけではないので」(30代・男性)というように「ネット以外にも情報入手方法はある」といった意見があったそうです。さらに、「コーヒーがないと寝てしまう」(40代・男性)、「嗜好品の中に『おかし』が入っていたら耐えられないかも」(40代・女性)、「インターネットでは、ストレスは発散できませんので…」(40代・男性)というような「嗜好品はストレスを緩和するためにも日常の必需品である」と強く説く意見も同様に挙がったそうです。「仕事上がりのビールなくして、何が仕事か」という40代男性のコメントは、多くのビジネスパーソンの心の叫びを代弁しているかのようだとコメントしています。

 一方で「私用のインターネット」を選んだ人の理由としては、「インターネットで記事を読むので情報源が途絶えてしまう」(30代・男性)、「情報は生き物なので、常に必要な範囲で取得したい」(40代・男性)、「何かパッと調べたいときにインターネットが使えないと私生活でストレスが溜まる」(20代・女性)といった、情報入手に最早インターネットは欠かせないという意見が挙がったようです。さらには、「もはやインターネットは空気や水と同じで、生活の中にあって当然。なくてはならないものとなっています」(40代・男性)と、ネットがない生活をあり得ないと言い切るコメントが多かったのが印象的で、なかには、「昔、出張で強制的に1週間ほどネット絶ちさせられたことがあったが、まるで何ヵ月も流刑に処された気分だった。それが1ヵ月とか……想像したくもない」という、“経験者”からの意見もあったようで、随分と、ネット依存の人が多いなあという印象です。

また、ネット社会は、他人のコミュニケーション力の低下を招いているように思えますが、実はそうではなく、違うコミュニケーション手段になったということのようです。ですから、ネットを通じて連絡を取っていた相手と急に連絡が取れなくなることを恐れる人も多かったようです。

しかし、私は、Facebookのように、知らなくても済んでいた人と連絡がとれるようになる必要はないと思っています。

国語力

 以前のブログで、「情けは人のためならず」という言葉の意味を、多くの人は「情けをかけることは、その人のためにならない」と思っているようですが、そうではなく、「情けをかけるということは、その人のためではなく、結局は自分に帰ってくる話である」という意味であることが次第に変わってきてしまうことを書きました。同じように、時代と共に次第に言葉の意味が変わってきているものの例が9月20日に公表された、2011年度における「国語に関する世論調査」に書かれています。

 例えば、「うがった見方をする」という意味は、本来の「物事の本質を捉えた見方をする」と答えたのは26.4%で、48.2%の人は、「疑って掛かるような見方をする」と答えています。また、「にやける」という言葉の本来の意味は、「なよなよとしている」ですが、そう答えた人はわずかに14.7%で、76.5%もの多くの人は、「薄笑いを浮かべている」と答えています。「失笑する」という言葉の本来の意味は、「こらえ切れず吹き出して笑う」ですが、そう答えた人は27.7%で、「笑いも出ないくらいあきれる」と答えた人は60.4%いました。また、「「割愛する」を「不要なものを切り捨てる」と答えた人は65.1%いましたが、本来の意味は、「惜しいと思うものを手放す」ですが、17.6%でした。

 このような言葉を政治家などが使うことが多いのですが、随分と間違って使っている場合があります。また、若い人は新しい言葉を作るのは上手ですが、昔からの言葉はあまり使いません。ですから、次第に意味が変わってきてしまうか、使わなくなっていくでしょうね。また、新しい言葉が生まれ、新しい使い方をしています。私の年齢にはよくわからない若者言葉は別としても、普段使われている言葉も新しい用法が定着しつつあるようです。例えば、「1歳上だ」というときに、「1コ上だ」を使う人が56.9%、「腹が立つ」ことを「むかつく」という人は51.7%、「すごく速い」を「すごい速い」という人が48.8%、「ゆっくり、のんびりする」を「まったりする」という人は29.0%、「なにげなくそうした」を「なにげにそうした」が28.9%、「とてもきれいだ」を「チョーきれいだ」が26.2%、「正反対」を「真逆」が22.1%、「しっかり、たくさん食べよう」を「がっつり食べよう」が21.8%等々だったそうです。これらの言葉を聞くと、もうそれが普通に使われていて、こう言われれば、本来はそう言うのだと思いだすくらいです。このような変化は、時代の流れの中で仕方がないことかもしれませんし、昔からこうして言葉が生まれてきたということもあるかもしれません。

 ライフネット生命保険(株)代表取締役社長の出口治明氏は、こんな話を例に出しています。「フランス人の半数以上が、フランスワインを飲まなくなった。パリ郊外には、英語の大学院INSEADができ、ディズニーランドもできてしまった。このように、現在は、ともすれば、アメリカの文化にフランスの文化が飲み込まれようとしている。我々は、必死の努力を重ねて、フランスの文化を守るべきなのか、それともこのまま世界の潮流(アメリカ文化)に身を委ねるのか、1980年代から1990年代にかけて、徹底的に議論した。その結果、市民の結論は、“断固としてフランス文化を守り抜こう”というものになった。あとは、一瀉千里であった。フランス文化を守るということは、取りも直さず、日常会話でフランス語を話す人口を(肌の色に関係なく)増やし続けるということに他ならない。逆に、フランス語を話す人口が減少していくということは、フランス文化が衰退していくということとほぼ同義だ。言葉が失われれば、文化も消えるのだ。そこで、フランスでは、シラク3原則を始めとする人口を増やす施策を必死で推進しようということになったのだ」

 今月末には、今年もドイツに行きます。ドイツでは、多国籍の子どもが増え、次第に純粋のドイツ人が少なくなってきています。そこで、幼児期から、きちんとしたドイツ語教育をしています。外国語を学ぶ前に、きちんとした国語を身に着けようとしているのです。英語教育の議論も大切ですが、国語力の低下も議論すべきでしょう。