多様性と包括

「ガンダムフロント東京」があることで有名なダイバーシティーという場所があります。もともと「ダイバーシティー」とは、日本語で「多様性」を意味する英語です。多様な人種を抱えるアメリカで生まれた考え方を発展させたもので、人種に限らず、性別、年齢、個性、価値観、健康状態、さらには働き方の違いなど、あらゆる多様性を積極的に受け入れることで、優秀な人材を幅広く確保し、ビジネスの成長につなげようという考え方です。私は、よく講演でも、人類を維持するために多様性であることが必要であり、子どもたちの多様性を認める保育が必要であることを強調してきました。そして、その多様性の中に、私は障害を持った子も社会の構成員として必要ではないかということも思っています。かつては、よい集団とは、同質であることをよしととして、同質になるような教育をしてきた歴史があり、それが戦争にまで突き進んでしまったという苦い思いがあります。しかし、集団とは、決して同質を求めるのではなく、多様性を認め、その中で個々が光り輝くことがよい集団であり、また、よい集団こそが個々の輝きを増すと思っています。

このような考え方は、保育、教育に限らず、私は、職員集団においてもするべきだと思っています。それをチーム保育と名付けて、多様な大人と子どもたちは接することで、様々な価値観を体験することになり、それが多様な子どもたちをはぐくむと思っています。かつては、一人だけが1年間担当し、すべてのことに対応していることが多かったのですが、それでは一人の人がすべての分野に長けていなければなりません。そして、職員集団は同質であることが求められます。これからは、そのような集団は見直さなければなりません。
このことは、企業でも、改めて注目され始めています。一人ひとりの人権を尊重しつつ、適材適所によってそれぞれの能力が最大限に発揮されれば、多様な視点で問題解決に臨んだり、既存の慣習や概念にとらわれない斬新なアイデアを創出したりなど、多くの効果が期待できるという考え方です。もともと、地球上の生物は一つの細胞から出発したといわれています。それが進化の過程で、様々な姿・形、生活様式に分かれ、多様性名生物が存在するようになっています。ダイバーシティーとは、生命の進化・絶滅という時間軸上のダイナミックな変化を包含する幅広い概念でもあるのです。

 日本では外資系企業がダイバーシティーという考え方を導入し始めて、約10年が経過しています。そうした中、女性社員の離職率は改善し、中間管理職層には女性が少しずつ増えてきていますが、いまだ、役員の数となると女性は非常に少ない状況です。また、多様性を認める考え方に「インクルージョン」というものがあります。日本では、まだこの考え方は特殊学級と普通学級が統合することに使われることが多いのですが、世界では、すでに、すべての子どもを排除しない、個別のニーズにこたえる学校・社会を作る思想のことを指すようになっています。

 日本では、ダイバーシティーもまだまだと言われていますが、ダイバーシティー推進先進国といえるアメリカでは、21世紀初頭から、「ダイバーシティー&インクルージョン」と併記されることが一般的になっています。最近は、インクルージョンの方を先にして、「インクルージョン&ダイバーシティー」とする企業も増えてきたそうです。その背景として、どのようなことが言われているのでしょうか?

日本では、まだまだ女性は家庭に入るべきだという考え方が多いだけでなく、その考え方に戻りつつあります。子どもが育つ環境としての世界を、もう一度考えてみる必要がありそうです。