ドイツ報告2012-11

 ドイツの小学校の2年生に授業を参観したのですが、教室は昨年見た小学校同様、前の方は日本の教室のように、子どもの机といすが前を向いています。そして、後ろの方には、棚とソファがあり、棚にボードゲームが並べてあります。また、棚の反対側にはパソコンが置いてあり、子どもたちが使えるようになっています。ここで、日本との違いは、日本ではパソコン教室という部屋にパソコンがクラスの子どもの人数分並べてあり、ある時間にその部屋でパソコンの操作を教えます。ドイツでは、各教室の後ろにパソコンが置いてあり、子どもたちはパソコンで何かを調べます。これは、パソコンの操作が目的か、パソコンの操作は手段であるかの違いでしょう。また、教室内には、日本の教室には見られないいろいろなものが置いてあります。総合的学習で使った木の実や葉などの資料が並べられています。日本の教室は、あまりに子どもの人数に比べて狭いですね。保育室もそうですが、教室は子ども一人当たりの面積が決められているのでしょうか。保育室の例ですと、もし決められていてもそれはあくまでも最低基準の話で、それ以上の面積のところがほとんどです。日本の最低基準は、最低の基準でなく、標準基準とか、作るときの基準であることが多いような気がします。

 教室の壁に張り出されたものも、いろいろと工夫されていることと、2年生という年齢の発達を踏まえ、文字だけでなく、絵とか、ものとかを使って色々なことを表現しています。例えば、このクラスの子どもたちの国籍が国旗であらわさえています。なんと、11か国の子どもたちが在籍しているようです。「本を家で読んでくる」という課題があるときに、何冊読んだかということを日本では棒グラフで表すことが多いのですが、このクラスでは、モールに色とりどりのチップをさしていくというものでした。当番表は、当番の仕事の絵のところに名前を書いた洗濯ばさみを挟んで示すというものです。当番の種類は、掃除係とかノートを配る係などは日本と一緒ですが、ほかに、先生のメッセンジャーとか、服をチェックする係とか、消火係とか、プロジェクター係があります。

 プロジェクター係があるように、授業にはかなりプロジェクターを使うようです。私が参観した算数の授業では、このように進んでいきます。まず、授業の前にあいさつをします。全員が立ってあいさつするのですが、子どもたちはくるっと後ろを向いてあいさつしたので私たちにしたのであって、授業の前にあいさつをするのかは定かではありませんが、先生は、大声を出して支持せず。手で立つ合図、後ろを向く合図をして、全員の子どもたちは、きちんとその指示に静かに従っていました。そのあと着席すると、プロジェクター係が前の方に出して、先生はそれを使ってこの時間で行う授業の内容を説明します。まず、その時間の全体像を子どもに示し、どんなことをするのかを子どもに把握させることから始まります。それをすることで、いちいち途中で先生は子どもたちに大声で指示することなく、子どもたちは淡々と授業を進めていきます。

 その日の授業は、形づくりです。いろいろな形を見本を見ながら作っていくという内容です。その説明が終わると、子どもたちは前の方に出ていき、黒板の前の床に丸くなって座ります。前には、丸いじゅうたんが敷かれてあります。そこで、細かい手順を説明します。このように、まず授業の全体像を示し、そのあと細かい説明をしていくこと、また、それらをただ黙って机の前に座っているだけでなく、前に出てきたり、床に座ったりと、姿勢や場所を変えて変化をつけます。そのときに、日本ではいちいち騒がしくなったり、だらだらと移動したりして、時間をつぶしてしまうことが多いのですが、この授業では、子どもたちは一言もしゃべらず、すばやく移動して、先生の話を聞いていました。

それは、決して怒られるわけでもなく、せかされることなく、自主的に動いている感じでした。幼児期から、怒られて動くのではなく、自分の意思で行動することをしてきた積み重ねであることを感じました。

ドイツ報告2012-11” への5件のコメント

  1. ドイツの教室はさながらコーナーですね。何か調べたいときにはパソコン、休み時間にはボードゲームで遊べるし、一休みするためのソファーまであります。保育園のような円形のじゅうたんは、お集まりの時に座るのかな。最近、ようやく日本でも電子黒板・電子教科書などのITを利用した授業を取り入れるところが出てきましたが、そろそろ黒板に白墨で板書という古いしきたりはやめて、現代感覚でわかりやすい授業をして欲しいものです。いつまでも幼児からの発達を無視して椅子に縛りつける授業を続けているから、学級崩壊という形で子どもたちの反乱が起こると思います。適度に動き回っていた方が脳が活性化されて勉強が進みますよ。ほんと、日本の学校は何かにつけて“大人本位”だと思うんです。

  2. やっぱりドイツの小学校の話は興味深いです。パソコンの操作を目的ではなく手段として使っているところなんかは、今後ますます重要になってくる考え方だと思います。また、まずは活動の全体像を示し、そこから具体的な説明へと移っていく流れ、そして場所や姿勢を変化させながら活動が進んでいくことなどは、小学校だけでなく保育園での活動でも考えていく必要のあることだと思います。もし自分が同じドイツの小学校を見学していたとしても、このような捉え方は出来なかったかもしれないことを考えると、こうして藤森先生の解説をもとに考えることができるのは感謝しなければいけないところです。小学校の取り組みを単に小学校の話と受け止めず、考え方も含めて保育園ではどのようにそれを解釈していけばいいか考えていくことも、大切なことだと感じています。

  3.  去年のドイツ報告の中で部屋の環境を知りましたが、今回の報告は実際に行われた授業の様子の報告を聞いて、とても刺激を受けました。日本の授業と全く違いますね(笑)じゃあ日本の学校も同じような授業の進め方をすれば、同じような姿になるのかと言うと、おそらく終始騒いで授業が終わる・・・。やはり就学前施設で育ってきた環境も育ちも違うせいかと思います。私の保育園の子ども達も自分で遊びたい遊びを自分で考え、行動していますが、小学校の環境があまりにも違うので、そうは言っても心配になります。しかし今回の小学校の報告を聞いて、おそらく自分の保育園を卒園していった子ども達はドイツの小学生のように、自分で考え、自主的に行動できると確信できました。よく藤森先生が言われる事ですが、こんな環境で育った子どもと日本の環境で育った子どもが将来一緒に仕事をすると思うと、明らかに大きな差が出るのはしょうがないですね。

  4. 今までの学生経験のなかでも、見通しをもちながら授業を受けるという経験はとても少ないように感じます。漠然と時間を見ながら授業をしていましたし、目的も前に立つ先生は持っているのでしょうが、実際授業を受ける生徒からするとゴールのないもののようなものに感じていたように思います。授業の全体像を示して見通しを持たせる、授業の受け方にも変化をつけることで授業内でもリフレッシュできるようにすると集中力は途切れないかもしれません。一つの学びのためにいろんな仕掛けがあるとやはり気持ちが乗ってきます。集中力を切らせないためにどう変化をつけていくか、そして、それは何の目的があるのかを考えておく必要がありますね。ここに出てきた「自主的」ということは日本ではすごくネックな部分に思います。

  5. こうした授業が展開できるのは、やはり就学前施設からの積み重ねによるものでしょう。そう考えると、小1プロブレムという問題はやはり就学前施設の保育の在り方の問題のような気がします。教室の後ろのコーナーもさることながら、先生が大きな声を出さなくても、授業がスムーズに進行するミュンヘンの小学校2年生のクラス、単純に素晴らしいと思いました。私たち日本では、小学校が姿勢を正しく座って授業を受ける、と言うと、そのことに一生懸命従って、「姿勢!」「だらだらしない!」と就学前の先生たちは子どもたちをしきりと注意します。日本の先生たちは口を開けば「指示」か「注意」、と言った感じです。それでも年長の子どもたちは小学校へ行ったら国語や算数がんばります、と学習に意欲を燃やしているようです。しかし、それも小学校へ入学して数か月で失せてしまいますが・・・。「子どもたちは一言もしゃべらず、すばやく移動して、先生の話を聞いていました。」というミュンヘンの小学校の一場面を知った我が国の先生たちはどう思うのでしょうか?自分の目の前にある現実にただただ妥協するだけなのでしょうか?

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