ドイツ報告2012-11

 ドイツの小学校の2年生に授業を参観したのですが、教室は昨年見た小学校同様、前の方は日本の教室のように、子どもの机といすが前を向いています。そして、後ろの方には、棚とソファがあり、棚にボードゲームが並べてあります。また、棚の反対側にはパソコンが置いてあり、子どもたちが使えるようになっています。ここで、日本との違いは、日本ではパソコン教室という部屋にパソコンがクラスの子どもの人数分並べてあり、ある時間にその部屋でパソコンの操作を教えます。ドイツでは、各教室の後ろにパソコンが置いてあり、子どもたちはパソコンで何かを調べます。これは、パソコンの操作が目的か、パソコンの操作は手段であるかの違いでしょう。また、教室内には、日本の教室には見られないいろいろなものが置いてあります。総合的学習で使った木の実や葉などの資料が並べられています。日本の教室は、あまりに子どもの人数に比べて狭いですね。保育室もそうですが、教室は子ども一人当たりの面積が決められているのでしょうか。保育室の例ですと、もし決められていてもそれはあくまでも最低基準の話で、それ以上の面積のところがほとんどです。日本の最低基準は、最低の基準でなく、標準基準とか、作るときの基準であることが多いような気がします。

 教室の壁に張り出されたものも、いろいろと工夫されていることと、2年生という年齢の発達を踏まえ、文字だけでなく、絵とか、ものとかを使って色々なことを表現しています。例えば、このクラスの子どもたちの国籍が国旗であらわさえています。なんと、11か国の子どもたちが在籍しているようです。「本を家で読んでくる」という課題があるときに、何冊読んだかということを日本では棒グラフで表すことが多いのですが、このクラスでは、モールに色とりどりのチップをさしていくというものでした。当番表は、当番の仕事の絵のところに名前を書いた洗濯ばさみを挟んで示すというものです。当番の種類は、掃除係とかノートを配る係などは日本と一緒ですが、ほかに、先生のメッセンジャーとか、服をチェックする係とか、消火係とか、プロジェクター係があります。

 プロジェクター係があるように、授業にはかなりプロジェクターを使うようです。私が参観した算数の授業では、このように進んでいきます。まず、授業の前にあいさつをします。全員が立ってあいさつするのですが、子どもたちはくるっと後ろを向いてあいさつしたので私たちにしたのであって、授業の前にあいさつをするのかは定かではありませんが、先生は、大声を出して支持せず。手で立つ合図、後ろを向く合図をして、全員の子どもたちは、きちんとその指示に静かに従っていました。そのあと着席すると、プロジェクター係が前の方に出して、先生はそれを使ってこの時間で行う授業の内容を説明します。まず、その時間の全体像を子どもに示し、どんなことをするのかを子どもに把握させることから始まります。それをすることで、いちいち途中で先生は子どもたちに大声で指示することなく、子どもたちは淡々と授業を進めていきます。

 その日の授業は、形づくりです。いろいろな形を見本を見ながら作っていくという内容です。その説明が終わると、子どもたちは前の方に出ていき、黒板の前の床に丸くなって座ります。前には、丸いじゅうたんが敷かれてあります。そこで、細かい手順を説明します。このように、まず授業の全体像を示し、そのあと細かい説明をしていくこと、また、それらをただ黙って机の前に座っているだけでなく、前に出てきたり、床に座ったりと、姿勢や場所を変えて変化をつけます。そのときに、日本ではいちいち騒がしくなったり、だらだらと移動したりして、時間をつぶしてしまうことが多いのですが、この授業では、子どもたちは一言もしゃべらず、すばやく移動して、先生の話を聞いていました。

それは、決して怒られるわけでもなく、せかされることなく、自主的に動いている感じでした。幼児期から、怒られて動くのではなく、自分の意思で行動することをしてきた積み重ねであることを感じました。

ドイツ報告2012-10

 今年のドイツ研修では、ドイツの小学校をじっくりと授業参観できたので、その様子を報告したいと思います。ドイツの小学校は、原則4年生までですが、この小学校は、1年4クラス、2年5クラス、3年5クラス、4年4クラスの総勢420名というかなりの大規模校でした。ひとクラス25名で、かなり恵まれています。学校に着くと、たぶん4年生でしょうが、校門からホールまでところどころに立っていて、手で進む道を指し示してくれました。まず、玄関ホールで歓迎の説明が校長からありました。ここの校長は女性で、校長代理は男性です。前の演台の横には、ミュンヘンと日本を糸で結んである世界地図が掲げられており、反対のわきには、日本語で歓迎の言葉が書かれてありました。

 あいさつが終わると、1から5までの番号札を持った子どもたちが立っていて、私たちは五つのグループに分かれ、それぞれのグループを、番号札を持った子がそれぞれ参観するクラスに連れて行ってくれました。私たちのグループは、2年生のクラスを2クラス参観しました。最初に行ったクラスの壁に、時間割が貼ってありました。それを見ると、月曜にから金曜日までで、8時に授業が始まり、1コマは45分で日本と同じでした。しかし、大きく違うのは、休み時間のとり方です。1時間目と2時間目の間には休み時間がなく、先生が区切りのいいところでトイレに行かせます。日本でもノーチャイムの試みが行われていますが、やはり、45分ずつで刻んでしまうと、せっかく子どもが授業に乗ってきたり、体験させようとした場合は無理があります。

 そして、中休みが20分あったのち、3,4時間目がやはり続きます。そして、金曜日は、ここ11時20分に下校です。そして月曜日と水曜日と木曜日は、そのあと5,6時間目があり、それが終わる13時5分に下校です。8時から13時ころまで何も食べずに授業を受けるのはお腹がすくでしょうね。今回、質問するのを忘れていましたが、小学校でも朝食を持ってきて食べていいのでしょうか?それにしても、20分と15分休みが二回あるだけですので、食べないのかもしれません。そして、火曜日は、11時20分に4時間目が合わり、一度家に帰って昼食を食べて再登校して、14時30分から午後の授業を受けます。それは、体育の授業です。
時間割にある教科は、あまり説明を聞いてもよくわからなかったのですが、どうもGRUと書かれているコマは、日本でいう総合的学習のようなものであり、基本的に算数とか国語とか生活科などを、担任が得意なところから総合的に学ばせる時間だそうです。ほかのクラスを参観した別のグループに聞いたのですが、ハリネズミの生態を学んだりしていたそうで、他にも博物館に行くなど内容は多彩なようです。どの教科をどのように進めるかは担任の先生に任されています。その他のSPOが体育の授業です。体育といっても、日本のように跳び箱とか鉄棒とかマット運動とかマラソンとか、競技の前段階のようなことは一切やらず、ひたすら「楽しんで体を動かす」ことが基本で、例えば鬼ごっこのようなものだそうです。
参観した印象ですが、よく、幼小連携ということが日本でも言われています。その必要性は誰でもわかっていることです。しかし、それは、幼小会議であったり、提出書類であったりすることが多いのですが、本当の連携とは、発達をきちんとつないでいくということです。発達はある日何かができるようになることではなく、必ずそれまでの積み重ねがあって、その過程での姿です。子ども同士は3歳から関わるのではなく、生まれた直後からそれに向かって発達していくのです。小学校に入学してから数を学ぶのではなく、生まれながら数と関わっていくことで、数えることができるようになるのです。教室という環境にしても、小学校に入学して突然1日中座って先生の話を聞くような場にするのには無理があるのです。
ドイツの小学校の授業を参観して、そのことが再確認できました。

ドイツ報告2012-9

ホールで校長からの挨拶

 数年前から、日本では保育園からも「保育要録」という子どもについての記録を小学校に提出することになりました。ただ、いくつか問題があります。まず、その作成にかなり時間と労力を費やすということです。それまで、同じ学校教育法に根拠を持つということで幼稚園からの提出はありました。しかし、その書類の作成にあたって園児が帰ってからの午後を当てることが多かったのですが、幼稚園でも預かり保育などで園児は夕方までいることも多くなりましたし、保育園では、基本的に職員の勤務時間よりも園児の在園時間の方が長いわけですから、その書類を作成する時間の確保が難しいという点です。二つ目の問題は、それだけ労力と時間をかけて作成しても、小学校側あではあまり活用されていないという現状です。かつて、教師は子どもへの刷り込みを持ちたくないという理由から、また、あまり利用価値がないということもあるでしょう。もう一つの問題は、その書類には、子どもの教育上の問題点を書くことが多いので、保護者から開示要求をされては困る内容があるからです。だからといって、差しさわりないことを書いても、教師は参考にならないでしょう。

 ドイツの今回の視察先に、二日目小学校を入れてもらいました。昨年、午後に小学校見学を入れてもらい、その教室のレイアウトから幼児施設からの連続性を踏まえた取り組みを感じることができ、とても面白かったのですが、ドイツでは小学校は半日制で、午後は子どもたちはもういませんでした。そこで、今回は午前中の見学で、授業参観もすることができました。

ドイツの小学校へは、日本と同じように6歳になると入学します。というよりも入学する権利があります。というのも、6歳になると、わが子を小学校に何歳で入学させるか保護者が決めます。今回の見学で、私は2年生のクラス二クラス授業参観したのですが、そのクラスの子どもたちがやけに大きい子が何人もいるので、2年生ではないかと聞いてみたのですが、2年生だと言います。ドイツには、飛び級といって、子どもの成績によって学年を飛び越えてしまったり、ステイといって、日本の落第のように学力が達していないと、その学年に翌年もとどもったりすることがあるので、いくら2年生といっても、様々な年齢の子がいるのだと思いました。しかし、すでに2年生の時点でこんなに落第がいるのか、また、何を基準にして落第させるのか聞いてみたところ、この時点では、全員が、親の希望で入学を遅らせた子だそうです。また、数人は、やはり親の希望でもう1年繰り替えさせた子も数人いるそうで、学校側から一切落第はさせていないそうです。

また、ドイツでは子どもが4年生の時に、学力テストをしてその先の進路を決めます。ミュンヘンでは、いわゆる大学まで進むギムナジウム(高等学校)には87%、レアールシューレ(実家学校)には約1割、ミッテルシューレ(中等学校)にはクラスで1?2名進学するそうです。4年生の時点で進路を決めるのはいかにも早いようですが、保護者の意向や、落第などで、基本的には4年生の時点では、ほとんどその学力はついていることになるからです。ですから、ギムナジウムに入学した時にストレートにここまで上がってきて、その年齢に相当していた子はクラスで5人しかいなかったという話を聞きました。そのように、保護者は、わが子をきちんと評価するようです。

 ですから、ドイツでも保育要録のような子どもの様子を小学校に提出する書類があるそうですが、保護者と話し合って、合意したものを提出するそうです。

ドイツ報告2012-8

 ドイツにおける「陶冶」という概念は、日本で思うほど人格形成ではなく、かなり教育的要素が強い気がします。というよりも、人格形成には、文字・数・科学などの体験が必要だと思っているようです。日本における人格形成というと、どうしても道徳という心の問題であるかのように思われがちですが、それには、自己を主張する言葉の力、論理的に考える科学の力、生まれてすぐに赤ちゃんが学び始めると言われている数の力を学習するのです。そのために、園には、学びの部屋とか、学びのゾーンが用意されていて、子どもたちは、いつでもそこに行って、体験できるようになっています。



この部屋やゾーンの話は、毎年ブログでも紹介しているのですが、今回、クレバータイムという時間帯が週1回ある園がありました。そこでの教材を見せてもらったのですが、まず、ノートに鏡の絵が描いてあって、そこに自分の姿を書き込みます。次に、家の形を描いたページの窓窓に家族の顔を書き込んでいきます。いろいろなことを学ぶ中で、まず自分を理解し、少しずつ周りの人を認識していきます。日本でも、小学校に入ると、生活では、目標に「自分と身近な人々,社会及び自然とのかかわりに関心をもち,自分自身や自分の生活について考えさせるとともに」ということが掲げられており、まず、自分を認識し、次に身近な人を認識するとあります。内容にも、「家庭生活を支えている家族のことや自分でできることなどについて考え」とあるように、家族の認識もとても重要なことです。突然、世界を学習するのではなく、まず、自分、そして家族、そして学校で働く人々、そして地域の人というように、子どもたちの世界を広げていきます。そんな基礎を就学前で行うのです。

もう一つ、幼少連携として、面白い取り組みを見ました。PISAの学力調査でもドイツの子どもたちの言語能力の低さが指摘されました。それは、多国籍の子が多くなり、言語的に困難な子が多くなったことが主な原因ですが、言語能力が低いと小学校に行ったときに、どんな科目をするときでも言語で教科書が書かれ、黒板には言語を書き、教師は言語を使って話をするために、就学前での言語教育必要性が指摘されました。そこで、3年間を限度に、就学前の子どもたちを対象に言語教育を年240時間行うことになりました。そのうち、120時間は就学前施設で行い、120時間は、小学校が受け持ちます。もちろん、ドイツ語が完璧である場合は受けなくてもいいそうですが。

この仕組みの面白いのは、就学前施設と、小学校と半分ずつ受け持つという点でしょう。もちろん、就学前施設が受け持つということはよくある話ですが、小学校の先生が、就学前の子を教えるとは驚きです。その内容は、就学前施設では、本の読み聞かせとか、言語指導に直接かかわるものですが、小学校の先生は、小学校に入学してから必要な力を教えます。例えば、クラス授業のために必要条件である鉛筆の持ち方、行動の仕方などを教えるようです。

この取り組みは、もともとはミュンヘン市から行われたものですが、小学生の学力調査の結果、ミュンヘン市が読解力において非常に高かったため、その試みが評価され、全国的に行うようになったようです。しかし、実際は、その取り組みをしているところが少ないようで、その一つには、ただでさえ保育者不足であるのに、3年を限度にそのような職員の確保が難しいこと、小学校側でもそんなことをする余裕はないということのようです。週3時間も各施設が確保しなければならないので、いくら机上でいいとわかっていても、実現が難しいのは、どの国でも同じですね。

ドイツ報告2012-7

 ドイツのバイエルン州では、幼児施設は基本的には異年齢児保育です。クラスとかグループが異年齢で構成されています。今回、22日の午前中の訪れたコープでは、0歳から6歳まで92名の園でした。その園児を、0歳から6歳までの異年齢クラス5グループで構成されています。この異年齢の考え方は、一人一人の発達を、同じ年齢における均一的な発達としてみるのではなく、個人個人の特性をよく見て保育をしようというものであり、何も0歳児から6歳児まで一斉に同じことをやらせようというものではありません。ですから、個人の選択を尊重するような環境が用意されています。

 まず、トイレですが、一つは、周りに何も壁がなく、大人からも見守られながら便器に座ることができるように設置され、その隣の便器は、ドアはなく、個室にはならないのですが、二つの便器が仕切りを挟んで設置されています。一番奥の便器は、前面に戸はないのですが、一人で誰にもみられることがなく座ることができるようになっています。そして、別の場所にあるトイレは、それぞれが個室になっていて、前面には戸もついています。このような形態のトイレの中で、自分はどのトイレに入るのかを決めることができるようになっています。いくら、低年齢児でも恥ずかしいと思う子がいれば、個室を選んでもよし、また、年長でも、保育者に持ててほしいときは、オープンなトイレに座ることができます。年齢によって乃刷り込みを大人側からするのではなく、自分で決めるのです。
 また、異年齢保育では、こんな工夫もしています。この園は5グループに分かれていますが、それぞれのグループには、子どもたちが決めたシンボルがあります。例えば、「あり」とか「ねずみ」とか「すずめ」とかです。それぞれの部屋には、様々なゾーンが用意されているのですが、子どもたちはお集まりの時以外は基本的にはどのクラスに行って活動してもかまわないことになっているのですが、どうしても自分のグループの保育室にいることが多く、自分と同じグループで遊ぶことが多くなるようです。ですから、保育者が意図して違うグループの子と接する機会を持ちます。

 クラスの壁には、週案が掲示されています。子どもたちにも、保護者にも、今週の何曜日にはどんなことをする予定であるかを知ってもらいます。それは、絵で表示されていて、子どもたちにもわかるようになっています。訪れた日は月曜日でしたので、ケーキの絵が描かれてあって、誕生会であることを示しています。日本における週案は、子どもたちや保護者に示すものではなく、保育者が自分のため、もしかしたら監査のためということが多いような気がします。

 この週案を見ると、火曜日に、雀の絵からネズミの絵に矢印があり、木曜日は逆にネズミの絵から雀の絵に矢印があります。これは、どのような活動を表わしているかというと、火曜日は雀グループからネズミグループの部屋にみんなで遊びに行き、木曜日は、ネズミグループの子たちが雀グループに遊びに来るという活動です。日本の週案の中では、このような活動は計画されないでしょう。ただ私の園では、毎週水曜日は「お手伝いの日」ということで、年長さんが、0,1,2歳児のクラスに分かれて手伝いに行く日というものがありますが、このように部屋を行き来するという計画は立てられていません。

 確かに、この見学した園での目標に「子どもたちに社会性をつける」ということがありましたが、その一つの実践なのでしょう。

ドイツ報告2012-6

 では、少し、午前中見学した園の、参考になる個所を具体的に紹介します。まず、見学園は、コープということで、0歳から6歳まで5グループに分かれているのですが、どのグループも0歳児から6歳児までの異年齢児グループで。総勢92名の園児です。この園は、もともとは病院併設の、職員のための園でしたが、経営が困難になったため、ミュンヘン市に移管され、市立園となり、現在は、定員の50%を限度に病院職員を受け入れています。テーマは、社会性と自然で、ともに最近の子どもたちの環境から失われたものであり、その理由からも異年齢児保育の良さを強調していました。そのために、部屋にある椅子にしても、大小や、ひじ掛けの有無など年齢差に対応できるような用意がされていました。

 見学した中で感じるのは、最近はあまりプライバシーの問題で「写真はダメ!」とかいうことは言わずに、かなりラフになりましたが、それでもネットで子どもの顔写真を公開することは避けた方がいいので、このブログでの紹介に子どもの活動においての子どもの顔がはっきりする姿を掲載できずに残念ですが、何となく雰囲気を感じてください。

 まず、園に入ってみたのは、クラスで行われていた誕生会です。丸く椅子に座り、真ん中にろうそくが年の数だけともされます。部屋はろうそくの炎の光だけが揺らめいていて、とても厳粛な雰囲気です。私たちは途中から参加したために途中からしかわかりませんでしたが、まず、誕生日を迎えた子が真ん中のろうそくを吹き消します。その後の企画がとても面白いものでした。まず、丸く座った中の何人かの子が誕生を迎えたこの前に行き、その子の手を持ちながら何かをその子に授けます。例えば、「あなたに勇気を授けます。」とか「あなたに愛を授けます。」などと言っていくのです。そのあと、手を挙げて指された子が、自分は何をしたいかを発表します。すると、全員の子がそのまねをします。例えば、「水にもぐりたい!」と言うと、皆で水にもぐる真似をします。「泳ぎたい!」「車を運転したい!」次から次へと、はっきりと自分の考えを言っていきます。

 そして誕生会は終わるのですが、最後も面白いやり方を見ました。終わった子がひとりずつ順番に部屋から園庭に出ていくのですが、まず、先生が名指した子がドアのところに行きます。そこで振り返って、次に出ていく子の名前を告げます。すると、今度はその子が次の子を指名していくのです。この誕生日会を見て感じるのは、子どもが自らの考え、自らの意見を言う機会が何度もあったことです。

この誕生日会が何歳児で行われたかはわかりませんが、クラスは異年齢ですので、参加したのは0歳児から6歳児までで、発表したのは、もしかしたら年長さんがしたのかもしれませんが、こんなにもはっきりと言えることと、その機会を作っていることに感心しました。それは、他の場面でも同様でしょう。ドイツはPISAの学力調査で非常に低い結果が出ました。しかも、読解力、表現力が劣っている結果でした。もちろん、それは、多国籍の子が多いためではあるのですが、保育の中にこのような活動を多く導入したのは、そのためでしょう。日本人も、同様読解力が低い結果が出ています。そのために、朝の読書などで効果が出ているようですが、本を読むというよりも、自分の考えをきちんという力のほうが必要な気がします。

将来、子どもたちは世界の中で仕事をしたり、外国人と仕事をしたり、外国人を相手にすることが多くなると思います。小さいうちから、きちんと自分の考えを言うことが訓練されている子どもたちと、黙って先生の話を聞くことを良しとする日本の子どもたちと、どのような差が生まれてくるのでしょうか?

ドイツ報告2012-5

 ドイツは、フレーベルが「子どもの園(その)」としてキンダーガーデンを開設したのですが、この時以来、幼児教育界にずっと受け継がれてきた考え方は、「子どもを粘土のように形作るのではなく、余計な介入をさせずに子どもの自発的な成長を見ていることこそが重要である。」しかし、この言葉にはちょっとした間違いがあるのです。その部分が、私たちが提唱する「見守る保育」という考え方が誤解を受ける部分です。この言い方だけですと、「では、子どもの自発性は、大人の介入があると損ねてしまう」「大人の介入は、子どもをある方向へと持っていくことにならないか?」ということになります。

 ドイツでも心配されたところがこの点です。もちろん、生まれてからずっと大人の介入を受けること、過干渉の弊害が最近問題になっています。しかし、それまでの議論は、子どもへ介入すべきか、介入すべきではないかという大人の問題として教育が語られていたのです。それは、やはり背景に子どもというものは無力で、大人の庇護のもとにおかれるべきであるということがあるのです。大人が介入すると、子どもの自発性は損なわれてしまう、弱い存在として捉えているのです。
そのことを、レーベンは、子どもはあえて言えば「自分で自分をプログラムするシステムである。」とし、「大人が子どもに何かをもたらすことができるという考え方に別れを告げなければならない」という考え方を示したのです。教育が子どもを粘土のように形づくることは、そもそも不可能であるとしたのです。この言葉が、「教育することが子どもの自発性を損ねるのではないか?」という根強い保育者の不安を解き放つことになるのです。このような考え方からすると、「陶冶」と「教育」は、一方がその領域を広げれば、他方の領域が狭くなるというような、相互に排除しあう関係にあるのではないことになります。

]ですから、ECECという「教育とケア」に「陶冶」が加えられ、ドイツでは、保育施設の課題は「教育と陶冶とケア」を含むという、児童青少年福祉法の規定が成立したのです。

このようにドイツで陶冶の考え方の経緯を見てくると、随分と日本では遅れている気がします。どうも、形だけ外国を参考にしすぎている気がしてくるのです。特に、最近の議論の中で、幼児教育を学校教育に組み入れるという考え方は、平成元年に出された幼稚園教育要領の議論の中で、学校教育と異なる幼児教育の独自性を打ち出されていることから後退の気がします。しかも、その独自性を打ち出すのはまだ時期が早いという考え方もおかしい気がします。今こそ、それをきちんと打ち出すことが必要でしょう。そうでないと、小学校をモデルにしたり、単に世話をするとか、サービスを提供するという幼児施設が増えていってしまいかねません。

先日、ドイツの家具メーカーの方と話をしたのですが、日本の保育を見てショックになったと言っていました。100年前にフレーベルが提唱した「余計な介入をさせずに子どもの自発的な成長を見ていることこそが重要である。」ということ自体もまだおこなわれていない園が多かったからです。この内容がきちんと実践されて、その総括をしたうえで新しい考え方を議論すべきところ、積み上げがないまま、学校教育に組み入れるということは、実践家としては、具体的な保育の形は見えにくくなるような気がします。

ドイツにおける陶冶という概念は、とても分かりにくいのですが、今年の見学先の保育の内容から、少しわかってもらえたらと思っています。

ドイツ報告2012-4

 ドイツでの見学はとても面白い内容が多いのですが、とりあえず、その背景である「陶冶」を理解しないといけないので、その解説をまずしているわけですが、早く、具体例を報告したくて仕方ありません。たぶん、具体的な報告は、日本に帰国してからも、何回か続くと思いますのでしばらくは我慢してください。

 1970年代、世界的レベルで就学前教育の改革が議論されていました。西ドイツでは、幼児関係者の間で「陶冶」に対する社会的政治的要請に直面していたころから、「陶冶」という言葉が使われ始めました。そのきっかけは、アメリカで行われた「ヘッド・スタート計画」でした。当時のアメリカでは、貧困の悪循環が社会問題になっていました。それを断ち切るために就学前教育の充実が必要でした。小学校に入学する以前に、すでについている学力差をなくし、頭(ヘッド)をそろえて小学校生活をスタートさせる(ヘッド・スタート)ことを目的に、教育に関しては州レベルで予算措置されることが通例のアメリカでは珍しかったのですが、ここに連邦政府の資金が投入され、中産階級の家庭であればごく自然に身につくはずの読み書きや、算数の基礎、社会的な積極的な態度を育成するためのプログラムが、貧困層の子どもたちを対象に実施されたのでした。それは、就学前教育を補償教育として開始されたことを意味します。

 この取り組みは、西ドイツだけでなく、ヨーロッパやアジア諸国に影響を与えます。これを契機に、幼児教育専門家や行政関係者を中心に就学前教育の整備が議論され始まます。そして、ドイツので例外ではありませんでしたが、ドイツでは大学紛争と関係します。この紛争の中で反権威主義的教育をスローガンに共同保育所運動が起きます。そして、この運動から、スローガンとは別な方向にも流れていきます。おもちゃや学習教材などが出回り、一種の早期教育ブームに火をつけることになるのです。

 一方、政策的にも社会民主党が「すべての市民に教育を」という教育改革が推進されていきます。この改革は、幼稚園教育にも及び、それまでの貧困層への援助としての「社会教育施設」から、すべての3歳から6歳までの子どもが通う施設として認められ。1965年から1980年の間に、幼稚園就園率は32%から80%にまで上昇していきます。この中で、特に議論されたのが、5歳児の扱いです。5歳児から小学校に入学させるのか、幼稚園で教育されるべきなのか、または、5歳児だけ切り離してプレスクールとして以降クラスを別に作るべきかが議論されました。この議論の背景は、学校教育的文化を支持する勢力と、社会教育的文化としての就学前教育を支持する勢力の争いでもあったのです。この問題は、現在、日本でも問題になっている5歳児の教育を学校教育に組み入れるか、それとも社会教育領域にとどめるのかという議論に似ています。

 そこで、ドイツでは、1970年からの5年間、どの設定での教育が最も効率的なのか連邦政府主導で実験が行われました。その結果、学校教育に組み入れず、社会教育領域に留まったのです。しかし、やはり教育的要素は持つべきであるとして「状況的アプローチ」が専門家たちの合意を得ました。そのアプローチは、「幼児期の子どもを学習の主体として捉えることを基本にする」というものです。これは、状況と学習を、インフォーマルな生活状況と学習を密接に結び付けることです。

 しかし、その後、それらの考え方を覆すような環境の変化が子どもの身に起こってきます。それは、出生率の低下と経済危機です。1990年代に入り、幼児期の陶冶に対する要請が、本格化します。それは、状況的アプローチに、陶冶の可能性を期待したものです。

ドイツ報告2012-3

 昨日の午前中は、0歳から6歳までのコープ(コーポレーション)の見学でした。ミュンヘンでは、一昨年までは、学校局管轄の3歳から6歳までのキンダーガーデン、0歳から6歳までのコープ、生活局管轄の0歳から3歳までのキンダークリッペと局は二元化でしたが、昨年一体化が行われたと昨年報告しました。しかし、一体化の形はよくわからなかったのですが、今年は少しはっきりしました。局は、「スポーツ、陶冶局(Referat f〓r Bildung und Sport)」という名前になり、そこに幼児施設は組み入れられました。そして、コープは、日本語訳では、「子どものための家」という名前になりました。

 ドイツの乳幼児施設が、長らく「保護」の施設として捉えられてきたことから、「教育」的要素を加えることになってきた経緯、また、教育の捉え方の経緯はとても興味深いものがあります。それが、ドイツ独特の捉え方の「陶冶」という考え方です。この考え方をとらえるために、私は毎年ミュンヘンを訪れていると言っても過言でないくらい、わかりにくい概念です。ある時は、非常に教育的であったり、そうではなく、人格形成を重視しているように見えたり、社会教育的であったりと、どうも、ドイツ人でも解りにくいようです。そのわかりにくい陶冶を使って、「陶冶局」という名前で一本化をしたのは、それを大切にしているのでしょう。

 陶冶と訳されるBildungという語が初めて登場したのは、古く14世紀だと言われています。その言葉はもともと宗教用語でしたが、フンボルトが教育学の概念として「人は、自らの中にある様々な力を発揮させることで、人として形成されていく。」としました。そして、そのような力の発達を促すきっかけとして「自分の外にある客観的な世界について知り、それを学ぶことを通して人は、自分の中にある様々な力を発達させることができる」という「世界の習得」であるとフンボルトは強調しました。そして、様々な力の「調和的発達」が必要であるとしました。それは、「諸力がそれぞれに発達するのではなく、それらが均衡して調和的に発達することが重要なのであり、そのような発達を通して、人はいわば、より高い段階の自己へと形成される。」このような自己形成のダイナミックな過程を、フンボルトは、「陶冶」と呼んだのです。

 しかし、レーベンという人が、陶冶概念を解釈しなおします。フンボルトが提唱した「世界の習得」を「子どもが様々な経験や行為を通して“世界の像”を作ることであり、同時に、この世界の一部としての自己自身の像を造ることである」としたのです。そして、「世界の像を造るというとき、その像は単純に世界の写像ではなく、子どもの構築したものである」としました。すなわち、子どもたちが日々保育施設において様々な経験や活動を通して自己形成していくプロセスを、「世界の習得」のプロセスとして捉えたのです。

 では、この時の保育者の役割とはどういうものなのでしょうか。それをレーベンはこう考えました。「保育者が子どもたちの活動を予測し、準備した環境を想定してみる。そこにおいて、子どもたちは、日々、準備された様々な事象、自然や人為的に作られたもの、芸術作品や日用品などと自分たちなりに関わり、そしてそのかかわりを通して子どもたちなりの世界についての像を創るような活動」ということで、保育者によって整備された環境が必要になり、子どもたちが世界のどのような事象に注目し、そこからどのような像を構成していくのか、そして、その活動を促すためには、「テーマ課題が重要な役目を果たすtレーベンは考えました。このプロセスこそが、「陶冶」であり、それが成立するために、保育者の働きかけが必要となり、それを「教育」としたのです。

 もしかしたら、秋田先生などは、「保育」を「教育」と分けて、「陶冶」に近い意味で使っているのかもしれません。

ドイツ報告2012-2

 現在、認定こども園構想が着々と進んでいます。しかし、今までの文科省と厚労省における言葉の摺合せもせずに進めていくと、随分と誤解を生じているようです。その主なものの一つに「教育」という考え方と「福祉」という考え方があります。今回の認定こども園の定義で、幼稚園関係者の間で、子ども園が「学校教育」に組み入れられたことを評価する人が多くいます。また、保育園環境では、児童福祉法を守ることができたと喜ぶ人が多くいます。どの国でも、幼児期の施設に教育を持ち込むべきなのか、福祉として守るべきなのかは議論されています。さらに、では、幼児期における教育とはどのようなものであるのか、それは、就学前教育として位置付けるのかということも異論されています。

その点では、ドイツではどういう位置づけなのでしょう。私が、よくドイツの行って、ドイツの保育の内容を視察するのは、その点においてとても日本に事情が似ているからです。特に、旧西ドイツでの取り組みは日本とかぶることが多いような気がします。例えば、19世紀に産業化の進行のために、二つの使命を持った乳幼児施設が生まれます。一つは、親の目の行きとどかない乳幼児の面倒を見る施設、一方、ペスタロッチやフレーベルの思想に基づくキンダーガーデンがありました。ところが、20世紀になると、市民階級の家父長制家族が理想とされ、「主婦」が誕生して母子関係が緊密になると、家庭外の保育・教育は、緊急事態の際にやむを得ず利用する「間に合わせ」の存在となります。その後何度も議論されますが、基本的には、就学前児童のための家庭外通所施設は、すべて法的には「児童福祉施設」として位置付けられています。

しかし、内容においては、就学前段階での教育的側面がより一層重視され、教育的要素が加えられています。「子どもは生まれながらに教育される権利がある」という位置づけです。ただ、ドイツでは、社会福祉については、ドイツ全体では大枠を決めているだけで、具体的な内容は、各州の立法に委ねられています、それは、もともとドイツは連邦制国家であり、州ごとに異なる多様な保育制度が形成されています。ですから、私が毎年訪れているバイエルン州では、1972年に幼稚園法が制定され、2005年には、「バイエルン児童教育・保育法」が制定されており、それは、連邦法で定められている社会法典第8編と整合しているとして認められています。

 その内容の変化だけでなく、入所年齢による変化も見られます。そのあたりも日本と似ています。旧西ドイツでは子どもは3歳になるまで家庭で母親が育てるべきであるという観念が強固で、育休を取れる年数を次第に延長し、3歳までとれるようになった半面、保育施設整備は著しく遅れていました。他方、女性の就労が当然であった旧東ドイツでは、対象児童の範囲や保育時間のいずれにおいてもはるかに充実した保育が提供されていました。しかし、2002年以降、東西ドイツで家族政策の転換が起きます。それは、子どものいる家庭に対する経済的支援ばかりでなく、保育を整備することが重要施策となっていきます。その結果、2013年までに3歳未満児の35%に保育を提供することを目標にして充実が進められています。その一つの試みが、バイエルン州で行われているコープという存在です。今までの3歳児から6歳児の施設であるキンダーガーデンに0歳児から入園させようという施設です。

 今日の午前中の見学先は、そのコープで、午後の見学は、本来のキンダーガーデンです。