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 今、各地で「生誕110周年記念 ウォルト・ディズニー展」とか、「ウォルト・ディズニー 生誕110周年記念公式サイト」があり、「ドリームプロジェクト」が行われています。そして、記念の限定商品や、関連イベントなどが行われていますが、そこでは、彼の若き日の貧困や戦争の混乱など、時代の荒波に翻弄されながら苦難と挫折を味わってきた足跡も紹介されたりしています。しかし、彼は「夢をもつことが全ての始まり」という言葉の通り、夢に向かって何度も立ち上がり、歩みを進めてきたのです。

 私の子どものころに、彼の伝記を読んだことを覚えています。屋根裏でネズミと一緒に仕事をする中、ミッキーマウスのヒントが生まれたというエピソードを覚えていますが、実際はどうなのでしょう。また、最近の子どもにも伝記は人気があるのでしょうか。伝記のいいところは、有名な人の経歴ということは、どんなに苦労してもつらくても、最後は有名になることです。いわゆるハッピーエンドの物語なのです。

 ウォルト・ディズニーは、1901年12月5日に生まれたので、今年がちょうど110年目です。しかし、110年ということは、現在も生きている可能性があるくらい最近の人なので、その短い間に随分と多くの人に親しまれるようになったのですね。また、亡くなったのは1966年12月15日でしたから、私はもう高校生でした。ですから、ディズニーアニメの傑作「白雪姫、ピノキオ、ファンタジア、ダンボ、バンビ、シンデレラ、ふしぎの国のアリス、ピーター・パン、わんわん物語、眠れる森の美女、101匹わんちゃん」などが公開されたころは、まだ彼が存命中だったことになります。

 私が始めてディズニー作品に出合ったのは、日本テレビ系列で1958年から「三菱ダイヤモンド・アワー」と題されたなかで放送された「ディズニーランド」でした。金曜日20時からで、「プロレス中継」との隔週編成でした。当時は、プロレスも大変な人気でしたが、ちょうど私が小学生中学年のころでしたから、「ディズニーランド」の週が楽しみでした。その番組は、もちろんモノクロ放送で、「未来の国」と「おとぎの国」と「冒険の国」」と「開拓の国」の4つの国のうちから、ピーター・パンに出てくる妖精のティンカー・ベルが妖精の粉を振りかけた一つの国をとりあげ、それに関連した内容を紹介するものでした。「未来の国」では、「宇宙への挑戦」とか「大空への夢」「月世界探検」など、宇宙ものでした。「冒険の国」では、「大自然に生きる」とか「深山のおじか」「南極の過去と現在」など、大自然の動物ものでした。そして、「おとぎの国」では、「グーフィー」や「ミッキーマウス」「プルート」などの主人公が活躍するアニメでした。「開拓の国」では、「西部の馬」とか「高原の殺し屋」というような西部劇のようなものでした。当時は、私は、「冒険の国」が好きで、ほかの日は何となくがっかりしました。

 この番組最高視聴率は、1963年1月11日放送の43.7%(ビデオリサーチ・関東地区調べ)だそうですが、当時は、娯楽が少なく、テレビもあまりチャンネルがなく、部屋も多くなく、家族そろって一つの番組を見たものでした。また、私の家では割と早くテレビを買ったので、プロレスの日は、近所の人が我が家に集まってみんなで見たものでした。子どもはそれほどプロレスが好きではありませんでしたが、近所の人がみんな集まって、熱を入れて応援する姿に興奮したものでした。

 物が豊富になるということは、物だけでなく、時間も、空間も、感動も、多くの人で共有するということが少なくなっていくようです。