隠れた価値

群馬県吾妻郡 に六合村という村がありました。この村名は、「くにむら」と読みます。この名は、近くの6つの大字(おおあざ)を合わせたことから「六合」という名にしたのですが、もうひとつのいわれがあります。それは、「くに」と読むいわれですが、その読み方は、日本書紀にあるのです。日本書紀の神武天皇即位のくだりのすぐ前の記述に、「兼六合以開都」と記されている部分があり、その読み方を「くにのうちをかねて、以て都を開く」としています。その時、「六」は、東西南北及び天地を意味して支配の範囲を示し、国を意味しているそうです。

古代東洋では、世界は東西南北及び天地の六面で構成されたさいころの内側のようなものだと考えられていました。六つの面が合わさっているので、世界のことを「六合(りくごう)」とも呼びました。他にも、世界を意味する言葉に、「天下」「四海」「八紘」などがあります。ということで、群馬県吾妻郡 の六合村は、「くにむら」と読んでいます。こんな由緒ある名前の村ですが、平成22年(2010年)に、中之条町に編入され、その名が消えてしまいました。しかし、その名前が、最近「旧六合村」ということで有名になりました。一昨日の朝のNHKテレビでも紹介されていました。

旧六合村は、標高900メートルほどの高地にある山の村で、高齢化が進んでいきました。そこで、お年寄りが地元で働ける場所を提供しようと、さまざまな「地場産業起こし」をしていきました。しかし、山間部ということは、稲作に適さないだけでなく、傾斜地が多く、機械が使えないお年寄りは、手で重いものは運べないなど様々な制約があり、地場産業起こしは、ことごとく失敗に終わってしまいます。地域おこしは、当たり前の方法ではなかなか成功しません。それは、もしいいことであればどこでもやっていますし、また、とっくにしているはずです。そこで、発想の転換が必要になるのですが、その場所に古くからいて、その地域の中で生活していると、その地域ならではのもの、その地域の強みはなかなか気がつかないものです。

東京・自由が丘で花屋を営んでいたフラワーデザイナーの中山昇さんは、この村を訪れた時、路地などに咲き乱れるマツムシソウ、ミズヒキソウ、レンゲショウマといった山野草に目を奪われました。私も、秋に霧ヶ峰に行ったときに、マツムシソウの美しさにひかれてことがあったのですが、「きれいだなあ!」だけでは何も起きません。中山さんは、こうした山野草を採取・栽培することがビジネスになると気づいたのです。そこで、中山さんは住民に山野草の栽培を勧めるのですが、もちろん、新しいこと、変わることには反対します。このままではいけないことは分かっているのですが、帰る勇気がないのです。また、反対ならまだ説明をしていけばいいのですが、気にも留めない、興味、関心がないとなるとなかなか前に進めません。住民にとって、マツムシソウやミズヒキソウは、この村では馬の餌置き場に咲いているような花ですので、こんな花が売れると言われてもピンとこなかったのです。

しかし、試しに「マツムシソウ」を東京の市場に出荷してみました。すると、なんと、1本50円程度の相場のところ、180円の高値で売れたのです。この時のことを、村では、「マツムシソウ騒動」として語り継がれています。その後、この一件を契機に六合村での山野草の採取・栽培が急速に広まっていき、マツムシソウだけでなく、普段はあまり目もくれないような、花の中ではどちらかというと脇役の花の栽培を始めます。それは、村人たちは、普段からこのような花であれば、多くの草花が咲いていることを知っていたからです。しかも、花であれば、野菜と違って片手で何十本も運べますので、、お年寄りにも最適の仕事です。

現在、六合村の花つくりの年間売上は1億5千万円超え、2億円が目標だそうです。ある部外者が、村人にとってはありふれた存在のものに隠れた価値を発見したのです。