生活科の改訂

 幼児期から、スムーズな小学校への移行に対して様々な工夫がされています。幼保の子どもたちが、お互いに実際に触れたり、行き来したり、連絡を取り合ったりなどしています。その試みの中で、きちんとして教科として位置付けられたのが「生活科」なのです。特に、「幼児教育から小学校への円滑な接続を図る観点から、入学当初をはじめとして、生活科が中心的な役割を担いつつ、他教科等の内容を合わせて生活科を核とした単元を構成したり、他教科等においても、生活科と関連する内容を取り扱ったりする合科的・関連的な指導の一層の充実を図る。また、児童が自らの成長を実感できるよう低学年の児童が幼児と一緒に学習活動を行うことなどに配慮するとともに、教師の相互交流を通じて、指導内容や指導方法について理解を深めることも重要である。」とあります。

 この文言で、多くの小学校で誤解をしている部分で私が注目したいのは、「低学年の児童が幼児と一緒に学習活動を行う」という部分です。一緒に学習活動する場合、早く小学校の学習に慣れさせるために幼児を低学年の児童と一緒に学習活動させるのではなく、児童が幼児と一緒に活動することで自らの成長を実感できるようにするということです。これは、異年齢保育にも言えることで、ドイツでは、異年齢保育の長所として「小さい子のお手本となることで、自信をつけることができる」ということが挙げられています。それは、小学校の中でも「小学校における教科学習への円滑な接続のための指導を一層充実するとともに、幼児教育との連携を図り、異年齢での教育活動を一層推進する」と異年齢での教育活動を一層推進するように言っています。異年齢での活動は、最近起きている「いじめ」も防ぐ手立てとして注目されています。

 今回の生活科の改訂の中で、重要視されている項目に「コミュニケーション能力」があります。生活科における表現の価値について、思いや願いを自己表出することと、表現によって思考を深めることの両面があることを明確にし、「考える」ことを強調しています。そのために、「伝え合い交流する活動の充実」を提案しています。活動や体験をその場限りで終わらせるのではなく、一層の充実を図る観点から、言葉などを中心としたコミュニケーション活動を通して、体験したことを他者と情報交流することを目指した「生活や出来事の交流」を新たな内容として位置付けてます。言葉などを使った言語活動は、思考を促し、他者とのコミュニケーションを成立させ、情緒を安定させることにつながるとしています。その中でも、特に、言語活動によって他者と交流して認め合ったり、振り返りとらえ直したりすることが重要であるとしています。そのために、生活科における具体的な活動や体験の様子などを、身近な人々と伝え合う活動を行うことで、かかわることの楽しさが分かり、多くの人と進んで交流していこうとする子どもの姿を目指すようにしたのです。

 他には、「自然の不思議さや面白さを実感する指導の充実」が謳われています。それは、低学年の児童は自然事象に高い関心を示す傾向にあるからだとしています。そのために、まず、自然の不思議さや面白さを実感する学習活動を取り入れることとしています。そして、学年の目標に「自然のすばらしさに気付き」としたことに加え、内容として「自然や物を使った遊び」において、身近な自然や物を使って遊びや遊びに使う物を工夫してつくること、自然の不思議さに気付くことを明示し、科学的な見方・考え方の基礎が養われることを期待しています。

 まさに、幼児教育に連続した教育の感があります。しかし、どうして連続していかないのでしょうね。

生活科の改訂” への6件のコメント

  1. 実はある団体の会報に「保育園と小学校の連携」について自園の取り組みを書かせてもらったのですが、書いたものと最近のブログの内容を読み比べるたびに自分の捉え方の浅さを反省させられています。藤森先生の考えておられることと自分の書いたものを比べることがそもそもおこがましいことなのですが、まだまだ勉強しなければいけないことが多くあるということです。でも「まだまだ勉強しないといけない」状況は大歓迎なのでいいのですが。
    それにしても「コミュニケーション」とか「不思議さや面白さを実感」というのはまさに私たちのテーマとしていることと一緒なのですが、そこで話があまり合わないのはやはり不思議です。だからといって何もしないのが一番いけない事なので、まずは自分たちが実践を重ねていくことは確実にしていくわけですが、その先はどうしていけばいいんでしょうか。未だに手応えのある方法を見つけられずにいます。

  2. 生活科ではよく「がっこうが大好きになり、明日も学校に来たいと思える子ども」を育てるために『がっこうだいすき』という合科的な活動をします。ゲームやダンスと並行して、学校探検(生活科)・自己紹介(国語)・友達何人?(算数)・校歌を歌おう(音楽)・自画像で自己紹介(図工)・・・なかなか忙しいですね。公開授業ならともかく普段からこんな活動を設定されたら、果たして学校を好きになれるか心配です。もっと伸び伸びと自由にさせてあげた方が、「がっこう大好き!」と言える子が増えるのではと思います。

    その点、ニュージーランドの子どもたちはみんな「がっこう大好き!」です。小学校の低学年では1クラスが15人くらいで2学年の混合になっています。机は等間隔に並んでいるのではなく、グループ活動のように何組かの島に分かれています。椅子に座ることはあまりなく、前に呼ばれた時は、マットに座って先生の話を聞いたりします。(まるで保育園のように)

    ニュージーランドは、親も先生もあまり子どもの行動を細かく注意はしないそうです。おおらかに見守っているので、子どもたちは「自分は許されている」という感覚があるのか、やりたい放題ですが元気一杯です。「やりたい放題で荒れ放題」というのでもなく「自主性の尊重とやる気の伸長」といった感じだそうです。なんだか昔の日本の寺子屋を思い出します。今の日本は、学級崩壊(学校の体面?)を恐れるあまり、子どもを窮屈にしてはいないか、ちょっと心配になります。

  3. 私の子どもの頃の生活科のイメージは「さわやか三組」という教育テレビです。生活科の時間になるとみんなでその番組を見て、感想や疑問を言い合った記憶があります。

    今思えば、生活科の授業は、一人の担任がすべて教える小学校においては自由度が高く、各先生の個性や考えにより、活動や取り組みが大きく違ったのではないかと考えてしまいます。

    何が求められているのかを見極め、子どもたちに柔軟に伝えていける力をつけていきたいものです。

  4.  生活科の授業を思い出してみました。正直あまり印象強く残っていないので、何をしたのか全く思い出せないのが現状です。今回の改訂では重要な部分が多くあるようですね。私もブログを読んで感じたのは、幼児と児童が一緒に活動をするという点です。異年齢のメリットというのは、やはり上が下に教えるという関係だと思います。伝える方も何とか工夫して伝える必要がありますし、聞く方も一生懸命に理解しようとします。そういう関係がコミュニケーション能力であったり、人との関わりを向上させていくと思います。また一緒に遊ぶことで、自然の中から新たな気付きが養い、科学的な見方、考え方も身につくのではないでしょうか?生活科の改訂を読むと、いかに幼保小で連携し、子どもを育てていく必要があると強く感じます。

  5. 生活科という教科を実体験から考えてみても今回出てきた内容のことはなかったように思います。小学校の教科全体を通しても、体験を通した教育活動がどれほどあっただろうかと考えることがあります。特に今回出てきた幼児との交流を通して異年齢での活動をするという活動はまったく覚えがありません。異年齢の活動のメリットは最近特に感じることが多くあります。特に低年齢の子どもたちが年長児をみて学んでいくことが注目されますが、その反面、年長児も自分と低年齢の子どもたちを意識してより育ちが見えることも多くあるというのを最近実感しています。お互いの関わりに応じてそれぞれの発達や成長がより伸びるように感じます。また、年齢が様々であるほど、一つの年代の価値観に囚われないだけに「いじめ」にも効果があるというのも納得がいきます。より一層の関わりがあるだけにコミュニケーションもより深まるでしょうし、実に自然な形で学習も発達も遂げれるように感じます。これからより多様化する社会の中でこういった活動の本来の意味を振り返り、より一層の幼保小の関わりがでてくると良いですね。

  6. 年に二回お隣の小学校で保幼小会議が開かれます。その会議の前に「授業参観」があります。この授業は何か?1年生の「国語」と「算数」の授業です。今度機会があったら隣の小学校さんに尋ねてみようと思います、「生活科の授業参観をしてみてはどうですか?」と。小学校が保育園や幼稚園の先生たちに国語や算数の授業風景を見せようとするのは、学校はそれ以前の施設の在り方とは違うのですよ、ということを強調したいのだろうか、と思ってしまいます。わが子も「生活科」の授業を経てきたのでしょうが、宿題を通して「国語」「算数」のことについては私たち親もわかるのですが、「生活科」についてはベールに包まれ依然霧の彼方ですね。なぜ、学校外部の私たちには見えにくいのでしょうか?それにしても、今回のブログ及び前回までのブログによらなければ、今指摘したような問題点に気づかずじまいでした。本当に気づかせて頂き感謝申し上げます。改めて「生活科」の趣旨はとても重要だと思いました。私たち就学前の子どもたちの教育機会を保障する立場の人間としてはこの趣旨の具体的な実践を期待したいです。そして、いつの日か、国語や算数ではなく、「生活科」の授業を参観して私たちの保育園における環境を通した子どもたちの主体性と自発性を保障する保育を振り返りたいと思います。

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