復元

先日の24日に。大正時代の開業時の姿に生まれ変わった東京駅丸の内駅舎の内部がグランドオープンの10月1日を前に報道陣に公開されたというニュースが流れました。少し前に大阪駅に行ったのですが、2004年から開始されていた大阪駅の大規模な改修が完了し、随分ときれいになっていました。今年の5月4日に「大阪ステーションシティ」としてグランドオープンしたようです。駅北側の「ノースゲートビルディング」と、駅南側の「アクティ大阪」を増築して、新しく「大阪ステーションシティ」という名称になり、店舗面積では、ららぽーとTOKYO-BAYを抜き、西日本最大、日本2位の規模だそうです。そして、駅上空には2階建ての人工地盤が建設され、南北連絡橋と橋上駅舎が設置され、南北連絡橋によって往来できるようになりました。非常に、近代的なビルに生まれ変わっていました。

一方、東京駅は、対照的です。東京駅が開業したのは、98年前の1914年(大正3年)12月です。駅舎の設計を担当したのは、日本近代建築の祖とされ、日本銀行本店などを手がけた辰野金吾で、赤レンガ造りの3階建て駅舎を6年9か月かけて完成させたものです。南北の駅舎にそれぞれ取り付けたドーム形の屋根が目をひく洋風デザインだった建物を復元したのです。

それに先立って、先週末22 日(土)、23 日(日)に東京駅丸の内駅舎前広場で、最新鋭の映像スペクタクルショー「TOKYO STATION VISION-トウキョウステーションビジョン-」を開催しました。そのショーを妻と見に行きました。これは、東京駅丸の内駅舎保存・復原工事の完成を祝う記念イベントとして、大正時代創建当時の姿によみがえった駅舎をスクリーンに、最先端の技術<プロジェクションマッピングを用いて「時空を超えた旅」をテーマに高精細フルCG 映像を投影したものです。

このショーの内容も、東京駅や鉄道の歴史と未来をめぐる感動的なものでした。まず、蒸気と共に登場するSL、徐々に組み上がる建物、和風のモチーフで彩るモダンなレリーフ、そして未来を予感させる華やかな光景など、高精細フルCG 映像が幅120 メートル×高さ30 メートルに及ぶ巨大なスケールで、駅・鉄道・人・街を巡る「時空を超えた旅」が描かれます。ただ、残念なことに、土曜日に見に行ったのですが、警備や交通規制が甘く、随分と混乱をきたし、3回のショーが2回で打ち切られました。とても素晴らしものだったので、もっと、多くの人にゆっくりと見てもらいたかった気がしました。

今回、完成した東京駅駅舎を、まだ私は昼間に見に行っていないのですが、映像で見る限りでは素晴らしいですね。大阪駅のような近代的なものと、東京駅のような復元型は、ともに近未来的な気がします。私が常々思っていることですが、成熟した社会は、前に進み事ではなく、心豊かな、一人一人が生かされ、大切にされ、そして、古いものを残しつつ新しいものを創造していく社会であるべきだと思っています。そんなことを、大阪と東京という東西の中心地における取組みから感じました。
このことが、今回の復元の意図の中にこう書かれてあります。「効率化が優先される現代技術の中で、失われつつある漆喰や擬石塗等の左官、銅板葺等の板金の特殊技能を活かし、かつ現代の技術(安全技術含む)を採り入れ、保存・復原に努めます。明治・大正の創建時の技術と、昭和・平成の現代の技術が、丸の内駅舎に結集され、将来へ継承されていきます。」

復元、伝承は、外見だけではないのです。

復元” への5件のコメント

  1. 大正時代、東京駅開業当時の鉄道院総裁は、あの有名な後藤新平。「何か世間をあっと驚かせる建物を造ってくれ」と辰野金吾に設計させたのが、三つの塔をギャラリーでつないだレンガ造りの新駅。木造の家並みが続く東京の街に、ひときわ華麗で、かつ荘重な建物が異彩を放っていたようです。開業式典では、当時の首相の大隈重信が気宇壮大な名演説を残しています。

    『凡そ物には中心を欠くべからず、猶お恰も太陽が中心にして光線を八方に放つが如し、鉄道もまた光線の如く四通八達せざるべからず、而して我国鉄道の中心は即ち本日開業する此の停車場に外ならず、唯それ東面には未だ延長せざるも此は即ち将来の事業なりとす、それ交通の力は偉大なり』

    その言葉通りに、東京駅は、鉄道の上り下りの起点となり、日本の中心駅として発展してきました。日本の高度成長がバブルに達した80年代、大規模な都市開発による駅高層化構想が持ち上がりました。趣のある赤レンガの駅舎を残そうと、編集者の森まゆみさんたちが反対運動に立ち上がります。活発な運動のおかげで、今年長年の夢だった復元が実現し、生まれ変わった東京駅が姿を現しました。さぞかし、大隈や後藤ら明治の先人たちも草葉の陰でよろこんでいるでしょう。

  2. 過去のいいものを現代にも残そうとするとき、全くそのままの状態を継承しようと考えたりもしますが、そこに現代の技術などを取り入れていくことが継承でもあるんですよね。何も変化させることなく、そのままの状態を淡々と繰り返していることを継承と言って行動していることに違和感を感じたりすることがあったのですが、その違和感がなんだったのか少し分かった気がします。検証であったりその時その時の創意工夫などが織り込まれた継承を意識していかなければいけないんだと思います。そして成熟した社会をつくっていくためにも「心豊かな、一人一人が生かされ、大切にされ、そして、古いものを残しつつ新しいものを創造していく」保育園を目指していきたいと思います。

  3.  東京駅の修復はニュースでも話題になっていますね。東京駅に過去に何度か行った事がありますが、いつもブルーシートに覆われていたので、何の工事かずっと気になっていましたが、やっと完成したのですね。それに比べて大阪駅は近代的なビルに生まれ変わったそうですね、ネット見れると思いますが、やはり実物を見比べてみたいですね。そんな東京駅の復元と大阪駅の改築には外見だけを見ると対照的ですが、考え方としては、古い物を残しつつ新しい物を生み出すという二つを比べる事で一つの考え方が生まれるのですね。それは考え方はもちろん、過去の時代の技術と現代の技術を融合させ、将来に伝統技術を残すという意味でも文化の伝承になっているのですね。今後、復元する物があると外見を見て感動するのでなく、作り上げるまでの経緯を知る事も大切になってきます。

  4. 実際の東京駅を見に行ってきまいたが、とてもきれいでした。前東京駅ができたときもその時代の人たちどういった気持ちで見上げていたのだろうと思いを馳せてきました。大阪駅も実際に見ましたが、東京駅とは対照的に現代的な作りになっていましたし、なによりも広かったです。どちらにもそれぞれのいいところがあり、比べることはできないですね。しかし、どちらにも住んでいる人々の暮らしをよりよく豊かにという部分が共通しているように思います。新しいものができるというのはいつもドキドキします。古いものを残し、新しいものを取り入れていくことでより豊かな環境に近づいていくよう、考えを進めていきたいですね。

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  5. 「復元の意図」の中の「失われつつある特殊技能を活かし、かつ現代の技術(安全技術含む)を採り入れ、・・・明治・大正の創建時の技術と、昭和・平成の現代の技術が、丸の内駅舎に結集され、将来への継承」という部分には感動しました。ず~っと東京駅及びその周辺が工事につぐ工事でどうなるのかなと期待しておりましたが、期待以上の出来栄えです。旧駅舎が「6年9か月」もの長い年月をかけて完成されたことにも驚きです。「大阪駅のような近代的なものと、東京駅のような復元型は、ともに近未来的な気がします。」そして「古いものを残しつつ新しいものを創造していく社会であるべき」だと私も思います。叡智を傾けてつくられたものは素晴らしいです。私たち保育界も様々な他分野の業績を踏まえてこれからの子どもたちの、将来の大人のための環境を創造していけるようにしていきたいものです。

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