スタート

 先日、近くの小学校の保幼小合同会議に出席しました。この小学校へは。毎年卒園して入学する子が数人のために、今までは参加していなかったのですが、今回、私に参加する時間が取れたことと、この小学校の校長が今年赴任した人でしたのでどのような考え方なのだろうかということと、意見交換のテーマが「子供の自立について」でしたので、小学校では自立をどう考えているのか興味があったので参加しました。

 どの地域でも、小学校との連携は課題があります。確かに、このような会議は開かれているのですが、小学校との認識のギャップに悩んでいる話はよく聞きます。今回も、近隣の幼稚園、保育園の職員15名ほどの参加でしたが、その前の公開授業の参加にしても、どうも、卒園児が小学校に行って、ちゃんとやれているのかが気になるようです。意見交換の場で、校長が幼少連携の中で盛んに強調していたのが「スタートカリキュラム」についてでした。

 小学校では、昨年の平成23年4月から新学習指導要領が実施されています。文科省では、それについて「新しい学習指導要領は、子どもたちの現状をふまえ、“生きる力”を育むという理念のもと、知識や技能の習得とともに思考力・判断力・表現力などの育成を重視しています。これからの教育は、“ゆとり”でも、“詰め込み”でもありません。次代を担う子どもたちが、これからの社会において必要となる“生きる力”を身に付けてほしい。そのような思いで、新しい学習指導要領を定めました。“生きる力”を育むためには、学校だけではなく、ご家庭や地域など社会全体で子どもたちの教育に取り組むことが大切です。子どもたちの未来のために。新学習指導要領、スタート。」

 この改訂の「改善の基本方針」という中で、生活科の課題の一つにこう書かれてあります。「小1プロブレムなどの問題が生じる中,小学校低学年では,幼児教育の成果を踏まえ,体験を重視しつつ,小学校生活に適応すること,基本的な生活習慣等を育成すること,教科等の学習活動に円滑な接続を図ること,などが課題として指摘されている。そもそも生活科新設の趣旨の中には,幼児教育との連携が重要な要素として位置付けられており,その意味からも,小1プロブレムなどの問題を解決するために,生活科が果たすべき役割には大きなものがある。そこで,これまでも重視してきた幼児と児童の交流等をはじめとした幼児教育との連携を,一層推進することが改めて重要であるとされたのである。」

 そして、その内容について?幼児教育及び他教科との接続として「幼児教育との接続の観点から,幼児と触れ合うなどの交流活動や他教科等との関連を図る指導は引き続き重要であり,特に,学校生活への適応が図られるよう,合科的な指導を行うことなどの工夫により第1 学年入学当初のカリキュラムをスタートカリキュラムとして改善することとした。」と書かれてあるところの「スタートカリキュラム」を校長は強調したのです。

 各学校では、この趣旨に基づいてスタートカリキュラムさ作成し、実施しています。先日の公開授業でもこのような部分からの公開でした。私は、保育所保育指針や幼稚園教育要領を読むとき、その具体的な例や、研究者による解説ではなく、直接、その文言から考えることが多いので、この学習指導要領も直接読んで、その文言の通りに理解すると、実際に小学校のやっていること、校長の言うことに少し違和感を感じます。ただ、それは、幼児教育側からの見方であり、小学校から幼児教育への要望とは違うことは仕方ないことかもしれませんが、そこをすり合わせていくのが、幼保小合同会議だと思うのです。

 もう少し考えてみたいと思います。

スタート” への5件のコメント

  1. お互いの立場の違いを強調するのではなく、違いがあるからこそすり合わせの作業が大事だという、ごくごく当たり前のことを改めて考えさせられました。その姿勢で望まなければ合同会議はもったいない時間になってしまいます。スタートカリキュラムの内容はもちろんきちんとつかんでおきたいとは思いますが、私の場合はその前に幼保小の連携の基本についてちゃんと考えておかなければいけないと思っています。その上でスタートカリキュラムです。とにかく次のブログが楽しみです。

  2. 脳の臨界期は8歳までだそうです。子どもの発達に沿って小学校のカリキュラムを組むとすれば、一斉授業で認知的な学習をするのはおおむね小学校3年からということになります。諸外国はどこもそのような配慮がなされています。6歳から7歳の低学年は、幼児から学童への発達の中二階にあって、それを無理やり昔ながらの座学を強制することが”小1プロブレム”の原因になっていると思います。

    かつて子どもが多かった時代はそれでも家庭にも地域にも子どもの教育力が機能していました。ところが、核家族による発育の歪みと“地域”の崩壊によって、子どもから当り前の発達がうしなわれてしまったという事実をしっかり認識する必要があると思います。でなければ、幼保と小の間に制度的に”橋”を架けようとしたり、教科をいじっても根本的な解決にはなりません。ゆとりとか詰め込みとか教える量の問題ではなく、子どもの発達に沿った教え方を工夫することを小学校には求められるのです。

    学校教育のスタートはたしかに小1でしょうが、ヒトとしてのスタートは乳児期にあります。人間は一生をとおして発達です。その一場面としての学校教育のはずです。ヒトが人としてあるべき姿で、社会の中で生涯幸福に生きていくために、大人たちがどんな環境で子どもたちを見守っていけばいいのか、その方途を発達論的に熟議するのが幼保小の連携だと思いますがいかがでしょう。幼保の先生は、まなびの土台づくりを任されていることにもっと自信を持つべきです。

  3.  小学校が考える「子どもの自立」は確かに気になるところです。それがしかも、卒園児が入学する小学校ならば尚更聞いておきたいですね。新学習指導要領では「生きる力」を身につけると書かれてありますが、そもそも生きる力とは何か?と考える必要があります。ブログにも書いてありますが、知識を詰め込むような授業でもなければ、教師がトップダウンのように生徒に教え込むようなことでもないように思います。とくに小学校の1年生での授業も急にスクール形式で始めるのでなく、様々な体験から学ぶことが重要なのは、学ぶ楽しさを知るという意味も込められているように思います。

  4. 保育の話になるとやはり話題が出てくることはその後の小学校の話です。小学校を気にして保育を変えることに抵抗する人もいますが、そうではないと今の乳幼児期が大切だといいって話をしますが、保護者からするとやはりそこは気になるところですし、私たちも気になるところです。特にゆとり教育というものが一人歩きしたため、今の小学校はもう一度「詰め込み」にもどるとか戻らないと言った話になっています。しかし、本来は「生きる力」をつけることや「子どもの自立」といったことに目を向けるべきで、学力がすべてではないはずです。いつのころからか学力で子どもをみるようになってきましたが、考えを変える時期なのかもしれません。大人の意識をやはり変えていかなければいけないんでしょうが、なかなか難しいですね。「子どもの自立」のために幼保小合同の連携は不可欠であると思いますし、お互いの歩み寄りは今後もっと求められるように思います。

  5. わが子は小学校6年生で来春には卒業します。6年に渡る小学校の課程を修了します。私は今回のブログで紹介されている「スタートカリキュラム」ということが気になりました。「何」を「スタート」させるのか?そして、このことが大事だと思うのですが、「何」を「ゴール」とするのか?小学校の課程の前には生まれてから就学するまでの子どもたちの学びがあります。そして小学校の課程の後には中学という課程が待っています。その前後の過程に対していかなる意味合いを持つものなのか。「幼児教育との接続の観点から,幼児と触れ合うなどの交流活動・・・学校生活への適応が図られるよう,合科的な指導を行うことなどの工夫」とあります。では、どのように「スタートカリキュラムを作成し、実施してい」るのでしょう。あるいは実施しようとしているのでしょう。「仏作って魂入れず」にならないことを祈るのみなのですが・・・。子どもたちが小学校での学びを心から楽しむ、ということを学校教育の目的にしてほしいと心底思っています。わが子を観ていて本当にそう思います。

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