ミラーニューロンの発見2

 生き物としての運動機能におけるもっとも重要な動きは、「食べ物を口に持っていく」ということは、私からすると大きな発見です。人間が物をつかむようになるのは、食べ物を口に持っていくために、食べ物をつかむということがあるのでしょう。その基本的な運動機能から、人類は手を使うようになり、道具を使いこなすようになっていくのでしょう。その点、サルは、木の上で暮らすために、手で物をつかむというよりも、枝をつかむ機能が必要だったのでしょう。それは、同時に、足も歩くためというよりも枝をつかむために進化していったのかもしれません。

 そんなことを考えると、人は自ら食べ物をつかもうとする機能、それを口に持っていこうとする機能を持つために、手づかみをし始めるのかもしれません。それは、生きていくうえで、とても大切なことなのです。それなのに、大人がいつまでも食べるものを口に持っていって食べさせてしまうとか、手づかみは汚いからさせないというのは、どうも人として発達するうえで大切な過程を省いてしまう行為なのかもしれません。

 イタリアのリゾラッティのチームは、20年ほど前、手間のかかる実験を通して、さまざまな「つかむ」行為を実行中のサルの運動細胞、それは、身体を動かす筋肉と制御するがどのように配列されているかという研究の発端となる細胞の動きについて次第に解明しつつありました。

ある時、そのチームの神経生理学者のガレーゼ博士は、実験の合間の休憩中にぶらぶらと研究室を歩いていました。そこには、1匹のサルがおとなしく椅子に座って次の課題を待っていました。その時、博士が何か(本人は、何だったのか覚えていないそうです)に手を伸ばそうとしたのとほぼ同時に、サルの脳に埋め込まれた電極につながっているコンピューターから大きな稼働音が聞こえてきました。素人の耳には、ただの雑音にしか聞こえないその音を、神経科学の専門家の耳には、それはまさに調査中の脳のある部分からの放電が起こっていることを意味していることに気が付きます。博士は、とっさにおかしいと思います。それは、サルはおとなしく座っているだけで、何かをつかもうとしてはいないからです。にもかかわらず、つかむ行為に関連するニューロンが発火しているのです。こうして経緯で、初めてミラーニューロンの存在が記録にあらわれたとイアコボーニが「ミラーニューロンの発見」という本の中で書いています。

この発見の経緯に、私は何だかわくわくするのを感じると同時に、保育室で赤ちゃんの行動を見ていて、「あれっ?」「何でこんなことをするのだろう?」と思うことと同じ感覚を覚えます。以前のブログでも紹介した光景ですが、机を挟んでふざけあっていた二人の1歳児の片方の子が、誤って机におでこをぶつけた時に、前に座っていたもう一人の子がとっさに自分のおでこをおさえて「いたっ!」と叫んだ姿を見たとき、「自分では頭をぶつけていないのに、どうして自分の頭が痛かったのだろう?」と不思議に思ったことと同じです。その行為が不思議だったと同時に、このような姿を何度も見ていただろう保育現場では、それがどのような作用なのかをなぜ考えてこなかっただろうかということも不思議でした。

この大学でも、ほかの研究者たちも同様な体験をしていることに気が付くのですが、確たる証拠は何もありませんでした。そして数年後、いよいよミラーニューロンの重要性かがはっきり理解された時、彼らのチームは改めて自分たちの研究記録に立ち返ります。しかし、まだまだそれは確たる証拠にはなりませんでした。