夏休みの思い出11

 私の子ども時代、下町での子ども文化として忘れてはならないのが「街頭紙芝居」です。今でも、園では紙芝居は子どもに人気がありますが、街頭紙芝居は、少し違う趣がありました。山口で「語り手たちの会」を主宰している「とのしげを」さんは、「子どもたちへ語る目的」をこう考えています。「昔話や民話の多くには想像の世界と同時に子どもたちへの道徳教育的なメッセージも内包されています。先人たちは、物語の中にソッと忍ばせていたのです。そして、想像と創造の世界へ誘い、また愛情を注ぐことによって子どもたちの情緒の安定を計ったのです。読み聞かせ・語り・紙芝居などは、子どもたちに『間接経験』を体験させると同時に語り手と子どもたちが触れ合う時間であり、『愛を感じさせ』『感性を育くむ時間』なのです。感性が豊かになれば、人の心や自然の美しさ、感動や思いやりなどの感覚が備わり、幼年期に間接経験や愛情を注がれずに育った子どもが、どんな大人に成長するのかは、最近の惨い事件を見ても明らかであります。それは、語りに限らず読み聞かせや紙芝居、また子守唄であっても同じことが言えるでしょう。」

 私が小学校1年生のときに住んでいた町には、紙芝居屋さんが来ました。ちょうど、私の家の前の、道が十字に交差するあたりでいつも演じていました。当時の紙芝居屋さんは、紙芝居を見せることで子どもたちを集め、その後で駄菓子を売ります。私は、そのころ駄菓子を買うことは許されていませんでした。母親が手作りのおやつを用意してくれて、駄菓子屋や紙芝居屋などから駄菓子を買うのは禁止されていたのです。手作りおやつといっても、それほどしゃれたものではなく、トウモロコシとか、サツマイモなどが主でしたが、母親は、なんとなく合成着色料や、合成甘味料を子どもに食べさせたくなかったのでしょうが、下町に住んでいた思い出として、紙芝居屋さんから駄菓子を買ったり、駄菓子屋から駄菓子を買ったことがないことは少しさびしい気がします。

8月25日の絵日記には、「なんにもかわないけど、みるのがだいすきです。」と書いてあります。後ろの方から遠慮がちに見ていたのでしょう。紙芝居屋さんは、自転車にくくりつけた箱の引き出しをあけて、水飴を割り箸にくるくる巻いて渡してくれたり、少しお金を足すと、その中に「あんず」や「ミカン」や「ぼたんきょう」を入れてくれます。また、「ソースせんべい」は、1枚を二つに割って、あとの2枚にソースや梅ジャムを塗って、半分に割ったものを挟みます。そうすることで、兎のようになるのです。

街頭紙芝居と、園で子どもたちに見せるものと大きな違いは、その内容にあり、読み方にあります。絵日記に、「おんなのこが おいかけられた こわいのをやりました。」とあるように、マンガ、活劇、そして今でいうドラマである新派でした。ですから、読み方も、園では絵本の読み書かせと同じようですが、街頭紙芝居は、そこに「芝居」とついているように演劇的でした。ということで、紙芝居屋のおじさんは、演じ手、語り手であり、紙をめくるのも、演劇で言うところの場面の転換のような演出がありました。劇的な展開の場合は、絵をすっと引いたり、ゆっくりと途中まで引いて気をもたせたりします。紙芝居屋のおじさんの声の大きさ、高さ、テンポとタイミングによって演じることによって、子どもたちは惹きつけられていくのです。

町全体に、子どもの遊びの要素が詰まっていました。