大人の遊び

 NKH大河ドラマ「平清盛」は、視聴率がとても低く、困っているようですが、「保元平治の乱」が終わって、今更ながらこんないきさつで、この中にこんなドラマがあったんだと再認識しています。特に信西においては、描き方によるのでしょうが、あまりよく知らなかった気がします。このドラマでの第1回で舞子が歌っていた歌が、劇中何度か歌われ、耳に着いてしまった歌があります。それは、「遊びをせんとや生まれけむ 戯れせんとや生まれけん 遊ぶ子どもの声聞けば わが身さへこそ揺るがるれ」です。

 少年のときより、今様と呼ばれる歌謡を好んだ後白河法皇は、歌の上手を召して多くの歌謡を知りますが、自分の死後それらが伝わらなくなることを惜しみ、書き留めて本にしたのが『梁塵秘抄』で、平安時代末期の歌謡集です。この歌をそのまま訳すと、とてもいい歌ですね。「私たちは、遊ぶために生まれて来たのだろうか。戯れるために生まれて来たのだろうか。遊んでいる子どもの声を聞いていると、感動のために私の身体さえも動いてしまう。」という様な意味でしょうか。このように子どもの純真な遊びを歌ったもの、遊び戯れる子どもの声の可憐さに、そのいとおしさに、自分の身体も一緒に動いてしまうというようなことは、園でも感じることがあります。子どもの遊びには、本当に大人から見ると意味のないものに見えても、心のうちからわき出てくるかのように無心に遊んでいます。その無邪気な声を聴けば、一緒に遊びたくなります。

 NKKの公式サイトによれば、この歌の解釈では、「子どもが遊ぶときは、時の経つのも忘れて、夢中になる。子どもが遊ぶみたいに、夢中で生きたい」というような意味にとらえているようですが、どうも実は違う説があります。この歌の「遊び」はアソビメ、「戯れ」はタハレメに通じるとして、遊女が子どもの声に触発されて、我が身の罪深さを嘆く歌、とする解釈もあります。そのような、遊女の自虐的な歌と解釈したとしても、遊女でさえ、子どもの遊びを見ると、心が洗われるようです。
この遊女の「遊び」と子どもの「遊び」と対比させていますが、この二つの「遊び」は異ったものなのでしょうか。もともと「遊」という漢字は、「あちこち歩いて回る、出かける、遊ぶ、」という意味があるようです。形声で声符は「〓」と書きますが、この〓は旗をもって外を旅することを表すようです。小学校3年生で習う「遊」という漢字の意味は、1 あちこち出歩いてあそぶ。「遊歩・遊覧/清遊」とか、2 よその土地に出かける。「遊学・遊子・遊説(ゆうぜい)/外遊・周遊・西遊(せいゆう・さいゆう)・曽遊(そうゆう)・漫遊・歴遊」が辞書では先に出てきます。この意味がもともとの漢字の意味のようです。そして、3番目の意味に「楽しみにふける」というのがありますが、この熟語として「遊戯・遊客・遊興・遊蕩・遊里/豪遊」という中で、子どもに使うのは「遊戯」くらいでしょうか。しかし、この言葉が幼稚園や小学校などで使われると、運動や社会性の習得を目的として行う集団的な遊びや踊りである「おゆうぎ」という意味が主になってしまいます。

『梁塵秘抄』に取り上げられた「遊びをせんとや」という遊びは、子どものどのような遊びを見ているのでしょうか。まりつきとか、凧あげでしょうか、どうも古代では遊びは、大人たちのものだったようです。『鳥獣人物戯画』に紹介されている庶民の遊びも、『石山寺縁起絵巻』にある遊びからは、大した道具など無くとも、古代の人々の豊かな「遊び心」を感じることができます。一方、宮廷などの上流階級でも、中国から渡来した遊具などを使った遊びが行われていたようです。将棋や囲碁、双六などの遊びであったり、蹴鞠や貝合わせ、羽子板、振々毬打などの遊びも、基本的には公家社会の大人の遊びだったようです。

それが、どうして子どもにも遊びの文化が根付いていったのでしょう。