臨床保育学6

 また、最近とても悲しいことが話題になっています。同級生からいじめを受けていた中学2年の男子生徒が自宅マンションから飛び降り自殺した問題について、自殺といじめが関係あったかということです。まだ、その因果関係があったのかということの判断がされていませんので、それについてのコメントは控えますが、いじめは相変わらず減らないようです。

現在、私は「情動の科学的解明と教育等への応用」についての会議に出ていますが、その会議の平成19年に出された報告書には、この調査研究の背景として、「“情動”というものは、いじめ、少年非行、不登校や高校中退、自殺などの諸課題は、一面において、子ども達が“こころ”に抱えている何らかの問題が、行動として発現したもの。」というものと、「子ども達が、豊かな創造性や社会性等を身に付けていく過程は、意欲や動機付け、学習、社会能力の獲得といった脳機能と“こころ”の働きそのもの。」という二つが挙げられ、それには、「子どものこころに焦点を当て、これにかかわる課題に適切に対応していくことが重要。」として示されています。確かに、今回の事件も、いじめた側にも、いじめられて側にも“こころ”に何らかの問題を抱えていたのでしょう。どうして、このような問題を抱えるようになったのか、それをどこかで修正、理解、救うことはできなかったのでしょうか。

このような問題は、ずいぶんと長い間論議されてきていますが、一向に改善されていく気配はありません。それは、悲惨な、どちらも傷つく話ですので、責任逃れと、隠ぺいされてしまう部分があり、なかなか真実が見えにくいということがありますが、19年の報告書の中では、「現在の社会情勢のもとで、子ども達の“こころ”がどのように影響を受けているのかについては、解明が難しく、研究が遅れていた。」とされています。

それに対して、最近では、脳の非侵襲的計測技術や遺伝子解析の進展により、こころの問題の背景を探り、効果的に対処していく方策を見出すことができる「可能性」が高まってきたとし、「今こそ、科学的解明と教育等への応用を積極的に推進すべき」ということで、調査研究協力者会議が再度立ち上げられたのです。

 一方、学校現場では、そのようなことに対して、道徳では、「心の教育」が前面に打ち出されており、道徳教育を心の教育として推進してゆこうとしています。しかし、その教育は、私は、臨床教育的な方向性を持ち、ホリスティック的な考え方をしていくことが必要な気がしています。

 それは、小学校以降の教育でされることではなく、生まれながらそのような教育を受けることが必要であり、赤ちゃんはその権利を持っていると思います。しかし、乳児においての“こころ”の問題は、非常に解明しにくく、しかも、他人との関係性の中で、乳児からの豊かな創造性や社会性等を身に付けていく過程は、意欲や動機付け、学習、社会能力の獲得といった脳機能と“こころ”の働きそのものの研究において、本人からの表明がない乳児においては、困難なものです。ですから、現場における研究が必要になってくるのです。

まさに、単なる机上の、実験室の中での研究である発達心理学から「臨床保育学」への転換が必要になってくるのです。