臨床保育学3

 以前のブログで、「ホリスティック」について少し書いたことがありましたが、この「ホリスティック」と「臨床教育学」を結びつけて考えている人がいます。それは、立命館大学文学部・応用人間科学研究科教授である中川吉晴氏で、2005年に『ホリスティック臨床教育学』という本を出版しています。その本のデータベースによると、「存在のスピリチュアルな深みへの一途な関心と、臨床教育の実際的な技法への広い視野。ホリスティック教育の発信地・トロント大学大学院での研究をはじめ、この分野で10年以上の研鑽を積んできた著者による待望のテキスト、ついに誕生。」とあります。ちょっとわかりにくいのですが、その内容紹介には、「ホリスティック教育の立場から臨床教育学のひとつのモデルを示す。北米を中心に成立してきたホリスティック教育論とともに、人間性心理学やトランスパーソナル心理学の知見をとり入れ、教育とスピリチュアリティの融合を探る。」とあります。

 この内容は、彼の講演の中で少しわかりやすく話しています。彼は、臨床教育学の基本概念として、「ホリスティック」という言葉を置いています。それは、「ホリスティック」というのは、かつて説明したように「全体的」とか「包括的」という意味で、1970年代頃から健康や医療の分野から広まったことばです。そして、70 年代後半に「ホリスティック教育」という動きが北米で起こり、80 年代の後半なって広まっていき、日本では、90 年代に入ってから使われるようになりました。中川氏は、この「ホリスティック」という概念は、臨床教育学を形容するのにふさわしいものだとしています。

いままでの教育は、ものごとを分析的、要素還元的に見ていたのを、ものごとを全体的、包括的に見てゆこうというのが、ホリスティックな立場であり、臨床教育学の目指すところを、うまく一言で言いあてているというのです。それを、彼がトロント大学大学院オンタリオ教育研究所にいた時の恩師であるジョン・ミラー教授はホリスティック教育の分野では第一人者ですが、そのミラー教授は、ホリスティック教育を定義するとき「つながり(connection)」ということを言っていたそうです。つまり、ものごとを個々バラバラに見るのではなく、相互につながりあうものとして見るということです。まさに関係です。私は、ホリスティックについてブログを書いた時には、この臨床という考え方と特に結びつけてはいませんでしたが、自分の中にはかなりつながっていたことに気がつきました。それを、中川さんは、教育学の面から考察しているのです。

教育の場合、ミラー教授は、思考と直観のつながり、からだと心のつながり、教科のあいだのつながり、学校と地域のつながり、地球とのつながり、自己とのつながりを、それぞれ回復してゆくことが大切だと言っていたと中川さんは振り返ります。こうしたつながりの分断こそが教育の病理の根っこにあり、つながりの回復はそれを癒して、全体にしていく営みなのです。

私は、保育の世界は、子ども個々に分断してその発達を研究し、さまざまなつながりの存在としてとらえてきませんでした。というのは、つながりの研究は、現場でないとできないからです。意図して子ども集団を作り、その行動を観察しても、その行動を日常の行為として考察することは無理があります。また、実際のつながりは意図して行われるのではなく、さまざまなつながりが関係しあって、自然とつながっていくために、その選択肢を限定することはできないからです。その意味でも、「臨床保育学」の基本概念は、「ホリスティック保育」ということになるのでしょう。