自分への視線

 よくサルは「黒目がち」であると言われますが、実は霊長類は一般的に白目の部分に色がついていて、黒目とのコントラストが弱いので、目がどの方向を向いているのかを見分けるのが難しいのです。それに対してヒトは、白目には色がついていないので、コントラストが強く、目がどこを向いているのかが相手にわかりやすい構造になっているのです。

 『社会脳の発達』(千住淳著)の中に、「視線を理解する」という章があります。そこには、そのほかにも、ヒトの目には二つの特徴があると書かれてあります。「白目の露出が大きい」「瞼の内側の部分が横長である」ということだそうです。これらの特徴は、それぞれの体の大型化と生活環境への適応として進化してきたのではないかと考えられているようです。

 白目の露出が大きいということは、体が大型化してくると、頭全体を動かしてあたりを見回すことによるエネルギーの消費が大きいため、目だけを動かして広い範囲を見ることができる方向に進化してきた結果ではないかと思われています。また、木の上に住んでいる霊長類は丸い目をしていますが、地上に住む霊長類は横長の目をしています。それは、その方が、縦方向よりも横方向に視線を動かしやすいからだと思われています。ですから、ヒトは、水平方向に広く見渡す必要があるために、瞼の内側の部分が横長になる進化をしてきたのです。

 では、視線を向けられた時、脳はどのようにそれを処理しているかという研究が最近進んでいるようです。まず、処理する前に、相手の視線が自分に向けられているかどうか相手の目を見る必要があります。ヒトの顔、特に目に注意を向ける行動は、生まれてすぐの赤ちゃん、新生児においてすでに見られることがわかっています。さまざまな研究の結果、ヒトの目を見つけ、そこに自分の視線を向ける、という行動が、生まれつきか、少なくとも生後数時間から数日のうちに表われるものである可能性があることがわかっています。

 しかし、他の発達と同じようなことが見られます。それは、このような行為は、生後二カ月以降に、視野の中心における視力が発達してくるにつれて、視野周辺に表われたヒトの顔や目を好んで追いかけるような行動はだんだん見られなくなります。その代わりに、今度は視野中央に現れたヒトの目に注目するという行動がみられるようになるのです。たとえば、生後六週間以降の乳児が、自分に話しかけているお母さんの顔の中で、特に目に注目することがわかっています。そして、この相手の目に注目する行動は、成人になっても強く見られます。

 千住さんは「自分に向けられた視線」の中でこう書いてあります。「他者の視線の方向は、相手の心の状態について重要な手掛かりとなります。特に、自分に向けられた視線は、相手が自分興味を示していることを意味しており、社会的にはとても重要なシグナルであるといえます。多くの動物種において、自分に向けられた視線は、捕食者などの“脅威”が迫っていることを意味します。それらの種では、自分に向けられた視線を検出することにより、逃げたり、動きを止めたりなど、捕食者を避けるための回避反応を行います。」

 大人は、自分に視線をいつも向けられると、自分に気があるのかと思ってしまいます。しかし、実は、顔に何かがついていたり、服にゴミがついているのが気になるということもあるのですが、つい、自分に興味があるのだと思ってしまいます。また、赤ちゃんが遊んでいるときに、その赤ちゃんをじっと見ていると、こちらの視線を感じ、急に泣き出したり、信頼している先生の処に手を出したりして救いを求めます。なにも、私は、赤ちゃんを捕食しようとしているわけでもないのですが。

視線から、かなり微妙な心を読み取るようです。

自分への視線” への6件のコメント

  1. 相手と会話をするときは、「相手の目を見て」と教えられましたが、あまり見つめすぎると威圧感を与えるのでNGのようです。「笑っていいとも」でいつもゲストと軽妙なトークを見せてくれるタモリさんは、ゲストとのおしゃべりの時に、相手の目を見ないで、「鼻を見て」話すそうです。なるほど、これならちょうどいいですね。このほかにもタモリさんはいろんな会話の極意を持っています。

    ?相手の変化を話題にする。
    「痩せたねえ、なんかジムとかで鍛えてるの?」「焼けたね。どっか行ったの?」
    こんな調子で相手の話したい話題(よい変化)を引き出していきます。
    ?初対面と思わないで話す。
    初対面と思わないで、こちらから心を開いて話せば相手も心を開いてくれます。
    ?相手の話をちゃんと聞いて、ちゃんと反応する。
    タモリさんは自分には何の興味もなさそうなドラマや映画の話でも、黙って聞いています。聞くだけでなく、ちゃんと相槌を打っています。話し上手は聞き上手。
    ?自分の話は相手とリンクさせながら喋る。
    相手との共通の知人や相手について自分が知っていることを話題にすると、会話が広がります。
    ?誰でも食いつく話をストックしておく。
    誰でも興味ありそうなネタ(食べ物・酒など)相手に振ったり、自分の知識を話して会話を盛り上げる。「ああ、あれのおいしい食べ方知ってる?こうしてこれとあわせると美味いんだよ。」「えー、そうなんですか。」「今度試してごらん。」こんな調子です。

  2. ざっと周囲を眺めたときに自分に視線を向けている人がいると、なんとなくそれに気づいたりするんですよね。適当に見ているだけなのに何故その視線に気づくことができるんだろうと不思議に思っていました。人の目はどこに向けられているかがわかりやすくなっていることもあるのでしょうが、人にとって視線が持つ意味はかなり大きなものなんだろうと感じています。もしそうでなければ、そんなものを察知する必要なんてないはずですから。目は体の中の小さな部分でしかないのですが、かなり大事な役割をもっているというのが分かります。

  3.  赤ちゃんの部屋に入り、少し赤ちゃんを見ていると泣き出します。私も捕食しようとしているわけではないのですが・・・。人見知りと言えば、それまでですが、赤ちゃんは自分に向けられた視線をどのように解釈しているのか確かに気になります。ただ泣くということは、何かしらの脅威を感じているのでしょうね。それが大人になると、特に異性からじっと見られると、自分に興味があるのかな?と思います。少なくとも脅威を感じることはありません。しかし、目を見れば、何となく相手がどういう気持ちで自分を見ているのか微妙に分かる気がします。怒っているのか、面白いのか、それとも興味を示しているのか・・・目から相手の気持ちを読み取るのも、大切なコミュニケーションですね。

  4. 他人の視線に暖かさや冷たさを感じることがありますね。まぁ、視線それ自体に熱があったり冷気があったりするわけではないでしょうから「暖かさや冷たさ」というのは本来おかしいことなのですが、視線によって暖かくなったり寒々としたりするので不思議です。おそらく、視線が私自身の体内サーモスタットに作用して「暖かさや冷たさ」を私自身が感じるということなのでしょう。それでも不思議なことではあります。仕事場では赤ちゃんの視線を浴びることが時々あります。その時の赤ちゃんにとって私は「捕食者」としての可能性を帯びた存在なのでしょう。まぁ私も見られてばかりではつまらないので見返します。するとますます食い入るようにこちらを見てきます。赤ちゃんによって泣く泣かないはありますが、やがてどちらからともなく目をそらして一件落着です。視線・・・何とも不思議です。目は口ほどにものをいう。私たちの文化は視線を大切にする文化なのでしょう。

  5. 自分の中でうまいこと言葉にまとめられないのですが、最初の方に『ヒトの目には二つの特徴があると書かれてあります。「白目の露出が大きい」「瞼の内側の部分が横長である」』とありました。これは自分の目線が相手に分かってしまうということです。ヒトは集団行動、または他と関わるために目線で相手の心に何かを伝え知るようにできたのではないかなとなんとなく感じてしまいました。メンタリズムの世界や、「目は口ほどものを語る」なんて言葉もありますが、目の動きや視線で何かを伝えられたり読み取れたりするのはまさに人間ならではの行動なのではないかと思いました。

  6. 視線には相手のいろんな感情が伺える部分が多くありますね。赤ちゃんは悲しいかな、慣れていない子は視線が合うだけで泣き出してしまう子がいますね。それは相手がどういったヒトで、自分にとって危険かどうかを判断しているんでしょうね。よくよく考えると目が合ったヒトがずんずんと目を合わしたまま近づいてくると大人でも身構えてびっくりします。視線や表情によってその人の心を推測しようとヒトはします。こういったやりとりを通して人間関係を繰り返すことで「社会脳」が育っていくだと思いました。人は赤ちゃんの頃からいろんなところやヒトをみて、しっかりと社会脳を育てているんですね。しっかりとその社会脳を育てるためにはやはり多様な人間関係は大切になってくるというのが視線からも捉えられます。

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