遠足8

 今年の遠足は、「地域の歴史を知ろう!」でした。写真を見て、その場所を探して歩くという趣向です。地域の施設にはそれぞれ歴史があります。しかし、地域には目立った歴史と言うだけでなく、生活に密着した歴史があります。それは、道や坂に残っています。まず、私の園の近くは新目白通りが走っています。しかし、園の前の道にはそれほどの名前がありません。と思いきや、鎌倉時代に拓かれた、鎌倉街道のひとつだといわれているのです。しかし、江戸時代には、その中でもこの道を特別に呼んでいたほど非常に有名な道だったそうです。それこそ、その道を歩くことが遠足のルーツかもしれないのです。というのも、江戸時代は「薬師道」と呼ばれ、新井薬師に続いていた道だったようで、この道が山の手を横切るところには踏切があり、図説『駅の歴史』/交通博物館編 掲載の「日本鉄道会社 線路平面及縦断面図 1894年」に書かれてあるそうです。今はトンネルになっていますが、「新井薬師道架道橋」と呼ばれています。ここは、一つのポイントになっています。
 タモリさんは、「坂道学会」なるものを立ち上げたほど坂道が好きで有名ですが、坂道はその形状だけでなく、歴史も感じることができます。最近、町名は市町村合併によって歴史のある名前はなくなってしまいましたが、坂道には残っています。園の玄関前の坂道は、江戸時代には将軍家御鷹場として一般人の立入りを禁止した御禁止山(おとめやま)に続く道ですが、この一帯を明治時代末に相馬家が買い取って屋敷を建て、新井薬師道から相馬邸に向け新たに通された坂道であるため、「相馬坂」と呼ばれています。その隣の坂道は、『豊多摩郡誌』には「七囲り坂」と呼ばれていて、「曲折七ヶ所より成れる坂道にして」と書かれてあります。今は、「七曲坂」と呼ばれているように、曲折七ヶ所あるかと思われるほど左右に曲がりくねっています。この坂の上には今回のポイントがありました。そのほかにも、この辺には久七坂、西坂、霞坂、市郎兵衛坂、見晴坂、六天坂などがあります。
 歴史は、道、坂道だけでなく、園の近くに神田川が流れているので橋にも歴史が刻まれています。神田川と妙正寺川が落ち合うということから落合という地名がついたほど、このあたりは皮と生活が密着しています。江戸時代に浮世絵に残っているほど有名であった「落合蛍」を復活しようと地域の人たちが頑張って養殖し、6月にはほたる祭りが開催され、公園には蛍が飛び交います。その養殖小屋を見せてもらいました。そこも、ポイントの一つです。また、川が落ち合う場所には、大きな一枚岩があり、江戸時代には名所地でそこで酒を酌み交わしたりしたそうです。そんな昔の絵も職員は見つけてきました。
 このように地域を歩くことで「地域を知ろう」という遠足ですが、もうひとつ、体験コーナーで、その年度のテーマからその体験を知るという意図もあります。今年の体験では、「森」がテーマであるということから、「木をかこう」(ブルーノ・ムナーリ著)の本を参考に木をつくります。その本には、「木」の幹が、「まず2本の枝にわかれ、その枝が、また、2本にわかれというルールで木は書ける」という規則を軸に色々な木の特徴が書かれています。そこで、針金4本をねじり、その下の方を分けで値をつくり、上の方を分けて枝をつくり、木をつくります。そして、それを写真立てにして、出発時に家族で撮った写真を取り付けゴールで渡してあげます。
 午後は、親子をいくつかのグループに分け、大きな模造紙に木肌を擦り出しをします。それを園に持ち帰り、上下をいくつかに破り、根と枝をつくりました。こそ作業から、木の規則を知っていきます。その大きな木は、お昼寝の部屋に飾ってあります。
 行事は、普段の保育ではできない体験を子どもたちに与えてくれます。

遠足8” への7件のコメント

  1. 『道に歴史あり』?普段見慣れている何の変哲のない道も調べてみると、いろんな歴史を秘めていることに気づかされることがあります。京都や奈良のような歴史都市ならずとも、今は舗装された道の下から何百年も前の先人の息づかいが聞こえてきます。

    古代の主要幹線道の一つに「南海道」がありますが、私の家のすぐ前の道が、実は南海道に当たっていることをつい最近知りました。弘法大師生誕の地で有名な善通寺から一つ峠を越えたすぐの山の中です。685年(天武14年)頃に南海使者として路迹見(みちのとみ)派遣のことが見えるので、この道の成立時期は天武朝末年とみられます。(そんなに古いんだ。)向かいに見える小高い山の稜線上には、平安時代の山岳寺院の遺構もあります。最近、山を縦走していて発見しました。

    鎌倉街道は、歴史に名高い「いざ鎌倉」という危急のために作られた軍用道路。何本もあったようですが、「上道」「中道」「下道」の三ルートが確認されています。新宿せいがの前の道は、このうち「中道」にあたり、鎌倉の巨福呂坂を抜け大船から戸塚、中山、渋谷、新宿を経て王子、赤羽と伸びさらに入間川を渡り岩槻、古河、宇都宮から奥州へと伸びるルートだったと言われています。

  2. 今日は暗くなる前に子どもと自転車で近所をブラブラしたのですが、そのときに子どもが「この道は市内で3番目に古い道なんだ」とか「この石にあいてる穴は馬を休ませるときに使ったんだ」などと学校の授業の町探検で聞いてきたことを自慢げに話してくれました。それを聞いて「じゃあ2番目に古い道はどこなんだろう?」とか「馬は何のために連れて歩いてたんだろう?」と疑問を投げかけたりしていたのですが、こんな会話を一緒に歩いたりしながらするのもおもしろいなあと感じました。行く先々で、小さな歴史かもしれませんが、生活に密着している歴史は意外と面白いものが多かったりします。ずっと前から「いつかは…」と言っていて実現できていないウォークラリーですが、やはり早く実現させたいですね。

  3.  地域の歴史を考えるときには、色々なところにアンテナを巡らしておく必要があると思いました。どうしても歴史を考えるときに建物や記念碑などを参考にしてしまいますが、普段、自分達が散歩で通っている道も、調べてみると立派な歴史が残っているなど、調べてみないと分からない事が多く隠れているのですね。「道」をチャックポイントにし、その道を歩く、確かに遠足のルーツかもしれないですね。歴史によっては園児には少し難しい内容のものもあるかもしれませんが、まずは保護者が理解することが大切なような気がします。遠足以外の日に親子で地域を散歩や買い物などに行く途中に、チャックポイントで知った歴史を振り返りながら、子どもと話す事で文化が伝承されていくような気がします。

  4. ブログで紹介されている「親子遠足」は本当に有意義ですね。自分が住んでいる地域のことがわかりますし、その歴史もわかる。つい最近移り住んできたばかりなのに、何だかいっぱしの通気取りです。しかも、小学校に通う前の子どもたちだから、この程度・・・という大人の先入観がないのがいいですね。地域の人々も自分たちが知り得た最新・最深の情報を私たちに提供してくれます。これも日頃職員さんたちが意識して地域の社会資源に気を配っている成果でしょう。無論、職員さんたちがこうした気構えでいられるのも園の考え方があるからですね。こうして「親子遠足」を概観して頂くとただの行事からストーリー性を帯びた出来事へと進化していきます。一つの物語を読み得た感がこの「親子遠足」にはあります。

  5. 自分の住んでいる町の歴史や由来を知りながら歩くというのはいいですね。子どもはもちろん大人でも知らなかった町や坂の由来など、様々な歴史が知れることで楽しめますね。子どもたちが普段登園してくる道や散歩のときに歩く坂道なども遠足のルートとして坂の由来などをクイズにし、親子に楽しんでもらえればその後も家族で出かけたりする時に、その道を遠足で歩いて歴史を知ったことで会話が生まれたり、それこそ自分の住んでいる町を自慢したり誇りに思えるのだと思います。

  6. 地域の地名にはいろんな由来がありますね。歴史を知ると言ってもいろんな側面から歴史を知ることは大切です。よくあるのは駅名を調べると色々出てきますが、交差点なんかもその土地土地の名前の由来があります。普段は何気ない生活の一部になっていたものにも由来を求めるといろんな知識が眠っていることがありそうですね。そういった地域を知ることは子どもたちにとっていつか財産になるように思いますし、保護者と知ることを楽しんで共有することはとても意味のある活動ですね。地域とつながるのは子どもや園だけではなく、そこに住む保護者ともつなげていくことが大切ですね。

  7. 道や坂の歴史なんて考えたこともありませんでした。道や坂からのアプローチの仕方もあるのですね。
    そして、遠足においての体験コーナーでは、遠足のときにしか出来ないようなことなど、普段の保育とは違うことができるのですね。遠足の良さですし、これを親子でできるというのも良いことだと思います。
    地域も知れて、普段の保育ではできない体験ができて、また親子で参加できる親子遠足。しっかり伝承していきたいと思います。

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