全体性

 もう10年ほど前になりますが、ある人に「ホリスティック教育についてどう思いますか?話を聞いていると、非常に考え方が似ていると思うのですが。」と言われたのですが、私は、その時には、実態としての「ホリスティック」とはどのようなものであるかがあまりによくわからず、特に強い興味はわきませんでした。しかし、毎年訪れるドイツのバイエルン州で発行された保育カリキュラム「バイエルン」のなかに、「ホリスティックな考え方の再来」と書かれている部分がありました。その説明の要旨として、「時代は変わってきた。自然と環境を大切にする教育ももちろん大切だが、メディアやテクニックを無視できる環境ではない。科学技術を念頭においた、ホリスティックな考え方を見直すべきである。」というような内容です。

 文科省では、今年、「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」という会が開かれるようですが、「情動」という心の動きを、科学的に解明しようというのは、まさに、「バイエルン」が目指すことかもしれません。ただ、バイエルンでは、「科学技術を念頭においた」となっており、文科省の取り組みは、「科学的解明」とあり、脳科学一辺倒になってしまうことも危惧されています。

 ギリシャ語で「全体性」を意味する言葉に「ホロス(holos)」があります。この言葉は非常に哲学的な意味を持ち、「全体性に向かう」ということから「宇宙と調和する」という意味にまでつながります。ですから、この言葉からはいろいろな言葉が生まれました。ここから「whole(全体)」「heal(癒す)」「health(健康)」「holy(聖なる)」などの言葉が派生しています。このなかに、「health」という「健康」がありますが、この健康とは、身体的な状態のみを意味していたのではありません。WHO(世界保健機構)憲章では、その前文の中で「健康」について、次のように定義しています。

「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 」(健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。)(日本WHO協会訳)

このように、身体はもちろんのこと精神的、社会的にも満たされた状態を健康と定義しています。ですから、health(健康)は、holos(全体性)が語源なのです。そして、このholosの形容詞であるholismからholistic(ホリスティック)という言葉が生まれました。ですから、意味は、一般に「全体論」と訳されている哲学用語で、ジャン・クリスチャン・スマッツという思想家が、1926年に発表した「ホーリズムと進化」という著作の中で、初めて使った造語です。

ホーリズムとは、「全体とは部分の総和以上のなにかである」と言われていますが、それではよくわかりませんが、ニュージーランドの「テ・ファリキ」には、保育の心得として4つの原則がありますが、その一つに「発達の全体性」があります。これは、「子どもの学びや成長の歩みは、分類できないことと理解し、保育に生かします。」と書かれてあり、たとえば、一つのことに熱中していても、そこから世界を広げ、必要なことを身につけていっているということです。どうも、ホリスティック教育とはこのようなことだと思います。そんなこともあり、日本では、知育、徳育、体育などを別々にせず、また、人間と自然界とのつながりを全体として重視することを理念とする教育の新しい考え方であるとも言われています。この考え方は、最近の知育に偏重しがちな教育に対する警告でもあります。

バイエルン同様、ホリスティックな考え方を日本における保育所保育指針や幼稚園教育要領に記載すべきかもしれません。