義務と責任

ホリスティックについて、その内容について考えてくると、なんとなくその意味することがわかってくる気がします。また、なぜいまもう一度ホリスティックという考え方が必要なのかわかってくる気がします。それは、人類のあり方として、また、最近の核家族化、少子化、地域ネットワークの希薄かなどにたいして、「子どもにとって集団が必要である」と言うときに、日本でもつねに矛盾を抱える「個」と「集団」のあり方、かつて戦争に駆り立てた集団教育へのトラウマ、放任と無秩序さと自由の関係、そんなことに答えるために、ホリスティック教育が見直されてきているのでしょう。

そんなことを考えると、各国の課題の違いによって、ホリスティック教育への課題が見えてきます。欧米では、個の確立と自立が進んでいますが、社会の一員である意識とか、協力とか、つながりが弱い気がします。それに対して、日本人は、自分に対する自信とか、自尊感情、自己責任が弱い気がします。がそれらがしたがって、わたしたちは、社会から恩恵を受ける権利を持つと同時に、社会に対する大きな義務と責任を持っています。戦後、子どもたちには権利が教えられ、権利をきちんと主張することを教えられました。しかし、義務と責任については、きちんと教えられていない気がします。それは、両方とも「せねばならない」ということで、自分の意思に反して行うイメージがあるからでしょう。しかし、義務や責任とは、自分の意思に対して、自分が言ったことに対して、責任を負うというものです。

 自分の意思に責任を持つというのは、個々の意志が、全体の意志に影響し、個々の利益は他者の利益につながるという、「情けは人のためならず」という考え方への転換が必要になります。ホリスティックな世界では、自己の利益は他者の利益につながり、他者の不利益は自己の不利益につながるからです。それが、人類が生き延びてきた力として「競争ではなく協力」であることとつながります。ただ、そのときの利益とは、物質的な豊かさとか、金銭的な豊かさではなく、本質的な豊かさである、心の喜び、心の充足、心のやすらぎなどの精神的な豊かさが個人の利益であり、他者とつながることで共感することが他者の利益となるのです。

このように、自己が全体につながっていくことを信じれば、自己を信じ、自己を高めることは大切なことになります。また、それは、自分が所属しているところに自信を持つことも必要になります。昨日、幕末を描いたテレビ番組を見ていたら、若者の武士が外国人から地球儀を見せられ、「日本ってずいぶん小さいんだなあ!」という場面がありました。この場面は、攘夷から、世界に目を向けるきっかけとなる象徴的な場面としてよく描かれます。しかし、世界の中では日本はそれほど小さい国ではないのに、このときのトラウマがいまだに続いており、日本は資源がなく小さい国であると思っている人は多いようです。

慶応義塾大学講師の竹田さんはこんな授業を中高校生にするそうです。「“今ある国で1番古い国はどこですか?”という質問に多くの学生は“中国とかエジプト”と答える学生が多い。そこで、“日本だよ”というと、“ええー”と驚きます。そこで、王朝ごとに色別になっている世界史年表を見せると、日本だけが1本の帯になっています。たったそれだけのことで日本人であることの誇りを掴むのです。」自分の国が好きになるのは、何も「愛国心」とか「国粋主義」という思想的なことではなく、そこに住む者の責任として、そこを大切にし、それゆえ、間違っているものは間違って言い、不正なものに対して怒り、おかしいものはおかしいと感じる感性を持ち、惑わされることのない批判的な思考力、判断力・行動力などを大切にする必要があるのです。

社会における主体性

ホリスティックにおける自由の考え方は、他者を排除し、その制約からの開放ではなく、社会の一員としての他者の存在を認め、受け入れ、貢献していくなかで、他者とつながっていくことをいいます。そのつながりのなかで、自分の行動、価値観などを自分の意志で選択し、自己決定し、自分の存在を確認でき、自己責任を負うことであり、その結果を自分で引き受ける根源的自由があるということになります。ですから、私の考える自立した人とは、適切な相互補完的な関係を結べる人であり、社会の一員としての自分の役割が確認できた人のことをいうと思います。

教育・保育とは、人を人として育てることであるとしたら、NHk「なぜヒトは人間になれたのか」が参考になります。しかし、このタイトルには、番組を見なくてもその答えがあることに気がつきます。それは、「ヒト(人)」と「人間」の違いは、「間」があるかないかです。「人」は、「ひと」と「ヒト」が支え合っている姿だといわれます。しかし、それはあくまでも二者関係です。それは、夫婦であり、母子関係であるかもしれません。しかし、それは、他の生き物でもその関係はあります。しかし、「ミラーニューロン」の存在がヒトと他の霊長類を枝分かれさせていったのです。それは、人と人を結びつける「間」ができたのです。そこで、社会が構成されていきます。

人は社会の中で分け合い、協力し、貢献することで脳を大きくしてきたことを、どうも歴史の中で何度も忘れてしまっているかのような行動をします。今、求められている教育、もう一度見直す観点からのホリスティック教育とは、子どもを、社会に適応させ、活躍することを目指して知育に偏重していることから、ともに協力してよりよい社会へと変革していく人間を育てることにあるのかもしれません。現在求められる力を目指すことは、子どもにとってその力を発揮するのは15年後くらいになるわけですので、その時代で求められているものは違っている可能性があります。また、ある時代だけの適応だけでは、人類の進化、社会の進化を促進することにはなりません。共に学びあい、共に協力しあい、新しいものを創造していく共同創造の関係をつくることこそが、人間としての使命なのです。

欧米では、ホリスティック教育への見直しと同時にシチズンシップというこれからの政治・社会へのかかわり方が課題になっています。わたしも、最近の「SNS」というソーシャル・ネットワーキング・サービス」というものがはやっていますが、どうも、これはネットワークをつくっているとは思えません。携帯電話に向かって、安否を尋ねるとか、家族への伝言を頼むとかいうのは、どう考えてもネットワークではないと思います。私が考えるネットワークとは、主体と主体とのかかわりのことであり、携帯電話には主体性はないからです。

最近、政治や政府などの対応には情けないところがありますが、私は、日本人のその嘆き方には疑問を持ちます。BBCが世界33カ国で「他国によい影響を与えている国は?」という世論調査に対して、普通は自国の評価には甘くなるものです。案の定、アメリカでも韓国でも、自分の国はそこそこ高く評価をして、7?8割が「よい影響を与えている」と答えています。しかし、日本は、4割程度でした。その結果に対して慶応義塾大学講師の竹田氏は「日本がひどい社会ならそれでもわかりますが、これほど豊かで文化が高く、治安もいいし、伝統もある。そんなすばらしい国なのに、たった4割しか日本を評価していないのはおかしいですよね。」

どうも、日本人の多くは、主体的に生きるよりも、誰からか与えられる、やってもらえると思い、それが叶わないと、国がいけないと思うようです。ですから、保育カリキュラムも、すぐに既成の外国のカリキュラムを採用し、自分たちで日本にあったものを作ろうとしないことがあります。私は、日本という国は、過去から外国にいい影響を与えていると思うのですが。

全体性からの個人

ホリスティック教育というのを理解しようとすると、なかなか難しいところがあります。そんなときに、いつも私が取る方法は、その理論、その考え方を学ぼうというよりも、その考え方が子どもにとってとても有効的な考え方であるのなら、そのもともとの定義から自分で考えてみることにします。

まず、集団としての全体性は、どう考えたらいいのでしょうか。全体は部分の単なる総和ではないという考え方が基本であるとしたら、個人は、集団の単なる構成員ではないということです。集団としての統一の中に多様性を認め、その多様性のネットワークによって集団が構成されていきます。ここで、教育の課題が見えてきます。一つは、多様性をより磨くこと。もうひとつはつながりを考えることです。それは、言い換えると、多様性を認めることである「インクルージョン」と、お互いを結び付けていくことである「コーヒージョン」の考え方です。私が提案する「すばる」と「納豆」としての存在になるのです。

 また、ここでの考え方で大切なことは、どちらも「主体的」と捕らえることです。いぜん、ブログでこう書いたことがあると思います。赤ちゃんが、「手でほかの赤ちゃんの足を触っていた」ときに、触られている赤ちゃんは、「触られている」というように受動的に考えるのではなく、「足でほかの赤ちゃんの手を触っている」と考えることも必要であるということに気がつきました。人と人のつながりは、どちらも主体であるのです。私たちは、いくら主体的に何かをしようとするときでも、相手の気持ちや、相手に対する理解をしようとします。それが、人類の特徴でもあることを知りました。しかし、その見通しにおいての主体的な見方をすることが多いので、あの意味では「利己的」であり、「自己中心的」ではあるのです。ですから、つねに、自分が持っているものの見方・考え方を全体を見ることによって問い直し、それを修正していくことが、まず何よりも大切なことなのです。

この自己への見直しが、結果的には全体の見直しにつながっていきます。すべてがつながりあっているのですから、自分が変われば全体が変わることになります。全体を変えよう、他人を変えようとするのではなく、まず自分が変わろうということであり、自分が心地よさを感じれば、まわりも心地よさを感じるであろうということで、世界も変わることができるのではないかという希望を持つことができます。私の存在は、そうやって自分たちの遺伝子をつないできたのです。

では、集団における自由をどう考えればいいのでしょうか。私は、個人としての真の自由とは、個人が自立することだと思っています。画一的な一斉管理教育への反動として、自由教育が叫ばれたことがありました。その自由とは、拘束からの解放としての自由、いっさいの外的な限定を受けずに自分のやりたいようにできる自由を意味していました。つまり、ある意味では、人と人とのつながりを拒否することでもあるのです。人との関係の中で、束縛、ルール、干渉があるわけですから、そこから解放されることが自由だということは、他との相互作用・相互補完のつながりから、個を独立させることが前提になります。それが、自立とも言われてきたのです。

ここで、ホリスティックな考え方をする必要があります。人は、無人島の中で一人で生きているわけではありませんし、無人島で行きぬくことが生きる力でもありません。そこには、全体性がないからです。では、どう考えればいいのでしょうか。

全体性

 もう10年ほど前になりますが、ある人に「ホリスティック教育についてどう思いますか?話を聞いていると、非常に考え方が似ていると思うのですが。」と言われたのですが、私は、その時には、実態としての「ホリスティック」とはどのようなものであるかがあまりによくわからず、特に強い興味はわきませんでした。しかし、毎年訪れるドイツのバイエルン州で発行された保育カリキュラム「バイエルン」のなかに、「ホリスティックな考え方の再来」と書かれている部分がありました。その説明の要旨として、「時代は変わってきた。自然と環境を大切にする教育ももちろん大切だが、メディアやテクニックを無視できる環境ではない。科学技術を念頭においた、ホリスティックな考え方を見直すべきである。」というような内容です。

 文科省では、今年、「情動の科学的解明と教育等への応用に関する検討会」という会が開かれるようですが、「情動」という心の動きを、科学的に解明しようというのは、まさに、「バイエルン」が目指すことかもしれません。ただ、バイエルンでは、「科学技術を念頭においた」となっており、文科省の取り組みは、「科学的解明」とあり、脳科学一辺倒になってしまうことも危惧されています。

 ギリシャ語で「全体性」を意味する言葉に「ホロス(holos)」があります。この言葉は非常に哲学的な意味を持ち、「全体性に向かう」ということから「宇宙と調和する」という意味にまでつながります。ですから、この言葉からはいろいろな言葉が生まれました。ここから「whole(全体)」「heal(癒す)」「health(健康)」「holy(聖なる)」などの言葉が派生しています。このなかに、「health」という「健康」がありますが、この健康とは、身体的な状態のみを意味していたのではありません。WHO(世界保健機構)憲章では、その前文の中で「健康」について、次のように定義しています。

「Health is a state of complete physical, mental and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. 」(健康とは、病気でないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態にあることをいいます。)(日本WHO協会訳)

このように、身体はもちろんのこと精神的、社会的にも満たされた状態を健康と定義しています。ですから、health(健康)は、holos(全体性)が語源なのです。そして、このholosの形容詞であるholismからholistic(ホリスティック)という言葉が生まれました。ですから、意味は、一般に「全体論」と訳されている哲学用語で、ジャン・クリスチャン・スマッツという思想家が、1926年に発表した「ホーリズムと進化」という著作の中で、初めて使った造語です。

ホーリズムとは、「全体とは部分の総和以上のなにかである」と言われていますが、それではよくわかりませんが、ニュージーランドの「テ・ファリキ」には、保育の心得として4つの原則がありますが、その一つに「発達の全体性」があります。これは、「子どもの学びや成長の歩みは、分類できないことと理解し、保育に生かします。」と書かれてあり、たとえば、一つのことに熱中していても、そこから世界を広げ、必要なことを身につけていっているということです。どうも、ホリスティック教育とはこのようなことだと思います。そんなこともあり、日本では、知育、徳育、体育などを別々にせず、また、人間と自然界とのつながりを全体として重視することを理念とする教育の新しい考え方であるとも言われています。この考え方は、最近の知育に偏重しがちな教育に対する警告でもあります。

バイエルン同様、ホリスティックな考え方を日本における保育所保育指針や幼稚園教育要領に記載すべきかもしれません。

かつて、家畜は、祝宴の際のご馳走のためにだけ使われていました。決して、日常の食べ物ではありませんでした。結婚するとか、特に、姻戚関係を結ぶためには、ブタや水牛が提供されていました。ここは、議論があるところだと思いますが、サイモン・フレーザー大学の民族考古学のブライアン・ヘイデン博士は、「従来の考え方では、家畜化は食物がもっと必要だったので、人々は動物を育てたというものでしたが、私は、そう思いません。東南アジアのどの村を見ても、家畜の生産を促す要因は、食物のニーズではないのです。それは社会的・政治的なニーズであるといえます。」と話しています。

 ブタは、社会的・政治的ニーズによって使われたということで、婚姻などの儀式、お祭りなどに振舞われたり、儀式などで生贄として提供されていました。

昔は、一家の主、跡継ぎを決めるに儀式を行っていました。そして、正統な跡継ぎを決める儀式にはブタを生贄に捧げる風習がありました。生贄とされるブタは、まず外で毛を焼かれます。それは、神聖な儀式において毛は邪魔なものとされていたためです。毛を失ったブタは四本の足を縛られ、家の中央に設けられた儀式の祭壇へと運ばれます。更に暴れないように参加者が棍棒などでブタを叩き気絶させ、ブタが脱糞した際の臭いを抑えるために多量のお香が焚かれました。そして、最後に主が祝詞を読み上げ跡継ぎの儀式は終了するのですが、その後、ブタは再び外に運び出され、今度は死ぬまで棍棒で叩かれます。そして、火で焼かれ、参加者へその肉が配られるのです。

この儀式は、その家の跡継ぎを決めるために行われたのですが、ある意味では、集団における結束を誓い合ったものでもあったのです。その誓い合った儀式である「豚を生贄にし家の中に祀ったこと」ということで、「ウ冠(うかんむり)」に「豚」から成ることから、この儀式自体を現す漢字として「家」という字になリました。
パプアニューギニアでは、現在でもブタを生贄とし、そこに集まった人々に配られます。NHK取材班が実際にその儀式に参加したときの様子を、こう語っています。「村の中心の広場には、200人から300人の人が集まっていました。長老格の男性たちが、その広場の中心で、出来上がったブタと野菜を細かく分け、家族ごとに分配していく。招待した村の名前を大声で叫ぶと、代表者が“ありがとう”とお礼を述べて受け取っていく。」

この姿は、老若男女がいかにも嬉しそうに、配られたブタを食していきます。ご馳走を食べながら仲間意識を高めることは、とても重要なことだと部落の人が言っているそうです。もともと、パプアニューギニアの人々は、好戦的で、閉鎖的と思われていますが、ブタを食べているときには、部族を超えた融和の光景が見られたと言っています。

東南アジアの祝宴に欠かせないアイテムといえば、第1に肉、第2に米、第3にビールや酒といったアルコールであると言われています。この説が有力になったのは、ギョベックリ・テペ遺跡の発見だと言われています。そして、以前の歴史の教科書では、狩猟採集から農耕へと移るにしたがって定住化が起きたとされていたのが、いまは、順番が逆転しています。定住化は、狩猟採集を行いながらも可能だったのです。そして、定住することから、農耕へと移行していきます。しかし、なぜ農業が始まったという説には、まだ決め手がないようです。有力なのが、ギョベックリ・テペで行われた融和の情報交換の場で使う食材が栽培化を経て、人々の主食へと発展していったとする考え方です。そして、その場で行われた儀式が宗教的なものへと変わっていったようです。

それにしても、農耕が人々の暮らしを変えていきます。それに対して、人類は、どのように生存戦略をとっていくのでしょうか。

融和

 私は、経験がありませんが、若い人たちはよく「合コン」に行く話をしています。また、「女子会」という集まりも話題になります。私の園でも、「茶話会」という、保護者との会があります。そこに集まるためには、何か目的があります。そして、その場を和ませるために、何か食べるものを用意します。食べながら、飲みながらの集まりは、心を許すようになります。西アジアで、1万1600年から1万800年前の頃、相当の人手をかけて作られたギョベックリ・テペ遺跡でも、同じようなことが行われていたようです。

 ホイン博士は、「そこで儀式が行われる必要があったとも考えられます。いまの時代なら、それをパーティーと呼ぶかもしれません。でも、そこに行く理由がなくてはなりません。それに多くの人々が交流しなければなりません。この視点を発展させていくと、明らかに贅沢な食料が必要でした。そして、このような儀式的交流をスムーズに進めるためにビールが関与したかもしれません。当時の人々にとって、コムギから造られたビールはいままで試したことがない、非常にユニークな味で、アルコールによる副作用もあったでしょう。それは贅沢な飲み物に思えたに違いありません。」と考えています。

 現在、栽培化されたコムギは、手軽な食材で主食を担う穀物としてのイメージが強いのですが、当時は、まだ野生種でした。もし、当時のコムギが現在のような栽培化された品種であったら、融和の材料にはならなかったと思われています。それは、栽培化というと、自ら植えて、それを収穫し、自分の腹に収まる。そして、その種の一部をとっておいて、翌年、自分の手で場所を選んで植えます。そして、人にとられないようにその自分の畑を守ります。また、その畑を拡大し、より多くの収穫をしようとします。そこで、争いが起きるかも知れません。他の種族と一緒にビールなど飲んでいる暇はありません。

 しかし、このように栽培化された植物は、人間のために都合よく作り直されたものであり、植物自身からすると、このような種の拡大は、人の手が必要であり、人の手が関わる前までは、不利になります。その時代であれば、植物は、自分の子孫を効率的に増やそうとすれば、種がバラバラになるほうが有利です。バラバラになった種が四方に飛び散ることで、子孫が増えていくからです。しかし、収穫前にバラバラになってしまうと、その種は独占できなくなり、収穫量は減ってしまいます。そこで、人間は、バラバラにならない突然変異をしたものを無意識に選んでいるうちに、落ちないものが次第に増えていって、栽培化となったというのです。

 ということで、1万年前には、野生種のコムギであったため、その種は貴重でした。その種を使った料理もビールもぜいたく品でした。したがって振る舞うために使われたのではないかというのです。このような用い方は、動物でも見られるそうです。パプアニューギニアのメルケ村では、ほかの村とのコミュニケーションを象徴するために、ブタが融和のために使われているといいます。村ではブタはめったに食べることのできないご馳走であり、高級品です。したがって、ブタを食べるときには理由が要ります。ブタが育ったときに仲間を集めて食べるお祭りとか結婚式、民族間の争いの仲直りの際にブタが振舞われたといいます。

 この儀式に使われたブタが、「家」を形成していったのです。その理由を明日、説明してみようと思います。

集会施設

 ギョベクリ・テぺ遺跡が集会施設として使われたとしたら、かなりの範囲から人が集まることで発生するさまざまなメリットがあるはずです。足りないものを補い合う、よいものを手に入れる、というような具体的なメリットのほかに、まだ推測に過ぎないと言いながらシュミット博士はこう話しています。「先土器新石器時代の人々は武器を持っていました。それは、動物を殺すためですが、人間も殺したでしょう。すでに階級社会だったので、対立があったことも想像できます。ギョベクリ・テぺ以外の新石器時代の遺跡で、大量殺人があったことを観察しています。それゆえ、ギョベクリ・テぺが問題解決を担っていたという可能性は考えることが出来ます。」つまり、このギョベクリ・テぺは、人々の融和のための場所であった可能性が大きいのだといいます。

 この施設が、この戦いの多かった時代に融和のための施設であったことの実証は難しいようですが、そう考える根拠があります。それは、ここで人類史上最も重要なイノベーションを生み出した可能性があるからであり、そのイノベーションが融和へとつながった可能性が高いと考えられています。それは、ここからわずか60キロの場所にカラジャダー山という場所があり、そこは私たちにもっとも身近な植物の一つである「コムギ」が自生していた原生地なのです。そして、「この地からは、きわめて初期の農耕遺跡も見つかっています。当時、この地域で最も重要なイノベーションといえば、植物の栽培かと動物の家畜化なのです。」と博士は話しています。

 ここで、人間としての営みとしての「植物の栽培」と「動物の家畜化」について考えて見ます。この地域で自生していた野生種のコムギから実を採ることは採集であり、栽培ではありません。自生種から人工的に選択し、それに改良を重ねて、収穫量を多くするとか、栽培をしやすくするとか、倒れにくくしやすくしていくことが栽培化です。動物の家畜化も同様で、そこに生息する動物を馴らせ、手なずけることではありません。人の役に立つように、その動物の価値を意識的に高めていくことにあります。

 このような栽培化や家畜化は少しずつ行われていくのですが、カラジャダー山で当時採取できた小麦の量では、当然当時の人々のお腹を満たすための穀物ではなかったのではないかと推測しています。では、コムギは、何に使ったのかということについての、ノルウェー生命科学大学教授のマンフレッド・ホイン博士の推測は、私には以外でした。なんと、それは、「ビール」作りに使用され、それをギョベクリ・テぺに集まって、みんなで飲んだのではないかと言うのです。博士は、この施設の建設中にも、そこに集まっていた多くの人々へも、当時の一種のぜいたく品として振舞われていたのがアルコールで、その原料がコムギだったのではないかと考えています。博士は、「ギョベクリ・テぺを建設しなければならないとき、大勢の人手が必要です。助けてもらうためには人々を説得しなければなりません。人々を招かなければなりません。」ということで、振舞うぜいたく品が必要になったというわけです。

 このようなヒラメキは、シュミット博士とホイン博士の二人とも、ビールの国ドイツ出身だからということもあるかもしれませんが、それを裏付けるような、たとえば大きな瓶などが遺跡から出土しているそうです。

 この辺の考察は、私にとってはなんだかワクワクします。当時の人々の行動が目に映るようです。人類が、出産のときから他人の介助が必要なように、人が集まる施設の建設には、他部族の人々との協力が必要だったのですね。ビールを囲んでの融和は、戦いの歴史よりも心が躍ります。

情報センター

 人間を考える上で、面白い遺跡が発見されました。そこは、ギョベクリ・テぺ(G〓bekli Tepe)遺跡です。一昨年、ニューズウィークの記事では、この遺跡研究が通説を否定するという記事を掲載しています。それは、大体こん内容でした。「この理論は人間起源の通説の年表を逆転させる。通説では、原始人は1万年から1万2千年前の新石器時代革命を経由したとされる。この古い通説では、羊飼いや農民が最初に出現し、それから陶工や村落民、都市、専業労働、王、文字、技芸、そしてその延長をひとっ飛びして、組織宗教に至るとされる。ジャンジャック・ルソーを回顧するまでもなく、知識人は社会的集約都市が最初に形成されて、その後、巨大寺院を伴う高度な宗教ができるとした。米国の高校などでもこうした考え方がいまだに教えられている。」どうも、アメリカの高校では、宗教がどのような経緯で生まれてくるかに関心があるようですが、日本では、農耕の起源に関心があります。

 農耕の起源についてもギョベクリ・テぺ遺跡は、いままでの通説を覆しています。狩猟採集民による氷河期最後の時代に続いて形成されているこの遺跡こそが、人類が農耕や都市生活、そしてその後の発展に至る最初の曙光となったと考えられています。さらに、小麦の栽培や動物の家畜化が始まったのもこの地域であると見なされつつあるようです。

 この遺跡のことが、NHK「ヒューマン」で取り上げられていました。そこでは、この遺跡の不思議を先ず描いていました。この遺跡から農耕の始まりを見るとしたら日本で言う吉野ヶ里遺跡のような田んぼや畑の遺構などが見つかると思うと、なんとこの遺跡は奇妙なものが並んでいます。その遺跡は数メートルの深さで掘り進められており、何十本もの石柱が林立しています。そして、規模がとてつもなく大きく、調査に50年以上かかるそうで、まだそのなかで17年目だそうです。この大きさは、およそ1万年前のものとしては大きいということのようです。その発掘で、サークル状の構造物であるエンクロージャーというものが見つかったそうです。それは、直径15メートルの円形か楕円のもので現在まで4つ見つかっています。しかし、レーダーで見ると、全部で20近くあるらしいことがわかっています。不思議なことに、ここは町の跡というわけでなく、人が生活していたような痕跡がないそうです。また、家畜種というものはまったく存在していませんし、数少ない植物の痕跡からも農耕が行われていた証拠は見つかっていないといいます。それでありながら、どうしてこの地域で栽培や動物の家畜化が始まったというのでしょうか。では、この遺跡は何のための場所だったのでしょうか。

 いろいろと発掘、研究した結果、発掘を指導するクラウス・シュミット博士は、この場に人々が定住するために集まったのではないとしたら、いくつかの理由があった可能性があると説明しています。「ギョベクリ・テぺは集落でなく、神聖な場所です。人々はここに来ますが、自分の村に帰っていきました。ギョベクリ・テぺは交換の基盤であり、イノベーションの基盤でもありました。」イノベーションとは、新しいアイデアや手法を指す言葉と説明しています。ある集団にイノベーションがあれば、このギョベクリ・テぺに集まることで、ほかの集団もすぐ知ることが出来る。それが非常に有益なイノベーションなら、急速に広まることになるのだと言うのです。「ですから、ギョベクリ・テぺはこれらの人々の情報センターのようでした。物々交換やアイデアの交換、嫁探しなどが理由で集まった可能性もあるでしょう。」

 私たちの祖先は、自分たちの中で認識できる範囲での集団を形成して生活してはいても、その集団規模だけでは情報が偏ってしまい、生き残っていくための情報が少ないのです。そこで、他の集団をの情報を交換する場を持っていたということになります。この頃から情報センターを持っていたというのは、ほかにはどのような意味があり、それは、どのような結果を生むのでしょうか。

理論の修正

「脳が発達するほど他者との協力を選択する」という研究結果はもっと多くに発信して欲しいですね。たしかに、他者と競争しようとすると、自分を高めることでじゅうぶんですし、ある意味では力を強くすることでいいのですが、他者との協力には、コミュニケーション能力とか、他者に対して共感する力とか、他者の行動を予測する力など前頭前野、特にミラーニューロンを働かさなければならないのです。したがって、脳を発達させることが必要になってきます。

ということで、私は、脳が発達してくることで、協力することが出来るようになり、「農耕」が始まることが可能になった気がします。自ら食べるものを育てるという行為は、人類の特徴であるといわれています。栽培が始まる前には、そこにあるものを探して、それをとって食べます。ですから、食べ物のある場所を求めて移動していきます。それが、農耕が始まると、日本では稲作が始まると定住するようになり、協力することが必要になるために、集落が構成されてくるということを習いました。今でも、そのような考え方は正しいのでしょうか。日本では、青森の三内丸山遺跡が発掘されるにしたがって、彼らは狩猟民族でありながら、何年間も定住し、集落を形成してきていることによって、少し考え方が修正されてきています。
いままでの考え方を修正するきっかけは、さまざまなところにあります。その一つに、その考え方を推し進める上でどこかに矛盾が起きてくることです。どうしても行き詰ってしまい、その考え方ですと先に進めなくなります。そこで、今度は違うアプローチを考え、そこから見直していきます。宇宙についての新しい理論は、そのような進め方をしているようです。宇宙の成り立ち、宇宙の果てについては、どんどん新しい理論に修正されていっています。

また、科学が進み、今までは見ることができなかった部分まで、観察することが出来るようになってきました。それにつれていままでの理論が証明されたり、修正されていきます。最近の脳科学では、そのようなことが起きています。人間の心は、見ることができなかったのですが、それが脳の働きだということがわかり、脳科学が研究されるようになり、脳の働きが次々の解明されてきています。特に、人間の特性を司る前頭前野の働きについての研究は、幼児教育に大きな影響を与えています。そして、最近、乳児やしょうがい児についても今までの発達論が修正されてきています。
ほかに、ある仮説を立てた実験や観察によって、今までの考え方が修正されることもあります。その代表的なものに京都大学霊長類研究所でのチンパンジー研究です。彼らの行動観察から、人間の行動を考察しようというものです。それは、「アイ」というボルボとの出会いもあったかもしれません。その「アイ」が、「アユム」という子どもを出産したことで最近は関係性の研究が進んで、いままでの理論が修正されてきています。

もう一つ、人類の進化などから人間というものの解明は、遺跡の発掘から修正されていっている部分があります。特に、過去に滅びたとされる文明についての解明は、その遺跡の発見、研究によって次々と新しい事実が発見されています。その遺跡は、人類の進化と共に、現在を生きる私たちへの提案であったり、警告であったり、ヒトとしての行き方を示してくれます。そして、何よりも、私はこの解明から赤ちゃんの発達を考えるヒントが隠されている気がします。進化の過程における今までの考え方の修正が、赤ちゃんの発達における過程の修正に影響を及ぼしています。

協力は高レベルの脳

 毎年、春になるといろいろなところで桜の花が咲いているのを見つけると、こんなところにこんなに桜の木があったのだと思うことがあります。急に桜の木が増えたのではないので、もともとそこには桜の木があったはずですが、花が咲いて初めて気がつくことがあります。また、あることに興味があると、シンクロニシティではないかと思うほど、それに関する記事が目に付きます。それは、思考を絞ることで、情報を無意識のうちに取捨選択しているのでしょう。情報を自分で集めるだけでは限界がありますが、さまざまな人から情報を集める方法もあります。それは、何に興味を持っているかということをはっきりさせておくと、周りのヒトが情報を寄せてくれます。以前、ブログに書きましたが、私が「ミラーニューロン」という神経細胞に興味があると、園の職員がその存在を示すかのような行動が赤ちゃんに見られたときに、動画をとっておいてくれて後で見せてくれるか、急いで呼びにきてくれます。また、私は、ブログを書いているおかげで、それを読んでいる人からいろいろと情報をもらうことがあります。

私の園の副園長が、先日の4月18日に、AFPによるニュースで、「人類は仲間とのチームワークを通じて脳を大きく発達させてきたとするアイルランドと英スコットランドの研究チームによる論文が前週、学術専門誌「英国王立協会紀要(Proceedings of the Royal Society B)」で発表された。」という内容が放映されていたと教えてもらいました。この内容は、私が最近興味を持っていて、ブログで取り上げているものです。

研究チームはコンピューターを用い、社会生活における困難な状況に応じて神経回路網を発達させる人間の脳についてのシミュレーション実験を行いました。こんな実験内容です。用意されたシナリオは2種類。1つは、共謀して犯罪を犯した2人が別々に警察に逮捕され、仲間の共犯者について自白するか否かを迫られるというシナリオ。もう1つは、雪道を運転していて吹き溜まりに突っ込み車内に閉じ込められた2人が、互いに協力して雪から車を掘り出すか、それとも自分は車内にとどまり、相手に雪を掘らせるかというものです。どちらのシナリオでも、利己的な選択をしたほうが自分の得になります。この実験では、「脳が発達するほど他者との協力を選択する」という結果が導き出されたそうです。
「ヒト科の祖先と比べ、なぜ現生人類ホモ・サピエンスの脳は大きくなったのか」という疑問は長らく、科学者らの間で謎のままだったのですが、最近は、徐々に解明され始めています。それを最近のブログで紹介しているのですが、この研究チームによる論文でも、その理由は社会的交流に隠されていたという結果が出ています。このチームでは、「生き残るために欠かせないのが他者との協力。そこで、多様で複雑な“社会”に対処していくためには脳を発達させる必要があった」とみています。

この論文の共著者であるアイルランドのダブリン大学トリニティカレッジのルーク・マクナリー氏は、AFPの取材に「グループ内において他人同士が協力することは良くあるが、これには認識力が要求される。誰が自分に対して何をしていて、それにどのように対応すべきか常に頭を働かせておく必要があるからだ」と語っています。同時に、グループ作業では、相互関係を計算する必要もあるので、「もしも共同作業で私がずるをしたら、あなたはその次の時には、『あいつはこないだずるをしたから、もう協力しないぞ』と考えるだろう。つまり、基本的に今後も相手の協力を得たければ、自分も協力せざるを得ないということだ」と指摘しています。さらに、チームワークと脳の力は相乗効果で高めあう関係にあり、より協力的な社会へ移行するにつれ、複雑多様な社会が脳の発達が促進されていったのではないかと推測しています。そして、「一度、知性が高レベルで発達を始めると、協力行為もより高いレベルで進歩する」と話しています。

「競争」から「協力」への移行は、脳の知性が高レベルに移行したことにあるようです。