負けまい

 日本では、文部科学省が告示する幼稚園における教育課程の基準として「幼稚園教育要領」が示されています。その最初には、第1章 総則として最初に「幼稚園教育の基本」が書かれてあります。一方、厚生労働省が告示する保育所における保育の内容に関する事項及びこれに関する運営に関する事項を定めた「保育所保育指針」があります。その最初には、第一章 総則として保育所の目的などが書かれ、1として「保育の原理」が書かれてあります。それに対して、ドイツバイエルン州で出された「陶冶プログラム」では、先ず、子どもが置かれている現状や、時代背景などからはじめています。それは、保育とは、その時代に求められる子どもの力や、その時代における課題、また、その国の風土や歴史にも関係してくるからです。

「PISAから見る、できる国・がんばる国」という報告書に中でも、日本の教育事情を説明する章では、まず、「日本の教育システム:歴史的、社会的文脈」という節からはじめています。これは、とても重要な視点で、どうして日本が教育に力を注いでいるのか。そして、高いレベルを保っているかということに、歴史的、文化的に考察しているのです。そこに書かれてあることは、私たちはもう一度見直さなければならない視点があります。
「困難な環境での長い歴史は、日本の文化に多大な影響を与えてきた。例えば、人々は生き抜くための集団的な仕組みとして、非常に強い協力関係を発展させてきた。社会は早くから、天然資源が乏しいゆえに、成功への最良の道は人的資本の発展を通してであるということに気づいていた。その結果、一方で教育と技能に、他方で集団と社会関係に高い価値を置く文化が生まれたのである。」

ヒト族の中で、協力することで生き延びてきたのは、私たちの先祖である「ホモサピエンス」なのです。現在、4週連続してNHKで放映されている「ヒューマン、なぜ人間になれたのか」という番組では、「人間は、協力し合うことで生き延びてきた生き物」であるということが、最近の研究でわかってきたことのようです。そして、その力は、日本人は、強く持っているようです。それを、教育システムに取り入れた結果、高い学力を持ってきたと分析しています。

報告書では、先ず、歴史的要因がどのようにして日本の教育哲学を形成していったかを概観しています。それは、武士の文化であった江戸時代前後の考察から始めています。その時代出る250年以上の平和であり、ほとんど外部の世界から隔離されていたために、日本は豊かな文化を繁栄させ、それを享受してきました。そして、1850年まで、技術や金融ではヨーロッパに遅れをとっていたとはいえ、少なくとも4分の1の日本人が読み書きができ、その点ではヨーロッパとほぼ同じであったと書かれてあります。しかし、幕末に向かって、日本政府は、構造汚職や無能さに悩まされ、ついに幕府は倒され、天皇が君主に復活したと書かれてあります。

明治維新後の日本の教育分野での動きの分析はとても面白いものです。日本は、明治になり、西欧の文化に触れ、教育、科学技術の面で西洋に対抗し、軍隊を最新のものにすることを時の政府が決めました。その合意の下、あらゆる分野の指導者は新世界秩序の中で生き残るために国を近代化することに決めたのです。そして、教育のアイディアを西洋に探し求めたのです。江戸時代までの日本における教育のすばらしさを捨てて、科学技術の発展のために、富国強兵のために、西欧に負けまいとする競争が原動力になっていくのです。

この競争相手と自分を比較し続けていることが、今日でも日本人が教育面で大成功を収めている最も重要な理由の一つだと報告書では分析しています。

優秀な日本

 OECD生徒の学習到達度調査、いわゆるPISAと呼ばれる調査は、各国の期無教育終了段階の15歳児がそれぞれ持っている知識や経験をもとに、自らの将来の生活に関係する課題を積極的に考え、知識や技能を活用する能力を、どの程度身に付けているかを測定することを目的とする国際学力調査です。この調査は、「読解力」「数学的リテラシー」「科学的リテラシー」の3分野を対象に実施されています。この結果が、各国の教育に対する取り組みにかなり影響を及ぼしています。

 日本でも、この結果を受けて、「総合的学習」と「ゆとり教育」の見直しが行われ、子どもたちや先生は大変のようです。また、その見直しを含め、日本における教育の荒廃や、目指そうとする方向、理念など危惧するところが多くあります。日本は、江戸時代における教育は世界の中では特別に秀でており、識字率、就学率共に非常に高い数値を持っていました。それは、教育が一部の階層だけの特権ではなく、あらゆる層の人たちまでも、楽しんで学んでいました。それに対して、現在の日本の教育を嘆かわしく思う人が多くいます。しかし、日本における教育は、今なお、世界の中では秀でており、各国への影響がかなりあります。今の日本のおける教育のどんなところが外国から見ると評価されている部分か、また、日本の教育のどの部分を教訓として学ぼうとしているかを見ることによって、逆に日本の教育を見直すことができるのかもしれません。ただし、その評価が正しいかはわかりませんが、自分では見えない部分が見えてくるかもしれません。

 アメリカは、現在、さまざまな教育課題に直面しています。そこで、PISA調査の結果から見てアメリカの教育の現状はどう評価できるのか、何を学べるかということで、「PISAから見る、できる国・がんばる国」という報告書を作成しました。そこでは、先ず1章で2009年調査の特徴と概要について記述し、2?10章では、各国編で、「アメリカ」「カナダ・オンタリオ州」「上海と香港」「フィンランド」「シンガポール」「ブラジル」「ドイツ」「イギリスとポーランド」と一緒に「日本」も取り上げられています。

 先ず、日本が国際的順位のトップか、その近くに居続けていることに対して、他の国は日本の経験から何を学べるのかをまとめてリードに書かれてあります。この内容は、日本人から見ると、首を傾げたくなるような評価ですが、アメリカなどからの分析によると、そのような天が評価されているようです。

 「日本の教育システムは、子どもへの深い関与を基礎にしており、それは具体的で、永続的な試みである。また、日本の成功は、第1級の教師、家庭での子どもに対する家族の最高のサポート、人的および財政的資源を教授に集中させたこと、生徒が難しい科目を履修し、学校で懸命に勉強するように教育制度が与える強い動機付けに起因すると考えられている。日本における学校カリキュラムは、深い概念的理解を育てるという明確な目的があり、非常に理路整然としており、注意深く主要なテーマに特化している。」

 確かに、アメリカなどのように、とてつもない格差、ある層における暴力、貧困は、実感として総国民中流意識を持っている日本人から見ると、想像できないかもしれませんし、他の国から見ると、日本の教育は、国民隅々まで教育されているすばらしい取り組みに見えるかもしれません。たとえば、私たちは意識していないのですが、「日本における新聞記事は、ごく普通に、読者が精巧な統計表や高度な技術的、科学的話題を理解できることを前提としている」ということですら、アメリカから見ると驚異的なようです。

 外国が、何を日本から学ぼうとしているかを見ることによって、幼児教育の課題を考えることも必要な貴がします。

声の育ち

 以前、ことばの獲得についてのブログで、理化学研究所の岡ノ谷一夫さんの研究を取り上げましたが、彼が言葉と歌について、彼の著書「言葉はなぜ生まれたのか」のなかで面白い仮説を展開しています。それは、「人は歌うサルだった?」と言う章です。

 インドネシア・ボルネオ島の熱帯雨林に住むミュラーテナガザルのオスは、大きな声でうたうように鳴くことで知られ、別名「歌うサル」とも呼ばれているそうです。しかし、このサルは「ワ」「オ」という二種類のエレメントしか出せないのですが、この二種類の音を組み合わせ、並び替えることによって歌うとされています。「ワオーオオオワオー」などと聞こえる鳴き声を数キロ四方に、1時間以上も歌い続けることもあるそうです。それは、おもに縄張りを守るためや群れの結束のためだと言われています。すなわち、「警戒」「仲間(隣人)への呼びかけ」「家族内の呼びかけ」「自己アピール」「強い威嚇」の意味があることが知られています。

 岡ノ谷さんは、このミュラーテナガザルが状況によってエレメントの並べ方が異なる歌を歌い分けているように、人間の祖先も状況に応じて歌を歌っていたと考えています。たとえば、ある者が、「今日はみんなでマンモスを狩りに行こう」という意味の歌を歌います。別の者は、「あっちの草原でシマウマを狩ろう」という歌を歌ったとします。すると、お互いの歌を歌っているうちに、二つの歌の中の重なり合う部分が切り出され、このかたまりに「狩をしよう」という意味がついたのではないかと考えました。また、「今日はみんなでマンモスを狩りに行こう」「マンモスを食べよう」と言った二つの歌の共通部分から「マンモス」という単語が生まれたのではないかと言うのです。当然、これには長い年月を要したでしょうが、次第に単語がつくられていったのではないかと言っています。

 赤ちゃんは、さまざまな声の出し方で実に多彩な表現をしています。もちろん、生まれたばかりの赤ちゃんの音域は限られていますし、声の大きさにも限度があります。しかし、その声は豊かな表情を持っています。この声の発達は、普段の子どもの表現の中にあり、それは歌うことにつながっていると静岡大学の准教授である志民一成氏は考えています。そのような研究の中で子どもが歌うことに対して、保育者がどういう考えを持って臨んでいるかが気になるといいます。

 「幼稚園、保育園で子どもたちが歌っている場面を見ると、子どもたちが元気に歌うのはごく自然な姿なのですが、それに対して保育者が「元気に歌えたね」「大きな声が出たね」と、どなったり、がなったりして歌うことを助長するようなことばがけが少なくないように思います。一方、幼児に児童合唱団のような発声で歌うことを求めたり、わらべうたのような音域が限定されるものしか歌わせるべきではないと主張したりする方もいるようです。」と、現場に対して危惧しています。それは、なぜ、子どもたちに歌わせるとか、歌うことによって、どんな力をつけようとしているかがわからないからでしょう。

 子どもががなって歌っているとき、一見して楽しく元気に歌っているように思えますし、子どもたちは、気持ちを発散させているかもしれませんが、志民氏は、子どもは歌って心地よいか、心から楽しんでいるのかは疑問だといいます。赤ちゃんは、生まれてまもなく、母親の声の高さに合わせてて声を出すことが知られています。子どもはそういう能力を生得的に持っているのだと考えると、自分から、上手に、心地よく歌いたいという欲求を本能的に持っているのだと志民氏は考えているようです。

 この、上手に、心地よく歌うというのは、決して音程正しく、美しい声でというのではなく、声の表情の幅を持っているということだというのです。ですから、ただ、「元気に、大きな声で歌えた」というだけの成果で終わらずに、保育の中で、子どもたちの中で何が育っているのかを見取る視点や、感じ取る感性が必要になり、子どもたちの生活や遊びの中での表現の育ちを見通した援助が必要になってくるのです。

ことばとうた

 外国人に日本語を教えるときに「リズムに気をつける」という項目が挙げられます。人が聞き取りやすい話し方の要素には、「言葉のリズム」があるのです。ためしに、リズムを無視し、棒読みでずっと話してみたらわかりますが、内容が聞き取りにくくなります。このリズムの中で、先ず大切なのは、「間の取り方」です。長い内容のものをワンブレスで話すと、聞いている人は内容が混乱してしまうことがあります。ですから、文章は基本的に長いものより短いものを繋げていくほうが安心して内容を聞ける野ですが、もし、長い話をしなくてはいけないときは、間を挟んで話すようにします。もし、間を挟むことができないような内容のときには、長さに強弱をつけると聞き取りやすくなります。美しい会話をするときには、会話のリズムが単調にならないようにすることが大切であると教わります。

 また、本を子どもたちに読み聞かせるときにも、読み方にリズムをつけることで子どもたちに集中させることができます。また、内容も「大きなかぶ」のように、リズムのある繰り返し言葉があるものが喜びます。「うんとこしょ、どっこいしょ、うんとこしょ、どっこいしょ」また、子どもたちの掛け声は、あるリズムを持っています。そのリズムが、気持ちを高揚させたり、行動しようとする気持ちを刺激したりするのです。

 乳幼児期の「ことば」と「うた」について研究している甲南女子大学准教授の坂井康子氏は赤ちゃんの言葉についてこのように書いています。「赤ちゃんは、周囲の言葉や歌をまねるだけではなく、ことばやうたを創造する力を持っています。ごく自然にことばをリズミカルに表現して遊ぶ赤ちゃん。ごく自然に唱えごとを言ったり、即興的に“つくりうた”をつくる子ども。ことばそれ自体が遊びになっているようです。人がことばを引きのばしたりする自然な表現拡大には法則があり、またことばを歌おうとするときには、もとのことばとうたとなったことばの間に一定の法則が存在します。」

 坂井氏は、この赤ちゃんが即興的につくる「つくりうたの特徴について研究しています。それは、子どもたちが歌う「わらべうた」のメロディーにいろいろなバリエーションがあり、それは、その地域の方言の特徴を反映しているために、「うた」と「ことば」の関係に興味を持ったからだといっています。100年位前まで、赤ちゃんは家族の歌ってくれる子守唄やきょうだいの歌うわらべうたなどを聞いて育ちました。これらのうたは、ことばをうたにする法則があるのです。それに対して、いくら子どものためにと言っても、作曲された曲には、「共通語に則っている歌が多い」「五線譜に記譜されている」「変えて歌ってはいけない」などの点でつくりうたやわらべうたとは大きく異なっていると指摘しています。

 赤ちゃんに限らず、子どもはよく自分で作ったメロディーで歌を口ずさんでいることがあります。大人で言うと鼻歌に近いかもしれませんが、子どものうたには、歌詞がついているのです。というよりも、ことばに曲をつけているというか、ことばにメロディーをつけて歌っていることが多いのです。また、思いや伝える意志の有る無しによって、声はまったく違ってきます。それは、声の大きさ、高低、間の取り方、早さ、ことばの延ばし方であったりします。坂井氏はこのような思いを伝えています。「小さいときから自分のことばで話し、歌い、自分のほんとうの思いを表現することができるようになって欲しい」

 歌を歌うのは、歌手になるためではなく、ことば同様、自分の気持ちを素直に表現する手段でもあるのです。

龍めぐり

 私は、ブログの名前が「臥竜塾」と言うことと、四神の中のひつとであり、東を守ってくれる「青龍」にちなんで、園の4階は、龍を中心とした装飾がされています。龍は、天から恵みの雨を降らせ、豊作をもたらし、家運を隆盛させるといわれています。そんなこともあり、龍のさまざまな色紙や装飾を集めているのですが、集めるのには、今年はチャンスです。それは、今年が辰年ということで龍に関するものが多いからです。龍の色紙はもちろん、龍の暖簾や手ぬぐい、カレンダー、置物などです。

  そのような龍に関する企画の中で、京都では現在、「第46回 京の冬の旅 非公開文化財特別公開」ということで、このような企画内容です。「普段は見学できない庭園、建築、襖絵、仏像―。大河ドラマ「平清盛」放映記念として清盛ゆかりの地や、平成24年の干支「辰」にちなみ「龍」に会える寺院の文化財など、様々なジャンルから選りすぐられた文化財の数々が期間限定で特別公開されます。」昨日、ちょうど京都に行く機会があったので、龍図を見て歩きました。
  この企画の中で公開されているのは、京都五山第二位に列せられる名刹である臨済宗相国寺派の大本山である相国寺です。公開期間は、平成24年1月11日(水)〜3月18日(日)で、公開されているのは、法堂という重文に指定されている日本最古の法堂建築で、1605年に再建された物が今に伝わっています。室町幕府三代将軍の足利義満により創建されました。そこの天井には、狩野光信筆になる堂内で手を打つ反響音が龍の鳴き声のように聞こえ、通称「鳴き龍」として知られる天井画「蟠龍図」があります。易経をブログで取り上げたときに、さまざまな時期における龍を紹介しましたが、ここの龍は、「飛ぼうか、どうしようかと迷っている龍」だそうです。「蟠」の訓読みは、「わだかまり」と読みますが、「心のモヤモヤ」している様をいいます。ここで、説明を聞いたのですが、別名「八方にらみの龍」とも呼ばれ、法堂内をめぐりながら龍を眺めると、どこに行っても自分のほうを見ているように見えます。正面からは、こちらをにらみつけるような顔に見え、裏に回るにつれて、こちらを信じ、穏やかな顔に見えてきます。ほかにも、相国寺には、開山・夢窓国師像、開基・足利義満像、円山応挙筆杉戸絵などがある夢窓疎石を開山としている「開山堂」も公開されています。ここの庭は、江戸時代中期の枯山水庭園「龍淵水の庭」と言い、枯山水庭園でありながら奥には苔むした庭が広がり、そこを流れる川は、あたかも龍が身をくねらせているようで「龍淵水の庭」と名づけられています。
 建仁寺にも行ったのですが、ここは建仁2年(1202年)に建立されているので「建仁寺」と名づけられ、将軍源頼家が寺域を寄進し栄西禅師を開山として宋国百丈山を模して建立されています。 この寺は、俵屋宗達作の国宝「風神雷神図」の屏風があることで有名ですが、ここの仏殿は、法堂とかねており、その天井には、平成14年(2002年)創建800年を記念して、小泉淳作による「双龍の絵」が描かれています。小泉は、約2年の歳月をかけて描いており、108畳の広さに描かれています。ほかにも桃山時代の画壇の巨匠である海北友松の描いた襖絵「竹林七賢図」・「雲龍図」・「花鳥図」等が文化財として保存されています。
 
  今回は、「蟠龍」「龍淵水」「雲龍」「双龍」というさまざまな龍を見ることができました。

音楽と言う環境

 1990年代に脳のニューロン・シナプスは生後数年がその量においてピークで、生涯において徐々に減ってきていることがわかりました。そこで、成長の中で何を残し、何を減らしていくのかが育児の課題になりました。数年前にNHKテレビを始めとして、はじめに赤ちゃんが持っている能力について取り上げていました。その中では、たとえば英語の発音でLとRの区別を赤ちゃんは明確にできると言われています。また、サルの顔の区別も、人間の顔の区別と同じくらいできていることも取り上げられていました。人は、成長していく中で、どのような能力が生きていくうえで必要なのか、何は整理する必要があるかを選択していきます。

 最近の研究で、新生児が大人にかなわないような音楽の認識能力や感受性を持って生まれてくることがわかってきました。しかし、成長とともにその認識能力や感受能力の何が育っていき、何が消えていくかは、現在はわかっていないようです。また、そのような能力をいいとして残すことはできるのでしょうか。また、その能力を伸ばすことはできるのでしょうか。ただ、そのときに勘違いするのは、その能力を大人になるまで残している人のことです。たしかに、その能力を残すことはできるような気がします。しかし、他の分野でもそうですが、その人たちはいわゆる天才と言われる人たちで、生まれつきそのような部分が残るような、ある意味で発達の大きな偏りのある人であることも最近の研究ではわかっています。だれでも、訓練すれば、また、仕込めばそうなるわけではないのです。

 では、多くの子どもたちに対して、乳幼児の「保育」のなかでは「音楽」はどのような役目を持つのでしょうか。埼玉大学教育学部教授である志村洋子氏は、保育指針の中での「表現」領域に設定すべき音楽活動について、間違った認識を指摘します。それは、新生児期、乳児期から情操を豊かに成長させたいと、生まれてすぐから音楽環境をよりよいものにと考える親が多くなり、「赤ちゃんの脳によい」と願って、CDやDVDを聞かせたり見せたりする家庭が多くなっていることを危惧しているからです。それを受けて、保育所や幼稚園への保護者からの期待が大きく、保育の中で音楽を使って遊ぶだけでなく、脳科学的な装いをした音楽教育や音楽のあるひとつの要素に特化した技能訓練を取り入れるなど、実に多岐にわたってきていることも心配です。このような現状は、音楽教育を専門にしているものにとっては、驚くような光景のようです。

 たとえば、こんな例を志村氏は挙げています。「子どもの音楽教育というと“音”が正しく聞き分けられるかどうかなど、はっきり評価しやすいことに走りがちです。“何々ができるようになった”とか“何々はまだできない”と子どもの姿に一喜一憂してしまいがちしてしまいます。ドミソの和音が聞こえたら“立ちましょう”とか、ある曲が流れてきたら“さあ!みんな一緒に歩こうね”など、また、午睡の時には決まって流れてくる曲があるなどなど」これらの例は、わりと良く見られるかもしれません。最後に、志村さんは、こう、提案します。

「音楽は人の気持ちを生き生きさせ、生活に元気を与えてくれるすばらしい力を持っています。その音楽が持つ力を受け止める基盤を、日々の保育が作っていることに先ず気づくことが、この現代に生きる赤ちゃんにとって重要なことなのです。」では、どんなことができるのかと言うと、「赤ちゃんが音楽的な楽しみを十分受け入れてゆくためにの環境を用意すること、それは音楽や音を自由に聴け、聴きたくないときには聴かなくてもよい環境づくりを心がけることです。赤ちゃんが音楽と、楽しみながら関われる豊かな環境を保障することになると考えます。」

 音楽も、子どもにとっては環境であり、その環境に子ども自ら働きかけることが必要なようです。

音楽表現

 東京学芸大学大学院連合学校教育学研究科の山根直人氏は、「赤ちゃん学カフェ2」という雑誌の中で、「乳児の音楽性」について最近の研究を紹介しています。

赤ちゃんは、お父さんやお母さんが語りかけるように歌って聞かせるのを好むように、保育園でも、自然な歌いかけを赤ちゃんは求めています。同時に、何か身近なものをたたいたり、触れたりして音楽を創り出したりす身近な音そのものも求めているようです。私の園で、男性保育者がギターを弾いて歌を歌ったり、ギターの箱の部分をたたいてリズムを取ったりしているのを子ども達は喜びます。それは、ピアノを伴奏に朗々と歌うのと違って、語りかけるような音楽だからかもしれません。

 一時、赤ちゃんのころからの早期教育として「絶対音感」の存在が取り上げられてことがありましたが、最近の研究では、赤ちゃんは一つひとつの音の大きさや高さを聞いているのではなく、もっと高度に音楽を聴いていることが示されてきました。それは、音楽の音をただの音の連続して聞いているのではなく、楽曲や旋律として聞いていることがわかったのです。たとえば、絶対音感として音を捉えるのではなく、子守唄では低い音域で歌われた楽曲に選好性を示し、遊び歌の場合には高い音域で歌われた楽曲に選好性を示すことが報告されています。

 では、音楽を聴くという能力だけでなく、自ら音楽を作り出すという、歌ったり、演奏したりすることはどのように発達するのでしょうか。この能力も、最近の研究では、かなり早い時期から赤ちゃんは非常に高度で多様な音楽的表現をするようです。まず、生まれてしばらくした赤ちゃんは、自分の声でいろいろな表現をするようになります。その声の中に、音楽的な喃語が存在することが報告されています。しかし、この喃語を発するためには、何かの音楽的刺激に対して積極的に関わろうとする意志の反応として現れるようです。

そして、次第に歌とことばに分かれてきます。そのときの歌唱表現には、大きな個人差を持ちながら、さまざまな特徴を持ち、一様の発達ではなく発展していきます。そこには、幼児独特の世界があるのではないかと山根氏は発表しています。大人が、子どもたちに正しい音程や音高で歌わせようとする指導を保育者はすることがありますが、それは、大人の基準であり、幼児は幼児なりの一定のルールの中で歌い、自分の出した声を基準にして、聞いて覚えた歌の音程も正しく歌っていることを明らかにしています。そんなときに、大人から、子どもが自分の「正しさ」を否定されることによって、音楽が嫌いになってしまうのではないかと警告しています。

そして、最後に山根氏は、こう提案します。「音楽は赤ちゃんや子どもにとってはとても身近なもので、生活の一部であって、遊びであって、自己の表現手段でもあるわけです。したがって、赤ちゃんや子どもが音楽を楽しみ、より音楽に親密になっていけるように援助するためには、教師や保育者の視点からではなく、赤ちゃんや子どものありのままの表現を理解し、受け止める姿勢が必要だといえるでしょう。」

先ず、子どもの姿、心があり、そこに自然と働きかけることが重要で、その気持ちは、大人にとっても、何かを教えよという意図があるものではなく、子どもを楽しませたいと思う素直なものであるべきでしょう。

旭川

 今週はじめの月曜日から今日までさっぽろ雪祭りが開催されています。大きな雪像は、毎日、テレビで放映されていますが、この雪まつりは、1950年に、地元の中・高校生が6つの雪像を大通公園に設置したことを きっかけに始まったそうです。寒い地域では、冬の楽しみにいろいろと考えるものです。同じ北海道の旭川でも、札幌で柱高校生が雪像を作った4年前の1946年、当時旭川警察署では交通安全のため道路の除雪を奨励しましたが、たくさんの雪の山の処理に困っていました。その時、当時の観光協会会長佐藤門治が郷土出身の彫刻家 加藤 顕清氏の助言を得て、雪像を芸術化することに気づき、これを提案したのが旭川冬まつりの発祥といわれています。そして、途中中止されていたのを1959年、秋に祭りをやろうとの声が上がり、翌年2月に現在の冬まつりのスタートである「第1回旭川冬まつり」が開催されています。

昨日、たまたま旭川で研修会があったのでその前日この「旭川冬まつり」に行ってきました。この冬まつりは「雪と氷とあかりの祭典」としてギネスにも認定されているそうですが、大きく二種類の企画があります。それは、世界最大の雪像と氷彫刻世界大会の作品です。氷彫刻世界大会は、氷彫刻の大会としては、日本国内で唯一実施される公式国際大会だそうで、夜はそれぞれの彫刻像がライトアップされ、昼間と夜に見に行ったのですが、買物公園会場は幻想的な世界でした。
雪像会場では、タカラトミーとの協力により、トランスフォーマーがテーマです。そこで、今年の大雪像は、「トランスフォーマー」に登場するメインキャラクター“オプティマスプライム”で、その上から大滑り台が創られていました。この「トランスフォーマー」は、もともとは株式会社タカラが「ミクロマン」や「ダイアクロン」などの変形合体玩具を“同一の世界観をもったもの”として再編成した、“日本の玩具発”コンテンツで、それを映画界の巨匠スティーブン・スピルバーグ氏が絶賛し、映画にもなりました。その映画のパート3を私はドイツに行く飛行機の中で見たのですが、正直、内容は意味がわかりませんでしたが、「ロボットが身の回りにある、ありとあらゆる物体に自由自在に変形し、潜んでいる」という唯一無二のコンセプトや、自由自在に変形することができる超ロボット生命体が宇宙を舞台に戦う壮大なストーリーは、世界130以上の国と地域で人気があるようです。
旭川といえば、もう一つ、旭川ラーメンが在ります。札幌ラーメンの味噌、函館ラーメンの塩、それに対して旭川ラーメンは「醤油ラーメン」が基本です。旭川市ではかつて養豚業が盛んで、廃材となる豚の骨を活用する為に豚骨スープが考え出されたのですが、豚骨特有の強い臭みを消し、なおかつ風味を加えるための工夫として煮干や昆布類を併用するようになったそうで、このダブルスープで独特のコクを生み出しているのが人気があります。この旭川ラーメンの直接的な原点となったのは、戦後間もない1947年(昭和22年)にラーメン専門店として創業し、現在まで続いている蜂屋と、同じ年に屋台から始められた青葉の2店ですが、この蜂屋でラーメンを食しました。このラーメンは、スープともう一つポイントがあります。旭川の冬はとても寒く、その冬に体を温め、スープに甘み・まろみを与えると同時に、表面に膜を張り、熱を閉じ込める「ラード」が加えられています。Wスープとラードが旭川ラーメンの特徴です。そのなかに中太の縮れ麺、麺は加水率の低さが特徴です。
 私が食べた「蜂屋」は、もともとは、ハチミツを使ったアイスクリームやうどんも出す店だったようですが、やがて評判となったラーメン一本で勝負することにしたそうで、屋号はこの蜂蜜からとってあるそうです。

音楽との出会い

昨年、1歳児クラスを担任していた男性職員が、ギターを伴奏に歌を歌っていました。そのとき、子どもたちがあまり乗っていない様子でしたので、歌の最後のところを大きく音程を外して歌ったところ、子どもたちは大喜びでした。それは、すでに音程の正しさを知っているということでしょう。しかし、近くにいた女性の保育士さんは、「歌というものは、音程を正しく歌うものよ!」と注意したそうです。これは、どう考えればいいのでしょうか。しかし、私は自分のことを考えると、小学校に入っても音程ということが判らなかった気がします。高い音は女性の音で、低い音は男性の声ぐらいしか認識がなかった期がするのですが、今の子は、日常音楽に触れているせいか、早いうちから音程というものがわかっているようです。

しかし、「音楽」とは、何でしょうか。ある年の赤ちゃん学会のラウンドテーブルで、「音楽」が取り上げられていたことがありました。それは、例えば「保育」の場では、赤ちゃんであっても保育者が歌いかける際には「元気よく」「正しいメロディ」で歌うことを求められることが多く、語りかけるように「歌いかける」というような、歌がもたらす本質を伝えようとする姿を見ることは少ないのですが、保育の中でこそ、目前の赤ちゃんひとりがどのように音楽を味わい、またさらに表出する力を持っているのかを、充分に知る視点を持つことが必要なのではないだろうかということが提案されていました。
「赤ちゃんはどんな音楽を求めているのでしょう?」「赤ちゃんと音楽にはどんなかかわりがあるのでしょう?」「赤ちゃんが音楽を楽しむために、私たちは何をしてあげられるのでしょう?」そのために、まず保育者が音楽を楽しみ、保育者の中の音楽を磨き、保育者にとっての音楽とは何かを先ず問いかけることが必要ではないかということを提案しています。

人間の赤ちゃんは、静かな環境に比べ、子守唄や遊び歌などの音楽に愛好性を示しますが、人間以外の動物の中には、訓練しだいで音楽的な刺激の弁別ができるものもいますが、概ね、音楽よりも静けさを好むことがわかっています。人間の赤ちゃんや子どもは音楽が好きで生まれながらの素質は持っていますが、その音楽とはどういうものを好むのでしょう。実は、赤ちゃんは、オーケストラとか、吹奏楽などという大掛かりな音楽を好むというより、もっと身近な音楽から親しみます。

多くのお父さんやお母さんが、まだことばを話すことができない赤ちゃんに語りかけるように歌いかけます。その歌は、親は、子どもの反応を見ながら、赤ちゃん向けにテンポやリズム、旋律を変えています。それを「対乳児歌唱」というそうですが、この存在は、多くの文化で認められているそうです。さらに、子どもが成長するにつれて、この歌いかけるというスタイルを、子どもと一緒に歌いやすいように変化するといわれています。赤ちゃんや子どもにとっては、このお父さんやお母さんが歌いかけや一緒に歌ったりする活動は、大人が普通に歌った歌よりもひきつけられることが知られているそうです。

私は、わが子が小さかったころは、一緒に風呂に入っていましたが、そのときに必ず歌を歌いながら、また、その歌にあわせて足を湯船から出したり引っ込めたりしたのをとても喜んだという経験があります。そして、次第に一緒に歌うようになりました。ですから、そのころはやった流行歌は記憶の中からそっくり抜けていて、逆にNHK「お母さんといっしょ」や「みんなのうた」で歌われた歌や、「ポンキッキ」で歌われて歌はほとんど今でも歌うことができます。そのころの思い出は、わが子が歌を楽しんでいたというよりも、私が歌を楽しんでいたのかもしれませんが、それが、まさに赤ちゃんや子どもに心地よい音楽だったのかもしれませんね。

乳児と旋律

幼児の情緒の分化の中で、人は生まれてすぐは興奮という感覚のみがあり、乳児期に快と不快に分化します。どんなときに「快」を感じ、どんなときに「不快」と感じるかというと、たとえば、お腹がすいた、暑い、眠い、オムツが濡れたなど、赤ちゃんが泣く場合の多くは不快を感じていることがあります。では、どんなときに「快」と感じるのでしょうか。この「快」を感じさせることは、五感を刺激し、その後の生活に影響してくる経験になります。赤ちゃんが好む味、手触り、視覚的にあやされること、いい香り、そして、心地よい音などがあるでしょう。そのときに、音ではなく、音楽に対して赤ちゃんは版の刷るのでしょうか。音楽は多くの場合、一つの音がなるということではなく、いくつかの音が組み合わさっています。その複数の音が、あるリズムを刻み、メロディーを奏でます。
音の組み合わせとしては、協和音程、不協和音程がありますが、4ヶ月の乳児でも協和、不協和の違いに気づくことが確認されているそうです。協和音の響きは心地よく、不協和音は不快な印象をもたらし、乳児は初期から響きの快、不快に敏感だといわれています。その好みは、大人になってもさほど変わらないそうです。また、5ヶ月以上の乳児が、華やかな変化のある歌をそうでないタイプよりも好むことも示されています。

二藤宏美さんは「乳児の旋律聴取研究」という中で、乳児が、旋律を聞き取っているのかというレポートを発表しています。そこでは、海外の研究者の研究が紹介されています。旋律を聞き取るためには、旋律と伴奏の拍子の組み合わせの違いに気づくことが必要ですが、乳児は、この違いにも気づいていることはわかっているようです。たとえば、シューベルトの短いピアノ曲を使って、モチーフの変奏の複雑をカテゴリー化したモデルを作り、乳児の弁別を調べ順列化した。その結果、6?1 0ヶ月児はモデルと同じカテゴライズを行う可能性が示唆されたという報告があります。また、音楽には流れがあり、会話でいうところの句読点や読点にあたる切れ目、つまりフレーズをもつのですが、会話音声のフレーズの自然さに気づくよりも早い4ヶ月という時期に、音楽のフレーズの自然な切れ目に気づくことも報告されています。そして、長調、短調の情緒性に 幼児や児童は成人なみに気づくと報告されているのですが、乳児ではそれは無理のようです。そして、6ヶ月児は旋律の絶対的な音高やテンポは記憶できませんが、旋律型や音色は覚えているという報告もされているようです。

これらの報告から、二藤さんは、「乳児は洗練された音楽鑑賞者である」と見ています。赤ちゃんは、音のするほうに顔を向けるということはよく言いますが、この音というのは、もっと複雑なようです。身の回りの多くの音は、いろいろな音が混ざり合って存在しているのです。人は、特定の人の話に耳を傾けたり、あるいは音楽を楽しんだり、人や車の接近に気づいたり、実にさまざまの音の情報を選択し、必要な情報を獲得することができるのです。それもごく自然に特に努力や苦心をせずに種々の音を聞き分けることができるのです。こんな簡単な、私たちからすればごく自然なことであっても、かなり高度な情報処理プロセスを伴い、決して簡単なことではないのです。

 その複雑な情報処理を、赤ちゃんもすでに行っているようです。例えば親が歌いかける行動は、赤ちゃんの成長に応じて変化し、こうした歌いかけを赤ちゃんはとりわけ好むことが明らかになっています。また、リズムについては成人より鋭敏にそのパタン聞き分ける可能性も示されている。これらの成果は、赤ちゃんが音楽や歌に内包されているさまざまな「感情性」に気づく力を持ち、音楽や歌を楽しみながら自らの表現力をも育んでいることが予想できます。

では、保育の場で保育者はどのように赤ちゃんと音楽や歌とのかかわりを創ってい毛羽いいのでしょうか。