終末期

  先日、大きな病院の院長先生である高校のときの同級生からメールをいただきました。その内容は、「現在、私が高校の1年後輩の外科医と担当する緩和ケア病棟で過ごされる人たちの中に、明らかに他人との関係を上手に構築できずに育ったと思われる人が増加しているような気がします。また最期が近くなり、自分がそれまで過ごした家族や社会(仕事)と切り離されてしまっていると感じる方は非常に多く、スピリチュアルペインから譫妄に入っていく方もいらっしゃいます。」そして、私の園での仕事に対して「幼児期の発育により、他人と共感できる豊かな心を持つ人を育てる素晴らしいお仕事と感じました。」ということばも添えられていました。

  わが国におけるがん死亡は増加の一途をたどっています。そのような現状を受け、がんに関する初めての法律として「がん対策基本法」が平成19年4月1日から施行されました。この法律も目的は、「がん対策の一層の充実を図るため、がん対策に関し、基本理念を定め、国、地方公共団体、医療保険者、国民及び医師等の責務を明らかにし、並びにがん対策の推進に関する計画の策定について定めるとともに、がん対策の基本となる事項を定めることにより、がん対策を総合的かつ計画的に推進すること」とされています。このようは現状の中で、がん医療の一部である「緩和ケア」の重要性が高まってきています。現在、緩和ケアは「治癒不可能な状態にある患者および家族」を対象とするという従来の定義が見直され、「生命を脅かす疾患に伴う問題に直面している患者とその家族」に「疾患の早期から」関わることが求められています。つまり、これからの緩和ケアは、対象の予後に関わらず、対象に苦痛がある限り積極的な治療の時期でも実施されなければならないとしています。

 また、終末期患者の人生の意味や罪悪感、死への恐れなど死生観に対する悩みに伴う苦痛である「スピリチュアルペイン」があります。2009年11月の朝日新聞の朝刊に、このスピリチュアルペインについての特集が組まれていました。「スピリチュアルペインは、「私の人生は何だったのか」「生きている意味はあるのか」と思い詰めることで、「魂の痛み」とも訳される。世界保健機関は、肉体的(フィジカル)、精神的(メンタル)、社会的(ソーシャル)の三つの面から健康を定義してきた。しかし、近年、人間の尊厳などを視野に霊的(スピリチュアル)を加えた議論を始めたことで広く知られるようになった。薬や社会制度などで取り除けないこの痛みを癒やすのも、緩和ケアの重要な役割とされる。」

  がんを告知されたがん患者は、「なぜ自分が癌にならなければならないのか?」「なぜこんな痛みを味わわなければならないのか?」という怒りであったり、「自分の人生の意味は一体何だったのか?」という生きる意味への問い、そして病気になったことで周りに迷惑をかけてしまったという罪悪感や死後の恐怖などで苦しみを感じることがあります。がん患者に限らず、人間にこのような思いを生み出しているものがスピリットであり、ここで現れる痛みがスピリチュアルペインと呼ばれるものです。また、人生を支えていた生きる意味や目的が死や病の接近によって脅かされて経験する、全存在的苦痛であり、特に死の接近によって「わたし」意識がもっとも意識され、感情的・哲学的・宗教的問題が顕著になるといわれています。

  宮沢賢治は、「わたしといふ現象」は「風景やみんなといっしよに」「せはしくせはしく明滅しながらいかにもたしかにともりつづけ」ていると言っています。ここには、自分という絶対孤独の存在を、同じように絶対孤独の生を生きるほかのあらゆる存在と結びつけて考える思想があるといわれています。「生命が光り輝く因果の交流電燈、そのひとつの照明であるとするならば、わたしはひとりだが、ひとりではないのだ。孤独だが、孤独ではないのだ。」

 終末期において救いとなるのは、他人との関係の中で自らを見つめること、社会とつながっているという確信、社会の中での個の存在の確認のようです。