視線

 最近、保護者の間で「おんぶ」がまたはやっているようです。どうも、非常に楽なおんぶ紐があるということらしく、ある数人の保護者から、教えてもらいました。一時、お母さんと赤ちゃんは向き合うほうがいいということで、おんぶよりも抱っこがいい、バギーは、赤ちゃんは前を向くタイプよりも、母親と向き合うほうがいいということで手前を向くタイプがはやり、授乳するときには、赤ちゃんの顔をじっと見て、見詰め合って飲ませたほうがいいと言われていました。

「人間は共食する動物である」ということを、何度もブログで取り上げましたが、この共食という行為での重要な観点は、共食の中で子どもが自然に食行動や食文化、対人関係や自他理解を発達させる環境であるということです。ということは、子どもたちが他の人がするのを見るということで、決して親子が向き合って食べることではないのです。それは、「共同注視(ジョイントアテンション)」というそうで、私は、「共食」と並んで「共同注視を略して「共視」と名づけています。

赤ちゃんは、他人から面倒を見てもらわなければ生きていけません。そのために見てもらえるように働きかけます。外見的にも、思わず面倒を見たくなるような姿や顔つきをしています。その一つが黒めがちであるということがあります。それが、次第に人間は白目ができてきます。それは、視線の方角が人からわかるということです。動物にとっては、獲物を狙うときには、それは不利になるので、大人になっても白目ができませんが、人間には白目ができてきます。ですから、赤ちゃんは、早い時期から母親がどちらを向いているのかを知ることができます。

赤ちゃんは、母親などの養育者などと目と目を合わせ、じっと見つめあうことがあります。赤ちゃんの社会性を研究している東京大学大学院准教授の遠藤利彦氏は、赤ちゃんと養育者などとの目と目を通したやり取りは、見ていても心温まるものですが、実は、赤ちゃんからすれば特に意図してそうしているわけではないといいます。他の人や目や視線の動きに半ば自動的、反射的に応じてしまう仕組みのようなものがあって、それによってコミュニケーションのごく初歩的なものが成り立っていると考えたほうがいいといいます。また、そうしたやり取りは、あくまでもその「見詰め合う」二人の関係の中だけに閉じてあり、自然と気持ちの共鳴が生じてしまうようなものといえるのかもしれないとも言います。

発達心理学の研究では、母子を実験室の中で観察したものであるとしたら、当然、見詰め合うという行為だけが突出して観察できたでしょう。しかし、実際は、生後半年よりも前からすでに、複数の人と同時にコミュニケーションをとろうとするような側面があるということがわかっています。よく、お母さんとお父さんが隣り合って、赤ちゃんのほうを向き話しかけようとしているときなど、赤ちゃんは、たとえば母さんと活発にやり取りしている最中でも、お父さんに時おり、視線や表情を送るようなことがあり、その様子は、まるで3人一緒に会話を楽しんでいるかのように見えるといいます。

先日、オーストラリアのチャールズ・スタート大学の研究チームが発表したものに「赤ちゃんの視線」がありましたが、その研究では、「生後6?18か月の赤ちゃんが洗練された非言語手段を使って友達を作り、互いを笑わせ合う様子」が観察され、「赤ちゃんたちは、視線と手の動作、それとユーモアを使って交流をしている」ことがわかったというものです。

赤ちゃんは、ただ、母子で見つめあうことだけが必要なのではなく、複数の人とのコミュニケーションの体験が早い時期から必要であるということのようです。

視線” への5件のコメント

  1. 以前お邪魔したときにいいおんぶひもがあることを聞いたので、帰ってから職員に聞いてみるといい情報をたくさん持っていました。結果、楽におんぶができるおんぶひもが手に入ったわけですが、すぐ近くにある情報を引き出せていない、生かしきれていないことを反省させられた出来事でした。おんぶについてですが、共視の視点からもおんぶが子どもにとってどういいかを定着させたいと思っています。子どもと一緒にいて他にも用事のある人は、その良さがどうとかではなく必要性からおんぶをしていますね。そうでなければ大体前で抱えていると思います。少子時代はやはり前が多くなるのは仕方のないことだと思います。だからこそおんぶの意味をよく理解して、おんぶの機会をつくること、おんぶの良さを伝えることも役割にあるんだろうと考えています。

  2. 赤ちゃんのかわいらしさの秘密は、ベビースキーマといって、その顔と体型にあります。顔のベビースキーマは、目・鼻・口が顔の下の方にある。成長するにつれ、上に上がってきます。体型のベビースキーマは、全体に顔の割合が大きいことです。かわいくみえると、大人の守ってあげようという心がかきたてられます。ある調査によれば、新生児よりも1歳前後の乳児のほうが、よりかわいらしく見えるそうです。1歳になると、動きが活発になって大人の見守りが必要だからでしょう。やっぱり赤ちゃんは、成長するための戦略を持って生まれてくる動物ですね。

    先日の毎日新聞に『人間は赤ちゃんの頃から顔色をうかがう?』という記事がありました。赤ちゃんとチンパンジーの比較実験ですが、赤ちゃんは大人の顔の変化と手の動きの両方に交互に視線を移して見るそうです。実験を担当した京都大学の明和准教授によると、「人間が進化の過程で独自に得た学習能力と考えられる。複雑な社会環境に適応するため、他者の表情から次の展開を予測する能力を身につけたのではないか」と話しています。

    最近、ショッピングセンターに行くと、体の前でおんぶするお母さんをよく見かけますが、昔ながらの「背中におんぶ」の方が、赤ちゃんが母親と同じ目線を共有できて、周りの状況から次を予測する力が自然に身に付きそうです。それに足で踏ん張る力もつくから、赤ちゃんの成長にはこの方がいいとおもいます。向き合っておんぶする方が安心できる?それは母親の都合です。

  3.  「共同注視」を略して「共視」これだけでも勉強になりました。赤ちゃんの能力をブログを通して知るたびに、いつも驚かされています。赤ちゃんとお母さんが見つめあう姿は、確かに、なんとも言えない雰囲気が漂っています。それを科学的に見ると、如何に赤ちゃんが、これから社会に出て生きていくための準備をしているかが分かります。実験室では母子との一対一との関係から、赤ちゃんの視線の研究をしていますが、現場では、赤ちゃんの目の前にたくさんの赤ちゃんがいます。時には一緒に遊んでいるかのような関わりもします。そして同じ物を見たり、見つめあったりもします。もうすぐ4月で新しい赤ちゃんが入園してきます。今まで藤森先生から学んだ事を思い浮かべながら、保育をすると、どんな楽しいか!今からわくわくしています。

  4. 自分の赤ちゃんの頃は覚えていないのですが、ものごころついたある時私をおんぶして子守をしてくれた叔母から背中の私のことについて話してもらったことがありました。とてもおとなしく、手のかからない子・・・という評価を期待していた私は、ドンデモないことを聞かされました。なんと、10代になったばかりの叔母の髪を強力にひっぱり、あっちに連れて行けとか、こっちに行けとか、・・・まるで馬の手綱を捌く人の如く、叔母の髪をつかんでいたようです。そういえば、祖父からもおんぶの時の話を聞かされました。よく駅に連れて行ってくれたようで、汽車をじっと見入っていたようです。そして私をおんぶした母は、嫁ぎ先の厳しさキツサに耐えられなくなるとよく海に突き出した桟橋に行ったそうです。私はおそらく海の向こうを見ていたことでしょう、母の思いとは全く関係なく・・・。共同注視ジョイントアテンションこそが私の今を作ったといっても過言ではありませんね。

  5. 共食という言葉でまず大きな納得がありましたが、「共視」というものも今見直されているんですね。赤ちゃんの頃から色んなところから情報を得ている子どもですが、コミュニケーションの幅が狭いだけに研ぎ澄まされているように思います。今までの通説は時代によって大きく変わってきますし、そのあり方や対応の方法も変わらなければいけませんね。子どもたちの環境構成をどうもっていくか、なにが必要か読み解いていくことが必要だと思います。そのためにも大切な情報を得る洞察力が必要になってきますね。

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