変化という発達

京都大学霊長類研究所の研究は、毎回驚かされます。よくも、人間と同じようなことをするものだと感心します。以前のブログでも書きましたが、遺伝子の99%は人間と同じですから、当然といえば当然です。しかし、同時に、違っている1%の大きさにもびっくりします。たった1%で、こんなにも違うものだということ、また、その違いがどのようなものなのかを考えさせられます。最近の報道で流れた実験は、隣の檻にいるチンパンジーが欲しがる道具を渡す姿です。しかし、人間と違うところは、先を読んで、推測しては渡さないということです。頼まれなくとも、やってあげるのは、人間の特徴なようです。

そんな人間の他の霊長類と違うところは、どうやって進化していったのかということが研究されているのです。このようにヒトとサルの違いがあるのですが、ヒトも含め、サル、チンパンジー、ゴリラといったいわゆる霊長類といわれる生き物の仲間は、赤ちゃんのころはとても似ているということが知られています。それが、大人になるとずいぶんと違ってきます。しかし、それぞれの種で、その姿かたちや行動の性質などについて、赤ちゃんのころと大人になってからの特徴をいろいろと比較すると、ヒトは、概して、その差が最も小さいのだそうです。つまり、ヒトは、子どものころの特徴を多く残したまま発達し成熟するというちょっと変わった特質を持っている種だということになります。それは言い換えると、私たちヒトは、大人になっても子どもっぽさが残っているということです。こうしたと気質を専門的には幼形成熟(ネオテニー)といいますが、なぜヒトに備わったかについてはいろいろと議論されています。

東大大学院准教授の遠藤氏は、なぜ備わったかということについてこう考えています。「子どもっぽい姿かたちというよりは、子どもとしての心、あるいは子どものような心が、ヒトが、進化の舞台において生き残り、適応するのにとてもプラスに働いたのではないか。ここでいう子どものような心とは、たとえば警戒心や攻撃性が比較的弱く、人懐っこくて、すぐに仲間と打ち解け、無邪気にじゃれあえるというような気持ちの性格です。」

生き物は、生きていくうえで、生き残るための特性を備えるように進化していきます。そういった進化の過程で、私たち人類は、大人になってもなお弱々しい子どもっぽい身体の特徴が残っているというのは、なぜでしょう。子どものような心を長く持ち続けることで私たちヒトに何が可能になったのでしょうか。警戒心や攻撃性が弱いままでいることは、他の生き物との関係では不利になります。

他の生き物との関係では不利な特徴が、同じ人間同士の間では、他の仲間との関係や集団の和を保ち、常に仲良く協力しながら行動できるようになることを意味していると遠藤氏は考えています。関係や集団を形成し維持するには、まさに子どものように警戒心や攻撃性が弱いほうが圧倒的に有利だったのです。一人はどんなに弱くても、相互に気遣いながら集団を成していれば、一人ひとりが単独で攻撃や防御をなしうる力よりも優れます。

 発達は、右肩上がりに成熟していくことだけでなく、遺伝子を子孫に残すために、有利に変化していくということがわかります。それは、一人のヒトの一生における発達においてもそうであり、人類の進化という面から見てもそうであるように思えます。

人間

生物は、長い地球の歴史の中で、生き残るための宿命的な戦いが行われてきました。それは、地球上に起こる気候変動との戦いです。その戦いに敗れ、その種が滅びてしまったものも少なくありません。恐竜といわれる生物は、あれほどまでに地球を制覇し、我が物顔で歩き回っていたのが、全滅してしまったのも、地球上で起きた自然災害だったのです。人類においても、ポンペイの遺跡に見られるように、繁栄を極めた都市でさえ、気候変動のために壊滅してしまったのです。気候変動と人類の進化の相克の中で、人類のあまりにも小さい存在と、逆にその中を生き抜いてきた私たちの祖先の偉大さを感じざるを得ません。

この小さくて、偉大な人類の受け継がれてきた知恵は、どのようなものであったか、そして、それは、基本的に生きていくうえで必要な力であり、次の世代に伝えていかなければならない責任があるのです。このような観点から、もう一度「教育」というものを見直し、生まれながら子ども達はどのような遺伝子を持って生まれ、それをどのように上手に引き出していかなければならないかという観点から「乳幼児教育」を見直す必要があると思います。そして、このような力を引き出していくという点では、誘導的であり、意図を持ったものです。しかし、それは、子どもを誘導しようとすることでもなく、子どもを大人の意図で動かすことでもないのです。ヒトは、とても社会的な生き物であるといわれますが、それは、ある環境におかれることによって引き出されていく力なのです。

先日、ある人と発達について議論しました。私は、常々、発達というものは年齢によって発達していくのではなく、生涯において、どのように変化していくのかという捉え方が必要であると思っています。そして、環境がその変化に影響をし、変化の様子を変えてしまうのだと思っています。それは、ある発達が現れる時期を前後させたり、発達の現れ方も変えてしまうことがあると思っています。そのときに、その人は、「そうは言っても、やはり概ねある年齢における発達というものはあるのではないか?」と言いました。

私も、以前は、発達には大きく分けて二通りあり、身長が伸びるとか、右肩上がりで発達するものもあると思っていました。しかし、最近は、多くの子どもに見られる、ある年齢における発達は、それまでの環境の中に置かれている年数のことであり、その環境は、人が生きていく上で自然なもので、空気を吸い、日の光を浴び、動き回ることのできる空間があり、そして何よりも人と関わる機会が多いという環境で、何年くらい過ごしたかが、年齢に比例しているだけのような気がしているのです。日も当たらず、人とも接することもなく、動き回ることもできない環境、一時「監禁」された子どもたちが話題になりましたが、その子たちは、身長でさえ、いくら年齢がいっていても正常には発達していなかったのです。

どのような環境が、人類にとって心地よかったのか、あるいは、生きていくうえで都合がよかったのでしょうか。きれいな空気が流れ、新鮮な水が沸き、温暖な気候で、食べるものが豊富にあり、敵に襲われる危険性が少なく、ある人数の集団があるということが条件だったでしょう。気候変動がなければ、そのような場所を見つけてそこに住めばいいのです。そこは、ガードされたエデンの園ということで「ガーデン」だったのです。しかし、自然は、そんなに甘くはありません。人を進化させるためにさまざまな試練を与えます。しかし、人間もそんなに弱くありません。その試練に立ち向かい、多くが滅びていく中で、私たちの先祖である「ホモサピエンス」は生き残っていき、次第に「人間」になっていくのです。

この壮大なドラマが、NHKスペシャル「ヒューマン なぜ人間になれたのか」によって描かれていました。

警戒心

 赤ちゃんは、生まれて間もなくでも、隣で寝ている赤ちゃんが泣いていると、それにつられて泣き出し、泣き声の大合唱になることがあります。また、親がイライラしたり、不安になったりすると、その気持ちが赤ちゃんに伝わることがあります。先日の2月22日AFP通信によると、「まだ話すことのできない赤ちゃんも、相手をからかったり、友情を結んだりする方法を知っているとの研究を、オーストラリアのチャールズ・スタート大学の研究チームが発表した。」というニュースが流れました。その記事には、こう書かれてありました。

研究チームは、保育所の赤ちゃんたちの頭部に小型カメラを装着し、他の赤ちゃんとどのように交流するかを2年間研究した。赤ちゃんたちにはカメラの装着を強要せず、1回の装着時間も10?15分ほどだったという。こうして収録された映像には、生後6?18か月の赤ちゃんが洗練された非言語手段を使って友達を作り、互いを笑わせ合う様子が映っていた。同大学の幼児教育学教授、ジェニファー・サムション氏は、この研究から、スプーンでさえも特大サイズ見える「赤ちゃん目線」の世界を知り得ることができたと述べる。

「赤ちゃんたちの社交能力や助け合う能力、さらにはグループに他の赤ちゃんを誘ったりと、赤ちゃんたちのとても洗練されている様子を見て私たちはとても驚きました」と、サムション氏はAFPに語った。サムション氏によると赤ちゃんたちは、視線と手の動作、それとユーモアを使って交流をしているとし、また赤ちゃんたちが「間近で観察しないと気づかないような、ちょっとした社交遊びをしている」という。例えば、相手におもちゃを渡すふりをして最後の瞬間にさっと遠ざけたり、隣り合う子どもいすに座った赤ちゃん同士がふざけて互いの飲料ボトルを取り換え合ったりするなどの遊びが見られた。あるときは、1歳の女の子が、不安気な様子の赤ちゃんに反対側が透けて見える布をそっとかぶせてあげ、赤ちゃんの視界を確保しつつも安心感が得られるよう配慮する姿がカメラにとらえられていた。「私たちが驚かされたのは、これほど幼い赤ちゃん同士で行う遊びについてでした。これを確認できたのは非常に有益です」と、サムション氏は語った。

このような赤ちゃんの行動は、毎日保育園で赤ちゃんと接している私たちは気づいています。しかし、その行為は、赤ちゃんの集団がいる場でなければ観察することができません。ですから、どうも今までは、赤ちゃんのこのような力の研究はされてこなかったようです。どうも、赤ちゃんにとっては、母親との関係だけが大切で、もしくは特定の養育者との関係が大切で、その二者の関係の中で向き合うこと、愛情を確かめることが絶対的なことであることが協調されてきました。オーストラリアでの研究対象は、生後6?18か月の赤ちゃんであり、保育園で言えば、0歳児クラスの子どもたちです。このころは、特定の大人との関係が大切で、徐々に他の大人と触れ合わせ、そこには、特定の人との愛着形成が欠くべからずといわれてきたことに、少し修正が必要であることがわかってきているのです。

どうも、人間の赤ちゃんは、生まれつき、いろいろな人、特に隣の赤ちゃんに興味を持ち、触れ合おうとします。その警戒心の弱さが、赤ちゃんの特徴かもしれません。

共視から共感へ

 赤ちゃんは、共に同じ物を見るという「共視」によって、何を学んでいるのでしょうか。この行為によって、開かれる発達の可能性はとても大きいということが言われています。まず、赤ちゃんは、他の人の視線を追いかけることによって、その人の注意がどこに向けられているのかを知り、その人が、その視線の先にあるものについて、何か関心を持っているということ、あるいは何かを思っているということ、場合によっては、何かを言っているのだということに気がつき始めるのだといわれています。それは、赤ちゃんがことばを習い覚え始める頃にとても大切な働きをするということが言われています。それは、ことばは、人に何かを伝えようとする道具であり、その道具を効果的に使うためには、相手の視線の行方を知ることが大切になるわけですから、まず、人の視線が向いているほうを知る練習が必要かもしれません。また、ことばは、あるものを指したり、ある行為を表したりするわけですから、そのものを大人がことばで説明したときには一緒にそのものを見ていないといけないわけです。

 また、共視はそれだけの意味ではなく、そのものへの感想や思いまで伝わることになります。遠藤氏は、こう言っています。「気持ちの読み取りにおいて視線と共に重要な役割を果たすのが顔の表情や声の調子などです。私たちは、日常、何かを見ているときに、とりわけそれが自分自身の関心に深く関わるものであるときには、つい顔にある表情を浮かべたり、声を発したりしてしまうことが少なからずあるものです。そして、その様子をそばで誰かが見ていたとしたら、その人は、私たちの気持ちをたやすく感じ取ることができるはずです。」こうした視線と表情を手がかりにした人の気持ちの読み取りや、それを通したものの意味の推測のことを、心理学では「社会的参照」というそうです。この行動は、他の霊長類でも見られることですが、人におけるこの能力は飛びぬけているといわれており、人がこれほどまでの知性を身に付けることができたのは、この「社会的参照」によるのではないかと考える人もいるそうです。

 たとえば、私たちが飛行機に乗っているときに大きく揺れたら、先ず、スチュアーデスの顔を見ます。慌てた顔をしていないと安心します。同じように、赤ちゃんは、1歳前後になると、見ず知らずの人と出会ったときに、母親の顔を見て、その人が安心できる人かどうかを判断します。もしかしたら、初めての食べ物、初めてのにおい、それらは、自ら体験しなくても、人の視線や表情を見るだけで、そのものがどういうものであるかのかを感じることができるのです。ですから、非常に効率的な学習方法だといわれているものです。しかし、時には、それは、思い込みになったり、刷り込みになったり、食わず嫌いを起こしたりする可能性があるかもしれません。

 この「共同注視」や「社会的参照」の発達がさらに進むと、赤ちゃんは、自分が関心を持ったものに、指さしなどを使って他の人の注意を呼び込み、自分の気持ちを自発的に伝達しようとし始めます。それは、そのものを見て欲しいとか、そのものを取って欲しいとかという思いからそのものを指さすだけでなく、自分が喜んだり、驚いたりしたことの感想めいたものを他の人と分かち合おうとするような場合もあります。そのものを一緒に見て!という合図です。

もう一つ、こんな役割もあるようです。私が赤ちゃんの部屋を覗いたときに、私に関心を持った数人子が私のほうに近づいてきて、一生懸命自分をアピールしようとしました。普通は、腕を差し出して、抱っこをせがむのですが、そこまでまだ私に気を許していないグループです。その赤ちゃんたちが、自分をアピールした方法は、何かを指さすのです。しかし、指さした先には、何もありません。何もない空中を指さします。しかも、私が指さしたほうを見ると、指す先を変えます。どうも、自分を見てというときに、自分を指ささずに、どこかを指さすようです。指さしは、自己アピールの役目もあるようです。

視線

 最近、保護者の間で「おんぶ」がまたはやっているようです。どうも、非常に楽なおんぶ紐があるということらしく、ある数人の保護者から、教えてもらいました。一時、お母さんと赤ちゃんは向き合うほうがいいということで、おんぶよりも抱っこがいい、バギーは、赤ちゃんは前を向くタイプよりも、母親と向き合うほうがいいということで手前を向くタイプがはやり、授乳するときには、赤ちゃんの顔をじっと見て、見詰め合って飲ませたほうがいいと言われていました。

「人間は共食する動物である」ということを、何度もブログで取り上げましたが、この共食という行為での重要な観点は、共食の中で子どもが自然に食行動や食文化、対人関係や自他理解を発達させる環境であるということです。ということは、子どもたちが他の人がするのを見るということで、決して親子が向き合って食べることではないのです。それは、「共同注視(ジョイントアテンション)」というそうで、私は、「共食」と並んで「共同注視を略して「共視」と名づけています。

赤ちゃんは、他人から面倒を見てもらわなければ生きていけません。そのために見てもらえるように働きかけます。外見的にも、思わず面倒を見たくなるような姿や顔つきをしています。その一つが黒めがちであるということがあります。それが、次第に人間は白目ができてきます。それは、視線の方角が人からわかるということです。動物にとっては、獲物を狙うときには、それは不利になるので、大人になっても白目ができませんが、人間には白目ができてきます。ですから、赤ちゃんは、早い時期から母親がどちらを向いているのかを知ることができます。

赤ちゃんは、母親などの養育者などと目と目を合わせ、じっと見つめあうことがあります。赤ちゃんの社会性を研究している東京大学大学院准教授の遠藤利彦氏は、赤ちゃんと養育者などとの目と目を通したやり取りは、見ていても心温まるものですが、実は、赤ちゃんからすれば特に意図してそうしているわけではないといいます。他の人や目や視線の動きに半ば自動的、反射的に応じてしまう仕組みのようなものがあって、それによってコミュニケーションのごく初歩的なものが成り立っていると考えたほうがいいといいます。また、そうしたやり取りは、あくまでもその「見詰め合う」二人の関係の中だけに閉じてあり、自然と気持ちの共鳴が生じてしまうようなものといえるのかもしれないとも言います。

発達心理学の研究では、母子を実験室の中で観察したものであるとしたら、当然、見詰め合うという行為だけが突出して観察できたでしょう。しかし、実際は、生後半年よりも前からすでに、複数の人と同時にコミュニケーションをとろうとするような側面があるということがわかっています。よく、お母さんとお父さんが隣り合って、赤ちゃんのほうを向き話しかけようとしているときなど、赤ちゃんは、たとえば母さんと活発にやり取りしている最中でも、お父さんに時おり、視線や表情を送るようなことがあり、その様子は、まるで3人一緒に会話を楽しんでいるかのように見えるといいます。

先日、オーストラリアのチャールズ・スタート大学の研究チームが発表したものに「赤ちゃんの視線」がありましたが、その研究では、「生後6?18か月の赤ちゃんが洗練された非言語手段を使って友達を作り、互いを笑わせ合う様子」が観察され、「赤ちゃんたちは、視線と手の動作、それとユーモアを使って交流をしている」ことがわかったというものです。

赤ちゃんは、ただ、母子で見つめあうことだけが必要なのではなく、複数の人とのコミュニケーションの体験が早い時期から必要であるということのようです。

ブランド

 最近の銀座は、大きく変わってきています。それは、西のブランド集積地である「表参道」に対して、東のブランド集積地区としての「銀座」では、続々とブランド店がオープンしています。毎年訪れているミュンヘンにも、ブランド通りがあります。バイエルン州立歌劇場のある広場から延びている「マキシミリアン通り」です。また、イタリアのローマ旧市街の中心にあるスペイン広場にあるスペイン階段の正面に延びる「コンドッティ通り」も、ブランド通りです。この正面には、フェンディ本店もあります。ミュンヘンのマキシミリアン通りは、さほど人が歩いていません。店の中も、なんだか閑散としています。また、ローマのコンドッティ通りには、かなり前に訪れたのですが、そのときは、かなり混雑していました。しかし、多くは、日本人でした。どうも、日本人は、ブランド品が好きなようです。

 最近の、銀座もかなりの通行人がいて、ブランド店には多くのお客が入っています。しかし、最近は客層が変わってきているようです。銀座でブランド品を買っているのは、中国人が多いようです。店の表示も、日本語よりも、韓国語、中国語のほうが目立ちます。
 先月13日付の報道によると、北京市で、世界贅沢品協会(略称WLA)と中国国際貿易促進委員会が主催する10年に一度のイベント「グローバル贅沢品上位100ブランド公式発表大会」が開催されたようです。この大会は、贅沢品業界の「オスカー授賞式」などと呼ばれていますが、世界から集まった約100の有名ブランドの「番付」が発表されます。WLAが発表した過去10年間の中国に関する公式報告をみると、2011年12月末現在、中国ぜいたく品市場の年間消費額は126億ドルに上り(プライベートジェット、船舶、高級車の消費を除く)、世界全体の28%を占めたようです。中国はすでに日本を抜いて、世界最大のシェアを誇るぜいたく品消費国家となっています。

 この消費を目当てに、各国のぜいたく品企業の中国進出の歩みはますます拡大し、世界中の注目を集めているようです。現在の人民元の上昇傾向、ユーロの下落傾向に伴い、国際市場における中国人消費者の購買力がますます高まっており、WLAの予測によると、昨年のクリスマスシーズンから今年の春節(旧正月、今年は1月23日)期間までの中国人の海外でのぜいたく品消費金額は57億ドルに達して、過去最高を更新すると見込んでいます。

 中国人の海外における消費力は、ずいぶんと旺盛のようです。しかし、この中国人の旺盛な贅沢品消費は、先進国をはじめとする世界経済の救世主になりましたが、中国自国の経済にとっては、むしろ大きなマイナス要因であるといわれています。なぜなら、本来、工場の建設や設備の更新、拡大再生産など経済発展に投入されるべき資金は、贅沢品の購入に充てられているからです。しかも、ぜいたく品購入は、所得格差が広がっている証拠です。1人当たりの国民所得は世界100位以下、2010年都市住民の1人当たり可処分所得は1万9109元、農村住民の1人当たり純収入は5919元で、現在の為替レートで計算すると、それぞれ約3057米ドル(22.9万円)と947米ドル(7.1万円)にすぎません。しかも、中国では依然として膨大な数の絶対貧困者を抱えており、その数は農村部だけでも1億2800万人にのぼるといわれています。ということは、富の一極集中が起きているということです。

 少し前に書いた中国におけるプレゼントの考え方ですが、世界一の贅沢品消費国は世界一の汚職大国を創り出す恐れがあるといわれています。そんなことから、贅沢品の多くは官僚が横領・着服した公金で購入されたり、他人から賄賂として受け取ったりするものなのです。ですから、贅沢品消費量の急速な増大は腐敗汚職の度合いが急速に進行していることをも意味しているといわれています。

 かつての日本が通ってきた道である「持てる喜び」を一度は味わいたいのでしょうね。

進級

 今朝から、新聞、テレビでは橋下さんの発言が、世間を賑わせています。それは、橋下大阪市長の教育改革案として、昨日の夜に行われた大阪市教育委員会との意見交換会で、「一定の学力に達しない小中学生への留年システム導入」を提案したからです。これまで、義務教育での留年制度は、法的には可能なものの、ほとんど運用されていません。しかし、教育委員会側から「フランスでは昔から、小学校で留年、進級させないということをずっとやってきた。子どもの学力がそれでついたかというと、どうも違うようだと」と反論がありました。ここで例に出されたフランスでは、小学校を「エコール・プリメール」といって5年生まで、中学校は「コレージュ」といって4年生まであり、いずれも義務教育ですが、成績が悪かった場合、上の学年に上がれない、いわゆる留年という制度があります。OECD(経済協力開発機構)によると、フランスでは15歳になるまでに、36.9%の子どもが留年を経験しているといいます。
 私は、毎年ドイツに行っていますが、ドイツでも留年することを「ステイ」といって、その学年の内容が習得できない場合には、その学年に留まって、確実な習得を目指しているのです。ですから、いわゆる「飛び級」といって、該当する学年から上の学年にいることを含めて、当該学年に相当する年齢に子は、5年生では3分の1しかいないと言っていました。私は、確かにこのような制度は、なかなかいいと思いました。それは、日本のように、その学年の内容がきちんと習得しないで、年度が変われば全員が次のステップに進んでしまわずに、将来必要である基礎的知識を、きちんと習得させようということでは非常に意味があります。この考え方は、多くの国が持っています。
 「PISAから見る、できる国・がんばる国」という報告書に中でも、日本の教育への取り組みの中で、他の多くの国と違う、最も常識的な原理に反している点をこう指摘しています。「クラスの人数は、西洋の基準からすれば大きく、1クラスの生徒が35名から45名もいて、ほとんどの授業がクラス全体を対象としている。他の多くの国々と比べて教授工学もほとんどなく、教具の種類もわずかしかない。生徒は、能力別グループに分けられておらず、優秀な学生のための特別なクラスもなければ、例外的に認められて一つ上やそれ以上の学年に進級するような生徒も存在しない。同様に、生徒は問題があっても留年することはない。」ここでは、留年、飛び級がない日本の教育システムの現状を報告しています。また、「特別な教育を必要とする多くの生徒も、不均一な通常のクラスに割り振られる。教員の仕事は、生徒のすべてがカリキュラムに遅れずについていき、カリキュラムを何とか成し遂げているかを確認することである。」
 生年月日だけによる学年という区分けは、「特別な教育を必要とする多くの生徒も、不均一な通常クラスに割り振られる。教員の仕事は、生徒のすべてがカリキュラムに遅れずについていき、カリキュラムを何とか成し遂げているか確認することである。」というように、日本では、よく不均一な生徒に同じような学力を付け、次の学年に送り出していることに感心します。しかし、その中で、「落ちこぼれ」がうまれ、大学生になってもアルファベットがいえない、掛け算九九が言えない学生がいるという現状jになってしまっています。
では、橋下さんが言うように、その子達を留年させればいいのでしょうか。それは、どうも罰するというようなイメージがします。また、子どもたち側からも、成績の悪いことを罰せられるというイメージを持ちます。ドイツでは、乳幼児教育から異年齢で過ごし、小学校入学も弾力化されており、インテリの親たちは、わが子の小学校入学を1年遅らせるケースがあります。日本では、個の確立ができていません。
今、日本で留年を実施すると、様々なところに問題が起きてきてしまう気がしています。

真の優秀さ

 最近、日本の貧困率、子どもの貧困率が話題に上ることが多くなりました。それは、自分たちでは一億総中流意識でしたので、そんなに貧困率が高かったのかという驚きもあると思います。また、東大など高学歴と、その家庭の収入との関係も取りざたされています。また、出世と、親の収入との関係も言われていますが、それは、必ずしも悪いことではないようです。なぜかというと、海外では、出世が主にコネや出自に左右されることが多いのに対して、日本は、能力主義により忠実であるということが研究者によってわかっています。ですから、裕福な家庭出身の子どもは、統計上、あまり裕福でない子どもに比べてより給与の高い職に就きやすいのは、日本では社会的コネというよりも、子どもへの教育への投資が多いためであると考えられているのです。

 最近、少し変わってきましたが、日本独特の風潮があります。それは、一般的に、人々は学校や大学卒業後に入社した同じ会社で生涯働き、通常、会社に就職する前に通った高校や大学に応じて、特定の企業に雇用され、通う高校や大学は、生徒の入学試験の結果に完全に基づいているというようなことは、日本以外の国では非常に珍しいようです。

 ですから、日本の母親は、子どもの教育をどれだけ支えたかによって、成功かどうかを判断されるとOECDから出されている「「PISAから見る、できる国・がんばる国」という報告書に書かれてあります。そして、母親は、まず息子や娘が入った高校によって、次に子どもが入学を許された大学によって判断されるといっています。ですから、これも最近は変わってきたものの、未だに日本の母親は、西洋諸国の母親と比べると、家の外で働くことが少ないのは、日本の母親が子どものために犠牲になることをどれほど社会から求められているか、見返りに、子どもは学校でよい成績を上げることを求められるかということがあるからだといいます。

 しかし、日本の出世は能力に応じて、試験の結果で決定されていますが、それは、必ずしも、役に立っていないといいます。それは、日本における試験は、分析的な思考や創造力、イノベーション能力よりは、むしろ、暗記し、事実を積み上げ、手順を習得することを重視しているからです。それなのに、どうして相変わらず試験によって能力を測るかというと、日本では、雇用側が関心あるのは、応用力、学習能力、懸命に働き、困難に直面してもやり通す能力に関心があるからだと言います。そして、志願者が賢いかどうかだけではなく、自らの知性で対処できるかどうかを知りたがっているからだといいます。

 多くの国では「学び方を学ぶこと」の重要性が話題になるのですが、日本では、そんな話題を超えてそれがなされており、「学び方を学ぶこと」を中心に教育システムが構築されていると分析しています。要するに、日本の教育事情は、社会的、社会的背景から見ると、以下の3点にまとめられるといいます。1、一貫した能力主義社会においては、高校入試と大学入試が、日本の社会で高い地位を得るために道となっている。2、試験でどれほどの成績をあげるかは、生まれ育った知性よりも、一生懸命勉強したことに左右されると、日本人は広く信じている。3、試験に合格することは、個人だけでなく、母親や家族、先生の問題であり、この援助の集まりは、失敗の責任を共有し、成功への圧力を生み出している。

 これらの背景が、日本の優れた成績の原因であるとしています。ここまでの報告書の分析を読んでいくと、現在の日本における優秀な成績は、果たして未来につながる優秀さなのであろうか、また、この優秀さを持続するためには、今までの教育システムの見直しが必要である感を強くします。そして、何よりも、欧米諸国が取り組んであるように、日本でも根本的な問題である乳幼児教育からの教育のあり方を考えていかなければならないと思います。

 私たちは、子どものころから「日本は発掘可能な天然資源をほとんど持っていない島国である」と聞かされてきました。ですから、工業を発展させ、技術革新が必要なのだといわれてきました。また、このような環境や生活条件によって、日本人は、個人の幸福を超えた集団の幸福、そして集団に高い価値を置くようになったかもしれないと、「PISAから見る、できる国・がんばる国」という報告書の中で、日本について分析しています。そして、集団への無批判な愛によって包み込まれるというこの感覚は、「和」という、日本社会においてきわめて重要な概念であるといっています。この「和」は、幸福に不可欠なものとして、生涯のあらゆる段階、つまり最初は母親との間、次に残りの家族、学校や大学での友達、仕事場での同僚や上司との間で求められるとしています。

 この「和」を大切にすることが、人同士の関係を良好にするものであればいいのですが、それは、少し違うように働いています。このように書かれています。「そのような環境の中では、個人は集団から高く評価されることによって尊敬を得られるのであり、個人の行いが集団の調和を脅かすならば、社会的制裁は広範囲にわたる影響を伴う。もし、ある集団の信望を失うならば、別の集団と和を確立することがさらに難しくなるのである。」このような文化的要因が、自分が所属する集団とのよい関係を維持するために必死に働くという日本の特徴が説明できるとしています。そして、それが、日本の教育が良い成績を収めていることの背景になっていると考えています。

 また、この「和」という考え方から生まれたのかはわかりませんが、欧米とは違った考え方を日本人は持っています。そろそろ、週刊誌に有名大学への入学者の出身高校の順位が掲載される時期になりましたが、このように学校の評価が生徒の学業成績とその態度に左右されるのは珍しいといっています。それは、日本の社会では、欧米では見られないことだそうですが、両面に学校が責任を持つものと考えられているのです。たとえば、こんな例が出されています。「もしも生徒が法律に違反したら、警察当局にその生徒の担任も母親も呼び出され、そして教職員全員が生徒の行動に対して謝罪をする。」このような風潮のために、日本では、生徒が教員に強い義務感を抱く傾向があり、学力の面でよい成績を収め、学校外でも法律の範囲内にとどまるよう努力するのだと報告書は書いています。

 このような価値観は、仕事場にも浸透しており、日本においては概して同僚の尊敬や承認を得るために、人々は一生懸命に働くとよく言われているようです。個人の名誉ではなく、むしろ集団の利益のために懸命に働いているというのです。日本の労働者は、「怠ける」ということをあまりしないのは、上司が監視しているというよりも、彼らの仲間や後輩の職員も監視しているからだといいます。そのために、会社は家族のような見返りを求められ、住宅、旅行、教育、そして葬式の費用さえも従業員に提供しているというのです。

 なんとなく、外からどのように日本人を見ているかということを読むと、私たちが当たり前だと思っていることが、珍しいことであり、それが、学力向上に寄与しているということがわかります。この学力の高さを持続的に保証したり、また、学力の高さだけでなく、それぞれ個人の幸せとは何か、何が社会を豊かにするのかが少しずつ見えてくる気がします。日本の特性を、よいほうに持っていくために、その特性を否定するのではなく、きちんと理解することが先ず必要でしょう。

震災復興

昨日の午後も、茨城県北部を震源とする地震があり、茨城・日立市では震度5弱を観測しました。昨年の東北大震災からほぼ1年になりますが、その余震かわかりませんが、北関東から東北にかけての地震が多い気がします。特にこの地域は、津波のほか、東海第2原子力発電所などがあるので震源地がどこなのか心配です。

最近、ブラヘイジで訪れた「東京都慰霊堂」は、関東大震災のときにこの地震によって一番多くの死傷者を出した「本所被服敞跡」ですが、そのときの震源地がどこであったかは割りと知られていません。実は、震源地は東京直下ではなく、神奈川県三浦半島付近です。そのために、震度7の震度地域は今の鎌倉市から小田原市に至る相模湾岸を中心とした地域で、被害の大きかった横浜市や東京市などは、震度6程度であったと推測されています。それでも多くの犠牲者を出したのは、それに引き続いて起きた火災でした。その火災は、建物の倒壊と違って、街全体を焼き尽くしました。今回の東北における津波の被害と同様に、街全体の復興計画をしなければならなかったのです。

1923(大正12)年、大地震に続く大火災のさなか、山本権兵衛は組閣し、同年4月に東京市長を辞任した後藤新平を内務大臣として再登用し、帝都復興院総裁も兼務させ、帝都復興計画の策定を始めました。後藤は、世界に誇れる模範的大都市の形成を目指し、焼失区域だけでなく、焼失を免れた山の手・郡部まで及ぶ計画範囲で、道路一運河・公園・鉄道・築港などを含む総合的な計画を立てました。最初は、いろいろな夢とも思える理想論、机上論での計画がされたのですが、財政の限界、早期実現の見込みがないことなどから最終的には、復興計画は実行案として次第に縮小されていきます。たとえば、品川から干住間の幹線道路の幅員は、当初の理想案では40間(約72m)とされていましたが24間(約44m)に変更されました。そのほか、非焼失区域の事業廃止、東京築港・京浜運河・東京環状線などの別事業化、幹線道路の幅員と公園の縮小、広場の廃止、共同溝の全廃などでした。

  それでも、帝都東京のライフラインや都市施設の近代化、鉄筋コンクリート建築による不燃化、市民の住宅の改良を目指して実行に移されました。それまでの東京の建物の多くは木造建築でした。ですから、震災では火災が起き、多くの犠牲者を出してしまったために、当時の建築基準法で耐火被覆の必要性が盛り込まれたために、モルタルや銅板で建物の表面を覆うスタイルが普及していきました。その代表的な建築物には同潤会アパート、聖橋、復興小学校、復興公園、震災復興橋、九段下ビルなどがありまう。先月20日の新聞に、この関東大震災復興のシンボル「九段下ビル」の解体が進んでいるという報道がされていました。このビルは、関東大震災の後、被災した近隣商店街の店主たちが集まって建設した店舗や住居で利用できる複合ビルで、南省吾が設計しています。同潤会アパートもすでに安藤忠雄の設計によって建てかえられています。

ほかにも、震災のときに建てられた建物が消えつつあります。それは、全国的に寺社建築のような外観をもつ共同浴場、いわゆる銭湯です。これは、関東大震災後に東京で成立した宮型造り銭湯の様式で、東京墨田区東向島の「カブキ湯」発祥といわれているため、主に関東近郊にこの建築様式が集中しており、地方の銭湯ではめずらしいようです。宮型造りというのは、建物入口に「唐破風」もしくは「破風」が正面につく建築様式です。その姿は、神社仏閣や城郭の天守を想起させる切り妻の屋根飾りに合掌組を反曲させた曲線、また、極楽浄土へいざなう入り口、そこには一般在来建築とは様式が違うというだけでなく、非日常性という側面もあり、銭湯の利用客は、あたかも、日本各地の神社仏閣への「お参り」をしている気分になったかもしれません。

私が下町に高校を卒業するまで住んでいたのですが、いつも通っていた銭湯は「大黒湯」といいました。そこが休みのときは、「鶴の湯」「亀の湯」「梅の湯」に行きました。銭湯の名前もこのようなめでたい名前が多いのですが、今、地下鉄に張られているポスターには、「大黒湯」という名の銭湯が写っています。とても懐かしく眺めています。