どじょう

 私の園の裏の鯉がいる水路には、ドジョウも何匹かいます。このドジョウは、誰かがどこかから捕まえてきて、そこに放したものです。ドジョウは、言うまでもなく日本の代表的な川魚です。私の子どものころは、田んぼや水路だけでなく、側溝にもたくさんのドジョウがいました。ドジョウは、比較的水質の悪化に強いため、田んぼや小川、浅い池沼などの底質が泥や細かい砂の場所に多く生息していました。子どものころは、家からざるを持ち出して、いわゆる「ドジョウすくい」をしたものでした。ドジョウに人気があったのは、ドジョウの特徴である十本の口ひげがなんともかわいいのと、ずっと眺めていると、腸呼吸をするために水面に上がってくる姿が観察できるので、にごっている水でも水面を見ていても飽きなかったからです。

 このドジョウが、また注目を浴びているのは、野田首相が行った「どじょうには、どじょうの持ち味があります。金魚のまねをしてもできません。赤いべべを着た金魚にはなれません。どじょうですが、泥臭く、国民のために汗をかいて働いて、政治を前進させる。」という「ドジョウ」演説が有名になり、その後、Tシャツになったり、野田氏自身の著書や、引用した相田みつをさんの作品集も増刷されたようです。もともとの相田みつをさんの作品「どじょう」は、「どじょうがさ 金魚のまねすることねんだよなあ」というもので、込められたテーマは「自分を他人と比べない」です。

 こんな、金魚と比べられるドジョウですが、実は、柳川鍋に代表されるように、人間が食べてもおいしく栄養価が高い魚です。一番美味しい食べ方は、ドジョウ鍋です。割いたものを使ったものと、丸がありますが、丸鍋は酒で弱らせたものを湯通し、滑りを取り去り、一度みそ汁で下煮。これを酒、味醂、醤油の地で煮たものです。柳川鍋は割いたドジョウを湯通しして滑りを取り去り、やや甘口の酒、味醂、醤油の地で煮て、卵でとじたものです。東京にはドジョウの専門店が多いのは、江戸という地が、古くは水路が張りめぐらされた水郷地帯であった名残だそうです。

  何回か紹介しましたが、昨日の土曜日、下町をぶらぶら歩く「ブラヘイジ」が開催されました、ぶらぶら歩く楽しみは、下町の味を味わうということがあります。昨日は、歩き始める出発点として、「駒形どぜう」でドジョウ鍋をみんなで囲みました。この店の創業は1801年で、徳川11代将軍、家斉公の時代だそうです。店の上には、創業210年という横断幕がかかっています。この店の歴史には、「初代越後屋助七は武蔵国(現埼玉県北葛飾郡)の出身で、18歳の時に江戸に出て奉公した後、浅草駒形にめし屋を開きました。当時から駒形は浅草寺にお参りする参詣ルートのメインストリートであり、また翌年の3月18日から浅草寺のご開帳が行われたこともあって、店は大勢のお客様で繁盛したと言います。」

  また、この店の特徴は、暖簾に「どぜう」と書かれていることですが、もともとは「どぢやう」もしくは「どじやう」と書いており、それが仮名遣いでは「どじょう」と書くのが正しい表記です。それを「どぜう」としたのは初代越後屋助七の発案だそうです。それは、文化3年(1806年)の江戸の大火によって店が類焼した際に、「どぢやう」の四文字では縁起が悪いと当時の有名な看板書き「撞木屋仙吉」に頼み込み、奇数文字の「どぜう」と書いてもらったそうです。江戸は、非常に火災が多く、それに対するまじないだったのですね。

  それにしても、寒い日、どじょう鍋の上に山盛りにねぎを載せ、そこにトッピングとして頼んだ裂きごぼうも山盛り乗せて食べたどじょうの味はとても美味しく、体がぽかぽかしてきて、その後の散歩の足取りが軽くなりました。