色と形

  自然の中には、非常に芸術的な形をしたものがあります。その造形美には、感動することがあります。表面張力であるとわかっていますが、シャボン玉が球になり空中を飛んで行く姿にも、宇宙から見た地球の姿の、模様と形の美しさには見とれてしまいます。また、紅葉の時期に森林公園に行ったとき、「紅葉祭り」を開催していましたが、そこでは、色だけでなく、かえでの葉の数学的な形に自然の不思議な力を感じました。

 形の美しさは、葉などの植物だけでなく、動物にも見られます。昆虫の形のすばらしさに、子どもたちは目を奪われることが多いようです。パンダやキリンと体の模様は、どうしてこのような模様にしたのかと思うほど、とても芸術的です。もちろん、人類それ自体の形にしても、人体各部に至るまで、きちんと計算ができるような寸法をしています。本当にすごいことだと感心します。

 だいぶ前にブログで書いたと思いますが、あるとき、長野の諏訪湖のほとりで、ひし形をした奇妙は、宇宙人の顔のようなものを見つけ、一緒にいた小学生と、何だろう、もしかしたら宇宙人のしたいかななどと話し合って、いろいろと調べたらなんと、ただの「菱の実」だったのです。「菱」は全国の湖沼で最も普通な水草だそうですが、私はその実を知りませんでした。水の底に沈んだ種から茎を伸ばし、水面に葉を広げるため、諏訪湖の水面に広く広がっているようです。そして、秋に棘を持つ3?5cmの果実を付けます。このとげが、なんとも宇宙人の触角のように見えるのです。そして、この「菱」の実の形から、「菱形」と言うことばが生まれたそうです。

 「菱形」をしているものと言えば、まず、三菱のマークである、「三つの菱形」です。それから、トランプで「ダイヤの形」、武田氏の家紋である「武田菱」などがありますが、この季節によく見かけるのは、ひな祭りの飾りに使われる「菱餅」です。古代中国で3月最初の巳の日に、厄払いをする行事「上巳節」がありました。その日には、春の七草の一つである「ご母子草を使うと、母と子をついて餅にするということで嫌われ、代わりに蓬を用いるようになります。しかも、蓬は大変香りがよく、香りの強いものには邪気を払う力があるとされているために蓬が使われるようになっていきます。
また、この上巳節が3月3日と制定されてから、上流階級で人気だった、小さな人形などで遊ぶおままごと「ひな遊び」と結びつき、ひな祭りへと発展していきます。そして、江戸初期になると、蓬餅の緑に菱の実を入れた白い餅を組み合わせた、緑と白の2色だけの菱餅が作られます。これを緑・白・緑の3段、あるいは5段にして飾りました。そして、菱の実を入れたことから形を、菱の実を模した菱型になっていったといわれていますが、実は、菱餅の四角い形は、大地をかたどった形です。中国古代の伝説では、天は丸く大地は四角いものと考えられていたからです。そして、天は男子の徳、地は女性の徳を持ったものと考え、女児の節句である雛祭りの餅は、女性の徳をもった大地をかたどって菱形に 作るのです。そして、端午の節句に作る粽は、天をかたどって丸く作るのです。

  そして、明治時代になると、ここに、魔除けの色として欠かせない色であり、おめでたい色、桃の花にも通じる赤い山梔子(クチナシの実)を入れ、3色となります。そして、この赤は桃色に近く、「ピンク」「紅」と表現されることもあります。菱餅は、下から緑・白・ピンクとなっていますが、その意味は、「緑は草萌える大地を、白は雪の純白を、ピンクは桃の花を表している」とされています。

  昔から、色や形から意味を感じ、自然界を連想し、ある力を感じていたようです。人は、生まれてから、次第に物の形や色や手触りの違いに気づいていくようです。

色と形” への5件のコメント

  1. 今保育士と一緒に数について考えているところなのですが、自分たちは数についてどのような意識を持って幼児期を過ごしていたんだろうという話になりました。特別な体験があるわけではなく、でも膨大な時間をかけた自然遊びの体験があったことは間違いありません。その中で、葉っぱの形や色や大きさの違いなどに触れてきたんだろうと考えると、そうした体験が少なくなってきている今の子どもたちには多くの経験をさせてあげたいと思います。数とかさんすうというと、多くの人はどうしても学校で教えることの先取りと受け止めてしまう傾向があります。子どもの成長に欠かせないことという意識は持ったまま自然の中に入り込んで数のことを大人が考えてみることが、大人の理解のためには有効なのではないかと思うようになりました。

  2. 「数学的な形の不思議」で思い出すのが、『黄金比と白銀比』の話です。オウムガイの貝殻の美しいフォルムは、縦・横の比率が、「1対1.618」。台風の渦・太陽系の星雲の渦巻きも同様です。西洋では、エジプトのピラミッドの高さと底辺の比、古代ギリシャのパルテノン神殿の高さと底辺の比もこの比率になっています。

    かたや、我が日本には『白銀比』(または大和比)と呼ばれる「1対√2」(1:1.4)の美の様式があります。昨日までのブログの法隆寺の五重塔を上から見た形や四天王寺の敷地、生け花の形などに見られます。身近なものでは、A4の紙やハガキや新聞の短辺と長辺の長さの比が白銀比です。

    西洋人の美人の代表格のモナリザやオードリー・ヘップバーンは黄金比ですが、日本の仏像は白銀比になるそうです。大工さんが使う曲尺(聖徳太子の考案と言われている)、あれも白銀比の寸法を測る工夫がされています。

    白銀比「1対1.14」は、5対7と同じ値なので、俳句の「五・七・五」もここから来ているという説もあります。日本の自然美の根底に白銀比があると仮定すると、肯ける話ではあります。

  3.  森の中に散歩に行くと、まだまだ自分が知らない、見たことが無い植物、葉っぱがたくさんあります。それを子ども達と見て、一緒に不思議がり、なぜだろう?と会話をしています。ただ、物の形や色の違いというのは、いつから気付いているのか気になります。指針の発達には3歳くらいだと思いますが、現場を見ていて思う事は、もっと早い時期に気付いているように思います。さすがに際どい形の違いに気付くのは難しいと思いますが、簡単な違いであれば、2歳、1歳でも気付くような気がします。人は生まれながら、色々な能力を基から持って生まれてくるのであって、それを大人の勝手な考えで決め付けるのは良くないですね。

  4. 今より昔は自然界のものに色々な畏怖の念を通して、年中行事を作ったというのを思い出しました。以前、映画の題材になった「陰陽師」でもそういった自然と人間の生活の気の流れを良くするというのがよく言葉で出てきます。人の連想や験かつぎは、自然のものと人の精神的なところの融合ですね。今のように便利な環境だとそういった自然のものとのつながりも薄くなってきますし、最近では年中行事もあまりしなくなったというのも頷けるように思います。色々な行事の内容を考えると意外とその始まりや意図を感じないまま、年中行事を行うことも多くなってどうももったいないなと思います。今回もひな祭りでも始めて知ることが多く、そこにある云われ、由来に頷くばかりです。

  5. 自分の過去を振り返ってみると、今回ブログのテーマ「色と形」についてはここ数年来で意識し始めたことに気づかされます。今の職場と絵画鑑賞趣味によるところ大です。それまでは色も形もさほど意識せずに過ごしてきましたから「デザイン」分野はまことに他の世界のことでした。この年齢になってから始めたことは多々ありますが、デザインの意識化、もその一つです。自然が織りなす「色と形」の絶妙さは筆舌に尽くしがたいものがありますね。今回ブログで紹介されている「菱の実」は初めて拝見しました。確かに変わった形で「もしかしたら宇宙人のしたいかな」という仮説に賛意を覚えた次第です。「ひし形」の語源となっているのですね。本物の「菱の実」が見たくなりました。自然世界の色と形、これはもう無尽蔵でしょうね。それから菱餅と粽の話は本当に参考になりました。陰陽の現れ方の一つを学びました。「生まれてから、次第に物の形や色や手触りの違いに気づいていく」という人のプロセスについて私たちはもっともっと敏感になるべきでしょう。

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