ドイツ報告7

 昨日、ドイツ研修から帰ってきました。毎年訪れているドイツですが、毎年新しい発見があります。今回は、ドイツにおける一体化が行われ、それによってどのような変化がおきたかを一体化直後の現場から見ることができました。しかし、一体化といっても、日本と違って、1?3歳児までの園と3?6歳児までの園の一体化であって、日本のように同じ年齢でありながら通園する施設が2元化していたわけではなかったのでやりやすくはあったようです。しかし、大きく日本と違うところがあります。日本で今話し合われているのは、まず、制度をどのようにするか、また、中間報告では、とりあえず給付を「子ども園給付(仮)」というものに一本化とするからはじめようとしています。その給付をするところがどの省になるのかは、まだ決まっていないようです。その中に、一体化した施設として「総合施設(仮)」が創設され、その保育内容として「保育要領(仮)」が示され、幼稚園のまま運営したいという園は「幼稚園教育要領」を、保育園のまま運営したい園は「保育所保育指針」に則って保育にあたるということが提案されています。

3色の色水を使っていろいろな色の色水を作る


 そのような動きに対して、ドイツの一元化は、まず、保育内容を示している陶冶プログラム「バイエルン」を、キンダークリッペ(0?3歳児)とキンダーガーデン(3?6歳児)とコープ(0?6歳児)が、ともに使うということを決めました。このプログラムは、もともとはキンダーガーデンが使っていたのですが、今回のドイツ訪問では、このプログラムに沿って保育を始めたキンダークリッペを1日目に見学したのです。そして、この陶冶プログラムに沿って保育にあたっている園を管轄する新しい省(陶冶省ともいうべきもの)を創設したのです。

科学ゾーン


 この陶冶プログラムは非常に厚いものなのですが、そのうちの7割ぐらいは、現代における子ども環境、時代背景、このような時代に求められる子どもの力が分析されています。そして、残りの3割で、その具体的な取り組みが示されています。今回訪れたある園の園長先生が、「私たちの保育内容は、陶冶プログラムをよく読んで、その中から、地域、園の方針などにあったものを抽出して取り入れています」と説明しましたので、私が「では、陶冶プログラムには法的強制力はないのですか?」と聞いたところ、「陶冶プログラムはよくできているので、その内容と違うことは強制されなくてもない」ということでした。そこで、「各グループを年齢別で構成し、先生が前に立って、バリバリといろいろなことを教えようとする園があってもいいのですか?」それに対して、いろいろと言っていたのですが、要するに、「保育者であれば、そんなことはよくないということは当然誰でもわかっていることです。」と答えただけです。

自分が取り組んだもの


 しかし、後で聞いたところによると、陶冶プログラムの後半3割は、具体的な保育内容が示され、それは例が書かれてあるので、そこから自分の園で取り入れたいところを抽出するのだそうで、たとえば、そこに示されている内容で、自分の園では科学を重視する保育をしたいといって手を挙げれば、市当局がそれを支援してくれるそうです。それによって、各園では、テーマを毎年決めます。今回見学した園におけるテーマは、「モビリティー(交通手段)」「歌」「旅・世界の五大陸」「病気と健康」「色彩」「知覚感覚」「ミュンヘン史」などです。見学した学童クラブでは、年中プログラムは目まぐるしく変わっていったものもあります。「お友達になろう⇒秋について⇒聖マルティン祭(提灯パレード)」⇒アドヴァント(クリスマス期間)⇒メルヘン⇒ファッシング(カーニバル)⇒春について(3月)⇒復活祭⇒五月祭(言語に重点)⇒モビリティー(乗り物)6月⇒夏祭り(7月)」という具合です。

音楽の取り組み

ドイツ報告6

 今年のドイツ研修は、いろいろな面でとてもラッキーでした。それは、まず、天候に恵まれたことです。ここ数日は寒く、参加者はみな防寒具を用意して言ったのですが、その寒さは、かえって気持ちがいいくらいにさわやかでした。また、見学先もいろいろなパターンの園を見ることができました。その中で、研修4日目に見学予定の園で、感染症がはやり、見学できないことになりました。しかし、その代わりに見学することになったのは、各国で最近注目され、特にドイツでの取り組みが日本でも話題になっている「森の幼稚園」でした。昨年も、森での保育を見学して、いろいろなことを学びましたが、それは、週に1日、森で子どもたちが過ごすという「森のプロジェクト」でした。

 今年、見学したのは、れっきとした「森の幼稚園ホーエンキルヒェン」です。園児は、3歳から6歳まで15名が在籍して、保育者3名での保育です。2001年夏、「エーリッヒ・ケストナー小学校」に「昼食ケア」という取り組みが行われたのを契機に、この地域のNPOである協会が立ち上げられ、すぐに「森の幼稚園」構想へと発展していきました。そして、その組織は、小学校のパビリオンに、そして、建設用ワゴンを取得するに当たってさらに発展していきます。そして、その活動がミュンヘン地区協会の土地利用が認められ、きちんと認可園として活動をしているのです。

 この経緯からわかるように、この幼稚園には立派な園舎がありません。森の中に置かれたトレーラーハウスのような建設用ワゴンが園舎です。その名残として、タイヤがついています。私は、昨年まで保育室の面積基準があったということですので、このような園舎で認可が受けられるのかと聞いてもたところ、市当局が土地も提供しているので、当然、その活動が市から認められているということでした。ずいぶんと柔軟性があるのですね。運営は、親のイニシアティブと地域の行政がバックアップしてくれているそうです。このワゴンの中の教材は、基本的には他の保育室と変わらない教材が用意されており、絵を描いたり、ボードゲームをしたり、木工をしたり、楽器があったりと普通の保育室を小さくしただけで、同じようなものがそろっていますので、この「森の幼稚園」が認可されている意味がわかりました。
 まず、登園は8時で、森である現地集合です。保護者による車での送迎です。そして、森での自由遊びの後、9時45分におあつまりがあり、その日の保育の紹介をします。そして、10時から15分程度体ほぐしをし、森での特別プログラムを20分程度行い、その後自由遊び、そして、13時から昼食だそうです。保護者のお迎えは、12時半ころから始まり、14時には全員が降園です。当然、13時前のお迎えの子は、昼食を食べません。

 私たちが見学した特別プログラムは「数」でした。まず、年少、年中、年長に分かれます。それぞれのグループに先生が1名ついて、森の中のそれぞれの場所に移動します。私は、年中グループについていきました。年中さんは3名でした。まず、ある場所についたら、みんなで落ちている松ぼっくりを集めます。それは、まず、松ぼっくりという集合の概念をつけます。 次に、先生は鳥の絵が描いているカードを数枚出しました。その鳥は大きく口を開けています。なぜかと思っていたら、その口は不等号になっていたのです。その不等号をはさんで、松ぼっくりを置いていきます。たとえば、3>1ということを、松ぼっくりと鳥の絵を使って表すのです。その次に鳥の絵を数枚使って、その関係を表します。たとえば、1<3>2という具合です。
href=”http://www.caguya.co.jp/blog_hoiku/wp-content/uploads/2011/10/morinodaisyo.jpg”> 次に先生は、隅に数字とドットが描いてある黄色い紙を出します。まず、その紙に書いてある数字の数だけ紙の上に松ぼっくりを置いていきます。それは、5までの数字です。対応の概念でしょう。次に先生は、かごに入った木の葉をみんなに示します。その葉は、先が何枚かに分かれているのですが、いくつに分かれているか子どもたちに聞き、その数と同じ数が書いてある先ほどの黄色い紙の上に葉を置いていきます。数字と、ドットと、具体物の3者関係を理解させているのでしょう。
 ほんの20分程度の時間でしたが、きちんと年中さんの理解度に合わせて、森の中の具体物を通して「数」の体験をさせているのです。あとで、他のグループである年少さん、年長さんでの保育も、それぞれの発達にあった学習を行っていたようです。

ドイツ報告5

 ドイツにおける幼児教育の大きな課題のひとつに、移民問題があります。
 ヨーロッパでは、最近、この移民問題が生活の中でさまざまな影響を及ぼしています。少し前に行われた世界陸上や、オリンピックを見ていると、それぞれの国に対するイメージが、私の子どものころとだいぶ変わっています。たとえば、フランス人というと、女性は、カトリーヌドヌーブとか、ブリジットバルドーというイメージで、男性はアランドロンという印象がありますが、選手などを見ると、フランス代表には、黒人が大半を占めます。それが、アメリカならわかるのですが、ヨーロッパの多くが、多国籍の国民で構成されています。

 今年の9月に「ドイツ人の5人に1人は移民系」ということが、ドイツ連邦統計局によって、2010年の統計として発表されました。その統計によると、同国では1950年以降に流入してきた外国人や、その子孫を含む移民系の住民が1570万人超を数えたそうです。全人口(8170万人)に対する比率は19.3%で、5人に1人が移民系という計算になります。このうち860万人はドイツ国籍を取得しており、残り710万人は外国籍を保持しているそうです。

また、移民を背景に持つ住民の約3分の1はドイツ生まれですが、3分の2は外国からの流入者で、その69.5%はヨーロッパ人が占めているようです。欧州連合(EU)域内諸国出身者の割合は31.9%。欧州に次いで多かったのはアジア・オセアニア地域で、17.2%を占めています。国別ではトルコが14.1%と最大グループをなしており、これにポーランド(10.5%)、ロシア9.2%)の順で続きます。

移民系市民に対する課題は多いようです。非移民系市民のうち義務教育を終了していない人は全体の2.0%に過ぎませんが、移民系ではこの比率は15.3%に上っています。これは雇用問題にも反映されており、25?65歳年齢層では非移民系市民の失業率が5.8%なのに対し、移民系では倍の11.5%となっています。さらに、貧困の危機にさらされている人は非移民系は11.7%ですが、移民系では26.2%もいるそうです。

2日目の午前中に訪れた幼稚園には、移民家庭の子どもが80?85%在籍していましたし、4日目の午後に訪れた学童施設では、95%は外国国籍だということです。2日目の午前中見学した園は、100名のキンダーガーデンで、この9月12日に引っ越したばかりの新しい園でした。ですから、環境はまだまだそろっていなかったのですが、最先端の取り組みがよくわかります。100名の子どものうち、大体20名が12時まで、20名が14時まで、20名が15時まで、20名が16時まで、20名が17時ころまでの保育を受けています。クラスは異年齢で4グループに分かれ、計14名の先生が担任し、7時から登園した子たちが自分のグループで8時半ころにおあつまりをし、遊びの紹介などをした後、全部屋をオープンにして自由遊びをしています。そこには、積み木遊びの部屋、感覚陶冶の部屋、運動遊びの部屋、お絵かきの部屋、ごっこ(変装・仮装)遊びの部屋などが用意されています。

自由遊びの中で、森に行ったり、劇場に行ったりしますが、もし遊びが偏ったらどうするかの質問に、「人間の尊厳を大切にします」ときっぱり言いました。ただ、働きかけはするそうでが、基本的には自由参加だそうです。また、移民が多いということで、異文化間教育の先生が週30時間、言語指導の先生が週20時間担当します。言語指導では、まず母国語を大切にし、それを基に人格形成を行います。さまざまな活動は基本的に自由ですが、唯一強制される時間があります。それは、見学した他の園でも同じでした。それは11時から12時までの外遊びです。これだけは、絶対だそうです。

ドイツ報告4

 ドイツのミュンヘンで行われた乳幼児教育の一体化で0歳児から6歳児までの施設が生まれています。それは、Koopearationseinrichtung(通称コープ)と呼ばれている施設で、24日の午後にその園を見学しました。この園の表札には、「キンダーガーデンとキンダークリッペ」と上に書かれており、下のほうに小さく「コーポレーション」とかかれてありました。
その園の保育時間は、7時から17時までですが、定員74名中、0?3歳未満児が24名、3?6歳児が50名で、降園時間も昼までの子、15時までの子、17時までのことさまざまです。この74名の子どもたちは4グループに分かれていて、各グループに0?3歳未満児が6名ずつ在籍しているようです。ということは、日本でいうクラスにあたるグループには、0歳児から6歳児までの異年齢時が在籍しており、子ども同士で学びあうことを目指しています。

 登園時間は7時から9時までの間で、8時以前に登園してくる子は、園で朝食を食べるようです。その後お集まりがあり、その日の遊びの紹介などをして何が今日自分がやるかの意識付けをします。このお集まりは、ドイツではどのような形式の園でも行われています。お集まりの重要性はアメリカのハイスコープというカリキュラムが有名です。このカリキュラムは、ハイスコープ教育研究財団と呼ばれる研究機関を中心に、音楽、運動、コンピューターを含めて、新しい環境や集団に適応させることを支援し、子どもたちとの実際の関わり, 教師の養成, そして研究などを通して、引き続き様々なアイディアや実践が開発されています。今回見学したこの園は、その影響を受けているのかわかりませんが、「食事、運動、音楽」に重点を置いた保育を心がけているということでした。

 そして、ハイスコープアプローチの日課の中に通常組み込まれる他の要素として、「小集団の時間」と「おあつまりの時間」があります。小集団の時間では、教師が特にその時間のために選んだ教材を用い、子どもたちがその教材を自由に“研究”することができるような柔軟なアプローチで活動が進められ、この時間が教師と子どもたちの間のより近い関係を築く役割を果たす事もあります。おあつまりの時間では、クラス全体が10?15分程集まり、教師主導で全員でゲームをしたり歌を歌ったり、あるいは簡単な動き遊びをしたりします。ドイツでは、この影響を受けているのかわかりませんが、どの園でも「おあつまり」」を行っています。

このコープと言う一体化の園への希望者は多く、しかし、ミュンヘン市内には、まだ、22箇所しかないそうで、学区が広がってしまい、特定の小学校とのコンタクトがとりにくいようです。小学校の選択性もそうですが、特定の学区に限定されないため、地域コミュニティーが希薄になっていきます。また、生活が0歳から6歳まで一緒に過ごしているので、就学前における固定プログラムでは、どうしても就学後には年齢別で行われているために、運動、集団遊びなどは年齢別に行っているようです。

この見学園は、5年位前に見学したことがあり、そのときには、コープという一体化の施設として試行段階であったため、内容的にはそれほど充実していなかったのですが、今回訪れてみて、就学前の固定プログラムとしての「学びの部屋」が非常に充実していました。陶冶プログラムの中で「文字、数、科学」が重要視されていることが伺われました。ただ、そこでも、あくまでも子どもの自発性を重んじ、保育者側からは決して介入しないと言う点では統一されていました。



ドイツ報告3

 最近、私にとって非常に興味深いことのひとつに乳児についての学びがあります。乳児がどのくらいすごい能力を持っていると言うことから、乳児に対して、どのような保育が必要であり、乳児のころに行うべき保育とは何かを考えます。毎年、ドイツに来て思うことは、ドイツと特に連携を持っているわけでもなく、また、ドイツを学んでいるわけでもないのに、何か課題が似通っていることです。今年、ドイツを訪問してみると、乳児保育についての取り組みが充実している気がします。それは、幼保の一体化の中で共通した「陶冶プログラム」に取り組んでいることがあるでしょう。

 以前、ドイツの訪れたとき、「学びの部屋」という、就学前の子どもたちに対して「文字」「数」「科学」などを遊びの中から体験させる取り組みを知り、それを紹介しました。今回、その取り組みのより充実と、以前は、一部の取り組みだったのを、どの園においても行われるようになったことを知り、OECDが示している就学前教育の取り組みと、幼小連携に対する取り組みを具体的に始めている証を見た気がしました。

 1日目の見学先である乳児保育園でも、0?3歳児までしか在園していないのにかかわらず、すでに「学びの部屋」に象徴されるような取り組みが行われていました。そこに用意されているものを見ると、この園が3歳未満児しかいないということを忘れてしまいます。
 この保育園の開園時間は、6時30分から17時までです。ほかの園のほぼ7時に開園します。日本に比べて、早く始まり、早く閉まるという感じです。しかし、園児72名を12名ずつ男女混合異年齢の5グループに分けてクラスを作り、そのうち4グループは、16時半?17時までの保育の子、2グループは14時までの保育の子です。各グループには、生後9週間の子から3歳時半までの子が在籍し、保育者は、各グループに教育担当と社会教育担当の2名が配置され、全体でフリーが3名います。主に教育担当は幼児教育を推進し、社会教育担当が養護(ケア)を担当するという分業制で、小さい子は大きい子から学び、大きい子は小さいこの面倒を見るという考え方から、それほど配置基準はよくありません。しかし、園舎はとても広く、ゆったりとしています。しかし、保育室の面積の最低基準が最近取り払われました。ドイツでも待機児は非常に多いので、面積がゆったりしているので、もっと園児を入れないのかと聞いてみたら、「量産はタブーで、保育の質が大切であり、そのことを保護者も望んでいる」とのことでした。

 年間のコンセプトが設定され、この園の昨年のコンセプトは「音楽」で、今年は、「創作」だそうです。子どもの絵画のための筆も、大小さまざまな太さのものが用意されていましたし、階段には、昨年の教材がぶら下がっていました。


 この園を含めて、「見守る保育」という、園児と職員との距離は「手を先に出さず」、「子どもから先生に働きかけたら手助けをする」ということが徹底され、どうしても面倒を見たがったり、「乳児なので手を出そうという職員がいたらどうするのか?」という問いに対して、ちょっと怒ったようでした。それは、そのほうがいいと考えているようにとられたのですが、そうでないとわかると、「子どもを保育する人なら、見守ることが大切なことぐらいは学ばなくても、当然わかっていること」と言うような答えが返ってきたのです。
ただ、課題は、「見守る」のは、自立を目指しているのはわかるのですが、今の私としては、大人と子どもの関係から、子ども同士の学びあいの場を増やすために大人が手を引くということですが、そこへの働きかけが少ないように思えました。

ドイツ報告2

 ドイツにおける「陶冶プログラム」には、「子どもの権利」について10個定められています。その3番目に「陶冶権」があります。その内容として、「子どもたちには、自分の必要性や能力に応じて学び、訓練する権利がある。」と書かれてあります。「陶冶」という言葉は、日本では最近聞かなくなり、若いヒトはほとんど知らない言葉になっています。なぜなら、陶冶(とうや)とは、「人間形成」のことをいう古い表現とされているからです。そして、「教育」とほとんど同義とかかれており、近年は、ほとんど人間形成という言葉で置き換えられています。ドイツ語では「die Bildung」と言われるもので、それを陶冶と訳さなくなってきた背景には、人を、焼き物を作るように、型に合わせて、焼き固めるような行為を連想させるというのが一因となっているようです。それは、この熟語の字から容易に連想されることなのですが、実はそれは誤解で、陶冶の「陶」は、人を教え導くの意で、「冶」は立派なものに仕上げることの意なのです。ですから、型にはめる、製作者の意のままに教育するといった意味合いではないはないのです。一部には、良い材料をしっかり探し出し、吟味して選び出し、それを細心の注意をもって立派なものに仕上げていくという意味だという説明をする人もいるようです。

 形式陶冶という、教育による働きかけの捉え方のひとつである言葉がありますが、それは単に知識をあれこれと子どもたちに教え込むことではなく、その知識を使いこなす能力のことをさして「形式的」といい、それを発展させることで、思考力、記憶力、推理力、想像力などの精神的能力がつくとする教育の立場のことを言っていました。

 陶冶という概念は、ギリシア哲学の形相と質料、つまり器(かたち)と内容(心)を意味する言葉の対比から着目されたもので、いずれか一方のみが重要というものではなく、そのバランスが大切だとします。これは、古くから日本では重要視されてきたことで、武道、華道、茶道などの教育にはその考え方が取り入れられ、かたちから心へとか、心が出来れば形に表れるといった表現が往々にしてなされるように、いずれか一方の教育成果が、自ずと他方に連鎖的な効果をもたらすという見方をする人もいます。

 ここ数年、ドイツでは、この陶冶をきちんと保育理念の中心にすえています。
 昨日、見学した2園では、徹底した見守る保育でした。特に午前中に見学した0?3歳までの園では、理念として、「“自立”を念頭に置いた保育を行う。食事、着替え、遊びの選択、子ども同士のトラブルの解決についても、まず、できるだけ子ども自身に取り組ませる。もちろん、先生がついてサポートする。」でした。園庭でも、子どもたちだけにして、先生は、20メートルくらい離れたところから見守るだけでした。

向こうのほうで子どもだけで遊んでいる


園庭は、昨年からみてきたとおりに、石畳やストーンブロックを敷き詰めたところ、乳児にとっては躓きそうな段差などが狭い園庭ながら作られていました。
 その見守る姿勢は、食事のときに顕著でした。まず、0、1、2歳児が、自分で皿を食器棚から取り出し、席までもって行きます。まず、コップにジュースを注ぎます。まだ小さくて、自分でできない子がいると、先生が代わりに注ぐかと思いきや、小さな子どもお手を持って、あくまでも自分で注がせます。そこへ、その日の献立であるパスタとそこにかけるトマトソースが何人か分ずつ皿に盛られ子どもたちの前に起きます。そこから、自分で盛り分けます。パスタだけでもよく、トマトソースだけでもよく、パスタにトマトソースをかけてもよく、園長は、どのような食べ方が自分にとってはおいしいかを判断するためで、決して手伝いません。ただ、ジュースのときと同じく、自分でよそることができない子には、手を添えています。しかし、ほとんどの子は自分でよそっていましたが、初めのころは、皿の中よりテーブルや床に落ちたほうが多かったと言います。それをじっと我慢です。
 そして、先生も一緒に食事をします。その量はあまり多くなかったので、それによっておなかを満たすというよりも、手を出さず、子どもたちの見本として食べている感じでした。

ドイツ報告

今、保育園と幼稚園、認定子ども園の一体化が議論されています。一体化をするためには、法律や制度だけでなく、さまざまな部分の調整が必要になります。その中で、どのような子ども像を持ち、子育てに対する理念をどのように持つか、施設では、何を目指し、どのような保育が必要とされるかは、一体化をするとかしないに関わらず、子どもに関係する施設では、どのような運営主体であろうが共通して持つべきだと思います。

今度、幼稚園教育要領と保育所保育指針を一体化した保育要領(仮)というものが制定されるようです。これは、指定基準というような言い方ではありますが、法的拘束力を持つものになるようです。しかし、その内容は、各園の独自性を重んじ、見学の精神を尊重するということで、今までの保育所保育指針のように大綱化、概要化として示されます。それに引き換え、ドイツでは、「陶冶プログラム」という要領が定められています。

ドイツでは、生活局管轄の0?3歳児までの園のキンダークリッペという施設と、学校局管轄の3?6歳までのキンダーガーデンという施設と二元化でした。今日の午前中に見学した園は、ミュンヘンで最初にできたキンダークリッペでした。1888年に修道尼協会により設立されました。それが、1950年にミュンヘン市立のキンダークリッペになります。その保育は、福祉的精神の基、19世紀の保育スタイルである子どもたちにケアの場所として提供してきました。それが、1970年代に入ると次第にそのスタイルは前世紀のまま引き継がれてきたために、時代の要請にはこたえきれなくなってきました。それは、乳幼児期からの教育の必要性が叫ばれてきたからです。

まず、仕事の内容によって、職場を分業化しました。ケアをするスタッフ、社会教育の面からサポートするスタッフ、教育プログラムを遂行するスタッフという具合です。それによって、「陶冶プログラム」を理念として、保育を進めることにしたのです。この「陶冶プログラム」は、非常に細かく決められており、500ページにもわたり、ぶ厚い本になっています。では、このように細かく決められていると、独自性が失われ、どの園に行ってもまったく同じ保育をしているかというと、逆で、毎年ドイツに来て、かなり多くの園を見学するのですが、どの園の園長の考え方で、強い独自性を感じます。それに対し、日本では、大綱化としてしか示されていないにかかわらす、日本中、どこに行っても同じような園舎つくり、保育室の配置、保育内容が見られます。どうしてでしょうか。

私は、大綱化されていると、逆にどうしてよいかがわかりにくくなり、幼児教育として新しい保育を構築せずに、小学校をモデルにしたり、外国のカリキュラムを取り入れたり、時代が変わってきているのに、過去から行ってきた保育をかたくなに守ろうとして、それが建学の精神と言っているような気がします。ドイツでは、キンダーガーデンとキンダークリッペでの実践の中で、次第に、二元化されていることの意味について疑問を持ち始め、一元化に向けての話し合いが関係者によってされることになりました。その結果、今年の1月に、ミュンヘン市において一体化を行うことを決定し、今日の午前中に見学した園も、1本化された管轄に置かれることになったのです。

現在、最年少は生後9ヶ月児から、3歳半までの子どもが在籍しており、12名がひとクラスで、6グループです。では、この園で行われている「陶冶プログラム」とは、どんなものなのでしょうか。

ドイツでのビール

ビールの材料のひとつである「ホップ」

 ドイツに着きました。まずは、ビールでの安着祝いです。
ビールには沢山のカテゴリーに分類されます。大きくは醸造方法の違いによって、上面発酵ビール、下面発酵ビール、自然発酵ビールの3つに分類され、その下に様々な名称で分類されるビールがあります。日本を含めてよく飲まれているピルスナーという種類は、下面発酵ビールです。

 ビールの醸造に使う酵母は、性質の違う2種類を使い分けています。発酵が終わりに近づくにつれ、酵母が集まってかたまりをつくって沈む下面発酵酵母と、発酵液の表面に浮いてくる上面発酵酵母とがあります。下面発酵酵母は、低温でもよく発酵し、5?10度で時間をかけて醸造され、多くは香味が穏やかで、すっきりしたものです。また、低温で発酵させたビールなので、冷やして飲むと美味しいといわれています。ビールの中では、この下面発酵の熟成ビールが主流ですが、その歴史は比較的新しく、ビール7000年の歴史の中で、15世紀、ドイツ・バイエルンの僧院醸造場で、下面発酵酵母を使って低温で醸造し、熟成させる技術が生まれました。明治のはじめ頃から造られるようになった日本のビールも、下面発酵の熟成ビールですが、そのシェアーは、世界の生産量の9割を占めています。ピルスナーのほか、黒ビールなどもこのタイプです。

 かたや、上面酵母による発酵は、15?25℃と比較的高めで行い、発酵と熟成が速く進むため、長期貯蔵は行いません。香りは高く、味に特徴のあるビールが多く、ドイツのヴァイツェンやイギリスのエールやスタウト、ベルギーのランビックなどが代表的です。日本の清酒酵母も上面発酵です。この種のビールは、比較的高温(20度前後)で発酵させているので、飲む時も、発酵温度の20度程度が最適だといわれています。

 私が、ドイツに来て飲むビールは、ヴァイツェンです。

このビールは、特に北ドイツでよく飲まれているピルスナーに比べて、南ドイツで広く飲まれているのですが、「小麦」のビールです。ビールの原材料を水・ホップ・大麦麦芽・酵母に限定すると決められた「ビール純粋令」と言うものがあるのですが、その中で、小麦麦芽の使用規定に従って造られ低増す。専用のヴァイツェン酵母が生み出すフルーティーな香り、またはスパイシーな香りが特徴で、飲むときのグラスは、ピルスナーは、ワイングラスに似たピルスナー・グラスで味わうのですが、ヴァイツェンは、飲み口の方だけ丸みを帯びた特殊な形をしています。そして、乾杯するときは、ガラスが分厚くなっているグラスの底の方を合わせるのが地元民のルールです。とてもいい音がします。

 ほかにも、ミュンヘンには、さまざまな地ビールがあり、さまざまなところにビアホールやビアガーデンがあり、みんな楽しそうに話に花を咲かせています。日本で見られるような「酔っ払い」と言われるような、絡んできたり、千鳥足で歩いている人を見ないのは、どうしてでしょうか。

よく飲むビール

 数字の話は、あまり長く続くと頭が痛くなる人も多いようですので、しばらく休みます。というのも、今日から、毎年訪れているドイツバイエルン州ミュンヘンに行くからです。ですから、しばらくは、ドイツの話題にしようかと思います。
 今年の夏に、職員とビアホールに行ったのですが、そこは、ドイツビアホールでした。ドイツと言えば、ビールですが、その美味しさの秘訣は500年以上にわたって守られてきた伝統と、各醸造所のブラウマイスターたちの誇りと情熱がもたらしたものです。地域ごとにバラエティに富んだ食文化を持つドイツは、地産地消を基本としたこだわりの味がビールにも受け継がれ、その土地でしか出会えない地ビールの宝庫です。ミュンヘンの中心地にあるマリエン広場の新市庁地下にあるラーツケラーというビアホールは、創業1874年で、店内は壁画や彫刻で装飾されています。市庁舎の地下がビアホールとは、さすがビールの町ミュンヘンですね。
 ツアーの間、昼食では毎日ビールを飲みます。もちろん、研修中ですから、はじめは後ろめたさがあるのですが、ドイツという国では、水代わりにビールを昼間から飲み、視察先の幼稚園でもビールが出てきたほど生活に密着していることを知ると、まず、ビールを飲まなければという気になります。そのときに、どんなビールを頼むかというと、大体は、そのビアホールやビアガーデンの地ビールがあり、それを頼みます。では、ドイツ人は、どんなビールを飲んでいるかというと、2009調べのビールランキングをみると、1位は、「Krombacher Pils」、2位「Bitburger Pils」、3位「Warsteiner Pilsener」、4位「Hasser〓der Pilsener」、5位「Oettinger Pils」、6位「Veltins Pilsener」、7位「Oettinger Export」、8位「Radeberger Pilsner」、9位「Beck’s Pilsener」、10位「Paulaner Wei〓bier」だそうです。
 このランキングをみると、最後にピルスとかピルスナーという名前がついています。現在、世界で飲まれているビールの80%を占め、ビールの代名詞とも言えるピルスナービールは、日本でも飲まれているビールのほとんどこのビールです。もちろんこのビールはドイツでも最も飲まれていますが、実は、ドイツが始まりではないのです。ドイツのほかに、ビールの聖地と呼ばれる場所はいくつかありますが、その1つにチェコのピルゼン(プルゼニ)という街で誕生しました。ピルゼンのあるボヘミア地方は、ホップの名産地として知られ、13世紀頃から市民によるビール造りが始まりました。ところが、その頃のビールの味はひどいもので、政府から度々ビール廃棄命令が出るほどでした。そこでピルゼンの醸造家たちは、ラガータイプのビールで成功していたミュンヘンの醸造技術を学ぼうと、1842年に市民醸造所を建て、バイエルンの田舎町出身の醸造家ヨーゼフ・グロルをピルゼンに招きました。グロルは早速、ピルゼンにある材料を使ってビールを醸造します。そのビールは、本場ミュンヘンと同じ褐色のビールではなく、黄金色に透き通る美しいビールだったのです。これは、偶然の賜物で、この地方の水は、ミュンヘンの水が濃色ビールを造るのに適した、重炭酸塩を多く含む硬水であるのに対し、淡色ビールに適した軟水だったからでした。白く力強い泡とすっきりとしたキレのある味わいから、瞬く間にヨーロッパ中に広まったのです。
 そんなピルスナービールですが、日本でも多くはこのスタイルのため、私は、ドイツではあまりこのスタイルのビールは飲みません。では、何を飲むかと言うと…。

数の発達

 スタニスラス・ドゥアンヌは、『数覚とは何か?―心が数を創り、操る仕組み』という本の中で、第2章として「数える赤ちゃん」を取り上げています。その中で書かれてある幼い子どもで行われた実験は、生後数日後から10?12ヶ月月齢までのさまざまな時点での赤ちゃんを対象にして行われています。ここで対象にしている赤ちゃんにとって、最初の1年間というものは、脳がもっとも可塑性に富む時期です。赤ちゃんは毎日、膨大な量の知識を新たに吸収していきます。したがって、能力が固定した普遍のシステムとして、彼らをみなすのはあまりよくないと言います。赤ちゃんは生まれてすぐに、自分の母親の声と顔を見分けられるようになり、また自分の周囲で話されている言語も処理し始めます。さらに、彼らは身体の動きをコントロールするやり方も自ら発見します。このリストは、挙げればきりがありません。このように、発達とは、一般的に学習と発見が重なるようにして起こっていくのです。ですから、数の発達だけがこの普遍的な規則から逃れられるとは、到底考えられないと言うのです。
このような考え方から、ドゥアンヌはヒトがこのような原始的な数の量的把握モジュールからスタートして、発達的に、あるいは文化史的にどのように、数を拡張し、計算をし、数学を作っていくのかを考察していったのです。私は、以前、「さんすうのはじまり・こくごのはじまり」という本の中で、子どもたちは、数を数えるときに、まず身近な体を使ったであろうということを思いました。そして、そのときには当然指を使って数えるために、位取りの考え方からすると、10をひとつのまとまりとして考えるのですが、最初は、片方の指の本数である5をひとつのまとまりとして捕らえ、7という数は、5のかたまりと2を合わせたものとして理解するのではないかと考えました。
 ドゥアンヌは、まず通文化的に数をどう表しているのかをみていき、指などの身体と対応させ、文法的にはまとまりを作って組み合わせ、大きな数は概数で表すというユニバーサルが強調されています。私たちの先祖は、3以下の数を示す言葉しかもっていなかったようです。それが、3という限界を超え、それを表す言葉が生まれることにより、より進んだ計数システムへの移行が行われ、それに大きく関わってきたのが、体の部位を数えることだったようです。すべての子どもは、彼らの指が、どんなものの集合に対しても1対1対応できることを自分で発見します。最初の物体に対して1本の指を立て、2番目の物体に対して2本目の指を立て、という具合です。このメカニズムでは、3本の指を立てるという仕草が、3という量を表す記号になるのです。
 また、数の文法は、おそらく、体を基にした数え方から自然に生まれてきたのだろうとドゥアンヌは言います。パラグアイの先住民の社会では、6という数は「手首」などの任意の名前ではなく、「片手に上にのった1」と表現されるそうです。「手」という言葉自体が5を意味しているので、ボディ・ランゲージの本質から、彼らは6を「5と1」と表現されます。同じように、7という数は、「5と2」であり、それが10まで続きます。10は、単純に「二つの手」(二つの5)と表されます。
 面白いですね。人類の歴史の中で、どのように数を数え、どのように数を理解していったかという考察と、私が、子どもを観察して、子どもがどのように数を数え、どのように数を理解していたかとは同じような経過をたどるのですね。